TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います 作:Fiomia
教員に先導され、私たちは実習地の入口まで戻ってきた。
そこには他の班も集められており、突然の招集に戸惑った様子で周囲を見回している。
「全員揃いましたね」
担当教員の一人が前へ進み出た。
年配の男性教師は私たちを見渡し、静かに口を開く。
「先ほど、第7班が魔獣と遭遇しました」
ざわり、と周囲がざわめく。
「実習区域で魔獣ですって?」
「そんな話、聞いたことないぞ」
学生たちの不安そうな声が広がる。
教師は片手を上げ、それを静めた。
「まず結論から申し上げます」
「現時点では、原因は判明していません」
その一言で、場の空気が少し重くなった。
「魔獣は通常、この実習区域まで現れません。環境魔力濃度についても定期的に調査を行っていますが、これまで異常は確認されていませんでした」
教師はエレノアさんから預かった測定結果へ目を落とす。
「しかし今回、この班が測定した環境魔力値の精度は非常に高く、報告内容にも矛盾はありません」
「学院としては原因を調査します」
「それまでは実習区域を一部封鎖し、立ち入りを制限します」
原因は分からない。
けれど、私たちの報告は疑われなかった。
それだけで胸の奥に張り詰めていたものが少しだけ軽くなる。
もし「測定器の故障ではないか」と一蹴されていたら、エレノアさんはきっと落ち込んでいただろう。
「グランベル嬢」
教師が声を掛ける。
「今回の測定器は商会の試作品だそうですね」
「はい」
「調査のため、後日詳しく見せていただけますか」
「もちろんです!」
エレノアさんは力強く頷いた。
魔道具の話になると、いつもの控えめな様子が少しだけ消える。
その姿を見て、私は思わず微笑んだ。
◇
「無事で良かったです」
実習が正式に終了し、校舎へ戻る道を、エレノアさん、リリーと一緒に三人で歩いていると、エレノアさんが安心したように言った。
「本当にそうですね」
「誰も怪我をしなくて何よりでした」
しばらく歩いたところで、私は足を止める。
「そういえば」
「以前から気になっていたのですが」
エレノアさんが首を傾げる。
「はい?」
「わたくしたち、お友達になりましたよね」
「え、ええ」
「でしたら、わたくしやリリーのことも呼び捨てで呼んでください」
そう言うと、エレノアさんは少し目を丸くした。
「つまり……」
「これからも、よろしくお願いします。エレノア」
一瞬だけ間が空く。
それから彼女は、照れたように笑った。
「こ、こちらこそ!ロザモリア、リリアン」
私は自然と笑みがこぼれる。
呼び方一つ。でもそれだけで不思議と距離が少し縮まったような気がした。
◇
「ロザモリアさん」
その時、後ろから落ち着いた声が聞こえた。
振り返ると、ノア――ハーバル様がこちらへ歩いてくる。
「あ……」
一瞬だけ違和感を覚える。
今。
私を「アルヴェイン様」ではなく、「ロザモリアさん」と呼んだ。
「何でしょうか、ノア様」
そう返事をすると、ハーバル様は少しだけ考えるような表情を見せた。
「先ほどの実習ですが」
「炎矢投射式の使用タイミングは適切でした」
「魔獣へ不用意に近付かせなかった点は、撤退に有効だったと思います」
以前なら。
「もっと効率の良い方法があります」
そんな言葉から始まっていたかもしれない。
けれど今日は違う。
評価すべき点を、評価として伝えてくれている。
「ありがとうございます」
私は素直に頭を下げた。
「ノア様の判断も、とても的確でした」
「そうですか」
それだけ答えると、ハーバル様は小さく頷く。
「では」
短い挨拶だけ残し、そのまま研究科棟の方へ歩いていった。
私はその背中を見送りながら考える。
(やっぱり、不思議な方ですね)
人付き合いが得意な方ではない。
言葉も少ない。
けれど、以前より話しやすくなっている気がする。
それは私が慣れただけなのか、それともハーバル様自身が少しだけ変わったのか。
答えはまだ分からない。
◇
素材採取実習での出来事は、学院中で話題になった。
とはいえ、教師たちが詳しい事情を公表することはなかった。
