TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います   作:Fiomia

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錬金術

夏の日差しが庭の芝生を明るく照らしていた。

木々は青々と葉を茂らせ、窓を開けると爽やかな風が部屋へ流れ込む。

 

ヴィオレット先生の授業が始まって、一か月。

俺は毎日が驚くほど充実していた。

 

「今日は錬金術について学びます」

 

東屋へ着くと、先生は木箱の蓋を開けた。

中には色とりどりの鉱石や乾燥した薬草、小さな瓶に入った粉末が並んでいる。

魔力媒体とはまた違う道具ばかりだ。

 

「魔法式とは違うんですか?」

 

「ええ」

 

ヴィオレット先生は一つの透明な結晶を手に取る。

 

「魔法は、魔法式へ魔力を流して現象を起こす技術です」

 

続いて乾燥した青い葉を持ち上げる。

 

「一方、錬金術は物質そのものを扱います」

 

「物質……」

 

「薬草や鉱石、金属、水。そうした素材が持つ性質を理解し、目的に合わせて組み合わせる学問です」

 

先生は机の上へ小さな乳鉢を置いた。

 

「例えば、この薬草だけでは傷薬にはなりません」

 

葉をすり潰す。

爽やかな香りが辺りへ広がった。

 

「ここへ、この鉱石から精製した粉末を加えます」

 

淡い白色の粉が混ざる。

さらに、小瓶から透明な液体を数滴。

先生は木べらで静かにかき混ぜた。

やがて薄緑色だった液体が、ゆっくりと青みを帯びていく。

 

「色が変わりました」

 

「はい」

 

ヴィオレット先生は頷く。

 

「この変化は偶然ではありません」

 

「決まっているんですか?」

 

「正しい材料を、正しい割合で混ぜれば、必ず同じ結果になります」

 

その言葉に、思わず興味を引かれた。

 

「では、一つでも違えば?」

 

「失敗します」

 

先生は即答した。

 

「量を間違えても、順番を間違えても、本来の効果は得られません」

 

なるほど。

再現性がある。

そこが重要なのか。

 

「もちろん、魔力も関わります」

 

先生は完成した液体へ、指先から少しだけ魔力を流した。

すると液体が淡く輝き始める。

 

「錬金術では、魔力は触媒として働くことがあります」

 

「触媒……」

 

前世の化学のそれと同じだろうか。

 

「材料同士の反応を助ける役目です」

 

「魔法みたいに、魔力だけで作るわけではないんですね」

 

「その通りです」

 

先生は嬉しそうに微笑んだ。

 

「素材があってこその錬金術です」

 

俺は机へ並ぶ材料を見回した。

薬草に鉱石、それから水や油などの液体。

どれも現実に存在するものばかりだ。

 

(これは……)

 

前世で知っている錬金術とは、ずいぶん印象が違う。

黄金を作る。

不老不死の薬を作る。

賢者の石を探す。

そんな神秘主義的な話ばかり思い浮かぶ。

 

けれど、目の前で教えられている錬金術は違った。

材料には性質があり。

決められた手順があり。

同じ条件なら同じ結果になる。

 

(化学だ)

 

完全に同じではない。

魔力という要素がある以上、前世の科学とは異なる。

それでも、根本的な考え方は驚くほど近い。

 

「ロザモリアさん?」

 

考え込んでいた俺を見て、ヴィオレット先生が首を傾げる。

 

「難しかったですか?」

 

「いえ」

 

俺は首を横へ振った。

 

「安心しました」

 

「安心?」

 

「もっと不思議な学問なのかと思っていました」

 

「例えば?」

 

「何でも作れたり、奇跡みたいなことが起きたり……」

 

先生は小さく笑う。

 

「そのような誤解は少なくありません」

 

「違うんですね」

 

「ええ」

 

先生は一冊の分厚い本を開いた。

そこには薬草や鉱石の絵が細かく描かれている。

 

「錬金術師は、まず素材を学びます」

 

