TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います 作:Fiomia
学院で初めてのお友達
夜も更けて、窓の外には静かな雪が降っていた。
私は机の引き出しから、一冊のノートを取り出す。
学院へ入学するとき、お父さんが持たせてくれた日記帳だ。
『毎日でなくてもいい。あとで読み返した時に、きっと宝物になる』
そう言われて始めたものだけれど、忙しい日は書けないことも多い。
それでも、今日は書いておきたかった。
私はペンを取り、最初の一行を書き始める。
――学院へ入学して、1年が終わりました。
そこまで書くと、自然とこの一年のことが頭へ浮かんできた。
◇
入学式の日のことは、今でもよく覚えている。
私は人見知りだ。
実家では商会の人たちと話す機会もあったけれど、それは仕事だから話せただけ。
同年代の子と友達になるのは、本当に苦手だった。
(友達、できるかな……)
学院へ向かう馬車の中でも、そんなことばかり考えていた。
そしてあの日。
共通教養の教室の前で、一人立ち尽くしていた私へ最初に声を掛けてくれたのは、ロザモリアさんとリリアンさんだった。
お二人とも伯爵令嬢。
一人は、入学試験でも上位だった、陽の光を集めたような金色の髪のとても綺麗な女の子。
もう一人は、銀色に近い金髪をした雰囲気の柔らかい女の子。
ぶつかった相手へ何度も謝ってしまった私を見ても、笑ったり呆れたりせず、「大丈夫ですか」と優しく声を掛けてくれた。
最初は緊張して、自分が何を話したのかもよく覚えていない。
それでも、魔道具の話になった途端、夢中で話してしまった私を二人は楽しそうに聞いてくれた。
あの時、勇気を出して「また、お話ししていただけますか」と尋ねて本当に良かったと思う。
私は日記へ小さく書き足す。
『初めて友達ができました』
文字を見るだけで、少し照れくさくなった。
◇
友達になってから、三人で王都を歩いた日も楽しかった。
学院の外で遊ぶなんて、小さい頃以来だったかもしれない。
喫茶店へ寄って、お菓子を食べて、お店を見て回って。
ロザモリアさんとリリアンさんは貴族なのに、私へ気を遣わせないよう自然に話してくれた。
私は人と話すのが得意じゃない。
会話が止まると、何か言わなくちゃと焦ってしまう。
でも二人といる時は、不思議とそんなことを考えなくて済んだ。
沈黙になっても気まずくならない。
それが、とても心地良かった。
ふと、私は自分の腕を見る。
昔から背が高かった。
今では178センチ。
お父さんには「商会を継ぐなら堂々としていて良い」と言われる。
それでも、街を歩けば目立つ。
初対面の人は、だいたい一度驚いた顔をする。
だから私は、なるべく小さく見えるよう無意識に背中を丸めてしまう癖が付いていた。
隣を歩くロザモリアさんは、私とは正反対だった。
小柄で、金色の髪がさらりと揺れて、まるで物語に出てくるお人形みたいに可愛い。
王都を歩いている時も、何人もの人が振り返っていた。
(少しだけ、羨ましいな)
そう思ったことはある。
もし私も、あんなに可愛かったら。
もっと人前へ出ることが怖くなかったのかな、と。
でもその考えは、すぐに消えてしまう。
私は何度も見てきたからだ。
講義が終わっても研究室へ向かう姿。
図書館で難しい本を読み続ける姿。
分からないことがあると、納得するまで考え続ける姿。
前期試験で次席だった日。
周りのみんなは「すごい」と褒めていた。
でも、一番悔しそうだったのはロザモリアさん本人だった。
首席へ届かなかった。
ただ、それだけの理由で。
(すごい人だな)
私はそう思う。
もし私が次席だったら、きっと大喜びしていた。
でもロザモリアさんは違う。
そこで満足しない。
もっと前へ進こうとする。
だから私は、あの人を見るたびに思う。
綺麗だから憧れるんじゃない。
努力を続けられる人だから、憧れるんだ。
そう書こうとして、私は少しだけ笑った。
何だか照れくさい。
だから日記には、少しだけ短く書くことにする。
『ロザモリアさんは、今日も頑張っていました。私も負けないように頑張ろうと思います』
その一文を書き終えると、私は少しだけ満足してペンを置いた。
そしてページをめくり、もう一つ思い出を書き始める。
――素材採取実習。
あれは、きっと一生忘れられない出来事になる。
最初は、本当に楽しかった。
みんなで森を歩いて、薬草を探して。
リリアンさんは植物のことをよく知っていて、葉っぱの違いだけで種類を見分けてしまう。
「領地で教わったことがあるんです」
そう笑っていた姿が印象に残っている。
ガブリエルさんは前を歩いて道を作ってくれて、ロザモリアさんとハーバルさんは採取した素材について研究科らしい話をしていた。
私は、持ってきた魔力濃度計で周囲を測っていた。
商会の試作品。まだ試験でしか使ったことがない魔道具。
正直、少し不安だった。
本当に正しい数値が出るのか。
もし故障していたらどうしよう。
そんなことを考えながら測定していた。
だから、針が大きく振れた時は、まず自分の目を疑った。
(壊れた……?)
