新エリー都の守りし者 作:バルチャス最弱
ホロウ災害の蔓延る新エリー都において、人々はなにかにつけて縋りつくものを探す。それは虚狩りであり、TOPSでもあり、防衛軍でもあり、HIAでもあり、H.A.N.Dでもあり、そして占いである。
衛非地区澄輝坪、適当観。雲嶽山の宗主である儀玄と数人の弟子が運営している道館の一つ。もっとも、長らく放置されていたため寂れて久しいが、再び雲嶽の先生が澄輝坪に戻ってきたという知らせは、それだけで人々を歓喜させたものだ。
「お師匠様?もう夜ご飯も食べ終わったのにお出かけですか?」
「まぁそんなとこだ。食後の腹ごなしだな」
道館を出ようとしていた儀玄を呼び止めたのは一番弟子の橘福福。夜ご飯を誰よりもいっぱい食べた彼女は、満福福な気分で館内を散歩していた。
「福福もご一緒してもいいですか?」
「あー……さっき潘がお前さんを探していたぞ。厨房から何やら甘い匂いがしていたから、味見役でも探しているんじゃないか?」
「おぉ!それは福福の出番ですね!直ぐに行かなくては!」
「あまり食べすぎるなよ」
「はい!」
返事と共に儀玄へと振り返った福福は、儀玄の腰の玄墨入れの横にぶら下がっている一本の
最低限の控えめな装飾に、綺麗だけど新品には見えない白毛の穂先。使い込まれているようにも、あまり使われていないようにも見える。
「珍しいですねお師匠様。お師匠様は墨を媒介にする術を使っていますけど、筆を持ってるところは初めて見ました」
「いやなに、ただの気分転換だ。たまには古いやり方を試すのも悪くない」
「なるほど……では、お師匠様。お気を付けて!」
「あぁ。お前さんもほどほどにな。──さて」
厨房へ突撃せん勢いで走り去る福福を見送り、儀玄は適当観を出る。見慣れた澄輝坪の夜景。すっかり日も落ちているというのに、昼間とそれほど変わらない衆生。
だが、その中に混ざる────
「今夜はまた、一段と邪気が濃いな。どこから湧いて出たのやら」
この町に蠢く、邪悪の臭い。陰我の気配。
澄輝坪の街角。歩道橋の下で、若い女が手相占いの露店を開いている。男の目を引く格好をし、ただ座っているだけで、誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のごとく釣られる者は数多い。今晩も一人、また一人と。
「お姉さん手相占いやってんの?俺のも見てよ」
「えぇ、構いませんよ」
若い男が一人。占い師の女に寄ってきた。自身の右手を差し出し、女はその手のひらをじっくりと見つめる。
「まぁ、まぁ!なんて素晴らしい相なの!」
「え、そんなにすか?」
「えぇ、ええ!私好みの良い相、もっとよく見せてほしいわ!すぐ裏に私の店があるの、入っていってちょうだい!」
「いやー参っちゃうなー、そこまで言うなら是非──」
男の手首を掴み引く女の手を、第三者が掴み制止した。
白銀の長髪に、有名な黄色の道着を羽織る長身の女性。雲嶽山の宗主、儀玄である。
「まぁ待て。占い事なら私も多少心得がある。見たところお前さん、相当厄介な凶兆がでているぞ」
「は、はぁ」
「ちょっと。邪魔しないでくれる?」
女の手に力が込もり、痛みを感じた男が短く悲鳴を上げた。
「そう長くは取らせない。そら──」
儀玄は筆を手に取り、術で穂先に火を灯す。黄土色の輝きに眩む男と、その輝きを睨みつける女。そして儀玄はそれぞれの瞳を確認していた。
女の瞳が白く濁り、異様な紋様が浮かび上がる。
男も女の異変に気付くと、その変異した目を見て悲鳴を上げた。
「ひ、ヒィ!」
「魔戒法師め!」
「副業だがな」
儀玄は女の腹を蹴り飛ばし、そのまま
「い、一体、なにっ──」
「お前さんはさっさと帰って、よく食べてよく寝ろ。そうすれば万事吉方へと進むさ」
「は、はひぃ!」
走り去る男を背で送り、右手に筆──魔導筆を、護符を左に構え、
中は暗く、とても営みをしていた場所とは思えないほど静まり返っている。
光照の術を用いて室内を照らしてみると、そこには
商売に使っていたであろう道具も、蹴り飛ばした時にできたはずの床や壁の傷も、何もかもが。まるで部屋ごと何処かへ消えてしまったかのようだった。
