新エリー都の守りし者 作:バルチャス最弱
闇に潜む魔獣『ホラー』
これはホラーを狩る魔戒騎士の物語だ
決して目を離すな
冴島邸。
スロノス区街の外れにひっそりと建つ屋敷。
その屋敷の主である冴島鋼牙は、日々の日課の一つとも言える修練に励んでいた。
最も、その修練は常軌を逸しているものであるが。
暗い闇の中。地下の武道場。複数の巨大なギロチンが、不規則に鋼牙に襲いかかる。
次々と降り注ぐ刃を、弾き、躱し、切り抜け、打ち返す。
それを只管に続けるのだ。無論、その牙に慈悲は無い。一度の失敗がその身を斬り裂くだろう。
そんな修練をしている部屋に、一人の男が入ってきた。
男の名は倉橋ゴンザ。鋼牙の父の代から冴島家に仕えている執事である。
「鋼牙様、お仕事でございます。指令が届きました」
ゴンザが持つ銀のトレイには赤い手紙が一部。番犬所から送られてくるホラー退治の指令書。
鋼牙は修練用の魔導具・グラウ竜の牙を停止させ、ゴンザから指令書を受け取る。指令書を魔導火にかければ、その真なる内容を確認できる。
禍いの兆しあり
人間の強欲が生みしホラーの陰我
空洞の侵食を喰らうより直ちに断ち切るべし
「空洞の侵食……」
「恐らく、ホロウの事でございましょう」
「またエーテル喰いか」
「どうやらホラー共の中でエーテリアスに憑依するのが流行っているらしいな」
カチカチと鋼牙の左手中指に装着されている指輪──魔導輪のザルバが喋り出す。
「好都合だ。ホロウ内ならば、街中よりも被害は少なく済むだろう」
「ホロウの対処は、俺様にも限界があるぞ」
「分かっている」
魔導輪は魔戒騎士をサポートする存在ではあるが、あくまでもホラー狩りまで。長い歴史的に見ればつい最近発生し始めたホロウの探査など、専門外なのだ。
「鋼牙様。そちらの件で、鋼牙様の御友人からお知らせが届いております」
「知らせ?」
「鋼牙様は普段携帯電話をお持ちになっておりませんので、僭越ながら私の方でやり取りさせて頂いておりました。本日いらっしゃるそうなので、早ければ昼過ぎには到着なさるかと」
「いや、アイツの事だ。もうじき来るだろう」
「も、もうでございますか?しかし、連絡を受けたのはつい先程の事でしてまだ午前も早い──」
時間ですし、とゴンザが言いかけたところで、玄関から呼び鈴の音が鳴り響いた。
「ま、まさか本当に……」
「言ったろう。俺はここを片付けてから向かう。先に上がっていてくれ」
「かしこまりました。客間にてもてなしますので、終わりましたら鋼牙様もそちらへ。では、失礼いたします」
少し急ぎ足で来客を迎えに行ったゴンザを見送りながら、鋼牙はこの後に付き合わされるであろう
迎えた旧い知り合いとの再会は、お互い仕事が忙しいという身も蓋もない、或いは大人になったとも言う理由で、早々にお開きとなった。無論、手合わせ・修行の申し出が無かった訳では無いが、遅れて訪れた上司のような部下に諌められ、断念しただけだ。
わざわざ旧い知り合いを呼んだ理由は、ホロウに長けたプロキシを探すためだ。ホラー狩りでホロウに入る事になった時に二の足を踏む事態を極力避けたい。
少し前まではホラーがホロウ内に入り込む、ホロウ内に出現することは無かったのだが、最近になって複数件確認が取れている。
魔戒騎士・魔戒法師に追われたホラーがホロウに逃げ込んだ、またはホロウを根城にする暴徒が増えた事で、ホロウ内の何かが陰我を持つオブジェとなり、それがゲートとなってホラーが出現した。
今朝、鋼牙の下に届いた指令は恐らく後者。ゲートからホラーが出てくるのも時間の問題だ。
しかし、鋼牙にはホロウ内で正確に動き回る手段が存在しない。つい先日ホラーを追ってホロウへ飛び込んだばかりではあるが、ホラーの邪気をザルバがしっかりと追跡できていたために迷う事は無かっただけだ。
