星の王子と花の姫君   作:百合魔神

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きらめく星を、見つけた

きらめく星を、見つけた

 

目覚ましが鳴るより先に、きららは目を覚ました。

 

薄暗い部屋の中で、枕元の時計だけがぼんやりと光っている。まだ起きる必要はなかったが、もう一度眠れる気はしなかった。

 

制服を着て、教室へ行けば、きっと春野はるかが待っている。

 

雑誌の公式サイトへ掲載された写真。自分の手に握られたプリンセスパフューム。そして、はるかが拾った星の指輪。

 

考えれば考えるほど、学校へ行かない理由ばかり浮かんでくる。

 

熱があると言えばいい。撮影の都合で欠席することも珍しくない。今日一日休めば、少なくとも考える時間は稼げる。

 

「……ばかみたい」

 

きららは毛布を跳ね除けた。

 

熱もないのに仕事から逃げるような真似はしたくない。学校を休んだところで、はるかが諦めるとも思えなかった。

 

洗面台の鏡には、ひどく不機嫌な顔が映っていた。

 

明るい茶色の髪を整え、制服へ着替える。朝食を済ませ、寮を出る頃には、いつもと変わらない天ノ川きららの顔を作れていた。

 

ただ、首元だけが妙に軽かった。

 

そこにあるはずの星がないことを意識するたび、胸の奥が落ち着かなくなる。

 

ノーブル学園へ着いたきららは、昇降口で誰にも呼び止められなかったことに安堵した。

 

その安堵は、自分の教室が見えたところで消えた。

 

「きららちゃん!」

 

教室の前で、はるかが大きく手を振っていた。その隣には、海藤みなみが立っている。

 

朝から目立つ二人組だった。廊下を通る生徒たちが何事かと視線を向けている。

 

きららは踵を返しかけた。

 

「待って、きららちゃん!」

 

駆け寄ってきたはるかに回り込まれ、逃げ道を塞がれる。

 

「朝から何」

「聞きたいことがあるの」

「これからホームルームなんだけど」

「まだ時間はあるわ」

 

みなみが廊下の時計を確認する。

 

最初から逃がすつもりはないらしい。

 

「ここじゃ目立つから、場所変える」

 

きららは二人を連れ、同じ階の空き教室へ入った。扉を閉めると、廊下のざわめきが少しだけ遠くなる。

 

はるかは鞄から一枚の紙を取り出した。雑誌の公式サイトを印刷したものらしく、そこには撮影の合間に撮られたきららの写真が載っていた。

 

問題の右手もしっかり写っている。

 

「これ、プリンセスパフュームだよね?」

 

きららはしばらく写真を眺めた後、肩掛け鞄を開いた。

 

布で包んでいたプリンセスパフュームを取り出し、机へ置く。

 

「庭で拾ったの」

「庭?」

「撮影してた建物の庭。茂みの中に落ちてた」

 

はるかの表情が変わった。

 

「どの辺り?」

「花壇の裏。低い木が並んでるところ」

「……そこ、わたしも行ったよ」

 

はるかの右手が、制服のポケットへ触れる。

 

「この子を拾ったのも、そこだったから」

 

取り出されたのは、銀色の小さな指輪だった。

 

星をかたどった飾りには、いくつもの細かな傷がついている。それでも、見間違えるはずはなかった。

 

自分がはるかのために花の指輪を選んだ日から、ずっと持っていたものだ。

 

きららは視線を逸らした。

 

「それが何」

「きららちゃん、この指輪を知ってる?」

 

はるかは星の指輪を両手で包んでいた。なくさないよう、大切なものを守るように。

 

「知らない」

「でも、プリンセスパフュームと同じ場所に落ちてたんだよ」

「偶然でしょ」

「本当に?」

「何度聞かれても知らないものは知らない」

 

声がわずかに強くなる。

 

はるかは怯まなかった。

 

みなみが机の上のプリンセスパフュームへ目を向ける。

 

「きららさん。これを拾った時、ほかに何か変わったことはなかった?」

「別に。写真に写ったせいで面倒なことになったくらい」

「光ったり、音が聞こえたりは?」

「ない」

 

嘘だった。

 

拾い上げた瞬間、プリンセスパフュームは確かに淡い光を放っていた。だが、そんなことまで教えるつもりはない。

 

「これ、返すから」

 

きららはプリンセスパフュームをみなみの方へ滑らせた。

 

その時、はるかの鞄が大きく揺れた。

 

