TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います   作:Fiomia

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魔法式

午後の柔らかな日差しが、庭の東屋へ差し込んでいた。

石畳の上には丸い机と椅子が並べられ、その上には何種類もの宝石が整然と置かれている。

赤、青、緑、透明。

大きさも形も少しずつ違う。

 

「これが今日使う魔力媒体です」

 

ヴィオレット先生は一つひとつを丁寧に並べながら言った。

 

「宝石によって刻める魔法式の量が異なります。純度が高いほど、多くの魔法式を刻めます」

 

「だから魔法ごとに宝石が違うんですね」

 

「ええ。よく気付きましたね」

 

先生は穏やかに微笑む。

俺は机へ身を乗り出した。

宝石そのものより、その中に刻まれているという魔法式の方が気になる。

 

「今日は実際に魔法式について学びましょう」

 

ヴィオレット先生は一枚の紙を取り出した。

そこには複雑な線や記号が幾重にも描かれている。

まるで回路図のようだった。

 

「これが標準照明式です」

 

「これが……」

 

俺は紙を受け取り、じっと見つめた。

一見すると意味不明な図形だ。

円と直線が繋がり、細かな記号が添えられている。

けれど、しばらく眺めているうちに奇妙な感覚が芽生えてきた。

 

(無秩序じゃない)

 

規則性がある。

似た形が繰り返されている。

同じ記号が何度も現れている。

 

「難しく見えますか?」

 

先生が尋ねる。

 

「いえ……」

 

俺は視線を紙へ落としたまま答えた。

 

「同じ形が何回も出てきます」

 

「そうですね」

 

「ここも」

 

俺は紙の一角を指差す。

 

「少し形は違いますけど、同じ役割なんじゃないですか?」

 

ヴィオレット先生が目を細める。

 

「どうしてそう思ったのですか?」

 

「全部違うものだったら、もっとバラバラになる気がして」

 

俺自身、うまく説明できない。

けれど前世の経験がそう告げていた。

同じ処理を何度も書くのは非効率だ。

共通する部分があるなら、何か意味がある。

先生は少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに静かな笑みへ戻った。

 

「その通りです」

 

「え?」

 

「そこは魔力を整えるための基本構文です」

 

基本構文。

その単語を聞いた瞬間、胸が高鳴る。

 

(やっぱり)

 

プログラムにも基本構文がある。

条件分岐。

繰り返し。

変数。

書き方は違っても、考え方は似ている。

 

「標準照明式だけではありません」

 

ヴィオレット先生は別の紙を広げた。

 

「こちらは標準治癒式です」

 

また複雑な図形が並んでいる。

けれど今度は、先ほど見た図形と共通する部分がすぐ目に入った。

 

「ここ」

 

俺は迷わず指差す。

 

「照明式にもありました」

 

「ええ」

 

「同じ意味ですか?」

 

「完全には同じではありません」

 

先生は紙を並べる。

 

「ですが、近い働きをしています」

 

やはりそうか。

全部を暗記するのではない。

共通する部品を理解する。

それを組み合わせている。

 

(ライブラリみたいなものか……)

 

思わず口元が緩む。

 

「楽しそうですね」

 

「はい」

 

隠すつもりもなく答えた。

 

「全部覚えるんじゃなくて、組み立ててるんですね」

 

その一言で、ヴィオレット先生の手が止まった。

 

「組み立てる?」

 

「はい」

 

俺は紙を見ながら続ける。

 

「お家を建てる時も、毎回違う石を作るわけじゃありませんよね」

 

「ええ」

 

「同じ形の石を並べて、お家を作ります」

 

先生は黙って聞いている。

 

「魔法式も、それに似ているのかなって」

 

必要な部品を集めて。

順番どおりに並べて。

最後に一つの魔法になる。

そんな印象だった。

ヴィオレット先生はしばらく何も言わなかった。

やがて静かに息をつく。

 

「その考え方は、誰かから教わったのですか?」

 

「いいえ」

 

俺は首を振る。

 

「紙を見ていたら、そんな気がしました」

 