帰りについても、ホラーが憑依したエーテリアスの撃破後は共生ホロウが縮小し内部環境が平静化したために裂け目や変動による転移現象に巻き込まれなかったことに加え、鋼牙自身の魔戒騎士としての勘、ザルバの探知能力が合わさって運良く無事に出れただけである。
今後ホロウに入る可能性を考慮した鋼牙は、腕の経つ
しかし、自分にはそんな伝手は無い。
番犬所や元老院に頼むのも考えたが、もしそれらがホロウ対策用の何某を確保しているならば、魔戒騎士に共有されていて然るべきだろう。
それが成されていないのであれば、元老院でもそれらの確保に難航しているということだ。
であれば、自分でどちらかを確保した方が早いと鋼牙は判断した。
何か手は無いかと考えた末、旧い知り合いが一人、H.A.N.Dの対ホロウ特別行動部へ就職していた事を思い出した。
十年以上前に数回会っただけの、しかし強烈過ぎて覚えていた女。
邪美とは違うタイプの男勝りな女。
年下でありながら、魔戒騎士として修行を積んでいた少年の頃の鋼牙よりも強かった女。
何かにつけて、修行修行と迫ってきた女。
魔戒騎士の最高位である牙狼の称号を持つ父に『あと十余年もすれば俺でも手を焼く程の剣士になるだろう』と言わしめた女。
忘れたくても忘れられない記憶だ。
そんな女が、対ホロウ特別行動部に入り、当代最年少で虚狩りの称号を叙勲した事は世俗に疎い鋼牙でも知っていた。
その時の鋼牙は、まさかその女と後に再会することになるとは微塵も思っていなかった。
その時の事については、然るべき時に語るとしよう。
その知り合いの助言の下、冴島鋼牙はヤヌス区の六分街、Random Playという店を訪れた。
店のドアを開け、中に入ると店員らしい女が一人。客の女が一人。
「知り合いの紹介で来た。腕のいいプロキシってのはアンタか?」
と、店員に問うと、焦ったような声を出して狼狽え始めた。
恐らく当たりだと感じた鋼牙は話を続けようとしたが、それを客の女に強引に止められてしまった。
「あぁーー!!冴島鋼牙!」
「……またお前か」
客をよく見れば、見覚えのある顔だった。先日ホロウ内でエーテリアスに憑依したホラーから助けた女だ。
名前は確かニコだったはずだ。
「カオルといいこの女といい……鋼牙、お前はこういう少しやかましい女と縁があるのかもしれないな」
「これ以上はいらん……」
ニコがぐだぐだと何か言っているのを、鋼牙は全て無視し、プロキシと思しき女と話を続けることにした。
「仕事の依頼がしたい。各ホロウの正確な地図がほしい。可能なら、常に新しい物を」
「えっと……うん。とりあえず奥で話を聞かせてもらってもいいかな?ニコはまた今度ね」
「え!?あたしも混ぜなさいよ!」
「俺からも遠慮願いたい。話の邪魔になりそうだ」
「ぐう!じゃあ外で待ってるから!終わったらあたしの番だからね!」
と言い捨ててニコは店の外へ出て行った。
大きな音を立ててドアを閉めるニコに、女は苦笑いをすると、ボンプが門番を努めるドアの奥へと鋼牙を案内した。
その部屋を見た鋼牙は少し驚いた。壁の一面を埋め尽くす大量の箱型モニターと、それに繋げられた幾つもの端末。そして、それらの画面と睨み合いながら作業に勤しむ男の姿。
「なんだいリン。データの調整はもうすぐ終わるから、店番交代はもう少し待ってくれないか」
「違うよお兄ちゃん、仕事の話」
「あんたが腕のいいプロキシとやらか?」
鋼牙の言葉に、男はようやく作業の手を止め、振り向いた。
「んー、確かに僕は腕のいいプロキシだ。だけど一つだけ訂正を──」
「──
作業椅子に座りながら振り向いた男『アキラ』と、店員の女『リン』が並んで、鋼牙に宣言した。
「こっちは自己紹介をしたよ。次はそっちの番だね」
「……冴島鋼牙。知り合いの紹介であんた達を尋ねた」
「知り合い?」
「さっきも言ってたよね、その知り合いが誰なのか聞いてもいい?」
やはり聞かれた。そして、あの女からプロキシに自分の事を聞かれた場合は
その通りにする道理は無いが、もしバレたら後々更に面倒そうだ。