「やっと見つかったパフ!」

 

白い小さな生き物が鞄から飛び出す。続いて、みなみの鞄から茶色い生き物が現れた。

 

「これで三つ目のプリンセスパフュームも無事に戻ったロマ!」

 

二匹は机へ着地すると、嬉しそうにプリンセスパフュームへ駆け寄った。

 

きららはそれを見下ろした。

 

「…………」

「きららちゃん?」

 

はるかが不思議そうに首を傾げる。

 

きららは一拍遅れて、両手を机へついた。

 

「ぬいぐるみがしゃべった」

「今、驚いたパフ?」

「驚くのが遅すぎるロマ」

「うるさい。急に出てきたから声が出なかっただけ」

 

パフとアロマが顔を見合わせる。

 

みなみまで疑うようにこちらを見ていた。

 

「以前にも会ったことがあるのかしら」

「あるわけないでしょ」

「そう……」

 

完全には信じていない返事だった。

 

きららがプリンセスパフュームから手を離そうとした瞬間、容器の中心に淡い光が宿った。

 

星屑のような粒が、きららの指先へ集まってくる。

 

「光ったパフ!」

「やっぱり、きららが三人目のプリキュアかもしれないロマ!」

 

アロマが興奮して跳び上がる。

 

「は?」

 

きららは反射的に手を引いた。

 

「待って。何の話」

「プリンセスパフュームに選ばれた人間は、プリキュアに変身できる可能性があるロマ!」

「選ばれてない」

「でも、光ったパフ」

「静電気か何かでしょ」

「静電気ではプリンセスパフュームは光らないロマ!」

 

きららはプリンセスパフュームを布で覆い、アロマの前へ押しやった。

 

「とにかく、あたしはやらない」

「まだ何も説明してないロマ!」

「説明されても同じ。怪物と戦うなんて無理」

「でも、きららちゃんなら――」

「できるかどうかじゃないの」

 

はるかの言葉を遮る。

 

「やりたくないって言ってるの」

 

空き教室が静まり返った。

 

胸の奥では、別の声が響いていた。

 

できるはずがない。関わってはいけない。プリキュアになれば、もう知らなかった頃には戻れない。

 

何より、怖い。

 

今まで遠くから見ていた戦いの中へ、自分から足を踏み入れるのが怖かった。

 

「モデルの仕事もある。学校だってある。怪物退治に使う時間なんてないから」

 

理由として口にした言葉は、すべて本当だった。

 

ただし、それがすべてではなかった。

 

みなみはすぐには答えなかった。はるかも、先ほどまでの勢いを失っている。

 

「今日も仕事なの?」

 

やがて、はるかが尋ねた。

 

「ファッションショー」

「見に行ってもいい?」

「何で」

「きららちゃんが、どんな夢を持ってるのか知りたいから」

 

きららは眉を寄せた。

 

「プリキュアに誘うため?」

「それも少しはあるけど……」

 

はるかは正直に認めた後、星の指輪を握る。

 

「今のきららちゃんのことを、ちゃんと知りたいの」

 

その言い方が気に入らなかった。

 

今の、とわざわざ付けたことも。指輪を持ったまま、まっすぐこちらを見ることも。

 

「勝手にすれば」

 

きららは鞄を持ち上げた。

 

「ただし、仕事の邪魔はしないで」

「うん!」

「会場へ入れるとは言ってないから」

「えっ」

「じゃあね」

 

呼び止められる前に空き教室を出る。

 

廊下を歩きながら、きららは小さく息を吐いた。

 

プリンセスパフュームを返すことはできた。それだけで十分なはずだった。

 

星の指輪は、まだはるかの手の中にある。

 

そのことだけは、何一つ解決していなかった。

 

放課後、はるかとみなみがファッションショーの会場へ到着すると、入口にはすでに長い列ができていた。

 

招待状を持っている客しか入れないと知り、はるかの肩が目に見えて落ちる。

 

「やっぱり、勝手に来ただけじゃ入れないよね……」

「まずは受付で事情を聞いてみましょう」

 

みなみに促され、はるかは受付へ向かった。

 

名前を告げると、係員が二枚の封筒を差し出した。

 

「天ノ川きらら様よりお預かりしております」

「きららちゃんから?」

 

封筒の中には、二人分の関係者用パスが入っていた。

 

はるかの顔が一気に明るくなる。

 

「来てもいいってことだよね!」

「少なくとも、本気で追い返すつもりはないようね」

 

みなみは微笑みながらパスを首へ掛けた。

 

