TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います 作:Fiomia
研究室へ配属
春の柔らかな陽射しが、魔道列車の窓から差し込んでいた。
冬期休暇も終わり、私たちは再び王都へ向かっている。
向かいの席ではアンナが荷物を整えながら微笑んだ。
「もう二年目になりますね、お嬢様」
「ええ」
昨年は学院へ向かうだけで胸がいっぱいだった。
入学式に初めての講義、そして実習。それからノア様との出会い。
リリーやガブ、エレノアと過ごした日々。
思い返せば、この一年だけで本当に多くの経験を積んだ。
「少しだけ、落ち着いて学院へ戻れそうです」
そう口にすると、アンナが嬉しそうに頷く。
「お嬢様がそう仰るようになったのも、ご成長の証ですね」
「そうでしょうか」
「ええ。去年は王都へ着くまで何度も講義予定表をご覧になっていましたから」
「……そんなこともありましたね」
少し恥ずかしくなって笑ってしまう。
楽しみで落ち着かなかったのだ。
あの頃の私も、今思えば少し子どもらしかった。
◇
学院へ到着すると、見慣れた校舎が迎えてくれた。
石造りの建物に広い中庭。
魔道ランプの並ぶ回廊。
「戻ってきましたね」
思わずそう呟くと、アンナも同じ景色を眺める。
「はい、お嬢様」
「今年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそお願いします」
学生寮の前まで来ると、アンナは自然な動きで荷物を持ち上げた。
「わたくしは宿舎へ荷物を置いてまいります」
「お嬢様は先に研究科の説明会へ向かわれた方がよろしいでしょう」
「有難うアンナ。そうします」
二年次最初の日程は研究室配属の説明だった。
「では、後ほど」
「はい」
アンナへ軽く手を振り、私は研究棟へ向かう。
去年なら迷っていた道も、今では身体が覚えていた。
◇
魔法学研究科の講義室には、既に多くの学生が集まっていた。
前から二列目。
一年間座り慣れた席へ腰掛けると、ほどなくしてノア様が入ってくる。
こちらへ気付くと、小さく会釈をした。
「おはようございます、ロザモリアさん」
「おはようございます、ノア様」
簡潔な挨拶。
それだけなのに、不思議と学院へ戻ってきた実感が湧いてくる。
「冬休みはいかがでしたか」
「研究書を読んでいました」
やっぱり。
予想どおりの返事だった。
「そうでしたか」
「ロザモリアさんは」
「実家へ帰省しておりました」
そこまで話したところで、教師が教壇へ立つ。
講義室が静まり返った。
「二年次からは研究室へ所属してもらいます」
「本日、その配属を発表します」
教室の空気が少しだけ張り詰める。
一年間の成績や希望をもとに決まる配属だ。
私は自然と手へ力が入っていた。
「アルヴェイン嬢」
「はい」
「ヴィオレット研究室」
思わず胸をなで下ろす。
(良かった……)
幼い頃から憧れてきた先生。
学院へ入るきっかけをくださった恩師。
その研究室へ入れたことが素直に嬉しかった。
続いて。
「ハーバル君」
「ヴィオレット研究室」
ノア様も同じだった。
やはり首席だけある。
そして。
「グランベル嬢」
「ヴィオレット研究室」
「……え?」
教室の後ろから小さく驚いた声が聞こえた。
振り向くと、エレノアが目を丸くしている。
研究科ではないエレノアの名前が呼ばれたからだ。
教師がすぐに説明を加える。
「グランベルは学科横断研究制度による配属だ」
「魔道産業経営科からの推薦を受けている」
「研究補助ならびに実用化検証の担当となる」
その説明に、教室のあちこちで納得したような声が上がる。
魔道具に関する知識は、私たち研究科の学生にも負けていない。そんなエレノアなら納得だ。
研究成果を実用化するには、きっと欠かせない存在になる。
説明会が終わると、私たちは指定された研究棟へ向かった。
廊下を歩きながら、エレノアが少し照れくさそうに笑う。
「ろ、ロザモリア」
「まさか一緒になるとは思いませんでした」
「私もです」
「でも、とても心強いです」
そう答えると、エレノアは少し安心したように微笑んだ。
ノア様も私たちの横へ並ぶ。
「ヴィオレット先生の研究は、実用化を重視していると聞いています」
「グランベルさんの知識は有用でしょう」
「は、はい……!」
エレノアは少し慌てながらも、嬉しそうに頷いた。