「逃げ足の早いやつめ。これは少し面倒そうだ」
清瞑鳥に術を施した
儀玄はため息を一つ吐き、散歩に戻った。通りがかりに八卦札を貼りながら澄輝坪をひとまわりし、散歩を終え適当観へ帰る。
「さて、早いとこ見つけないとな」
自室に鍵をかけ、机上の香炉型の魔針盤にホラー探索の術を施す。再び街に入り込むか、或いはまだ潜伏しているならば、時間をかければいずれ見つけ出せる。しかし、時間をかければかけるほど、犠牲者が増える可能性が高い。
(私の予想が当たっているなら、ヤツは大喰いのホラー。拠点に人を連れ込み、蓄え、喰らうタイプだろう)
後は魔針盤がホラーに反応するのを、ホラー退治の準備をしながら待つのみ。
「久方ぶりの副業だ……身体を慣らしておくか」
もう既に皆は寝た頃。あまり騒がしくすると起こしてしまうから、大きな音は出さないようにしないとな。
冴島鋼牙は、番犬所からの指令を受け衛非地区の澄輝坪に来ていた。
今日はいつもの指令書ではなく、番犬所に直接呼び出され、出現したホラーの封印を命令された。
人の恐怖を好む、悪趣味なホラー・プロファンデス。
多くの人間を自らの結界に誘い込み、蓄えた人間を一斉に魔界へ連れ込む習性があるホラー。そのホラーが衛非地区に出現した。
野放しの時間が長ければ長いほど、多くの人が犠牲となる。一刻も早く封印するべく、最強の魔戒騎士、牙狼の称号を継ぐ鋼牙に指令が下ったのだ。
ただ、もし指令が無かったとしても、鋼牙は衛非地区に足を運んだだろう。
「衛非地区とは、また結構な遠出だな」
「ここも管轄だ、指令があれば出向く」
まだ午前の早い時間だと言うのに、スロノス区街とは違った賑やかさの澄輝坪に眉を顰めるザルバ。
鋼牙は淡々と街を歩く。
「そりゃあそうだが、こっちまで来たのは久々だぜ……で、どこから探す?」
「まず人に会いに行く」
「人?お前さん、こっちに知り合いが居たのか?」
「魔戒法師だ」
「昨夜遅くに届いた札か。確か……」
「『衛非地区、澄輝坪にホラーあり』と術で書かれていた。見ろザルバ。この街中に八卦札が貼り巡らされている。おそらく、既にプロファンデスと接触したんだろう」
「なるほどな。これほど探知用の札を貼り巡らせるとはそれなりに腕の経つ魔戒法師のようだ。そいつはどこにいる?」
「ここだ」
鋼牙が足を止めた。目線の先には、『適当観』の看板。
「こんな寂れたボロ道場にか?」
「ちょっと〜!」
ザルバの嫌味に、怒れる声あり。
彼女こそは雲嶽山宗主の一番弟子、橘福福。大いなる猛虎、トラのシリオンである。茶トラ猫のシリオンではない。
「適当観は再興したばかりだから、まだ古いままなだけなんです!これからしっかり綺麗になりますから!」
「す、すまん嬢ちゃん」
ザルバも勢いに押し負ける事が多くなった。これもカオルの影響だろう。
鋼牙は話を早々に切り上げ、本題に入る。
「無礼を許せ。儀玄法師はいるか?」
「法師……?お師匠様なら、今日は珍しく一人で鍛錬してますけど……あ、もしかしてあなたが『もしかしたら来るかもしれない盟友』さんですか?」
盟友。確かに、守りし者として志を同じくする魔戒騎士と魔戒法師は盟友と言えるだろう。鋼牙も、魔戒法師の邪美を盟友だと思っている。
「あぁ、そうだ」
「であれば、この福福が適当観を案内します!」
福福に連れられ、鋼牙は適当観の門をくぐる。少し荒れた敷地に、太った茶トラ猫。義足の犬の前を抜け、小広場。そこに一人、舞うかのように鍛錬を積む者が居た。
「ん、来たか」
「お師匠様!お客さんですよー!」
「ありがとう福福。よく来てくれた、冴島鋼牙殿。私は雲嶽山の宗主、儀玄と申す」
儀玄は鋼牙に礼をし、鋼牙もまた礼を返す。
「呼び掛けに応えてくれた事、感謝する」
「はい。貴女に協力を願いたい」
「それはこちらも願ってもない事だ。福福、少し込み入った話だから、しばらく私の部屋に誰も寄らすな」
「分かりました!」
「では鋼牙殿、こちらに」
儀玄の案内に従い、部屋に入る。
机の上の魔針盤が絶えず動作し、ホラーの位置を探っているのが分かる。
「いま正確な位置を探っているところだ。もう少し時間がかかる。楽にしてくれ」