鋼牙は深くため息を吐いてから、言われた言葉を口に出した。
「髪飾り」
「なっ──!」
「えぇ!?」
「もう分かるだろう。あいつからだ」
「まさか雅さんからの紹介だったとは……」
「でも、なら普通に雅さんの名前を出せば良くない?なんで髪飾りなんて……」
「あいつの考えることなど、俺が知るか。意味の分からない修行の一つだろう」
鋼牙がため息混じりに吐き出すと、プロキシ兄妹は顔を合わせて『あぁ〜……ありそう』と頷きあったのだった。
『当然、遠く離れていても心は近く繋がるための修行だ』
とは、オフィスで書類に押印しながら頭の中でメロンの事を考える修行をしている虚狩りの言葉である。
「訳あってホロウ内の地図がほしい。ホロウ内を隅々まで把握できる正確な物を」
鋼牙がプロキシ『パエトーン』達に、ホロウ内で動けるプロキシではなくキャロットがほしいと依頼する理由は簡単だ。
ホラーを追う目的でホロウに入る以上、魔戒に関わる者でない人を巻き込みたくはない。
正確なキャロットさえ手に入れば、あとはそれを手頃なボンプ読み込ませれば狩りは可能──だと考えた。
それに、陰我を持つエレメントの浄化は日中、ホラー狩りは夜中であることを考えると、どうしても同業者以外に手伝わせるのは無理がある。
プロキシは治安局的にはグレーとはいえ、鋼牙からすればホラーの脅威から守るべき人々だ。
下手に巻き込まずに済むなら、それがいい。
「キャロットデータか……それは難しいな」
「難しい?」
「僕らプロキシも、大体の場合はHIA──ホロウ調査協会のデータスタンドを利用しているからね。わざわざ僕らの下を尋ねてきたという事は、協会の提供するキャロットデータの品質は満足のいく精度では無かったということだろう?」
「……ああ」
「でも、私達なら大丈夫!ここからホロウの中を直接ナビゲートできるからね!」
「依頼の日時と場所さえ教えてくれればね」
「肯定:マスターと筆頭助手、そして第一・第二助手の力があれば大抵のホロウ問題は解決可能です」
第三者の声を聞き取った鋼牙はその声が聞こえた方を確認した。
アキラの後方。しかしそこにはアキラが作業で使用していた端末しか存在しない。
「こらFairy勝手に出てきちゃダメでしょ」
「すまない冴島さん。FairyはうちのAIアシスタントなんだ。気にしないで貰えると助かる」
「そうか」
Fairyに再三の注意を促すリンを見ながら、鋼牙も魔導輪のザルバに念を送っていた。
(お前も勝手に喋るんじゃないぞ)
(分かっている)
「話を戻そう。依頼の日時と場所を教えてくれれば、僕たちがホロウを案内するよ」
「もちろん、依頼料は貰うけどね!」
思いのほかノリ気なプロキシ兄妹に、鋼牙は仕事の内容を伝えた。
自身の事は伏せつつ、ほんの少しの誇張を混ぜて。
「すまない冴島さん。残念だがお力にはなれそうに無い」
「い、いくらなんでも付きっきりで、新エリー都全部のホロウを四六時中回るのは無理だよぉ!」
実際にはスロノス区を中心とした、鋼牙が管轄する地区だけなのだが。
しかしこのほんの少しの誇張が、プロキシ兄妹に火をつけてしまったようだ。
「HIAやH.A.N.Dだけじゃなくて、ホロウに関する全勢力を敵に回すつもりかい?」
「いや、そんなつもりはない」
「だとしたらホロウの事を知らなすぎ!何の仕事かは知らないけど、そんなにホロウを周りたいならもういっその事H.A.N.Dにでも入ってみたら?」
「それはできない。だが、やらなきゃいけないんだ」
鋼牙は真っ直ぐな瞳で、兄妹を見つめる。
ホラーを狩るのは魔戒騎士の使命。例え終わりの無い戦いだとしても、守りし者として戦い続けるのだ。
「冴島さん、気持ちは痛いほどよく分かる。だが、無理なものは無理なんだ……力になれず申し訳無い」
「こればっかりはどうしようもないよね……」
「……なら、範囲をスロノス区に絞ったらどうだ?」
その鋼牙の提案に、アキラとリンは再び顔を見合わせる。