会場へ入った二人が見たのは、華やかな衣装に囲まれて笑うきららではなかった。

 

衣装の裾を持ち上げ、歩幅を確かめるきらら。靴を履き替えるたび、床を数歩歩いて重心を確認するきらら。舞台監督から立ち位置を指定されれば、一度で場所を覚え、照明の当たる角度まで細かく質問している。

 

「次の転換、前より三秒短くなってますよね」

「ああ。前のモデルが舞台袖へ入ったら、すぐ出てもらう」

「分かりました。音の四拍目で出ます」

 

返事をしながらも、きららの目は舞台から離れない。

 

舞台袖の床に貼られた目印。吊り下げられた照明。緊急時に動きを止める赤いボタン。スタッフの導線。そのすべてを記憶するように見渡している。

 

隣では、年下らしいモデルが靴の留め具と格闘していた。

 

「真帆、それ逆」

「えっ?」

「金具を先に通してから引っ張るの。力任せにやったら壊れるよ」

 

きららはしゃがむと、手早く留め具を直した。

 

「ありがとうございます、きららさん」

「本番前にもう一度確認して。歩いてる途中で外れたら危ないから」

「はい!」

 

テレビや雑誌で見せる笑顔とは違う。

 

余計な愛想はないが、必要なことは見落とさない。自分の出番だけでなく、舞台全体を見ている。

 

「すごい……」

 

はるかは思わず呟いた。

 

「本当に、一つの舞台を作っているのね」

 

みなみも真剣な表情でリハーサルを見守っていた。

 

「モデルだけではないわ。衣装を作る人、照明を調整する人、音を出す人。たくさんの人の努力が、あの短い時間に集まっている」

「きららちゃん、全部ちゃんと見てるんだね」

 

リハーサルを終えたきららが、二人に気づいた。

 

パスへ視線を落とし、わずかに顔を背ける。

 

「本当に来たんだ」

「パス、ありがとう!」

「受付で余ってたから」

「名前まで書いてあったよ?」

「受付の人が気を利かせたんじゃない」

「二人の名前をどうやって知ったのかしら」

「海藤先輩まで細かい」

 

きららは控室へ向かって歩き出した。

 

はるかはその後を追い、紙袋を差し出す。

 

「これ、差し入れ!」

「何」

「マーブルドーナツ。きららちゃん、好きかなって」

「どうしてあたしが好きだと思ったの」

「えっと……何となく」

 

はるかの答えは不自然だった。

 

昔、公園でキラが選んでいた味を覚えていた。だが、それを口にすれば、また否定されるかもしれない。

 

きららは紙袋を覗き込んだ。

 

入っていたのは、偶然では片づけにくいほど好みに合った味だった。

 

「本番前に食べる量じゃない」

「一個だけでも」

「半分」

「じゃあ、わたしも半分食べる!」

 

はるかが嬉しそうにドーナツを割る。

 

きららは小さい方を取ろうとしたが、はるかは迷わず大きい方を差し出した。

 

「モデルって、ずっとこんなに忙しいの?」

 

ドーナツを食べながら、はるかが尋ねる。

 

「今日はショーだから特別。普段も撮影やレッスンがあるけど」

「大変じゃない?」

「大変だよ」

 

きららはあっさり認めた。

 

「でも、やりたいからやってる」

「どうしてモデルになりたいと思ったの?」

「ママの影響はある。小さい頃から、ステージの上にいる姿を見てきたから」

 

遠くでスタッフが衣装を運んでいる。

 

きららはその向こうにある舞台を見た。

 

「でも、ママみたいになりたいわけじゃない」

「そうなの?」

「誰かの真似じゃなくて、あたしの光で、世界中のステージを照らしたい。トップモデルになって、天ノ川きららの名前を、誰も知らない場所なんてないくらいにする」

 

迷いのない声だった。

 

「誰かに選ばれたからじゃなく、あたしが選んだ夢なの」

 

はるかは何も言わず、その横顔を見つめた。

 

公園で手を差し出してくれたキラも、今、舞台を見つめているきららも、同じようにまっすぐだった。

 

みなみが静かに頷く。

 

「だから、プリキュアになる時間はないのね」

「そういうこと」

 

きららは残っていたドーナツを口へ入れた。

 

「分かったなら、もう誘わないで」

「うん。今は誘わない」

「今は?」

「でも、きららちゃんの夢は応援する!」

「話聞いてた?」

 