「ああ」
鋼牙は魔法衣を脱ぎ、用意された椅子の背にかけ自身も座った。
儀玄も同じく椅子に座る。
「昨夜の札の事をお聞きしたい。何故俺に直接連絡を?」
「私とて魔戒法師の端くれ、スロノス区を管轄する魔戒騎士の事は知っている。牙狼の称号を持つ者なら尚更……まぁそれだけじゃないんだが。あー……お前さんは覚えていないだろうが、私は昔お前さんと会った事があってな」
「それはどういう……」
「昔の話だ。私は子供の頃、お前さんの両親に助けてもらった事がある。その縁でな。その
儀玄の語りを、鋼牙は静かに聞く。
「どっちつかずなんだ、私は。雲嶽山の修行者としても、魔戒法師としても……。だからお前さんが来てくれて正直ほっとしている」
「……ここまでの道中、多くの八卦札を見かけた。法師が付けたもので間違い無いか?」
「まぁそうだが……私は法師と呼ばれるような人間じゃないさ」
「俺がスロノス区を管轄するよう
「出てくる前に邪気を散らしていただけだ」
「それだけで多くの命が救われている。法師は十分に、法師としての務めを果たしている。卑下するのはよせ」
「しかし……」
「法師は魔戒法師としてだけではなく、雲嶽山としてホロウ災害からも人々を守っている。それはそう簡単な事ではない。──父と母が救った命が、その先で多くの命を救っている。それをどうか忘れないでいただきたい」
「……ありがとう、鋼牙殿」
しんみりとした話は、魔針盤の一際大きな揺らめきによって終わりを迎えた。互いに席を立ち、魔法衣と道着を羽織る。二人の顔が、平時のものから守りし者の顔に変わった。
「ヤツの邪気を捉えた。もうじき日も落ちるだろう、急ぐぞ鋼牙殿」
澄輝坪には新進気鋭の占い屋があるらしい。なんでも水晶を通して、覗いたものの未来を見せてくれるのだとか。しかも、ただ見せるのではなく、恐怖映像を模して見せるのだとか。実際にその占い屋を訪れた人は口を揃えて、「凄い体験だった」と言うのだ。
噂が噂を呼び、新装開店初日には、開店時間が夜にも関わらず長蛇の列ができるほどだった。
列に並ぶ人間を眺めて、占い師の女はほくそ笑む。
「ふふ……餌がたくさん。ぜーんぶ食べちゃう」
記念すべき最初の
一人は昨日餌集めを邪魔した魔戒法師の女。そして佇まいから魔戒騎士と分かる。
急いで外の人間の列を確認してみれば、全員額に札を貼り付けられ倒れていた。
「残念だな。今日で店仕舞いだ」
「酷いことするのね。私はただ人間達の縋りに応えているだけよ?」
鋼牙は言葉の代わりに魔戒剣を抜き、
プロファンデスは剣を躱し、邪気を纏った貫手を鋼牙へ向けた。
「下がれ、鋼牙殿!」
儀玄の声がけと同時に鋼牙は剣を引き、後方へ飛び退く。退がる鋼牙を追うプロファンデスの貫手を、玄墨を纏った儀玄が防ぐ。
貫手を弾かれたプロファンデスは体勢を崩し、儀玄は畳み掛けるように法力を付与した玄墨による攻撃を仕掛ける。
プロファンデスはそれらを振り切り、次は儀玄へ向けて邪気の弾丸を放つも、それは鋼牙の魔戒剣によって弾き返された。
自身の攻撃を食らったプロファンデスは二人を睨みつける。
「ちっ……本当の恐怖はここからよ……!」
憑依していた女の身体から、プロファンデスが真の姿を現す。禍々しい女体に、女の顔とホラーの顔の二面相を持つホラー。
出現と同時に、店内に異変が起き始めた。部屋が歪み、結界へと変質を始めている。
「法師!」
「鋼牙殿!?」
鋼牙は咄嗟の判断で儀玄を店外へ放り出すも、鋼牙自身は結界内に取り残されてしまった。
儀玄はもう一度店内へ戻ろうとするも、ドアは固く閉ざされビクともしない。窓も黒く塗りつぶされ、開くことも割る事もできなくなっている。
いくらか術を放つも、やはり反応は無い。結界の主を倒さなければ、開くことは無いのだろう。
「──頼んだぞ、鋼牙殿」
結界の中──つまり占い屋の内装が、回転しながら下へ落ちている。
いくらかの攻防の後、墜落したかのような激しい衝撃と共に、部屋は崩壊した。
放り出された鋼牙が辺りを見回すと、そこは澄輝坪では無かった。
「鋼牙、ここは魔界の一歩手前のようだ」
ザルバが分析し、鋼牙に伝える。
