TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います 作:Fiomia
ロザの様子
冬期休暇を迎えた私たちは、今年も魔道列車でそれぞれの領地へ帰ることになった。
王都から延びる路線は、まずハートウェル領へ至り、その先にアルヴェイン領がある。だからロザとは今年も途中まで一緒の旅。
わたくしはリリアン・ハートウェル。ハートウェル伯爵家の長女です。
向かいの席へ座るロザは、窓の外へ流れる景色を静かに眺めていた。
「二年次もあっという間だったね。休暇の間は家で過ごすのですか?」
そう声を掛けると、ロザは私へ微笑み返す。
「ええ。ウィルも少しは大きくなっているでしょうし、会うのが楽しみです」
その笑顔は、いつものロザだった。
穏やかで、優しくて、相手を安心させる笑み。
でも。
(……やっぱり、少し違う)
隣領で、同い年の伯爵令嬢同士として、ロザとは幼い頃から一緒に育ってきた。
大病をして寝込んだ時も、魔法に夢中になって寝不足になっていた時も、学院でノア様に圧倒されて落ち込んでいた時も。
私はずっとロザを見てきた。
だから分かる。今のロザは笑っている。
でも、その笑顔の奥で、何かを考え続けている。
時々、ふっと意識が遠くへ行ってしまうような瞬間がある。
「リリー?」
気付けば、私の方が黙り込んでいたらしい。
「ごめんなさい。少し考え事をしていました」
「そうでしたか」
ロザはそれ以上何も聞かなかった。
昔からこうだ。話したくないことを無理に聞いてくることはない。
だから私も、同じようにする。
多分、学院で何かあったのだろうと思う。
研究のことかもしれないし、友人関係かもしれない。
あるいは、もっと別のことか……理由はいくらでも考えられる。
けれど、それを今ここで尋ねようとは思わなかった。
ロザは、一人で抱え込むことはある。
でも、本当に苦しくなれば、必ず話してくれる。
五歳の頃から、それは変わっていない。
だから今は待とうと思う。親友としてそうするのが一番だと思えた。
列車は心地よい揺れを刻みながら走り続ける。
しばらくすると、客室の扉が静かに開いた。
「お嬢様、お飲み物をお持ちしました」
ワゴンを押してきたのはアンナさんだった。
学院ではロザ付きの侍女として同行しているため、帰省の時も同じ列車へ乗っている。
「ありがとうございます、アンナ」
ロザが受け取ると、アンナさんはいつものように柔らかく微笑んだ。
けれど、その視線はほんの一瞬だけロザの顔へ留まる。
そのあと、私へも小さく会釈をしてから立ち去っていった。
短いやり取り。
(……やっぱり)
今の視線。
あれは、お嬢様の様子を気にしている人の目だ。
長年そばで仕えてきたアンナさんなら、私以上にロザの変化へ気付いていても不思議ではない。
ロザ本人だけは、いつも通り振る舞えていると思っているのかもしれない。
でも、幼い頃から彼女を知る人間には分かってしまう。
少しだけ上の空。そして何かを考え込んでいる。
そんな小さな変化が。
やがて車内放送が流れ、列車がゆっくりと速度を落としていく。
「リリー、もう着きますね」
「ええ。またお休みの間にお手紙を書きます」
「楽しみにしています」
ロザはそう言って笑った。
やっぱり、優しい笑顔だった。
だから私は、その笑顔へ微笑み返す。
今は、それでいい。
ロザが話したくなった時、その時はいつでも聞こう。
◇
ハートウェル領へ戻ると、いつもの穏やかな日常が迎えてくれた。
お父様へ挨拶を済ませ、お母様としばらく学院での出来事を話す。
夕食を終えて自室へ戻ると、机の上に一通の封筒が置かれていた。
見慣れた筆跡。
差出人の名前を見ただけで、自然と頬が緩む。
「ガブ……」
婚約者であるガブからの手紙だった。
封を切ると、整った文字が並んでいる。
騎士科での訓練のことや、来年度は実習が増えること。
私やロザ、エレノアさんたちとまた一緒に過ごせるのを楽しみにしていること。
どれも飾らない文章なのに、読んでいるだけで温かい気持ちになってくる。
婚約が決まった当初は、正直に言えば少し緊張していた。
家同士が決めた縁談。
もちろん礼儀正しく接するつもりではいたけれど、それ以上の感情を抱くことはないと思っていた。
なのに、一緒に過ごす時間が増えるうちにそれが変わっていった。
困っている人を自然に助ける姿や、誰に対しても誠実なところ。
それから真っ直ぐで、不器用なくらい真面目なところ。
気付けば、その姿を目で追うようになっていた。
そして、ある日。
(ああ、わたしはガブのことが好きなんだ)
そう気付いた。
特別な出来事があったわけではない。
積み重なった日々の中で、自然にそう思うようになっていた。
「……そういえば」
私はふと、今日のロザの表情を思い出した。
窓の外を眺めながら、何かを考え込んでいた横顔。
話しかければ笑ってくれる。
でも、その笑顔の向こうで心だけは別の場所にいるような、そんな雰囲気。
(あの頃のわたしも、あんな感じだったのでしょうか)
ガブリエル様のことを好きだと自覚する前。
理由は分からないけれど、その人のことばかり考えてしまう。
会えると嬉しい。少し話せるだけで気分が良くなる。
でも、その理由が自分では分からない。
きっと周りから見れば、今のロザと同じように見えていたのかもしれない。
私は思わず小さく笑う。
「ロザらしい」
本人はきっと、まだ気付いていない。
でも、幼い頃から一緒にいる私には分かる。
あの様子は、研究へ夢中になっている時とは少し違う。
アンナさんも、おそらく気付いている。
今日の列車で見せた視線だけで、それは十分伝わってきた。
長年ロザに仕えてきた人だ。
あの小さな変化を見逃すはずがない。
それでも、誰も何も言わない。
それがロザにとって一番自然だから。
誰かに「好きなのでしょう」と言われて気付くものではない。
自分自身で気付いて、初めて意味がある。
恋とは、きっとそういうものなのだと思う。
私は窓を開ける。
夜風が静かに部屋へ流れ込んできた。
遠くには満天の星が瞬いている。
「そのうち」
私は夜空を見上げながら、小さく呟く。
「ロザも、自分で気付くかな」
その時、きっと少し慌てる。
照れて、困って、何度も考え込んで。
それでも最後には、自分の気持ちと向き合うはず。
その時が来たら。私は今までと同じように隣で話を聞こう。
幼い頃からそうしてきたように。
そう心へ決めると、不思議と温かな気持ちになった。
私はガブからの手紙を大切に引き出しへしまい、静かに明かりを落とす。
来年度も、きっと賑やかな一年になる。
そんな予感を胸に抱きながら、私は穏やかな眠りへと落ちていった。