TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います   作:Fiomia

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原因分析

研究室へ戻ると、私たちは試作機をそのまま実験台へ運び込んだ。

学院では期待どおりの性能を示した。

けれど、グランベル商会では明らかに冷却性能が落ちていた。

失敗というほどではないし、冷えないわけでもない。

ただ、私たちが目標としていた性能には届かなかった。

 

「まずは違いを洗い出しましょう」

 

ヴィオレット先生が黒板へ向かう。

 

「学院と商会で異なる条件を、一つも漏らさず書き出してください」

 

「はい」

 

私たちはそれぞれ資料を広げた。

私は実験記録を見返しながら、学院で測定した数値と商会での測定結果を書き並べていく。

まず室温に湿度……こちらは問題なし。

 

「冷媒は同じロットでした」

 

エレノアが資料をめくりながら言う。

 

「搬入前にも成分分析を行いましたが、差異はありません」

 

「魔法式も一致しています」

 

私は試作機に刻まれた魔法式をもう一度確認する。

 

「刻印の乱れも見当たりません」

 

「部品精度も問題ありません」

 

ノア様も短く答えた。

そうやって、一つずつ候補を潰していく。

 

「そういえば」

 

エレノアが何かを思い出したように顔を上げた。

 

「商会で使っている魔力濃度計の記録を持ってきています」

 

「魔力濃度ですか?」

 

「はい。工房では定期的に測定していますので」

 

彼女は一枚の記録紙を机へ広げた。

私は数字へ目を落とす。

 

「……22.9リヒト」

 

学院で測定した記録を見る。

 

「こちらは19.8リヒト……」

 

約3リヒト。

数字だけ見れば、それほど大きな差には思えない。

けれど。

 

「ノア様」

 

「はい」

 

「以前、先生が人間の生活圏では18から22リヒト程度と仰っていましたよね」

 

「ええ」

 

ノア様も記録を見比べる。

 

「商会は、その上限を少し超えてますね」

 

私はしばらく数字を眺めた。

 

(環境魔力濃度……)

 

その言葉に覚えがあった。

 

「そういえば」

 

自然と一年次の素材採取の出来事が頭に浮かぶ。

魔獣の縄張りの変化、そして原因と思われた環境魔力濃度の異常。

あの時も、私たちが魔獣と遭遇した地点では魔力濃度が高くなっていた。

 

「最近、国内各地で環境魔力濃度が乱れているという話がありましたね」

 

私が呟くと、ヴィオレット先生も静かに頷く。

 

「ええ。確かに王立魔法研究院でも継続的に観測されています」

 

「地域によっては平年より数リヒト高い場所もあるそうで、地域によってはもっと大きな変動が観測されている場所もあるとか」

 

「今回も、その影響でしょうか」

 

先生は腕を組み、少し考えてから答えた。

 

「可能性は高いでしょう」

 

「実証実験を行った商会は、学院より環境魔力濃度が高かった」

 

「それが試作機へ影響したと考えるのが自然です」

 

私は胸のつかえが少しだけ下りるのを感じた。

少なくとも、一つの候補が見つかった。

 

「原因候補が分かっただけでも前進ですね」

 

エレノアも安心したように微笑む。

 

「はい」

 

私も頷いた。

研究は失敗ではない。新しい条件が見つかっただけだ。

前向きに考えれば、それだけ検証が進んだということになる。

 

けれど一つ納得すると、別の疑問が浮かんできた。

私は商会で比較対象として並べられていた既存の冷蔵魔道具を思い出す。

 

「あの……それなら、一つ説明できないことがあります」

 

ノア様がこちらを見る。

 

「何でしょう」

 

「商会で使われていた既存の冷蔵魔道具は、普通に動いていました」

 

「あれも同じ環境魔力濃度だったはずです。なのに性能低下は起きませんでした」

 

環境魔力濃度だけが原因なら、既存機にも同じ現象が起きるはずだ。

 

「つまり」

 

私は試作機へ視線を向ける。

 

「環境魔力濃度が高かったことだけでは説明が足りません」

 

「今回の試作機だからこそ、性能が落ちた理由があるはずです」

 

ノア様は数秒考え込むと、小さく頷いた。

 

「ええ」

 

「問題は、その違いですね」

 

私は試作機と分解図を交互に見つめた。

答えは、きっとここにある。

私たちが削り、整理し、効率化した魔法式のどこかに。

 

私は試作機の分解図を机へ広げた。

隣には、以前写し取った既存機の魔法式。

何度も見比べた図面。

 

「違いは……」

 

自然と指先が動く。

標準圧縮式……標準加速式……補助構文……魔力流路。

一つずつ追い掛けていく。

 

「ロザモリアさん」

 