何やら鋼牙に聞かれぬよう小声で話しているが、魔戒騎士である鋼牙の耳は誤魔化せない。
「スロノス区のみ、か。であれば、沖のホロウと、幾つかの共生ホロウか……どう思う、リン」
「んー……やっぱりそれでも付きっきりでナビするのは難しいんじゃないかな。でもキャロット作成の方ならもしかしたら何とかできるかも……Fairy、どう?」
「肯定:電力使用料39.6%増加と引き替えに、顧客の要件を満たす情報媒体の作成が可能です」
「そこは否定してほしかったかな……」
「電気代が厳しそうだね……ちょっと待ってお兄ちゃん。スロノス区って事は、もしかしたら衛非地区──ラマニアンホロウも含まれるんじゃ……」
「おっと……Fairy、一応電気代の再計算をしておいてくれ」
「承知しました、マスター」
兄妹は覚悟を決めたように鋼牙へと向き直り、一つの質問をした。
「あの、冴島さん……衛非地区はスロノス区に──」
「あそこはスロノス区だろう」
「って事は当然……ラマニアンホロウも……」
「あぁ」
「マスター。増加電力使用料の再計算が終了しました。ラマニアンホロウも含めたスロノス区全てのホロウのデータを常に演算し続ける場合、ひと月あたりの増加電力使用料は現在料金からプラス99.9%となります」
「つまり倍じゃないか……!」
「提案:助手2号のおやつ代を電力使用料に回すことを推奨します。そうすれば、増加料を99.1%まで抑える事が可能です」
「私の月のおやつ代全部使っても全然抑えられてないよFairy!ていうか、なんてこと提案するの!」
AIアシスタントに突っかかっていくリンを何とか宥めるアキラ。
喧嘩になるほど電気代が高いのだろうか。
「なら、その分も俺に請求すればいい」
「えっ……」
「い、いいの……?すっごく高いけど……」
「こっちにもあまり時間がない。今はどんなもんなんだ」
「えっと、ちょっと待ってて、すぐ明細持ってくるから!」
リンが部屋を出て十秒後、明細書を手に戻ってきた。
その明細に書かれた電気代は冴島邸の電気代の約10倍。
書類の影で見えないが、鋼牙の思念から金額を読み取ったザルバが大口を開けている。
神妙な空気に気まずくなったのか、リンは『ビデオの整理をしてくる』と言い残して店の方へ行ってしまった。
ここから更に倍となると、確かにかなりの額となる。
問題なく払える事には払えるが、これだけの出費となるとゴンザが泡を吹いて倒れてしまう可能性がある。
「その様子を見るに、冴島さんにとっても予想外の金額だったようだね」
「そのようだ」
「なら、お互いの及第点を探そうじゃないか。例えば、データ観測の頻度を常時から、事前に入るホロウを決めておいて、都度キャロットを更新するというのはどうだい?そうすればこちらの負担も、そちらの出費も抑えられると思うんだ」
「緊急で入る場合がほとんどだ。区全域のホロウのデータを二……いや一週間毎に精査することはできるか?」
「Fairy、計算してくれるかい?」
「一週間置きにスロノス区の全ホロウ内データを観測する場合の増加電力使用料は、7.77%となります」
「なるほど。それならこちらとしても、通常の依頼料に多少色を付けるくらいで済むな。各ホロウのデータスタンドに、改めて細工をしなくちゃならないから、最初は手数料が高くなるけれど、それでもいいかい?」
「わかった。それで頼む」
「承知した。これは定期契約って事でいいのかな。更新期間はどうする?」
「一先ずひと月頼みたい。そこから先は、あんた達の腕次第だ」
「了解だ。これからよろしくお願いするよ、冴島鋼牙さん」
「こちらこそ、よろしく頼む。『パエトーン』」
アキラが差し出した右手を、鋼牙も握り返す。
契約は成立した。
「それで仕事の事だけど、早速今日から始めてしまってもいいのかい?」
「あぁ、頼む。俺はもう出る」