もちろん、本当は違う。

前世で何千回もプログラムを書いてきた経験がある。

だから自然にそう見えるだけだ。

 

「そうですか……」

 

先生は紙へ視線を落とす。

何かを考え込んでいるようだった。

 

「ロザモリア様」

 

「はい」

 

「では、一つ考えてみてください」

 

先生は標準照明式を指差した。

 

「もし、この部分を消したらどうなると思いますか?」

 

俺は紙を見つめる。

消された部分は中央付近。

おそらく全体を繋ぐ役割だ。

 

「……光らないと思います」

 

「理由は?」

 

「ここで魔力が次へ流れているからです」

 

俺は線を指でなぞる。

 

「ここがなくなると、この先へ届きません」

 

先生は何も言わない。

 

「だから途中で止まります」

 

「なるほど」

 

静かに頷いた。

 

「正解です」

 

思わず顔を上げる。

 

「本当ですか?」

 

「ええ」

 

先生は少し困ったように笑った。

 

「普通は、『覚えなさい』と言われたことを一生懸命覚えるのです」

 

「そうなんですか?」

 

「あなたは違います」

 

先生の赤い瞳が真っ直ぐこちらを見る。

 

「まず仕組みを理解しようとしています」

 

その言葉に、俺は少しだけ照れくさくなった。

前世では、それが当たり前だった。

丸暗記では応用が利かない。

だからまず仕組みを理解する。

ただ、それだけのことだ。

 

「では、もう一つだけ」

 

ヴィオレット先生は新しい紙を広げる。

 

「今度は答えを教えません」

 

紙には、見たことのない魔法式が描かれていた。

 

「この魔法式は、どんな働きをすると思いますか」

 

俺はじっと図形を見つめる。

まだ読めるわけではない。

それでも、同じ形がいくつも見えてくる。

 

(これは……)

 

照明式。

治癒式。

さっき見た構文。

似ている部分。

違う部分。

頭の中で自然に整理が始まっていた。

 

「少し、考えてみてもいいですか」

 

「もちろんです」

 

ヴィオレット先生は静かに頷いた。

その表情には、先ほどまでとは違う色が浮かび始めていた。

俺は紙へ視線を落としたまま、ゆっくりと図形を追っていく。

照明式と比べる。

治癒式とも比べる。

完全に違うようでいて、同じ記号がいくつも使われていた。

 

(この部分は……)

 

線の流れを目でなぞる。

魔力はここから入り、この構文を通り、枝分かれして――。

頭の中では、いつの間にか図形が立体的な流れとして組み上がっていた。

 

「先生」

 

「はい」

 

「これは、何かを外へ飛ばす魔法ですか?」

 

ヴィオレット先生の眉がわずかに動く。

 

「どうしてそう思いました?」

 

「ここまでは照明式と似ています。でも途中から魔力が一か所へ集まっています」

 

俺は中央付近を指差した。

 

「それから、この構文で向きが決まって……最後に全部ここから出ていくように見えます」

 

「つまり?」

 

「光じゃなくても、何かを前へ飛ばすための形なのかなって」

 

言い終えてから、自信がなくなる。

さすがに飛躍しすぎただろうか。

ところがヴィオレット先生は、しばらく紙と俺の顔を見比べるだけだった。

 

「……驚きました」

 

静かな声だった。

 

「これは標準投射式です」

 

当たった。

思わず胸の内で小さく拳を握る。

 

「もちろん細かな理論はまだ理解できなくて構いません」

 

ヴィオレット先生は続ける。

 

「ですが、初めて見る魔法式からそこまで推測した子は、私は初めて見ました」

 

「本当にですか?」

 

「ええ」

 

先生は穏やかに笑う。

 

「普通は『覚えるもの』と考えます」

 

その笑みは、どこか嬉しそうだった。

 

「ロザモリア様は違いました」

 

「……」

 

「『読もう』としているのですね」

 

その言葉が、胸にすとんと落ちる。

読む。

そうだ。

俺は暗記しようとは思っていなかった。

プログラムを見る時と同じだ。

そこに何が書かれているのかを理解しようとしていただけだ。

 

「先生」

 

