星の王子と花の姫君 作:百合魔神
九つのドレスアップキーが奏でる音は、次第に一つの旋律へ重なっていった。
寮の廊下を満たした光が床を走り、扉のような輪郭を描き出す。その向こうに見えたのは、ノーブル学園のどこにもない紫色の空と、黒い茨に覆われた大地だった。
「この風……ホープキングダムの風パフ!」
パフが耳を震わせる。
「本当に、王国へ続いているロマ……?」
アロマは喜びより先に警戒を見せ、光の向こうを覗き込んだ。
はるかは胸元で両手を握った。
「行けば、カナタに会えるかもしれないんだよね」
期待を抑えられない声だった。
それを聞いたきららの胸に、小さな痛みが走る。だが、すぐに押し込めた。
この先で起こることを、自分は知っている。
少なくとも、知っていたはずだった。
「待って」
光の中へ踏み出そうとしたはるかを、きららが呼び止めた。
「向こうへ行ったら、離れ離れになるかもしれない。何があっても、キーが示す道から外れないで」
「離れ離れって……きらら、何か分かるの?」
みなみの静かな問いに、きららはわずかに目を逸らした。
「分かるってほどじゃないよ。今までだって、ディスダークはあたしたちを分断しようとしてきたでしょ。念のため」
不自然な説明だった。
みなみはそれに気づいていた。それでも追及せず、一度だけ頷いた。
「分かったわ。合流するまで、それぞれ自分と一緒にいる人を守りましょう」
「うん」
はるかはきららとみなみの顔を交互に見た。
「絶対、また三人で会おうね」
「当然でしょ」
きららが答えた直後、部屋からゆいが駆け出してきた。
「待って、私も――」
ゆいが光へ手を伸ばす。しかし、指先は透明な壁に触れたように弾かれた。
「ゆいちゃん!」
はるかが引き返そうとするより早く、九つのキーが強い光を放つ。床が消え、身体が浮き上がった。
「はるかちゃん!」
遠ざかっていくゆいの声に、はるかは必死に手を伸ばした。
「待ってて、ゆいちゃん! 絶対に戻ってくるから!」
次の瞬間、すべてが白く塗り潰された。
足の裏に硬い土の感触が戻った時、はるかは一人だった。
色を失った花々が、風もないのに揺れている。紫色の空の下には崩れた家々が並び、窓も扉も黒い茨に塞がれていた。
「きららちゃん! みなみさん!」
返事はない。
「パフ! アロマ!」
声だけが、誰もいない町へ虚しく響いた。
不安に押し潰されそうになった時、はるかの手の中で三本のキーが光った。細い光が地面へ落ち、廃墟の奥へ道を描いている。
――何があっても、キーが示す道から外れないで。
きららの言葉を思い出し、はるかは光の先を見据えた。
「大丈夫。きっと、また会える」
自分へ言い聞かせ、一歩を踏み出す。
その行く手に、巨大な影が二つ降り立った。
片方は黒い槍を、もう片方は刃こぼれした大斧を持っている。身体にはディスダークの紋章が刻まれ、空洞のような目がはるかを捉えた。
「ゼツボーグ……!」
背後には、幾つもの黒い檻が並んでいた。中に閉じ込められた人々は眠ったまま動かず、その胸元から細い夢の光が吸い上げられている。
はるかはプリンセスパフュームを取り出した。
「プリキュア、プリンセスエンゲージ!」
花びらが荒れた大地へ舞い、キュアフローラが着地する。
槍が檻へ向かって振り下ろされた。フローラはその前へ飛び込み、両腕で柄を受け止める。
衝撃が足元を砕いた。
「この人たちには、指一本触れさせない!」
槍を押し返した直後、横から大斧が迫る。フローラは跳んで避けたものの、空中で槍の穂先に狙われた。
身を捻って直撃を免れる。だが、肩を掠めた一撃に弾かれ、地面を転がった。
立ち上がるより先に、二体のゼツボーグが左右から迫る。
斧が持ち上がった。
その瞬間、銀色の刃が横から割り込み、大斧を受け止めた。
「はるかから離れろ!」
聞き覚えのある声に、フローラが顔を上げる。
紫の外套が翻った。
剣を握って立つ少年の横顔を、見間違えるはずがなかった。
「カナタ……!」
「話は後だ。まずは、彼らを救おう」
カナタは斧を弾き返すと、その勢いのまま槍のゼツボーグへ斬り込んだ。二体の注意が彼へ向いた隙に、フローラは立ち上がる。
