TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います 作:Fiomia
研究室の一角に、新しい作業台が用意された。
先日の実験で使った減圧装置や冷却魔道具はそのまま残されているが、今日からはいよいよ、それらを一つへまとめる作業が始まる。
「まずは試作機ですね」
ヴィオレット先生が穏やかに微笑む。
「皆さんが実証した現象を、一台の魔道具として再現できるか確かめましょう」
「はい」
私たちは揃って返事をした。
机には設計図が何枚も並べられている。
冷却部、減圧部、乾燥室。
それぞれ別々に動いていた実験設備を、一つの筐体へ収める。
冷蔵魔道具の改良研究で積み重ねた経験が、そのまま活きていた。
「減圧部は、こちらへまとめた方が魔力伝導が短く済みます」
私が図面へ線を書き加えると、ノア様がすぐに頷く。
「配管も短くできますね。圧力損失も少なくなります」
「でしたら、冷却部は反対側へ寄せましょう」
エレノアも実用面から意見を出す。
「組み立てもしやすくなります」
「それなら外装は、わたしが図面を書き直します!」
コレットも嬉しそうに紙を受け取った。
それぞれ得意分野が違う。
だからこそ、一人では思いつかない案が次々と形になっていく。
研究室には終始穏やかな空気が流れていた。
◇
数日後。
最初の試作機が完成した。
木箱ほどの大きさしかない、小さな魔道具。
「これなら研究室でも十分扱えますね」
私は筐体へ手を添える。
ノア様が魔力媒体へ魔力を流し込むと、内部の魔法式が順番に起動していく。
冷却……減圧……乾燥……。
すべて問題なく動いている。
「圧力も安定しています」
「温度も予定通りです」
私は試験用の小さなリュミナ草を中へ入れた。
しばらく待ち、取り出して分析する。
結果は、予備実験とほとんど変わらなかった。
「成功ですね」
思わず笑みがこぼれる。
実験設備でしか再現できなかった現象を、一台の魔道具へまとめることができた。
まだ研究室用の試作機ではある。
それでも、大きな一歩だった。
「すごいです……」
コレットは目を輝かせている。
「本当に魔道具になってしまいました」
「ここまでは順調ですね」
ヴィオレット先生も満足そうに頷いた。
「ですが、実用化となれば話は別です」
その言葉へ、エレノアが一歩前へ出る。
「先生、その件なのですが」
彼女は持参した資料を机へ広げた。
そこには商会で使われている乾燥設備や、薬草の運搬量などが細かくまとめられている。
「薬草を実際に加工するなら、この大きさでは足りません」
図面には、今完成した試作機の数倍はある箱が描かれていた。
「最低でも、このくらいの容量が必要になります」
私は図面を見つめながら頷く。
「一度に処理できる量が少なすぎますものね」
「はい」
エレノアは真剣な表情だった。
「学院では実験できれば十分ですが、商会で扱うなら効率が重要になります」
「薬草は毎日届きます。一日数株では間に合いません」
その言葉を聞いて、私は改めて研究の目的を思い出す。
これは論文を書くためだけの研究ではない。
流行している魔瘴熱へ薬を届けるための魔道具だ。
「大型化しましょう」
私がそう言うと、ノア様も迷わず頷いた。
「魔法式そのものは完成しています。構造を拡張すれば対応できるはずです」
◇
大型試作機の製作は、小型機よりもはるかに時間がかかった。
部材は増え、魔力伝導体も長くなる。
内部構造も複雑になり、何度も配置を修正した。
それでも全員が協力し、ようやく試運転の日を迎える。
研究室中央に置かれた大型試作機は、大人が両腕を広げたほどの幅があった。
「始めます」
ノア様が魔力を流し込む。
魔法式が順番に起動していく。
減圧部は正常。
冷却部も問題なく作動しているように見えた。
ところが。
「……あれ?」
私は計測器へ目を向けた。
容器内の温度が、一定にならない。
少し下がっては戻り、また別の場所だけ数値が変化している。
ノア様もすぐ異変へ気付いた。
「冷却が均一になっていません」
エレノアが慌てて各部の計測器を確認する。
「場所によって温度が違っています……!」
私は大型容器の図面を見比べる。