「出る……そうだ、連絡先を交換しておこう。キャロットが完成したらこちらから連絡したいし、今後ホロウに入る前にはこちらに一報してほしい。キャロット有りとはいえ、ホロウ内は何が起こるか分からない。冴島さんがどこのホロウに入るかさえ分かれば、中で何か不測の事態が起きたとしてもこちらでなんとかできるかもしれないからね。これが僕のノックノックのIDだけど──」
「すまないが、俺は携帯電話を持っていない。連絡なら、この番号で頼む」
鋼牙は家の固定電話の番号と、ゴンザの携帯電話の番号を紙に書き記し、アキラに渡した。
「い、今どきスマホどころか携帯電話すら持っていないのかい?リンが聞いたら気絶しそうだな……しかしどうしたものか……分かった、冴島さんとの直接の連絡手段についてはこちらで何とかしよう。それで、何処に行くんだい?」
「ホロウだ。探し物がある」
「ホロウだって!?待ってくれ、まだこっちは何の準備も──」
「時間が無い。俺は行く」
「駄目だ、それはプロキシとして許可できない!ホロウがどれだけ危険な場所か、知らないのか!?」
「知っている。問題無い」
「大有りだ!どうしても行きたいのなら、僕があなたのプロキシとして着いて行く、それ以外は行かせない」
「駄目だ。あんたを危険に晒すつもりは無い」
「僕なら大丈夫だ。この部屋からイアス……このボンプを通して遠隔であなたをサポートできる」
「ここから、ボンプを通して……?」
その後もアキラは鋼牙を説得していたが、肝心の鋼牙はザルバとの念話に集中していた。
(ザルバ、どう思う)
(さぁな、ボンプに憑依……いや、同調か。そんな事できる人間なんざ見た事も聞いた事も無い。もしボンプと同調しているこいつがホラーに襲われたとして、ボンプの方が壊されるだけなのか、ボンプを通してこいつ本人が喰われるか……予想もつかないな)
(…………)
(考え込んでいるところ悪いが、そろそろ日没が近いぞ)
「……分かっている」
「──!分かってくれたかい、ホロウの危険性を」
「ああ、十分すぎるほどな。案内してくれるのは助かるが、俺の指示には必ず従ってくれ」
「それは僕のセリフなんだけどな……分かった。あなたも、ホロウ内を移動する時は僕の指示に従ってくれ」
「承知した」
「それじゃあ仕事を始めよう。冴島さん、あなたはイアスを持って目当てのホロウに入ってくれ。そこからは僕があなたを導く」
鋼牙は頷き、01のスカーフを巻いたボンプのイアスを抱えて裏口から店を出た。
どの時代にもはぐれ者は居る。
それも、ホロウ災害の多い新エリートでは尚更。
それらの根城は大抵スラム街や郊外であることが多いが、稀にホロウを拠点にしている荒くれ者たちも居る。
調査協会や治安局、果ては防衛軍から物資を強奪し、ホロウ内に棲みついているのだ。
対侵食装備に食料、ディニー。住処など、そこらを見渡してマシな瓦礫を選べばそこが彼らの城となる。
最近は殊更大量だった。
以前まではデッドエンドホロウを根城としていたが、デッドエンドブッチャー討伐されたことで危険度が下がり、HIAやら治安局やらが頻繁に出入りするようになってしまった。
そのせいで住処を追われたホロウ荒らしの一派は拠点をスロノス区の共生ホロウへと移した。
スロノス区にはH.A.N.D本部があるため、そこに寄り付こうとするチームはいないし、誰もそこに行こうとは思わない。
だからこそ、そこが盲点となったのだ。
スロノス区に移ってからというもの、物資強奪は競合相手も無く独占状態。奪った物資を裏に流せば、その利益も当然独占。
ウハウハであった。
稼げば稼ぐほど、チームは組織としてより大きくなる。
そして、大きい組織とは得てして内部抗争が起きるものだ。
奇襲チームが物資を獲ってきたというのに、上から渡されるディニーや対侵食装備はその活躍に見合わない。
そのくせ、物資を売り捌く売買チームは、資金繰り係であることをいいことに自分らに都合のいいように分配している。
不満が溜まった奇襲チームはついに今日蜂起した。