「何でしょう」

 

「魔法式って、言葉みたいですね」

 

ヴィオレット先生は少し首を傾げる。

 

「言葉、ですか」

 

「はい」

 

俺は紙を見つめながら続けた。

 

「文字だけ覚えても、本は読めません」

 

「……ええ」

 

「でも意味が分かれば、初めて見る文章でも何となく読めます」

 

だから。

 

「魔法式も、同じなのかなって思いました」

 

構文を知れば。

部品の意味を知れば。

初めて見る魔法式でも、おおよその働きは推測できる。

ヴィオレット先生は返事をしなかった。

代わりに、ゆっくりと息を吐く。

 

「……ロザモリア様」

 

その声音は、授業の最初とは少し違っていた。

 

「その考え方は、これからも忘れないでください」

 

「はい」

 

「きっと、あなたの一番の力になります」

 

その言葉を聞いた瞬間、胸が少し熱くなった。

前世では、理解することが好きだった。

今も、その気持ちは変わらないらしい。

 

「今日は最後に一つだけ宿題を出します」

 

ヴィオレット先生は紙を丁寧にまとめながら言った。

 

「次回までに、この三つの魔法式で共通している部分を探してみてください」

 

「全部ですか?」

 

「全部です」

 

難しそうだ。

でも、不思議と嫌な気持ちはしない。

むしろ早く考えてみたかった。

 

「はい!」

 

思わず声が弾む。

ヴィオレット先生はその返事に満足そうに頷いた。

 

 

ロザモリアが宿題の紙を大切そうに抱えて部屋を出たあと、庭園にはヴィオレットとセレスティアだけが残った。

夕日が東屋を茜色に染めている。

 

「ロザモリアはどう?ヴィオレット」

 

セレスティアが穏やかに尋ねる。

ヴィオレットは少し考えてから口を開いた。

 

「先輩、正直に申し上げます」

 

「ええ」

 

「私の想像をはるかに超えていました」

 

セレスティアは少しだけ目を丸くする。

 

「そこまで?」

 

「はい」

 

ヴィオレットは机の上へ残っていた魔法式の紙へ目を落とした。

 

「あの年齢の子どもは、まず覚えようとします」

 

「そうでしょうね」

 

「ですがロザモリアさんは、魔法式を文字としてではなく仕組みとして見ています」

 

その言葉に、セレスティアは静かに耳を傾ける。

 

「私は標準投射式を一度も教えていません」

 

「ええ」

 

「それでも、照明式との共通点から働きを推測しました」

 

「……」

 

「しかも偶然ではありません。考え方に一貫性があります」

 

ヴィオレットの声には、研究者としての高揚が滲んでいた。

 

「私はこれまで、学院を目指す子どもたちを何人も教えてきました」

 

「その中でも?」

 

「間違いなく一番です」

 

迷いのない断言だった。

 

「魔力量が多いからではありません」

 

「では」

 

「考え方です」

 

ヴィオレットは静かに笑う。

 

「私が一つ説明すると、ロザモリアさんは二つ先、三つ先まで考えています」

 

それは知識量ではない。

物事の捉え方そのものだった。

 

「先生として、あの子のような生徒に出会えたことを幸運だと思っています」

 

セレスティアは娘のことを思い浮かべ、小さく微笑む。

 

「ロザミーは昔から、何でも理由を知りたがる子だった」

 

「その好奇心を、どうか失わせないでください」

 

ヴィオレットは真っ直ぐセレスティアを見た。

 

「この才能は、大切に育てるべきです」

 

少し間を置いて、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「私に、そのお手伝いをさせていただけませんか」

 

その言葉を聞いたセレスティアは、安心したように頷いた。

 

「もちろんよ。頼んだわよヴィオレット」

 

娘の才能を認めてくれる人がいる。

それだけで、母として十分に嬉しかった。

 

一方のヴィオレットは、夕焼けに染まる庭を眺めながら静かに決意していた。

ロザモリア・アルヴェイン。

あの子は、きっと魔法理論の未来を変える。

その可能性を、誰よりも近くで見届け、伸ばしてあげたいと。

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