ノア様が何かに気づいたように既存機の図面を手元へ引き寄せた。

 

「以前、私たちは何をしましたか」

 

「補助構文を整理しました」

 

「ええ」

 

「なぜ整理したのでしょう」

 

「魔力効率を上げるためです」

 

答えながら、少しずつ思考が繋がっていく。

ノア様は既存機の魔法式を指差した。

 

「こちらは補助構文が非常に多い」

 

「一方で試作機は、必要最低限まで削っています」

 

「つまり」

 

私は思わず顔を上げる。

 

「効率だけを見れば、試作機の方が優秀です」

 

「その通りです」

 

ノア様は静かに頷いた。

 

「では、この補助構文は本当に無意味だったのでしょうか」

 

私はもう一度、既存機の魔法式を見る。

以前は、『同じ役割が重複している』から『整理できる』と考えていた。

けれどもし、それが別の役割も担っていたとしたら。

 

「……外乱」

 

私は小さく呟く。

 

「おそらく」

 

ノア様は短く答えた。

 

「環境魔力濃度が変動すると、魔法式へ流れ込む外部魔力も僅かに変化します」

 

「補助構文が多ければ、その変化を少しずつ吸収できます」

 

私は試作機へ視線を向ける。

 

「つまり、私たちは補助構文を減らしすぎた。その結果、外部環境の変化を直接受けるようになった……」

 

「その可能性が高いでしょう」

 

私は椅子へ深く腰掛け、思わず苦笑してしまった。

 

「皮肉ですね」

 

「効率だけを求めた結果、環境には弱くなってしまいました」

 

ヴィオレット先生も静かに頷いた。

 

「工業製品ではよくあることです」

 

「最高性能だけを追求すると、実際の使用環境では扱いづらくなる」

 

「設計とは、常に何かとの折り合いなのです」

 

その言葉が胸へ残る。

魔道式は、効率が高いほど優れていると思っていた。

でも違う。

使う人がいて使う場所がある。現実で使えることも、性能の一つ。

エレノアが商会から持ち帰った資料をめくる。

 

「冷蔵魔道具だけではありません」

 

「照明魔道具も、給湯魔道具も、どれも補助構文がたくさん入っています」

 

「全部、同じ考え方なのかもしれません」

 

「長年の経験ですね」

 

ヴィオレット先生が資料へ目を落とす。

 

「理論ではなく、実際に使い続けた結果として積み重ねられた設計思想です」

 

私は既存機へ少しだけ頭を下げたい気持ちになった。

私たちは「無駄」だと思っていた。

でも、それは無駄ではなかった。

長年積み重ねられた技術者たちの知恵だったのだ。

 

「では」

 

私はノートを開く。

 

「補助構文を戻しましょうか」

 

しかし、言った直後に首を横へ振る。

 

「……いえ」

 

「それでは元へ戻るだけですね」

 

ノア様も同意する。

 

「魔力効率も悪化します」

 

「研究の意味がありません」

 

また振り出しだ。

効率は維持したい……でも外乱には強くしたい。

両方を満たす方法はないのだろうか。

研究室へ静かな時間が流れる。

誰もすぐには口を開かない。

 

「先生」

 

エレノアが遠慮がちに声を掛ける。

 

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「どうぞ」

 

「外の魔力が入ってくることが原因なら……」

 

少し考えながら言葉を続ける。

 

「入ってこないようにする材料は、ないのでしょうか」

 

私ははっと顔を上げた。

 

「材料……」

 

ヴィオレット先生が少しだけ目を細める。

 

「あります」

 

研究室の全員が先生を見る。

 

「魔力絶縁体です」

 

その言葉は聞いたことがあった。

魔力を通しにくい特殊素材。

魔道具の安全装置にも使われる材料だ。

 

「もし外部からの魔力だけを遮断できれば」

 

先生は試作機へ視線を向ける。

 

「補助構文へ頼らなくても、環境の影響を減らせるかもしれません」

 

私はノートへ書き留める。

魔力絶縁体。

補助構文を増やすのではない。

環境そのものを遮断する。

それは、今までとはまったく違う発想だった。

 

「試してみる価値はありますね」

 

私がそう言うと、ノア様も静かに頷く。

 

「ええ」

 

「まずは絶縁性能を調べるところから始めましょう」

 

エレノアも嬉しそうに微笑んだ。

 

「商会でも材料を探してみます」

 

新しい課題が見つかった。

でも、それは行き止まりではない。

次へ進むための、新しい道だ。

 

私はノートを閉じ、小さく息をつく。

研究とは、思っていた以上に遠回りの連続だ。

それでも一つ謎が解けるたび、その先には必ず新しい景色が待っている。

そんな予感を胸に、私たちは次の実験へ向けて動き始めた。

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