言葉を交わさなくても、次に何をすべきかは分かった。
カナタが二体の武器を剣で絡め取り、力任せに地面へ突き立てさせる。動きの止まったゼツボーグへ、フローラがロッドを向けた。
「舞え、薔薇よ! プリキュア・ローズ・トルビヨン!」
赤い薔薇の嵐が二体を包み込む。絶望の力が砕け、ゼツボーグの巨体が光の粒へ変わっていった。
黒い檻にひびが入り、閉ざされていた人々の夢が淡い光となって戻っていく。
静けさを取り戻した町で、フローラは変身を解いた。
カナタが剣を収める。
「無事でよかった、はるか」
はるかは一歩ずつ近づき、その顔を見上げた。
「本当に……カナタなの?」
「ああ」
「夢じゃない?」
「夢ではないよ」
差し出された両手を、はるかは強く握った。
「会いたかった。ずっと、無事でいてほしいって思ってた!」
あまりにも真っ直ぐな言葉に、カナタの表情が柔らかくなる。
「僕も君たちのことを案じていた。けれど、はるかは本当に強くなったね。一人で二体のゼツボーグから、民を守ろうとしていた」
「うん。みなみさんときららちゃんが、一緒にいてくれたから」
迷いのない答えだった。
「二人がいたから、何度転んでも立てたの。だから私、ここまで来られたんだよ」
カナタは頷き、はるかの手の中で輝くキーへ目を向けた。
「その光が、僕たちを導いてくれるらしい。行こう」
「うん!」
二人は光の道を辿り、廃墟の奥へ進んだ。
その頃、みなみは干上がった水路の底に立っていた。
崩れた石橋の向こうで、パフが不安そうに周囲を見回している。
「お兄ちゃんも、はるかも、きららもいないパフ……」
「大丈夫よ。きららが言っていたでしょう。キーの道から外れなければ、必ず合流できるわ」
みなみはパフの手を取り、青い光が示す方角へ歩き始めた。
一方、きららとアロマが落とされたのは、黒い木々の生い茂る森だった。
葉のない枝が絡み合い、紫色の空さえほとんど見えない。足元に散った灰が、歩くたび白く舞い上がった。
「ここが……ホープキングダムなのかロマ」
アロマが息を呑む。
きららは答えず、キーが伸ばす光へ目を凝らしていた。
覚えている景色と似ている。
だが、同じではない。
道の曲がり方も、黒い茨の位置も、記憶よりずっと複雑になっている。
「きらら、前に来たことがあるみたいな顔をしてるロマ」
「そんなわけないでしょ」
「でも――」
「急ぐよ。はるかが一人だったら危ない」
きららはアロマの言葉を遮り、森の奥へ走り出した。
はるかはカナタに助けられる。
そうなることを、きららは覚えている。
しかし、撮影所でクローズに襲われた時も、原作では起きなかったことが起きた。自分の知っている流れから、物語は少しずつ外れ始めている。
知っている結末を理由に、はるかを一人で戦わせることなどできなかった。
「知ってるから大丈夫なんて、もう信じない」
漏れた呟きに、アロマが目を瞬く。
その直後、目の前の木々から鎖が飛び出した。
きららはアロマを抱えて横へ跳ぶ。鎖が地面を叩き、灰を巻き上げた。
「ずいぶん急いでるみたいだね、ロック」
太い枝の上に、ロックが座っていた。
「まるで、この先で何が起きてるか知ってるみたいだロック」
「そんなに何でも分かるなら、あんたがそこに隠れてることにも気づいてたはずでしょ」
きららはアロマを下ろし、プリンセスパフュームを構えた。
「プリキュア、プリンセスエンゲージ!」
星の光が暗い森を切り裂く。
キュアトゥインクルは着地と同時に地面を蹴り、ロックへ迫った。だが、その前に幾つもの黒い錠前が現れ、巨大な壁を作る。
「通すわけないロック。ここでずっと、迷子になってればいいんだ」
錠前から伸びた鎖が四方より襲う。
トゥインクルは一本をかわし、二本目を蹴り上げる。三本目が足首へ絡みつく寸前、手にしたロッドから星の光を放った。
鎖が弾ける。
しかし、砕けた先から新たな錠前が生まれてきた。
ロックを倒すことに時間を使えば、はるかへ辿り着けない。
「アロマ、目を閉じて!」
トゥインクルはロッドを頭上へ掲げた。
「プリキュア・トゥインクル・ハミング!」
無数の星が一斉に弾け、森を白い光で満たす。
