TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います   作:Fiomia

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エレノア視点→とある薬師→とある患者→王城
となっています


研究のその先

王都でも一、二を争う大商会――グランベル商会本店。

重厚な扉の向こうにある会議室で、エレノアは深く息を吸った。

 

目の前には商会長である父と、各部門を統括する役員たちが並んでいる。

いつもの家族としての父ではない。

今日はグランベル商会を率いる商人として、この場に座っていた。

 

「それでは始めます」

 

震えそうになる声を押さえ込み、エレノアは資料を机へ並べた。

 

「本日ご提案するのは、新型薬草保存魔道具についてです」

 

部屋の空気は静かだった。

誰一人として相槌を打たない。

だが、それは興味がないからではない。話を最後まで聞こうという商人たちの姿勢なのだと、エレノアは知っていた。

 

「この魔道具は、王立アステリア学院ヴィオレット研究室で開発されたものです」

 

魔道具の概要。

従来品との違い。

リュミナ草を高い薬効のまま保存できること。

一つひとつ順序立てて説明していく。

説明を終えたところで、商会長が静かに口を開いた。

 

「質問を始めよう」

 

その一言を合図に、役員たちが次々と手を挙げた。

 

「薬効が残るというが、測定方法は?」

 

「学院で複数回の比較試験を実施しています。従来乾燥品との比較データもこちらに」

 

「再現性は?」

 

「同条件で繰り返し試験を行い、安定した結果を得ています」

 

「魔道具自体の強度は?産地で扱えるほど丈夫なのか」

 

「現地での運用を前提に設計されています。大型化に伴う問題も解決済みです」

 

質問は途切れない。

保存期間や維持費、想定している修理体制や、大量生産した場合の品質管理に至るまで。

次々に飛んでくる問いへ、エレノアは一つずつ答えていった。

途中で詰まりそうになる場面もあった。

それでも頭の中には、師や友人と研究室で何度も交わした議論が残っている。

 

『現場ではどう使われるでしょう』

 

『その場合、何が問題になりますか』

 

ヴィオレット先生の問い。

ロザモリアの分析。

ハーバル様の検証。

何度も重ねた議論が、今の自分を支えてくれていた。

やがて一人の役員が腕を組む。

 

「技術的な価値は理解しました。しかし、それだけでは商売になりません」

 

「薬草以外への用途はありますか」

 

エレノアは一拍だけ考えた。

 

「あります」

 

自然と声が前へ出る。

 

「今回対象としているのはリュミナ草ですが、薬効成分や香りを失いやすい植物全般へ応用できます」

 

「保存や輸送が難しい素材や食品にも利用できる可能性があります」

 

「つまり、一つの商品ではなく、新しい保存技術になります」

 

役員たちの表情が少し変わった。

商会長も静かに娘を見つめている。

別の役員が続ける。

 

「ならば逆に聞きます」

 

「この魔道具は、本当に必要なのでしょうか」

 

その問いに、エレノアは迷わなかった。

 

「必要です」

 

「現在、魔瘴熱の特効薬は不足しています」

 

「原因は薬そのものではなく、薬草を十分な品質で運べないことです」

 

机の上へ乾燥したリュミナ草を置く。

 

「この魔道具があれば、これまで失われていた薬効を保ったまま運べます」

 

「同じ量の薬草から、より多くの薬を作れるようになります」

 

「つまり」

 

エレノアはゆっくり皆を見回した。

 

「これは利益を生む商品である前に、多くの命を救う魔道具です」

 

会議室が静まり返る。

先ほどまで矢継ぎ早に質問していた役員たちも、今は誰も口を開かなかった。

商会長はしばらく資料へ目を落とし、それから静かに椅子へ背を預ける。

 

「……以上か」

 

「はい」

 

エレノアは姿勢を正した。

緊張で手のひらが汗ばんでいる。

答えられなかった質問はなかった。

けれど、それで認められるとは限らない。

 

商人は利益が無ければ動かない。

だが利益だけでも動かない。

父がいつも口にしていた言葉だった。

商会長は役員たちへ視線を向ける。

 

「諸君、意見を聞こう」

 

一人が口を開く。

 

「量産には新たな投資が必要です」

 

別の役員が頷く。

 

「ですが、十分に回収可能でしょうな」

 

「他国への輸出も視野に入ります」

 

「先行して市場を押さえる価値はありますぞ」

 

「何より、この商会の信用にも繋がります」

 

一人、また一人と賛成意見が続いていく。

最後に商会長が立ち上がった。

 

「決を採るまでもないな」

 

誰も反対しなかった。

 

「グランベル商会は、この新型保存魔道具の商品化を決定する」

 

その瞬間、エレノアは胸の奥が熱くなるのを感じた。

思わず声が出そうになる。

けれど、今はまだ会議中だ。

必死に姿勢を崩さない。

商会長はそんな娘を見て、ふっと口元を緩めた。

 

「エレノア」

 

「はい」

 

「よくここまで調べた」

 

その言葉だけで十分だった。

だが父は続ける。

 

「いや、違うな」

 

「これは君一人では辿り着けなかった成果だ」

 

「学院で良き師と、友に恵まれたのだろう」

 

エレノアは小さく頷いた。

 

「はい」

 