両チームの長が言い争い、果てには組員同士での殴り合いを経て殺し合いにまで発展した。
──そういう場には陰我が溜まる。
そしてホロウの廃墟には、陰我が集まるとホラーが魔界から人間界へ出てくるための
例えば、崩れた鉄骨がたまたま十字架のように見えて、それに雰囲気が出るからと組員が鎖やボロ布を巻いた愉快なオブジェの影──などだ。
抗争の最中、組員の一人が偶然、そのオブジェの影に足を踏み入れた。
その足は影の中へ沈み、突然足の自由を失ったその男は後ろへ倒れ込んだ。
慌てて様子を見ようと上半身を起こすと、見た事もない異形の怪物──ホラーが男に覆い被さっていた。悲鳴をあげる間も無く、男はホラーに
そして、それから数分で組織の根城はもぬけの殻となった。あるのは、内輪揉めで争った形跡と、逃げ惑うような足跡、そして撒き散らされたディニーだけだった。
「……腹が減った……喰い足りない、もっと──美味そうな……!」
ホラーは、次の獲物を求める。
その獲物の名は、エーテリアス。
「思ったより時間を食っちまったな鋼牙、スロノス区まで距離があるがどうする?」
「魔戒道を使う」
「ンナ?ンナナンナ?(あれ?どこから誰かの声がする?)」
「すまないが、少し目隠しさせてもらうぞ」
「ンナナ!ンナ!ンナ?ワタンナ!?(速い!すごい!あれ?前が見えない!?)」
鋼牙はイアスの視覚デバイスに布を被せ、魔戒道へ入って行った。
魔戒道とは、異なる管轄の土地同士を繋ぐ、魔戒騎士・魔戒法師のための隠された裏道のことだ。
数分全力疾走を続けると、魔戒道を抜けスロノス区へ到着した。そこからはいつものように、邪気を追って行くだけだ。
イアスの目隠しを解いて、鋼牙は再び走り出す。
「どうだザルバ。ホラーの気配は──」
「うっすらとだが、感じ取れるぜ。その路地の奥の方からだ」
鋼牙は細い路地を目にも止まらぬ速さで走り抜ける。
路地の奥。行き止まりに、空間の割れ目が佇んでいた。
「邪気の発生元はこの先だ」
「ナ、ンナナ……(め、目が回る……)──同期成功……いや、イアスの具合が良くなさそうだ。冴島さん、イアスにどんな扱いをしたんだい?場合によっては契約を考え直さなくてはいけなくなるな」
「──!ボンプから、アキラの声?」
「ここは……どこだ?待ったFairy、スロノス区だって?この短時間でどうやって六分街からスロノス区まで──」
「急ぎだったから、移動が荒くなってしまった。許せ」
「ヘリコプターでも使ったのか……?っと、今はとりあえず置いておこう。先にホロウだ」
「どうすればいい」
「いま目の前の裂け目が何処に繋がっているかを探っている。五秒待ってくれ──よし、危険な場所では無いよ。入っても大丈夫だ」
案内人のOKの合図と共に、鋼牙は裂け目の中へと飛び込んだ。
ホロウに入った鋼牙は、すぐに異変を察知する。それはザルバも同じだった。
「ホラーの邪気だ」
「ああ、奴さんは既にゲートから出てきていたようだな」
ザルバと一言交わした直後、イアスと同調しているアキラも裂け目を通過してホロウ内部に合流した。
そして──アキラも、彼のAIアシスタントもこのホロウの異常を検知したようだ。
「なんだ……なんか、変だ……イアス越しだと言うのに、肌寒い。それなのに冷や汗が止まらない……」
「マスター、ホロウ内で異常な反応の発生を検知しました。詳細な座標の特定を急ぎます。提案・推奨:この異常な反応が起きている地点周辺には近付かない事を勧めます」
「当たり前だ!こんな計器のノイズ、今まで見たことも無い!ホロウ内部でこんなことが起きていたなんて……デッドエンドブッチャー以上の変異体の可能性がある。冴島さん、今すぐにホロウから出るべきだ!」
「いや、俺の探しているものは恐らくそいつだ」
「そんな──!」
「近くまで案内してくれれば、後は俺がやる。お前は安全を確保して隠れていてくれ」
「……分かった」
「非推奨:ホロウ内の異常反応が更に強まっています。マスター、今すぐにホロウを離れるべきです」