「まぶしいロック!」
ロックが顔を覆った隙に、トゥインクルはアロマを抱き上げた。敵へ背を向け、キーの示す細い道へ飛び込む。
「逃げるのかロック!」
「目的地があんたじゃないだけ!」
背後から鎖が迫る。トゥインクルは木の幹を蹴り、星の軌跡を残して森を抜けた。
同じ頃、みなみとパフの前にもシャットが立ち塞がっていた。
「滅びた王国を歩くプリンセス……絶望に彩られたその姿こそ、美しいのみ!」
「あなたの美学につき合うつもりはないわ」
みなみはパフを背後へ庇い、変身する。
キュアマーメイドが生み出した水流が、道を塞ぐ黒い茨を薙ぎ払った。シャットの蔓が足元へ巻きつくが、マーメイドは水面を滑るように跳び、その横をすり抜ける。
「お待ちなさい!」
「今の私には、あなたより優先すべきものがあるの」
追い縋る蔓を水の壁で押し返し、マーメイドはパフとともに青い光を追った。
はるかとカナタが辿り着いた先には、三人の女性を象った石像が並んでいた。
その足元へ三本のキーを近づけると、石像が柔らかな光を帯びる。
光の中から、遠い声が響いた。
『九つの鍵を携えし、今代のプリンセスプリキュアよ』
はるかは息を呑んだ。
半透明の姿となって現れた三人の女性が、静かにこちらを見つめている。
『鍵は、あなたたちを新たな扉へ導いた』
『けれど、闇もまた動き始めている』
『四つ目のプリンセスパフュームを守りなさい。深い絶望が、そこへ迫っています』
三人の姿は光へ溶け、石像へ戻っていった。
「四つ目のパフューム……」
はるかが呟く。
カナタは石像を見上げたまま、静かに口を開いた。
「はるかにキーを渡したあの日、僕は君に夢を信じ続けてほしいと思った。けれど、ここへ来たのはキーの力だけではない」
「カナタ?」
「君は、自分の足で歩いてきた。僕が知らないところでも、何度も立ち上がって」
はるかは胸元のキーを握った。
「最初に信じてくれたのは、カナタだよ」
幼い日に交わした約束が、鮮やかに蘇る。
「カナタが信じてくれたから、私は夢を諦めたくないって思えた。でも今は、誰かにプリンセスにしてもらうんじゃないって分かるの」
はるかは顔を上げた。
「自分で選んで、自分で歩いていく。みんなと一緒に。それが、私のなりたいプリンセスだから」
「はるかなら、きっとなれる」
カナタは微笑んだ。
「僕があの日に思い描いたよりも、ずっと素敵なプリンセスに」
はるかの瞳に涙が浮かんだ。
それは、迎えに来た王子へ向ける涙ではなかった。
夢を信じてくれた古い友人と、ようやく再会できたことへの感謝だった。
けれど、そこへ駆けつけたきららには、二人の会話までは聞こえていなかった。
森を抜けた先で最初に目へ入ったのは、向かい合って立つはるかとカナタだった。
カナタははるかの手を取り、泣きそうな顔を優しく見つめている。
物語の中から抜け出してきたような、本物の王子とプリンセス。
きららの足が止まった。
自分は幼い頃、はるかの王子になろうとした。
再会してからも、ずっと彼女を守ろうとしてきた。
けれど、それは本物が戻るまでの代役に過ぎなかったのではないか。
自分が勝手に座っていた場所へ、あるべき人が戻ってきただけなのではないか。
「きららちゃん!」
はるかが声を上げた。
カナタの手を離し、一目散にこちらへ駆けてくる。
「よかった、無事だった!」
「はるか、待って――」
飛びつくように近づいたはるかは、きららの腕に残る傷を見つけた。
「怪我してる!」
「これくらい平気。そっちもカナタに助けてもらったみたいだね」
声が不自然にならないよう、きららは口元へ笑みを作った。
「うん! また会えたんだよ!」
はるかは満面の笑みで頷いた後、きららの手をつかんだ。そのままカナタの前まで連れていく。
「カナタ、この子がきららちゃん。私と一緒に戦ってくれてる、大切な仲間だよ」
「君が、きらら」
カナタが柔らかく微笑む。
「はるかを支えてくれて、ありがとう」
「あたし一人で守ったわけじゃないし」
きららは肩を竦めた。
「はるかの方が、勝手に危ないところへ飛び込んでいくから。こっちが追いかける羽目になってるだけ」
