TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います 作:Fiomia
春の柔らかな陽射しが学院の中庭を照らしていた。
研究室配属初日から数日が過ぎ、講義の日程もようやく落ち着いてきた休日の朝。私は約束どおり学院正門の前でリリーを待っていた。
「ロザ!」
聞き慣れた声に振り向くと、リリーが軽やかに手を振りながら駆け寄ってくる。
「お待たせしました」
「全然待ってないよ」
その後ろから、少し控えめな足取りでエレノアも姿を見せた。
「お、お待たせしました……」
「いえ、私も今来たところです」
三人揃って街へ出掛けるのは、第一章の初めに王都を散策して以来だった。
「今日はどうします?」
私が尋ねると、リリーが満面の笑みで答える。
「まずは服を見に行きましょう!」
「え?」
「ロザ、普段あまりにも地味なんですもの」
「そうでしょうか」
「そうだよ!」
即答だった。
エレノアも、おずおずと頷く。
「ろ、ロザモリアも、お綺麗なのですから、もっと色々なお洋服を着ても……いいと思います」
二対一。
どうやら最初から勝負は決まっていたらしい。
◇
王都でも人気だという服飾店へ入ると、色鮮やかな洋服が所狭しと並んでいた。
春らしい淡い色合いのワンピース。
繊細な刺繍の入ったブラウス。
帽子や髪飾りまで揃っている。
「わぁ……」
リリーは目を輝かせながら店内を見回していた。
「可愛いお店ですね」
「ええ。女性のお客様に人気なんですよ」
店員も笑顔で応じる。
私は並んだ服を見渡しながら、思わず首を傾げた。
普段着としては少し華やかなものが多い。
学院では制服。
社交の場では礼装。
実家では動きやすさを重視した落ち着いた服。
そう考えると、こうした可愛らしい私服を選ぶ機会は今までほとんどなかった。
「ロザ」
いつの間にか、リリーが一着のワンピースを手にしていた。
淡い水色を基調に、小さな白い花の刺繍が裾へ散りばめられている。
「これ!」
「え……?」
「ロザに絶対似合います!」
「そ、そうでしょうか……」
「はい」
エレノアまで真剣な表情で頷く。
「ロザモリアなら、お似合いになると思います」
「でも、少し可愛らしすぎるような……」
「そこがいいのです!」
リリーは私の背中を押すように試着室へ案内した。
「ほらほら!」
「ちょ、ちょっと待ってください」
気付けば店員まで微笑みながら後押ししている。
完全に逃げ道がなかった。
◇
「どうですか?」
恐る恐る試着室の扉を開く。
二人がこちらを向いた。
「…………」
「…………」
「…………」
何だろう。この沈黙は。
「やっぱり変でしたか?」
そう尋ねようとした瞬間。
「可愛い!」
リリーが勢いよく駆け寄ってきた。
「すごく可愛い!」
「ロザ、もっと普段から、こういう服を着ましょう」
「い、いえ……」
答えに詰まる。
エレノアも少し頬を緩めていた。
「とても……その……」
「お綺麗です」
「ありがとうございます」
そう言われると、ますます落ち着かない。
鏡を見る。
確かに似合っているとは思う。
前世の男性だった頃の感覚で考えても、整った顔の少女が着れば映える服だ。
でも。
(なんでしょう、この恥ずかしさは……)
学院の制服なら平気だった。
礼装も、社交の場だからと割り切れた。
けれどこれは違う。
ただ街を歩くためだけの服。
「可愛い」と言われることを前提に作られた服を、自分から選んで着るという行為に、まだどこか抵抗があった。
前世では無縁だった感覚だからだろうか。
それとも。
私は鏡に映る自分を見つめる。
(……女の子らしい服だから、でしょうか)
以前ほど強い違和感はない。
それでも、自分からこういう服を選ぶには、まだ少し勇気が要る。
「ロザ?」
リリーが不思議そうに覗き込む。
「似合わないって思ってる?」
「いえ、そうではないのですが……」
言葉を探す。
「制服や礼装とは違って、普段着は、自分の好みが表れるでしょう?」
「そうですね」
「だから少しだけ、気恥ずかしいのです」
リリーは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「ロザらしい理由だね」
「そうでしょうか」
「うん。でも、その服は本当に似合ってます」
「たまには可愛い服も着ましょう」
そう言われると、強く否定する気にはなれなかった。
鏡の中の私は、ほんの少しだけ照れくさそうに笑っていた。
店を出る頃には、紙袋が一つだけ私の手に増えていた。
「結局、買ってしまいましたね」