「Fairy、僕は彼のプロキシだ。もしプロキシの僕が彼を置いて先に逃げて、彼がホロウで迷ってしまったら、僕は僕を許せなくなってしまう。手伝ってくれないかい、Fairy」
「──肯定」
「よし……座標の特定は?」
「完了済みです。直ちにルートを構築します」
「最短ルートを頼む。多少の障害は覚悟の上だ」
再びイアスを抱え上げながら、鋼牙が言う。
イアス越しに伝わる鋼牙の力強い意思を信じ、アキラは最短ルートを提示した。
アキラの指示の下、鋼牙はホロウを駆ける。
「うっ──速いな。これは雅さん以来だな……そこを右だ、エーテリアスが三体いる。気を付けてくれ」
「ああ」
短く返事をしつつ、鋼牙は右手でコート──魔法衣の内側から魔戒剣を抜き、迫り来るエーテリアスにその剣先を向ける。
自らに剣を向けられていることなど、認識できるはずもないエーテリアスは鋼牙へと向かって行く。
それは、到底攻防とは呼べぬほど一方的な戦闘だった。
最初に向かってきたエーテリアスをすれ違いざまに斬り抜け、後に続くエーテリアスを返す刀で横薙ぎ一閃。そのまま勢いを利用し、最後の一体を逆袈裟に斬り上げた。
そのまま振り返る事もなく、鋼牙は指示されたルートを最短で駆け抜けて行った。
鋼牙が去るのと同時に、自らが斬られた事に気が付いたかのようにエーテリアスは消滅した。
「──凄いな……冴島さん、あなたは一体──」
何者なんだ。そう問おうとした言葉は、飲み込む事となった。鋼牙が足を止めたからだ。
そして、鋼牙がイアスを物陰へ投げるのと同時に、Fairyから警告が告げられた。
「ここから離れていろ」
「警告:異常個体が出現しました。直ちに避難してください──!」
アキラは返事をする余裕もなく、イアスの小さな足を動かして物陰の奥へと隠れた。
数秒後、
全身に鎖を巻き付けたエーテリアス。それのエーテル活性値には多量のノイズが混じり、H.D.Dの機器が悲鳴を上げるかのような音を出している。
「やはりエーテル喰いか」
「やつはイシュターブだな。憑依したヤツを極限まで操るヤツだ」
ザルバのホラー解説に、鋼牙は頷く。
ホラー・イシュターブ。鎖をゲートに出現するホラー。
過去に相手したことがあるが、憑依体でありながらホラーと遜色ない運動能力に手を焼いた。
それがましてやエーテリアスに憑依するとは。
どれ程の相手になるかは想像もつかない。
まだ
鋼牙が人間界でガロを纏っていられる時間は、99.9秒。この制限を超えると、鎧に魂を喰われてしまう。
魔界や、それと同質のホラーが作り出す結界内であればその制限は無くなるが、ホロウは人間界と同じ扱いとなることを鋼牙は先日の一件で確認済みだった。
鋼牙はエーテル憑依体・イシュターブを前に剣を構え応戦する。
初動はイシュターブ。目にも止まらぬ超高速で放たれた鎖の雨を鋼牙は間一髪で弾く事に成功した。しかし、その衝撃を全ては受け止めきれず、鋼牙は後方の壁まで吹き飛ばされた。
休む間もなく降り注ぐ鎖を、身を捩り、駆け抜け、剣で弾いて回避し続ける。
「この鎖の量と速度、全く隙がないぜ鋼牙!」
「わかっている!」
ザルバの状況分析にも、鋼牙の中に焦りは無かった。
鋼牙は鎖を回避しながらも、少しづつイシュターブに近付いている。
この縦横無尽に迫り来る鎖の雨の中に、隙を見つける事ができれば、その瞬間に勝負は決する。
そして、その隙は唐突に
イシュターブの意識の外から、高速で
その閃光の名は、星見雅。現行の虚狩りの一人。
「無事か、鋼牙!」
「あぁ──!」
イシュターブは自分に攻撃を加えてきた人間を喰らおうと手を、鎖を伸ばさんとする──この一瞬を見逃す鋼牙ではない。
魔戒剣を頭上に掲げ、切っ先で円を──召還の陣を描く。魔界より鎧が召還され、鋼牙はその身にガロを纏う。
鎧の召還と同時にガロはイシュターブへと接近し、イシュターブを真上へと蹴り上げ、自らも飛び上がる。