答えを待たず、スタッフがきららを呼んだ。

 

きららは控室へ戻り、本番用の衣装へ着替える。

 

鏡の前へ座ると、メイク台の上に見覚えのないものが置かれていた。

 

黄色く輝く、小さな鍵。

 

星を思わせる飾りが、きららを待っていたように淡い光を放っている。

 

「……いらないって言ったでしょ」

 

手で払い落とそうとしても、鍵はその場から動かなかった。

 

触れた瞬間、指先から温かな光が流れ込んでくる。

 

空き教室で光ったプリンセスパフューム。アロマの言葉。戦っていたはるかとみなみの姿。

 

胸の奥に閉じ込めていた不安が、一斉に蘇る。

 

「選ぶ相手、間違ってるから」

 

きららは鍵をハンカチで包んだ。メイク台の引き出しへ入れ、上から小物入れを載せる。

 

見えなくなれば、それで済む。

 

自分には関係ない。

 

鏡の中の自分へそう言い聞かせ、きららは立ち上がった。

 

ファッションショーが始まると、会場は別の世界へ変わった。

 

音楽が鳴り、色とりどりの照明が舞台を照らす。モデルたちが次々とランウェイへ現れ、そのたび客席から歓声が上がった。

 

はるかは瞬きも忘れ、舞台を見つめていた。

 

星を散りばめた衣装をまとったきららが、光の中央へ歩み出る。

 

先ほどまで控室でドーナツを分けていた少女とは思えない。顎の角度も、視線の動かし方も、指先まで計算されている。

 

それでいて、作り物には見えなかった。

 

きらら自身が心から舞台を楽しみ、誰よりも強く輝こうとしている。

 

「きれい……」

 

胸の奥が、急に騒がしくなった。

 

昔、絵本に出てくる王子様のようだと思ったキラ。今、星の光をまとって歩くきらら。

 

二つの姿が重なりかけて、けれど、まだ一つにはならない。

 

きららが舞台の先端で振り返った瞬間、会場の照明が一斉に消えた。

 

音楽も止まり、暗闇の中から悲鳴が上がる。

 

「絶望に染めてやるぜ!」

 

天井近くの足場へ、黒い翼を持つ男が姿を現した。

 

「クローズ!」

 

はるかとみなみが立ち上がる。

 

「夢だ、希望だと、まぶしく輝きやがって。まとめて真っ暗にしてやる!」

 

クローズが狙ったのは、舞台袖で出番を待っていた真帆だった。

 

「お前の夢を見せてみろ!」

 

黒い鍵穴が現れ、真帆の身体が檻の中へ閉じ込められる。

 

「わたしは……いつか世界中のステージを歩けるモデルになりたい!」

 

叫びとともに夢の力が吸い出される。

 

衣装棚と裁縫道具、巨大なハイヒールを組み合わせたような怪物が、舞台を突き破って現れた。

 

「ゼツボーグ!」

 

巨大な足がランウェイを踏みつける。

 

丹念に敷かれた舞台が砕け、衣装が宙を舞った。照明器具が激しく揺れ、客席の人々が出口へ殺到する。

 

「押さないで! 出口はこっちです!」

 

きららは舞台袖へ駆け込み、スタッフとともに避難を誘導した。

 

「真帆!」

 

檻の中の少女へ手を伸ばすが、黒い力に弾き飛ばされる。

 

「きららさん、逃げて……」

 

真帆は苦しそうに目を閉じた。

 

きららは唇を噛む。

 

朝から何度も歩幅を確認していた舞台。直前まで裾の長さを調整していた衣装。一秒の光のために、何十人もの人間が積み重ねてきた時間。

 

それが今、怪物の足元で壊されている。

 

「みなみさん!」

「ええ!」

 

はるかとみなみは人目を避けて舞台裏へ回った。

 

二つの光が弾け、キュアフローラとキュアマーメイドが怪物の前へ飛び出す。

 

二人がゼツボーグを引きつけている間に、きららは残ったモデルたちを非常口へ向かわせた。

 

「走らないで! 転んだ人がいたら支えて!」

 

最後の一人が通路へ入った直後、頭上から金属の軋む音がした。

 

衝撃で制御を失った照明用の電動バトンが、避難中のスタッフへ向かって下降している。

 

きららは舞台袖を振り返った。

 

リハーサルで確認した赤い非常停止ボタン。

 

考えるより先に走り出し、身体ごと飛びつくようにボタンを押す。

 

照明バトンは、スタッフたちの頭上すれすれで止まった。

 