「いいじゃないですか」
リリーは満足そうに笑う。
「せっかく学院生活なんだから、おしゃれも楽しまないともったいないです」
「そういうものなのでしょうか」
「そういうものです!」
力強い返事。
エレノアも紙袋を見ながら、小さく微笑む。
「きっと、アンナさんも喜ばれると思います」
「そうでしょうか」
「はい。きっと『お嬢様によくお似合いです』って」
思わずその様子が目に浮かび、小さく笑ってしまう。
「……そうかもしれませんね」
◇
店を出ると、春とは思えない暖かな風が頬を撫でた。
日差しも思いのほか強い。
「今日は暑いね」
リリーが帽子でぱたぱたと風を送る。
「まだ夏じゃないのに」
「確かに、少し歩いただけで汗ばみますね」
私も額へ手を当てる。
魔法研究科の校舎は石造りだから気にならなかったが、こうして街を歩くと陽射しの強さを実感した。
エレノアが少し考えるように辺りを見回し、ふと思い出したように言う。
「あの……」
「冷菓のお店が近くにあります」
「行ってみませんか?」
「賛成!」
リリーが即答する。
「私もちょうど冷たいものが食べたかった!」
◇
案内された店は、それほど大きくはないものの、店先には何組もの客が並んでいた。
ガラスケースの中には色とりどりの冷菓が並んでいる。
果実を使った鮮やかなシャーベット。
濃厚そうなミルクアイス。
木の実や蜂蜜を添えたものまである。
「わぁ……」
リリーは目を輝かせた。
「どれも美味しそう」
私は並んだ品を見比べる。
「随分種類があるのですね」
「最近人気なんです」
店員が笑顔で説明してくれた。
「冷蔵魔道具のおかげで、前より作りやすくなりまして」
その言葉に、エレノアが少しだけ反応した。
「そうなんですね」
注文を済ませ、三人で窓際の席へ座る。
しばらくして運ばれてきた冷菓は、それぞれ違うものだった。
リリーは濃厚なミルクアイス。
「やっぱり定番!」
と嬉しそうだ。
私は果実のシャーベット。
ほんのり柑橘の香りが漂っている。
エレノアは木の実を添えた少し控えめな大きさのものだった。
「いただきます」
三人同時に一口。
ひんやりとした冷たさが口いっぱいに広がる。
「美味しい……」
思わずそう漏らすと、リリーも満面の笑みで頷いた。
「暑い日に最高!」
「果実の酸味も爽やかですね」
私が言うと、エレノアも小さく微笑む。
「このお店、私も好きなんです」
少しの間、三人とも夢中で冷菓を味わった。
穏やかな時間だった。
ふと私はガラスケースの奥へ目を向ける。
そこには金属製の箱が据え付けられていた。
魔力媒体らしき宝石も見える。
「あれが冷蔵魔道具でしょうか」
私が尋ねると、エレノアが頷いた。
「はい」
「かなり大きなものですね」
「ええ。しかも、とても高価なんです」
その表情が少し曇る。
「こういうお店だから置けていますけど、小さなお店にはなかなか……」
「そんなに違うものなのですか?」
「はい」
エレノアは少し考えてから説明した。
「本体も高いですし、魔力媒体の交換も必要です。それに動かすための魔力も結構使います」
「だから冷たいお菓子を扱えるお店は、まだ王都でも限られているんです」
「なるほど……」
リリーも頷く。
「ハートウェル領じゃ見たことないかも」
「そうですね」
「冷菓を食べられるだけでも、王都ならではという感じです」
エレノアは少し寂しそうに笑った。
「もっと安くできれば、地方のお店でも使えるようになるんですけど……」
「実家でも、そういう話はよくしています」
私はもう一度、店の奥の冷蔵魔道具を見る。
大きい。
複雑そうな構造。
そして、高価。
(もっと簡単にできないのでしょうか)
ふとそんな考えが頭をよぎる。
魔法式を見てみたい。
どんな魔法式を組み合わせているのだろう。
冷やすとは、そもそも何をしているのだろう。
魔力効率は?補助構文は?
もし標準魔法式の解釈を――
「……ロザ?」
気が付くと、リリーが苦笑しながらこちらを見ていた。
「え?」
「また考え込んでる」
「ええ」
エレノアもくすっと笑う。
「さっきまで普通にお話ししていたのに、急に冷蔵魔道具を見つめ始めました」
「そんなに分かりやすかったでしょうか」
「とても」
二人の声が重なる。
思わず苦笑するしかなかった。
「少しだけ、興味が湧いてしまって」
「少しじゃないよ」
リリーは肩をすくめる。
「ロザは研究の話になると、周りが見えなくなるもの」
「否定できません……」
エレノアが嬉しそうに微笑む。
「でも、そういうところもロザモリアらしいです」
私は照れ隠しにシャーベットをもう一口運んだ。