ページをめくる。

 

「薬草の育つ場所」

 

次のページ。

 

「鉱石の純度」

 

さらに次。

 

「反応する温度や時間」

 

細かな文字で埋め尽くされていた。

 

「覚えることが多いですね……」

 

思わず本音が漏れる。

 

「そうですね」

 

先生も苦笑した。

 

「だからこそ、錬金術師は一生勉強です」

 

その言葉を聞いて、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

むしろ納得できる。

前世でも同じだった。

新しい技術が出れば学び直す、便利な仕組みが生まれれば試してみる。勉強に終わりはないものだ。

 

「魔法式も錬金術も」

 

俺はぽつりと呟く。

 

「知れば知るほど面白いです」

 

ヴィオレット先生は目を細めた。

 

「その気持ちを忘れないでください」

 

「はい」

 

「知識は誰にも奪えない財産です」

 

その言葉が心に残る。

結婚を避けるため。

最初は、それだけが目的だった。

 

けれど今は違う。

純粋に知ることが楽しい。

魔法式を読むことも、錬金術の理屈を理解することも。

前世でプログラムを書いていた頃と同じような充実感があった。

授業の終わり際、ヴィオレット先生は薬瓶を一本手に取った。

 

「最後に問題です」

 

「はい」

 

「この薬を二倍作りたい場合、材料も二倍にすれば良いと思いますか?」

 

俺はすぐには答えなかった。

薬草を二倍、粉末も二倍、液体も二倍。

それだけなら簡単だ。

だが、先生がわざわざ問題にするということは、何か理由がある。

 

(料理でも、ただ倍にすれば同じ味になるとは限らない)

 

熱の伝わり方に混ぜる時間。それから容器の大きさ。

条件が変われば、結果も変わる。

錬金術なら、なおさらだろう。

 

「……同じとは限らない、でしょうか」

 

ヴィオレット先生の口元が、ゆっくりとほころんだ。

 

「その理由を、次回一緒に考えましょう」

 

俺は思わず笑みを浮かべる。

答えを教えず、考えさせる。

やっぱり、この授業は面白かった。

 

 

授業が終わって数日後。

久しぶりに、リリアンがアルヴェイン伯爵家を訪ねてきた。

 

「ロザー!」

 

玄関先で元気よく手を振る姿は、以前と変わらない。

俺も自然と笑顔になる。

 

「いらっしゃい、リリー!」

 

「今日はいっぱい遊べるよね?」

 

「もちろんです」

 

そう答えると、リリアンは嬉しそうに俺の手を取った。

二人は庭園へ向かう。

夏の庭には色鮮やかな花が咲き、木陰では涼しい風が吹き抜けていた。

以前なら、花を眺めたり蝶を追いかけたりして、一日中遊んでいた場所だ。

けれど、歩き始めて間もなく、リリアンの足取りが少しだけゆっくりになった。

 

「ロザ」

 

「はい?」

 

「最近……あまり遊べてない」

 

その声は、どこか元気がない。

 

「先生のお勉強が始まってから、前よりずっと」

 

言われてみれば、その通りだった。

ヴィオレット先生の授業が始まってから、空いている時間の多くを復習や宿題に使っている。

魔法式を眺めたり、本を読んだり。

夢中になるあまり、時間があっという間に過ぎてしまう。

 

「わたくし……」

 

言葉に詰まる。

リリアンは俯いたまま、小さく続けた。

 

「ロザは、わたしと遊ぶのが嫌になったのかなって」

 

その一言に、胸が締めつけられた。

そんなこと、一度も考えたことがない。

 

「違います!」

 

思わず大きな声が出る。

リリアンが驚いたように顔を上げた。

 

「リリーと遊ぶのが嫌になるわけがありません」

 

俺は慌てて言葉を続ける。

 

「そんなこと、絶対にありません」

 

「でも……」

 

「本当なんです」

 

どう説明すれば伝わるだろう。

少し考えてから、正直に話すことにした。

 