「今のうちに行って!」

 

スタッフたちが通路へ逃げ込む。

 

安堵した瞬間、巨大なハイヒールがきららの前へ振り下ろされた。

 

避けようとして足がもつれる。

 

目の前へ迫った攻撃を、フローラが横から受け止めた。

 

「きららちゃん!」

 

フローラの両足が床へ沈み込む。

 

「何してるの!」

「きららちゃんを守ってるの!」

「あたしのことはいいから、怪物を止めて!」

「でも、きららちゃんだって守りたい!」

 

フローラは攻撃を押し返したが、続く一撃を受け、舞台の端まで吹き飛ばされた。

 

マーメイドも別の攻撃を防ぐので精一杯だった。

 

「結局、二人だけで守れるわけがないんだよ!」

 

クローズが笑う。

 

「夢なんか持つから、失った時に絶望するんだ!」

 

怪物が再び腕を振り上げる。

 

その先には、檻へ閉じ込められた真帆がいる。

 

きららは動けなかった。

 

戦いたくない。

 

痛いのも、怖いのも嫌だ。自分にはモデルの仕事がある。明日も撮影があり、その先にはもっと大きなステージが待っている。

 

危険な戦いへ飛び込む理由などない。

 

「きらら!」

 

アロマがプリンセスパフュームを抱え、舞台袖から飛んできた。

 

同時に、控室の方角から黄色い光が弾ける。

 

引き出しへ閉じ込めたはずの鍵が、星の軌跡を描いてきららの手へ収まった。

 

「プリンセスパフュームも、ドレスアップキーも、きららを選んでるロマ!」

「だから何」

 

震える指で鍵を握る。

 

「選ばれたから戦えって? そんな勝手な話、知らない」

「きらら……」

「嫌だよ。怖いし、戦いたくない。あたしにはモデルがあるの」

 

隠していた本音が、初めて声になった。

 

アロマは何も言えなくなる。

 

舞台の上では、フローラが膝をついていた。

 

それでも立ち上がろうとしている。

 

客席へ攻撃が向かないよう、何度倒されても怪物の前へ戻っていく。

 

檻の中では、真帆が自分の夢を奪われている。

 

壊れた舞台の向こうに、破れた衣装を抱えて泣いているスタッフが見えた。

 

あれは、自分だけの夢ではない。

 

この舞台を作った全員の夢だ。

 

きららはプリンセスパフュームを受け取った。

 

「一回だけだから」

「きらら?」

「選ばれたからじゃない」

 

黄色い鍵を、プリンセスパフュームへ差し込む。

 

「誰かに命令されたからでもない。あたしが守りたいから、この力を使うの!」

 

鍵を回した瞬間、まばゆい星の光が会場を満たした。

 

「プリキュア・プリンセスエンゲージ!」

 

幾筋もの星が、きららの身体を包み込む。

 

黄色と橙色の光が重なり、華やかなドレスへ形を変えた。髪は星の尾のように長く広がり、光を受けて黄金色にきらめく。

 

ティアラが額へ輝き、星の飾りが弾けた。

 

きららはランウェイの中央へ降り立つ。

 

身体が覚えているままに一歩踏み出し、顔を上げる。

 

「きらめく星のプリンセス、キュアトゥインクル!」

 

名乗り終えた直後、きららは自分の衣装を見下ろした。

 

「本当に変身しちゃった……」

「感動するのは後ロマ!」

「してないから!」

 

ゼツボーグの腕が振り下ろされる。

 

トゥインクルは反射的に跳んだ。

 

軽く床を蹴っただけのつもりが、身体は舞台の照明より高く舞い上がる。

 

「ちょっと、高すぎ!」

 

空中で姿勢を崩しかけたが、ショーで身につけた身体の使い方が働いた。片足を伸ばし、回転しながら怪物の肩へ着地する。

 

そのまま腕を駆け下り、顎を蹴り上げた。

 

ゼツボーグの巨体が大きく仰け反る。

 

「すごいロマ!」

「これくらいなら――」

 

トゥインクルが着地した目の前へ、巨大な針が突き刺さった。

 

顔から血の気が引く。

 

「無理。やっぱり怖い!」

「きららちゃんなら大丈夫!」

 

フローラの声が届いた。

 

根拠のない励ましだった。

 

けれど、疑う様子が少しもない。はるかは、本気できららならできると信じている。

 

「簡単に言わないでよ!」

 

言い返しながら、トゥインクルは走り出した。

 