自然と笑みがこぼれる。

 

「ロザモリアたちと一緒だったから、ここまで来られました」

 

商会長も満足そうに頷く。

 

「それでいい」

 

「商いも研究も、一人で成せるものではない」

 

「君は良いことを学んできたようだ」

 

その言葉を聞いたエレノアは、ようやく胸を張ることができた。

 

 

アステリア王国北部。

リュミナ草の一大産地では、新しく届けられた大型魔道具の据え付けが行われていた。

 

「これが噂の新型か」

 

年配の薬師が興味深そうに魔道具を眺める。

隣では商会の技術者が説明していた。

 

「これまでとは保存方法がまったく異なります」

 

「まずは、このリュミナ草で試してみましょう」

 

収穫したばかりの薬草が魔道具へ運び込まれる。

しばらくして加工が終わり、薬師は完成した薬草を手に取った。

 

「見た目は普通の乾燥品とあまり変わらんな」

 

そう呟きながら、従来品と新しい加工品を並べる。

 

「では薬効を比べるぞ」

 

同じ手順で抽出液を作り、試験薬へ垂らす。

まずは従来の乾燥品。

いつも見慣れた反応だった。

 

続いて、新しく加工した薬草。

試験薬が一瞬で鮮やかな光を放つ。

薬師は目を見開いた。

 

「……なんだ、これは」

 

もう一度試す。

結果は変わらない。

さらに三度目。

やはり同じだった。

薬師は新しい薬草を両手で大切そうに持ち上げる。

 

「これほど薬効が残っているとは……」

 

驚きと歓喜が入り混じった声が、静かな作業場へゆっくりと響いた。

 

 

王国南部、地方の診療所。

診察室の前には、薬を待つ人々が静かに列を作っていた。

 

「先生、次のお子さんです」

 

看護師に呼ばれ、一組の夫婦が幼い男の子を抱いて入ってくる。

子どもの額は熱く、苦しそうな呼吸を繰り返していた。

診察を終えた医師は、小さく息をつく。

 

「魔瘴熱です」

 

両親の表情が強張る。

父親がおそるおそる尋ねた。

 

「薬は……ありますか」

 

医師は言葉を選ぶように口を開く。

 

「昨日まででしたら、お待ちいただくしかありませんでした」

 

リュミナ草が足りない。

届く薬草から作れる薬には限りがあり、重症患者から順番に投与するしかなかった。

そのため、症状が進む患者を前に、何もできず見送る日もあった。

だが。

薬棚へ視線を向けた医師は、小さく微笑む。

 

「今朝、新しい薬草が届きました」

 

「これまでより薬効が高く、多くの薬を調製できます」

 

「順番を待つ必要はありません」

 

夫婦は一瞬、言葉を失った。

 

「本当に……?」

 

「はい」

 

医師は迷いなく頷く。

 

「すぐ調製します」

 

薬師が新しく届いたリュミナ草を乳鉢へ入れる。

少ない量でも、これまで以上の成分を抽出できる。

 

調製された薬は、すぐに子どもへ投与された。

しばらくすると、荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。

熱に苦しそうだった表情も、わずかに和らいだ。

母親は口元を押さえ、その場にしゃがみ込む。

 

「……ありがとう……ございます」

 

涙が止まらなかった。

父親も何度も頭を下げる。

医師は静かに首を振る。

 

「礼なら、薬を届けてくれた人たちへ」

 

診療所の窓から、薬草を積んだ荷車が見えた。

その荷には、小さく商会の紋章が刻まれている。

グランベル商会。

新しい保存魔道具によって運ばれてきた薬草が、確かに一つの命を救っていた。

 

 

王都、王城。

政務棟の一室で、一人の文官が報告書を机へ置いた。

 

「失礼いたします」

 

「流行病対策本部より、最新の報告です」

 

執務机へ向かっていた大臣は、眼鏡を外して報告書を受け取る。

静かにページをめくる。

 

『グランベル商会製新型薬草保存魔道具』

 

『各地のリュミナ草産地へ順次導入』

 

『薬効保持率が大幅に改善』

 

『同一収穫量から調製可能な薬剤数が増加』

 

『輸送中の品質劣化が著しく減少』

 

『北部・東部の医療機関において、薬剤不足の改善を確認』

 

大臣は最後のページまで読み終え、小さく息をついた。

 

「ようやく……流れが変わったか」

 

窓の外では、王都の街並みが夕日に照らされている。

流行はまだ終わっていない。

今も各地で患者は苦しみ、医師たちは懸命に治療を続けている。

それでも報告書に並ぶ数字は、確かに希望を示していた。

 

「開発者は……」

 

文官が答える。

 

「王立アステリア学院ヴィオレット研究室です」

 

「中心となったのは、アルヴェイン伯爵家の令嬢ロザモリア・アルヴェイン様、アルヴァール地方の薬師一族のノア・ハーバル様、グランベル商会令嬢のエレノア・グランベル様の共同研究と報告されています」

 

大臣はゆっくり頷いた。

 

「若い世代が国を支える時代か」

 

そう呟き、報告書を丁寧に閉じる。

机の上には、まだ処理すべき書類が山積みになっている。

その一番上へ、新しい報告書が重ねられた。

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