「調査中です」
その言葉が繰り返されるだけで、原因は最後まで分からないまま。
研究科でも何度か話題にはなったが、誰一人として明確な答えは持っていないようだった。
私はあの時のことを思い出すたびに考える。
魔力濃度計が示した異常な数値、縄張りから外れた魔獣。
そして、ノア様が迷いなく撤退経路を導き出したこと。
(あの時、私はまだ周囲が見えていませんでした)
魔法を使うことだけへ意識が向いていた。
研究者である前に、一人の魔法使いとして未熟だったのだと思う。
だからこそ、もっと学びたい。
その気持ちは以前より強くなっていた。
◇
季節はゆっくりと移り変わり、王都の街路樹も少しずつ色付き始める。
後期の講義と実習は慌ただしく過ぎていった。
研究課題や実験、それに報告書。
学院生活にもすっかり慣れた私は、毎日机へ向かい続けた。
「終わりました……」
最後の試験答案を提出すると、思わず小さく息を吐く。
「今回も難しかったですね」
教室を出たリリーが肩を回す。
「でも、ロザなら大丈夫でしょう?」
「どうでしょう」
私は苦笑する。
「自信がある問題もありましたけれど、不安なところもあります」
「ロザがそう言うなら、俺たちはどうなるんだ」
ガブが大げさに肩を落とし、四人で笑い合った。
数日後。
研究科棟の掲示板には、多くの学生が集まっていた。
「出てる!」
「順位が張り出されたぞ!」
私は人混みをかき分け、掲示板の前へ立つ。
一番上。
首席 ノア・ハーバル
そのすぐ下。
次席 ロザモリア・アルヴェイン*
「おめでとう!」
ガブが真っ先に声を掛けてくる。
「また次席だな!」
「おめでとうございます、ロザ」
リリーも嬉しそうに微笑む。
「ロザモリアさん、本当にすごいです」
エレノアさんも自分のことのように喜んでくれた。
「ありがとうございます」
私は三人へ頭を下げる。
素直に嬉しい。
学院中から集まった優秀な学生の中で次席。
前世の自分なら、想像もできなかった結果だ。
けれど、掲示板の一番上を見上げる。
(また届きませんでした)
ノア様。
今回も、あなたが首席でした。
悔しい。
その気持ちは隠せなかった。
以前なら、その才能の差へ落ち込んでいただけかもしれない。
でも今は違う。実習を経験し、一緒に行動して分かった。
知識だけではない。
状況判断や冷静さ。それから視野の広さ。
そのすべてで、まだ及ばない。
だからこそ。
(追い付きたい)
その思いは、前よりもずっとはっきりしていた。
「次は勝てるといいな」
ガブが笑いながら言う。
私は小さく笑い返す。
「ええ」
「次こそは」
その言葉に偽りはない。
◇
終業式が終わると、学院は一気に冬休みの雰囲気へ包まれる。
学生たちは荷物をまとめ、それぞれの故郷へ帰る準備を始めていた。
私は寮へ戻り、帰省用の荷物をまとめて玄関へ向かった。
「お嬢様」
聞き慣れた声に顔を上げる。
そこには旅行鞄を手にしたアンナが立っていた。
「終業式、お疲れ様でございました」
「ありがとう、アンナ」
「お荷物はこちらでお持ちいたします」
慣れた手付きで旅行鞄を受け取るアンナを見て、私は自然と笑みを浮かべる。
「また一緒に帰れますね」
「はい。旦那様も奥様も、お嬢様のお帰りを心待ちにされております」
「私も早くお父様やお母様に会いたいです」
二人で並んで学院を後にし、王都中央駅へ向かった。
◇
駅につくと、ホームには帰省する学生たちで賑わっている。
「ロザ!」
聞き慣れた声がする。
「リリー」
リリーがこちらへ手を振り、その隣にはガブの姿もあった。
「また途中まで一緒ですね」
「ええ」
夏と同じように、魔道列車へ乗り込む。
窓の外では、冬の澄んだ青空がどこまでも広がっていた。
列車が静かに動き始める。
学院で過ごした後期も、あっという間だった。
魔獣との遭遇や新しい経験。
そして、自分の未熟さを知ったこと。
そのすべてが、私を少しだけ成長させてくれた気がする。
窓へ映る自分の姿を見つめ、私は小さく呟いた。
「次の学期は、もっと成長してみせます」
その決意を胸に、魔道列車は雪化粧を始めた王都をゆっくりと離れていった。