怪物の攻撃を客席から遠ざけるため、舞台の中央へ誘導する。リハーサルで覚えた足場を使い、崩れた大道具を蹴って方向を変える。

 

照明の残った場所へ踏み込むたび、衣装の星が光を反射した。

 

まるで、舞台そのものがトゥインクルへ力を貸しているようだった。

 

「その服、趣味悪すぎ!」

 

怪物の胸元へ蹴りを叩き込む。

 

ゼツボーグが吹き飛び、舞台中央へ倒れ込んだ。

 

だが、黒い糸が無数に伸び、トゥインクルの手足へ絡みつく。

 

「捕まえたぜ!」

 

クローズが腕を振ると、トゥインクルの身体が床へ叩きつけられた。

 

息が詰まる。

 

もう一度持ち上げられた時、フローラが黒い糸へ飛びついた。

 

「きららちゃんを離して!」

 

糸を引きちぎり、トゥインクルを受け止める。

 

その隙を狙われ、今度はフローラが怪物の腕に弾き飛ばされた。

 

床を転がり、舞台の端で止まる。

 

「はるか!」

 

思わず名前を呼び、トゥインクルは駆け寄った。

 

フローラは上体を起こそうとしたが、痛みに顔をしかめる。

 

「大丈夫……まだ立てるから」

「無理しないで」

「でも、みんなを守らなきゃ」

 

その姿に、遠い日の記憶が重なった。

 

砂利へ膝をつき、泣くのを我慢していた小さな女の子。

 

プリンセスは泣かないのだと、自分へ言い聞かせていた。

 

トゥインクルはフローラの前へ片膝をつき、手を差し出した。

 

「痛いなら、泣いてもいい」

 

フローラが顔を上げる。

 

「でも、また立てばいい」

 

ずっと忘れたふりをしてきた言葉だった。

 

「そっちの方が、ずっとかっこいいでしょ」

 

フローラの瞳が大きく見開かれる。

 

舞台の光が消え、代わりに木漏れ日の差す公園が蘇る。

 

差し出された小さな手。短い明るい茶色の髪。ぶっきらぼうな声。

 

『プリンセスでも?』

 

『プリンセスでも』

 

「キラ、くん……?」

 

小さな声だった。

 

トゥインクルの指先が震える。

 

一瞬だけ、手を引きそうになる。

 

だが、フローラはその手をしっかりと握った。

 

自分の足で立ち上がり、涙の滲んだ目で笑う。

 

「立てたよ」

「……見れば分かる」

 

昔と同じ答えが、口からこぼれた。

 

それだけで十分だった。

 

フローラの迷いが消える。

 

マーメイドがゼツボーグの動きを止め、二人へ呼びかけた。

 

「フローラ、トゥインクル! 今よ!」

 

トゥインクルはフローラの手を離し、黄色いドレスアップキーを掲げる。

 

「一回だけだって言ったんだから、これで終わらせる!」

 

キーを差し込み、星の光を解き放つ。

 

「モードエレガント!」

 

華やかなドレスが大きく広がる。

 

トゥインクルは指先へ集まった光を、夜空へ星を描くように巡らせた。

 

「プリキュア・トゥインクル・ハミング!」

 

無数の星がゼツボーグを包み込む。

 

黒い力が砕け、怪物の巨体が光の中で消えていく。

 

檻が開き、真帆がゆっくりと舞台へ降りた。

 

クローズは悔しげに歯を食いしばる。

 

「新しいプリキュアだと……覚えてろ!」

 

黒い翼を広げ、会場から姿を消した。

 

静けさの戻った舞台で、トゥインクルは大きく息を吐いた。

 

「終わった……」

「やったね、きららちゃん!」

 

抱きつこうとするフローラを、トゥインクルは両手で止める。

 

「今はやめて。衣装しわになるから」

「変身の衣装も気にするんだ……」

「当然でしょ」

 

そう答えたものの、衣装が魔法でできていることには、自分でもまだ納得できていなかった。

 

騒ぎが収まり、避難していた客たちが戻り始める前に、三人は無人の控室へ移動した。

 

変身を解いたきららは、プリンセスパフュームと黄色いドレスアップキーをメイク台へ置いた。

 

「返す」

「えっ?」

 

はるかの笑顔が固まる。

 

「一回だけって言ったでしょ」

「でも、きららちゃん、すっごくかっこよかったよ!」

「そういう問題じゃないの。あたしにはモデルの仕事がある。今日みたいなことを続けてたら、夢を追う時間がなくなる」

「それは……」

 