景色に色は無く、あるのは岩と、そこの見えない縦穴のみ。
「その穴の先は魔界だ。落ちるんじゃないぞ」
「ああ」
プロファンデスが穴の上に姿を現す。
邪気を溜めこみ、今すぐにも鋼牙に襲いかからんとしていた。
「来るぞ鋼牙!」
空中から鋼牙に向かって飛びかかるプロファンデス。
対する鋼牙は頭上に召還の陣を描き、ガロを纏うと同時に牙狼剣を構える。
ガロはプロファンデスの一撃を躱し、返しに腹部を斬り抜けた。
牙狼剣の一撃を食らったプロファンデスは地に倒れ、最後の言葉を残す。
『魔戒騎士……本当の恐怖は、ここからだ……!』
プロファンデスが蓄えた邪気が爆散し、辺りの地盤が崩落を始めた。ガロはそれに巻き込まれ、穴の下へと落ちていく。
「くっ──」
「ヤバいぞ鋼牙!穴の中はホラーの巣窟だ!」
落ちてきたガロに、一匹、二匹、三匹……次々にホラーが襲いかかる。
それらを斬り落とすも、ホラーは圧倒的な数でガロを包囲する。
「轟天!」
ガロの呼び掛けに応え、召還の陣より金色の魔導馬・轟天が顕現する。
轟天はガロを背に乗せ、数多のホラーを足蹴にしながら縦穴を螺旋を描くように駆け登っていく。
上を目指すガロの目に、一羽の怪鳥が降下してくるのが映った。
儀玄の清瞑鳥だ。清瞑鳥はガロに合流し、轟天を先導するように飛行する。
『鋼牙殿、清瞑鳥が結界の出口まで導く。着いてきてくれ』
儀玄の声にガロが頷くと、清瞑鳥は更に高く上へ飛ぶ。轟天もそれを追い、加速していく。
逃がさんとするホラーはより多くガロに襲いかかるが、その全てを斬り伏せながらガロは上を目指す。
脱出するまでにどれだけのホラーを斬ったかは、ザルバでさえ数えるのを放棄するほどだった。
術札で眠らせた澄輝坪の人々への後処理を終え、二人は現場を迅速に離れた。
その後儀玄は雲嶽山として現場に戻り、倒れる人々を保護し、現場を治安局員に引き渡した。
一段落着き、澄輝坪は元の澄輝坪に戻っていくだろう。
「今回は世話になった。ありがとう、鋼牙殿」
「気にされるな、俺もあなたに助けられた。礼を言う。やつの結界を迅速に抜けれたのは法師のおかげだ」
「出過ぎた真似かと思ったが、助けになれたのなら良かった。もし私が必要になった時は呼んでくれ。魔戒法師としてでも、雲嶽山の宗主としてでも、鋼牙殿の力になろう」
「あぁ、必ず」
「次会うときは、もう少し腰を落ち着けてお前さんと話がしたいものだな」
「それはまたいずれ。それでは、失礼する」
鋼牙は儀玄に一礼し、適当観を後にする。
衛非地区からスロノス区街まで魔界道を使ったとはいえ、家に着く頃には夜はかなり深まっていた。それでも帰れば、いつものようにカオルとゴンザが出迎えてくれた。
「おかえりー鋼牙」
「おかえりなさいませ、鋼牙様」
「今回は随分長かったね、どこ行ってたの?」
「衛非地区だ」
「衛非地区!?結構遠くだね」
「お疲れ様でございます。どうぞ魔法衣をこちらに、ご夕食の支度はできておりますので、ただいまお持ちいたします」
ゴンザに魔法衣を預け、カオルと共に部屋へ向かう。
「ね、お土産は?」
「無い」
「えぇ!?無いの!?」
「なんであると思った」
「だって衛非地区でしょ?スロノス区ではあるけど結構遠いし、名産や有名な食べ物だっていっぱいあるでしょ?なんで買ってこないの?」
「ホラーを狩りに行ってるんだ。土産を買う暇は無い」
「むー」
「……なら、今度連れてってやる。それでいいか」
「──うん!絶対ね!絶対だからね!」
あの日から〜……どれくらい……
魔戒騎士が纏う鎧には種類があるらしい。
ホラーから人間を守る鎧と、自分の心を守るの鎧。
お前さんは果たしてどっちか……聞くまでもなかったか?
人々をホラーから守りし魔戒騎士はひとりじゃない。
次回『絶狼』
鎧を纏い、ホラーを斬る。その使命は変わらない。
儀玄師匠の服、黒くしたら魔戒法師っぽいなと思ってしまった瞬間に脚本書き換えが始まってしまった。齟齬あったら申し訳ない。
大胆な脚本書き換えは二次創作の特権。
それにしても戦闘がほとんど魔戒ノ花16話みたいになってしまった。これからはそうはならないように心掛ける。