そう思って何度も測り直した。だけど結果は同じ。
それでもあの時は、誰も「故障じゃない?」とは言わなかった。
「どれくらい異常なんですか?」
ロザモリアさんは最初にそう聞いてくれた。
数値の意味を確認して、それから全員が警戒してくれた。
あの一言が、すごく嬉しかった。
私の話を信じてもらえた。
商会の娘としてではなく、一人の仲間として見てもらえた気がした。
だから、怖かったけれど頑張れたんだと思う。
◇
魔獣が現れた時は、本当に足が震えた。
私は戦えない。
できることは測ることだけ。
だから必死で魔力濃度計を見続けた。
北東だけ数値が高いこと。
南西へ行けば数値が下がること。
それを伝えると、ハーバルさんはすぐ地図を広げて考え始め、結論を出すまではあっという間だった。
「こちらへ撤退します」
そう言って、みんなへ指示を出していく。
ガブリエルさんとハーバルさんが前へ。
ロザモリアさんが魔法で援護。
私は測定。
リリアンさんが地図と周囲を確認する。
あの時のみんなは、本当に格好良かった。
もちろん、一番印象に残っているのはロザモリアさんだ。
一度魔獣に飛び掛かられそうになって怖かったはずなのに、魔法式展開器を握る手は震えていなかった。
必要な魔法式を選び、状況を見ながら援護を続ける。
普段の研究と同じように、一つずつ考えていた。
(すごいな……)
私は後ろから、その姿を見ていた。
きっと本人は、自分がすごいなんて思っていない。
後で話した時も、
「もっと周囲を見なければいけませんでした」
そんな反省ばかりしていた。
あんなに頑張ったのに。
あんなにみんなを助けたのに。
それでも満足しない。
やっぱりロザモリアさんらしいと思った。
◇
私は日記の最後のページへ、ゆっくりとペンを走らせる。
『ロザモリアさんは、誰も見ていないところでも努力しています』
朝早く研究室へ向かう姿。
図書館で遅くまで本を読んでいる姿。
休み時間にも魔法式を考えている姿。
きっと、私が知らない努力もまだたくさんあると思う。
だから試験で次席を取れる。だから先生たちから期待される。
でも一番すごいと思うのは、そこじゃない。
どれだけ頑張っても、「まだ足りない」と前を向けること。
その強さが、私には羨ましい。
私は昔から、自分に自信がない。
背が高いことも、人前で話すのが苦手なことも、ずっと気にしてきた。
だから、何か新しいことへ挑戦する前に諦めてしまうこともあった。
だけど学院へ来て、ロザモリアさんと出会って。
少しだけ考え方が変わった。
少しずつでもいい。
昨日の自分より前へ進めたら、それでいいんだ。
最後に私は、小さく書き加える。
『私も、ロザモリアさんみたいに努力できる人になりたい』
インクが乾くまで少し待ってから、日記をそっと閉じた。
窓の外では雪が静かに降り続いている。
学院で過ごした一年。
初めてできた友達。
忘れられない思い出。
その全部が、この一冊へ詰まっていた。
私は日記を胸へ抱き寄せ、小さく微笑む。
「二年生も、頑張ろう」
そう呟くと、部屋の灯りを消し、静かな夜の中で眠りについた。