これは万が一にも雅にホラーの返り血が降りかかるのを阻止するためだった。
鋼牙は先日のエーテル喰いホラーが血も出さず消滅したのを目にしていたが、今回もそうとは限らないからだ。
「はぁぁああああ!!!」
イシュターブが最高到達点まで打ち上がり、落下するより早く、飛び込んできたガロの牙狼剣によってその身を斬り裂かれた。
胴体が二つに分かれたイシュターブは、やはり血を出すことなく消滅した。
元の位置へと着地したガロは、その鎧を魔界へ返還する。
「すまない。手間をかけさせたな、鋼牙」
「雅、何故ここにいる」
互いに近寄りながら剣を鞘へ納める。
本来であれば無事を確認するべきなのであろうが、それよりも先に問う鋼牙。
怒りの垣間見える鋼牙とは逆に、さも当然かのように雅はこう返した。
「何故?スロノス区の共生ホロウでこれほどの異常が起きれば、私が来るのは当然だろう」
「どうやってここまで来た」
「私のプロキシから連絡があったものでな」
と指す先にはイアスの姿がある。
『パエトーン』は雅から紹介されたプロキシ。互いに連絡が取れるのは当然ではあるが。
「すまない冴島さん。隠れていろとは言われたけど、冴島さん一人だと危ないとも思ったんだ。だから、どうにかする方法をずっと探していた。ホロウ内を全部ひっくり返す勢いでね。そして、雅さんがこのホロウに入ったのを確認できた。後は連絡を取って、ここまでの最短ルートを教えれば、雅さんなら最速で来てくれる。どんな変異体だとしても、虚狩りほど心強い戦力も無い……そう思っていたんだ」
「通常のエーテリアスならな。だが、ホラーは違う。雅、お前は知っているだろう。なぜ前に出てきた」
「無尾では奴らを斬れないことは知っている。だが、命を絶てないだけでその身を斬ることは可能だ」
つくづく、埒外の女だ。と鋼牙は頭を抱えた。
このまま話を続ければ、『斬っても死なないなら死ぬまで斬るだけのこと』と言い出しそうだと考え、先にホロウの脱出することに決めた。
「……はぁ、もういい。だが、助かった」
「あぁ、私もお前に助けられた。同じだな」
「ホロウが落ち着いてきた。今なら安全に戻れるよ」
イアスの案内に従い、鋼牙と雅は無事にホロウを出た。
それぞれ今日の仕事は終わりだが、互いに言いたいこと、聞きたいことが山のようにあるため、翌日にビデオ屋に集まることを条件に三人は解散した。
スロノス区まで連れてこられたイアスは、すぐに帰ることができないため、鋼牙か雅が預かる事になった。
雅の提案でイアスの自由意志に委ねる事になったが、何故かイアスは鋼牙の方を選んでしまった為に、鋼牙がイアスを預かる羽目になってしまった。
当然雅は長い狐耳が90°を下回るほど落ち込んだ。
そして、渋々イアスを連れ帰った鋼牙の方は──
「なぁにぃ鋼牙〜かわいいボンプなんて連れちゃって!ふふっすっごく可愛い!」
「ふ、ふふ、鋼牙様……実に素敵でございます……!微笑ましいですなぁ」
「ちょっとその子と一緒にモデルになってよ!いまならすっごく可愛い絵柄が描けそう!」
カオルにいじられ、ゴンザには生暖かい目で見られ、散々な目に遭っていた。
「……はぁ」
「今日はため息が多いな鋼牙」
「うるさいぞザルバ……こんなに疲れたのは久しぶりだ」
「ンナ!ンナ!(モデル!モデル!アキラ、リン!僕、とうとう絵のモデルになったよ!)」
旧い記憶の中の光が鈍くなっていることもあれば、より輝きを増している事もある。
その光を憐れむか、妬むか、或いはなにも変わらないか。それは結局、その人間次第なのさ。
次回『再会』
感動的な再会があるなら、俺様もしてみたいぜ。
大体時系列設定
ゼンゼロ:シーズン1第5章終わり、アウトロ前。
生身でホロウに入れるようになる前です。
牙狼:7体の使徒ホラー討伐後、MAKAISENKI前。
鋼牙過密スケジュール過ぎてここか蒼哭ノ魔竜後雷牙誕生前くらいしか行間が無いンナ……本来は使徒ホラー殲滅後すぐに魔戒閃騎始まるし……