私も自然と笑みが浮かぶ。
一年前は、それぞれ別々の場所で学院生活を始めた。
でも今は違う。互いの実力を知り、信頼できる仲間として同じ研究室へ集まっている。
ヴィオレット研究室と書かれた木製の扉を開くと、薬草の香りと紙の匂いが混ざった、どこか懐かしい空気が迎えてくれた。
壁際には本棚が並び、その間には大小さまざまな魔道具が整然と置かれている。
実験台には魔法式展開器や測定器具、見たことのない試作機まで並んでいた。
「皆さん、ようこそ」
奥から聞き慣れた声がする。
白衣姿のヴィオレット先生だった。
「配属、おめでとうございます」
「ありがとうございます、ヴィオレット先生」
私たち三人は揃って頭を下げる。
先生は穏やかに微笑みながら、一人ずつ視線を向けた。
「ロザモリアさん」
「一年ぶりに、一緒に研究できますね」
「はい」
その一言だけで胸が温かくなる。
幼い頃、初めて魔法を教えてくださった先生。
学院へ入るという夢を与えてくださった先生。
その研究室へ、本当に所属できたのだ。
「では、まず研究室の方針を説明しましょう」
私たちは実験台を囲むように椅子へ座る。
ヴィオレット先生は黒板へ一つの文章を書いた。
『現実の課題を魔法で解決する』
それだけだった。
「これが、この研究室の理念です」
先生はゆっくりと言葉を続ける。
「魔法式の理論を研究することも大切です」
「新しい現象を発見することも、もちろん価値があります」
「ですが、それだけでは社会は変わりません」
先生は窓の外、王都の街並みへ目を向けた。
「誰かが困っていることや生活が少し不便なこと、もっと良くできること。そうした現実の課題を見つけ、魔法で解決する。それがこの研究室の目的です」
私はその言葉を聞きながら、小さく微笑んだ。
(やっぱり)
ヴィオレット先生らしい。
先生は昔からそうだった。
難しい魔法式を教える時も、必ず最後には、
『この魔法は、どんな人の役に立つでしょう』
そう問い掛けてくださった。
魔法は知識を競うためのものではない。
人を助けるためにある。
その考え方は、何年経っても変わっていなかった。
「先生」
私は自然と手を挙げていた。
「研究テーマは、それぞれが決めるのでしょうか」
「ええ」
ヴィオレット先生は頷く。
「ただし、一つ条件があります」
「必ず『誰の、どんな課題を解決したいのか』を最初に明確にしてください」
「その先に研究テーマがあります」
理論から始めるのではない。
課題から始める。
研究者としては少し意外な順番だった。
でも。
(それが先生なんですね)
理論は目的ではなく手段。
誰かの役に立つための研究。
そう考えると、不思議なくらい納得できた。
「わ、私は……」
隣でエレノアが恐る恐る口を開く。
「魔道具を作る時も、まず誰に使ってもらうかを考えます」
「商会でも、それが基本なので」
「素晴らしい考えです」
ヴィオレット先生は嬉しそうに頷いた。
「グランベルさんには、その視点を期待しています」
「研究者は時に理論へ夢中になり、利用者を忘れてしまいます」
「皆さんには互いの得意分野を生かしてほしいのです」
エレノアは少し照れながらも、どこか誇らしそうだった。
「ハーバルさんは、どう思いますか」
先生が尋ねる。
ノア様は少しだけ考えてから答えた。
「薬学も同じです」
「薬を作ることではなく、患者を治すことが目的です」
「研究も手段であるという考え方には賛成です」
「ありがとうございます」
ヴィオレット先生は満足そうに微笑んだ。
私は二人のやり取りを聞きながら、この研究室へ来られたことを改めて嬉しく思う。
研究が好きな人。
魔道具を現実へ届けたい人。
薬で人を救いたい人。
目指す分野は違っても、向いている先は同じだと思った。
「それでは」
ヴィオレット先生が研究室の奥を指差す。
「こちらが皆さんの作業机です」
三つの机が並んでいる。
窓際には私。
その隣にノア様。
向かいにエレノア。
自然と顔を見合わせると、エレノアが少し笑った。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「よろしくお願いいたします」
私たちはそれぞれの机へ荷物を置く。
窓から吹き込む春風が、机の上の白紙を静かに揺らした。
ここから始まる日々が、どんな発見へつながるのか。
期待は、去年学院へ入学した時よりも、ずっと大きく膨らんでいた。