小型機では起きなかった現象。
大型化した途端に現れた問題だった。
「どこかで……何かが起きています」
「一度止めましょう」
ノア様が魔力の供給を止めると、大型試作機は静かに動きを止めた。
研究室へ静寂が戻る。
私は計測結果を見比べながら、小さく首を傾げた。
「小型機では問題ありませんでした」
「ええ」
ノア様も図面を広げる。
「魔法式そのものが間違っているなら、小型機も失敗しているはずです」
「ということは、大型化したことで新しい要因が加わったのでしょうか」
ヴィオレット先生も頷いた。
「まずは原因を切り分けましょう」
「研究は急がば回れです」
その一言で、私たちは改めて役割を分担することになった。
私は魔法式の動作記録を確認する。
ノア様は減圧部の挙動。
エレノアは筐体や構造。
コレットは計測結果の整理を担当する。
◇
調査を始めて数日。
「ロザモリアさん」
ノア様が私を呼んだ。
「こちらをご覧ください」
私は乾燥室の温度記録を覗き込む。
「これは……」
「減圧を始めてから、容器の端だけ温度が上がっています」
確かに数値が違う。
中心部は予定どおり低温を維持しているのに、外周へ近づくほど僅かに温度が高くなっていた。
「冷却部は正常ですよね」
「はい」
エレノアがすぐ答える。
「部品の故障もありません」
「でしたら……」
私は容器の外壁へ手を当てる。
ひんやりしている。
けれど、完全に冷えているわけではない。
「外から熱が入っています」
私がそう言うと、ノア様も静かに頷いた。
「その影響で場所ごとに温度差が生まれ、冷却にムラができています」
小型機では容器が小さかった。
外部から熱が入る前に処理が終わっていたのだろう。
けれど大型になると、処理時間も容積も増える。
その間に、外から少しずつ熱が入り込んでしまう。
「大型化したことで初めて表面化した問題ですね」
私は図面へ視線を落とした。
魔法式ではなく、装置全体の問題だった。
◇
「熱を遮断できればいいのですね」
コレットが呟く。
「ええ」
私は頷いた。
「でも完全に遮断するのは難しいでしょう」
その時、ノア様が紙へ一つの魔法式を書き始めた。
「完全に遮断できないなら、熱の移動そのものを遅くする方法があります」
「減速付与式による熱制御……ですね」
昨年、新型冷蔵魔道具を作る時に、私が利用した前世知識。
物体を構成する粒子の移動速度を抑えて、外から内側への熱の流れも遅くする。
「試してみましょう」
私たちは容器の外周へ減速付与式を書き加え、再び試験を行った。
結果は悪くなかった。
先ほどより温度差は小さくなり、真空状態も安定している。
「効果はあります」
コレットが計測結果を見て嬉しそうに声を上げた。
「ええ」
私も同意する。
「方向性は間違っていません」
しかし。
ノア様は魔法式全体を見つめたまま、表情を曇らせていた。
「どうしましたか、ノア様」
「魔法式が複雑すぎます」
彼は静かに答える。
「大型化した容器全体へ均一に減速付与式を展開するとなると、必要な魔法式が一気に増えます」
私は図面を見直した。
確かにそうだった。
外壁全体を覆うため、魔法式が何層にも重なっている。
必要な魔力媒体も増え、加工精度も高くなる。
「あ……製造費用が……」
エレノアが計算用紙を見つめる。
「冷蔵魔道具どころではありません」
「商会で商品化するのは厳しいですね」
せっかく薬を届けるための魔道具を作っても、高価すぎて普及しなければ意味がない。
私は試作機を見つめながら考え込む。
方法としては正しい。
でも、このままでは現実的ではない。
研究では、正しい答えと実用的な答えが一致するとは限らないのだ。
「もう少し、別の方法を探しましょう」
私がそう言うと、ヴィオレット先生が穏やかに微笑んだ。
「ええ。それでいいのです」
「原因は分かりました」
「効果のある対策も見つかりました」
「今日はそれだけでも十分な成果ですよ」
その言葉に、肩の力が少し抜けた。
行き止まりではない。
解決すべき課題が、はっきり見えただけだ。
私は試作機の図面を丁寧に閉じる。
もうすぐ夏期休暇が始まる。
けれど今の私には、休暇よりも先に解きたい問題が目の前にあった。