「魔法のお勉強が……楽しすぎるんです」

 

「え?」

 

「毎日、新しいことを知るたびに、『どうしてだろう』って考えてしまって」

 

魔法式と錬金術。

材料の性質に魔力の流れ。

どれも知れば知るほど面白い。

 

「気が付いたら、ずっと本を読んでいたりして……」

 

前世でも同じだった。

気になる技術を調べ始めると、何時間でも没頭してしまう。

その癖は、今も変わっていないらしい。

 

「だから……」

 

俺はリリアンの目を見て言った。

 

「リリーと遊びたくなくなったわけではありません」

 

「本当に?」

 

「もちろんです」

 

「じゃあ」

 

リリアンは少しだけ不安そうに尋ねる。

 

「わたしは、今もロザのお友達?」

 

俺はそっとリリアンの両手を握る。

 

「リリーは、わたくしの一番大切なお友達です」

 

「……!」

 

緑色の瞳がぱっと輝いた。

 

「本当に?」

 

「はい」

 

「ずーっと?」

 

「ずーっとです」

 

以前、小指を絡めて約束した日のことを思い出す。

 

『大きくなっても友達』

 

あの約束は、今も変わっていない。

 

「ごめんなさい」

 

リリアンは少し恥ずかしそうに笑った。

 

「わたし、一人で勘違いしていました」

 

「謝るのは、わたくしの方です」

 

俺は首を振る。

 

「もっとリリーと会う時間を作ればよかったんです」

 

「でも、お勉強も好きなんだよね?」

 

「はい」

 

「だったら、仕方ないね!」

 

そう言って笑うリリアンは、本当に優しい。

 

「その代わり」

 

「?」

 

「会えた日は、いっぱいお話ししよう?」

 

「もちろんです」

 

二人は顔を見合わせて笑った。

少し前まで漂っていた気まずさは、もうどこにもない。

 

「そういえば」

 

リリアンが興味津々といった様子で尋ねる。

 

「魔法のお勉強って、そんなに面白いの?」

 

「面白いですよ」

 

「どんなことするの?」

 

俺は少し考える。

五歳の子に、錬金術や魔法式の話をどう伝えよう。

 

「うーん……」

 

ちょうど足元に、白い花が咲いていた。

俺はその花を指差す。

 

「例えば、このお花です」

 

「お花?」

 

「どうして白い花が咲くんだろう、と考えたり」

 

「うん」

 

「どうして夏に咲くんだろう、と考えたり」

 

リリアンは何度も頷く。

 

「どうして、いい香りがするんだろうって考えたり」

 

「なるほど!」

 

「理由を探すのが楽しいんです」

 

リリアンはしばらく花を見つめていた。

 

「……わたしは」

 

「はい?」

 

「綺麗だから好きって思ってた!」

 

「それも素敵だと思います」

 

俺は微笑む。

花を綺麗だと思う心も、その理由を知りたいと思う心も。

どちらも間違いではない。

 

「ロザは、本当にお勉強が好きなんですね」

 

「好きみたいです」

 

自分でも苦笑してしまう。

まさか転生してまで、勉強へ夢中になるとは思わなかった。

 

「じゃあ!」

 

リリアンは急に元気な声を出した。

 

「今度はわたしにも教えて!」

 

「わたくしが、ですか?」

 

「うん!」

 

少し驚いたが、悪くない。

この可愛い親友と一緒に考えるのも楽しそうだ。

 

「わかりました」

 

「約束だよ!」

 

「ええ」

 

二人は庭園の奥へ歩いていく。

夏空には白い雲がゆっくりと流れ、木々の葉が風に揺れていた。

 

魔法の勉強は楽しい。

だからといって、大切な友達まで失いたいわけではない。

そのことを改めて実感しながら、俺はリリアンとの他愛ないおしゃべりに耳を傾けた。

穏やかな笑い声は、夏の庭園へいつまでも心地よく響いていた。

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