スパイダーマン:ハーツ・オブ・ダークネス2010 作:ESP
少しだけ宿題の標高を減らし仮眠のあと軽食を腹に入れ、携帯食料と水分に調整した特殊カメラを持ちまだ薄暗い時間に出立する。
(……なんだこれ?空気が変だ。センスのノイズも今までと質が違う)
馴染みのあるビルの谷風はどこか粘り気のあるような、泥の中を飛んでいる感覚に襲われる。
「先生が無茶を言うわけだ。調査を進めておいて正解だった。……宿題手伝って欲しかったなあ、日本式オジギならいけると思ったのに」
雑念を追いやりストレンジ帰還前の調査によりある程度当たりを付けていた場所を最短経路で結び地図に表示する。
(街全体にランダムで配置されている感じだ、法則性が無い。センス頼りになるのも仕方ないけど今度感知できる計器を研究してみよう)
レーダー式か金属探知機式か、そんな事を考えながらまばらな人々を下に見る。
その表情は前より輪をかけて暗く見えた。
「なんとか日が沈む前に終われたぞ。お腹減ったなあ……」
サンクタムの扉に体を滑り込ませる。
(事前の調査データが役立った。やっぱり地道な活動こそ正義だよね)
あの日、無理をして作った時間で得た行動にリターンが返ってきた事に満足感を抱く。
もう見慣れた広いエントランスホール。
「先生ー!ただ今戻りましたー!」
大声で呼ぶと、上階からストレンジが下りてくる。
「そこまで大きな声は不要だ。早かったな」
「前もって調べて、もっと短縮できたんですけど途中で人助けをいや早速見てください」
カメラを操作する。写真がホログラムとして宙に浮かぶ。
どれも街でありふれた写真ばかりが並んだ。
交通標識、店の看板、周辺案内地図、ヘリポート、タイムズスクエアの大型ビジョン。
「そして、前のスプレーアート。全部で6つですね」
全ての写真を出力した瞬間、サンクタムの扉にそれらが移動し張り付き歪んだ六芒星に並ぶ。
「離れろ!ピーター!」
ストレンジが険しい顔でこちらを睨んでいる。
右手がこちらに向き、
「師……うっ!」
魔術師を黒い雷が襲い――隣の部屋まで吹き飛ばした。
「先生!」
ピーターの動体視力は魔法陣で防御が間に合っていた事を捉えていた。
無事なのは間違いない。その時――
「虫けらよ、道案内ご苦労だった」
深く重く黒い声が響いた。視線を移す。
魔法陣から黒い太い腕が伸びていた。
腕が霧状になり多量の霧が魔法陣から噴き出し形を成す。
高さは先生と同じか少し大きい、だが質量が倍以上ある。
筋骨隆々の黒いマネキンの様な肉体にヤマアラシの針に似た頭髪。
手足に爪とトゲそして尾を持つ怪物。
顔には赤く輝く両眼だけ――
(……なんだ!?一体何が?)
センスが大きなノイズとアラートを同時に発する。
反射的に横に飛ぶ。真横を黒雷が通り過ぎた。
「虫だけによく動く」
空間が歪み、次に襲い来るは広範囲衝撃波。
(避けられない、それなら!)
後ろに飛ぶと同時に左手のシューターからウェブを背面の壁に伸ばし引く。
体を丸め右手を立て顔をガード。壁に叩きつけられ体が痺れる。
声にならない呻きが口から洩れ、右のシューターが破壊された。
(ぐっ……でも、見えたぞ!)
怪物は攻撃する時に霧から実体に戻る。そこを狙う。
左のシューターを構えた。
「そのオモチャで何ができる」
怪物の腕が実体化、エネルギーが宿る。
(そこだ!)
自責の念と痺れが残る心身から放たれたウェブは怪物の頭上を通りすぎる。
怪物が
「よし!上出来だ!」
怪物が目を細め黒雷を放とうとするその腕を光の奔流が消し飛ばした。
「ピーター!無事か?!」
「体が痺れてる以外は!でもこいつ話が通じる相手じゃありません!」
怪物の腕が即再生し魔術師に黒雷を連続で放つ。
幾何学魔法陣からの魔術が相殺する。
相殺、相殺、相殺相殺。
あえて被害を抑え込む戦法。
六芒星を破壊できれば良いが、次元干渉、大出力魔術、どれも選択肢に取れない。
魔術師は思考する。
(サンクタムの汚染が目的か。こちらの戦力分析も兼ねているな。持久戦は相手の土俵、ならば)
解決策をたぐり寄せたその時、怪物の動きが一瞬止まった。
強めの魔術を放つ。怪物の肩から鎖骨までがえぐり取られた。
怪物だけには聞こえていた。外からの鎖がこすれ、炎の奏でる排気音――
轟音と共にサンクタムの扉を炎に包まれたバイクの車輪が魔法陣ごとブチ破る。
黒霧の体を跳ね飛ばし浮いた所を燃える鎖が絡め取る。
即座にストレンジが呼びかける。
「ピーター!そこに転がってる箱をこっちに!」
「でも……体が……」
「スパイダーマン!!」
一喝がピーターをよみがえらせる。
心の光が輝きを増す。
シューターから放たれた糸は先端が五指に分れ箱を掴んだ。
ストレンジに
「起動――PDHS」
サンクタム内部から全ての邪悪が外に強制排出された。
そして異様な力を放つバイクから男が降りて――ゆっくりとこちらに振り向いた。