はるかは言葉を詰まらせた。

 

舞台へ立つまで、きららがどれだけ努力していたかを見たばかりだった。

 

簡単に両立できるとは言えない。

 

「きららさんの気持ちは分かったわ」

 

みなみがプリンセスパフュームを受け取る。

 

「今日、力を貸してくれたことには感謝しているわ。無理に仲間になるよう頼むつもりはない」

「みなみさん……」

「はるかも、きららさんの夢を見たでしょう?」

「うん」

 

はるかは残念そうにしながらも頷いた。

 

「分かった。プリキュアのことは、今はお願いしない」

「今は、が余計だけど」

 

きららは鞄を持ち、控室の出口へ向かった。

 

「それじゃ、あたしは仕事に戻るから」

「待って」

 

はるかの声に、足が止まる。

 

「プリキュアのことはお願いしない。でも、こっちの話はまだ終わってないよ」

 

振り返ると、はるかは二つの指輪を手にしていた。

 

淡い桃色の五枚の花びら。

 

そして、傷のついた銀色の星。

 

「きららちゃんが、キラくんなんだね」

 

問いかけではなかった。

 

はるかは、もう答えを知っていた。

 

「違う」

「違わないよ」

「指輪が同じ場所に落ちてただけでしょ」

「それだけじゃない」

 

はるかは星の指輪を見下ろした。

 

「森で助けてくれた時、きららちゃんの髪が見えた。昔のキラくんと同じ色だった」

「同じ髪の人なんていくらでもいる」

「困った時、いつも助けてくれた。何も言わずに、わたしが立てるようにしてくれた」

「それも偶然」

「さっき、同じことを言ったよ」

 

きららの喉が詰まる。

 

「痛いなら泣いてもいい。でも、また立てばいい。そっちの方がずっとかっこいいって」

 

はるかは一歩近づいた。

 

「わたし、忘れてないよ」

「……人から聞いたのかもしれない」

「あの公園で、わたしとキラくんしか知らない言葉だよ」

「それは」

「トゥインクルが手を差し出した時、同じだった。声も、言い方も、ちょっと照れた顔も」

 

逃げ道が、一つずつ塞がれていく。

 

それでも認めることはできなかった。

 

認めてしまえば、隠してきたものまで一緒に壊れそうだった。

 

「俺は――」

 

言葉が漏れた瞬間、きららは息を呑んだ。

 

「あたしは、そんな名前じゃない」

「うん。今は、きららちゃんなんだよね」

 

はるかの声は穏やかだった。

 

責める気配が少しもないことが、かえって苦しかった。

 

「……昔は、男の子みたいな格好をしてた」

 

きららは床へ視線を落とした。

 

「自分のことを俺って言って、キラって偽物の名前を使ってた。男の子だと思われても訂正しなかった」

「わたし、本当に男の子だと思ってた」

「そう思わせたんだよ」

 

胸の奥に溜めていた言葉が、止まらなくなる。

 

「ずっと嘘ついてた。約束したくせに、学園で会っても知らないふりした。今まで何度も話せたのに、何も言わなかった」

 

きららは両手を握りしめた。

 

「がっかりしたでしょ。あの時のキラなんて、最初からいなかったんだから」

 

前の自分が男だったことも、その人生を記憶していることも言えない。

 

だが、はるかを騙していたことだけは事実だった。

 

はるかはしばらく黙っていた。

 

きららは返事を待つことができず、扉へ向き直ろうとする。

 

その袖を、はるかが掴んだ。

 

「びっくりはしたよ」

「だったら――」

「でも、キラくんが男の子でも女の子でも、わたしを助けてくれた人がいなくなるわけじゃない」

 

きららは振り返った。

 

はるかの瞳は、涙でわずかに潤んでいた。

 

「泣いてもいいって言ってくれたことも、手をつないで家まで送ってくれたことも、一緒に遊んだことも、全部本当だよ」

「でも、名前は嘘だった」

「キラって名前は、きららちゃんが自分で選んだんでしょ?」

「……そうだけど」

「だったら、全部が嘘だったわけじゃないよ」

 

あまりにも簡単に言う。

 

きららが何年も抱えてきたものを、はるかはまっすぐ受け止めようとしている。

 

「今は、何て呼ばれたい?」

 

はるかが尋ねた。

 

「キラくん? それとも、きららちゃん?」

「……きららでいい」

「じゃあ、きららちゃん」

 

はるかはゆっくりとその名を呼んだ。

 

初めて公園でキラと呼ばれた時とは違う。

 

借り物ではなく、今の自分の名だった。

 

はるかは、星の指輪をきららの手へ載せた。

 

「約束、守ってくれたんだね」

「守ってない」

「本当のプリンセスになったら、きっと見つけるって言ってくれた」

「同じ学校に入ったのは偶然。指輪だって、あたしが見つけたんじゃなくて、はるかが拾ったんでしょ」

「でも、会えたよ」

 

はるかは花の指輪を自分の胸元へ戻した。

 

「おかえり、きららちゃん」

 

次の瞬間、きららの身体へはるかが抱きついた。

 

「ちょっ、何してるの!」

「やっと会えたから!」

「学校で何度も会ってたでしょ!」

「でも、今までキラくんだって分からなかったもん!」

「分かったからって抱きつく必要ない!」

「ずっと会いたかったの!」

 

きららは引き剥がそうとしたが、はるかは思った以上に力が強かった。

 

「海藤先輩、見てないで助けて!」

「長い間離れていたお友達との再会ですもの。もう少し待ってあげてもいいのではなくて?」

「よくない!」

 

みなみは口元を隠し、楽しそうに笑っている。

 

パフは感動したように目を潤ませた。

 

「運命の再会パフ」

「しかも三人目のプリキュアも見つかったロマ! これでプリンセスプリキュアが三人そろったロマ!」

「そろってない! プリキュアは断ったから!」

 

きららが叫ぶと、ようやくはるかの腕が緩んだ。

 

その隙に離れ、鞄を抱える。

 

「今日はもう帰る!」

「きららちゃん、明日は一緒に朝ごはん食べようね!」

「食べない!」

「昔のこともいっぱい聞きたい!」

「話さない!」

「それから、連絡先も――」

「交換しない!」

 

そこまで言ったところで、アロマが翼を広げた。

 

「緊急時に連絡できないと困るロマ」

「海藤先輩に連絡すればいいでしょ」

「プリンセスパフュームを使った者同士、全員の連絡先が必要ロマ」

「使った者同士って何」

 

反論している間に、はるかが携帯電話を取り出す。

 

結局、緊急連絡にだけ使うことを条件に、連絡先を交換させられた。

 

きららは星の指輪を握りしめたまま、逃げるように控室を出た。

 

「追いかけなくていいの?」

 

みなみが尋ねると、はるかは扉を見つめたまま頷いた。

 

「うん。今日はいっぱいびっくりさせちゃったから」

「そうね。少し考える時間も必要でしょう」

「でも、明日は話すよ」

「きららさんが逃げても?」

「逃げたら追いかける!」

 

迷いのない答えだった。

 

寮へ戻ったきららは、制服へ着替えるより先に机へ向かった。

 

引き出しの奥から新しい細い紐を取り出し、星の指輪へ通す。

 

何年も身につけていたせいで、指輪の傷の一つ一つまで覚えている。なくした時にはもう戻らないと思っていたものが、今は自分の手の中にある。

 

首へ掛け、制服の下へ隠した。

 

胸元へ星の感触が戻る。

 

それで安心するはずだった。

 

だが、今日起きたことは、星の指輪が戻った程度では釣り合わない。

 

キュアトゥインクルになった。

 

プリンセスパフュームとドレスアップキーを返しても、その事実は消えない。

 

そして、それ以上に大きな問題がある。

 

はるかに、見つかった。

 

机の上へ置いた携帯電話が震える。

 

画面には、つい先ほど交換したばかりの名前が表示されていた。

 

『明日、一緒に朝ごはん食べようね! プリキュアのことも、昔のことも、いっぱい話したいな!』

 

緊急連絡だけという約束は、すでに忘れられているらしい。

 

返信せずに画面を伏せる。

 

すぐに、もう一度携帯電話が震えた。

 

見ない方がいいと思いながら、きららは画面を確かめた。

 

『きららちゃんに会えて、本当にうれしい!』

 

きららは携帯電話を胸へ伏せ、そのままベッドへ倒れ込んだ。

 

布団で顔を隠しても、はるかの声が耳から離れない。

 

おかえり、きららちゃん。

 

「プリキュアより、こっちの方が逃げられないかも……」

 

胸元の星が、体温を受けて温かくなっている。

 

星のプリンセスは誕生した。

 

そして同じ日、逃げ続けた星は、とうとう花に見つかった。

 

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