「きららちゃんだって、すぐ無茶するでしょ」
「一緒にしないでよ」
いつものやり取りにはるかが笑う。
握られた手は、まだ離れていなかった。
その温もりに浮かび上がりそうになった感情へ、きららは急いで蓋をする。
これは仲間としてのものだ。
はるかにとっても、自分にとっても。
それ以上の意味など、あるはずがない。
「はるか! きらら!」
青い光とともに、みなみとパフが現れた。
「みなみさん!」
「無事でよかったパフ!」
パフとアロマも駆け寄り、互いの無事を喜び合う。
みなみはカナタへ一礼した後、きららの腕へ目を留めた。
「きらら、その傷は?」
「ちょっとロックに邪魔されただけ。大したことないよ」
「本当に?」
「本当だって」
みなみはまだ何かを言いたそうだったが、きららの表情を見て口を閉じた。
九つのキーが再び共鳴する。
三人の手元から伸びた光が一つへ重なり、遠くにそびえる城へ続く道を描いた。
「お城へ行けば、四つ目のパフュームがあるのかな」
はるかの問いに、カナタが険しい顔で城を見上げる。
「その可能性は高い。だが、今の城はディスダークの支配下にある」
「それだけじゃない」
きららは黒い茨に覆われた尖塔を見つめた。
「トワイライトが持ってる黒いキー。あれが、四つ目のパフュームと関係してるかもしれない」
「なぜ、そう思うの?」
カナタの問いに、きららは一瞬言葉を失った。
トワイライトがトワであることを伝えればいい。
そうすれば、先に心の準備ができるかもしれない。
だが、自分の記憶とは違う出来事が、すでに幾つも起きている。証拠もないまま正体を決めつければ、今度こそ皆を頭の中の筋書きへ押し込めることになる。
「ディスピアが、何の意味もないキーをわざわざ渡すとは思えないから」
きららは言葉を選んだ。
「断言はできない。でも、四つ目のパフュームを使えるようにするためのものだと考えた方がいい」
「ならば、急ごう。トワイライトが城にいるのなら、妹について何か知っている可能性もある」
カナタが歩き出そうとする。
きららはその腕をつかんだ。
「それは止めない。ただ、あたしたちより前へ出ないで」
「きらら?」
「今のトワイライトは、話を聞いてくれる相手じゃない。手掛かりが欲しいのは分かるけど、一人で近づかないで」
カナタはきららの目を見つめた。
そこにある切迫感を感じ取ったのか、やがて頷く。
「分かった。約束しよう」
一行は光の道を進んだ。
城へ続く長い橋へ差しかかった時、黒い霧が行く手を塞いだ。
「ここから先へは行かせないのみ!」
霧の中からシャットが姿を現す。
反対側の欄干には、ロックが腰を下ろしていた。
「さっきはよくも逃げてくれたロック」
二人の背後で、黒い檻が次々と開く。剣や盾を持ったゼツボーグが橋の上へ降り立ち、道を埋め尽くした。
「やっぱり、簡単には通してくれないか」
きららがパフュームを構える。
はるかとみなみも並んだ。
「プリキュア、プリンセスエンゲージ!」
三色の光が、暗い橋を照らし出す。
前方からゼツボーグが押し寄せる。
トゥインクルは全体を見渡し、反射的に声を上げかけた。
「マーメイドは左、フローラはカナタの――」
そこで言葉を止める。
また、自分の知っている正しい配置へ、皆を押し込めようとしていた。
トゥインクルは息を整えた。
「マーメイド、左をお願いしていい?」
マーメイドはすぐに頷いた。
「ええ。右側へは一体も通さないわ」
「トゥインクルは?」
フローラが尋ねる。
「あたしは正面。ロックを抑える」
「じゃあ、私も行く」
「フローラはカナタを――」
「カナタにはパフとアロマを守ってもらう。私はトゥインクルと一緒に戦うよ」
トゥインクルは、フローラの目を見た。
迷いはなかった。
守られる役でも、言われた通りに動く役でもない。自分で選び、自分の足で前へ進もうとしている。
「分かった。遅れないでよ」
「トゥインクルこそ!」
二人は同時に地面を蹴った。
マーメイドが生み出した水流が橋の左側を包み、盾を構えたゼツボーグを押し返す。
「プリキュア・マーメイド・リップル!」
渦巻く水が敵の足をさらい、欄干の手前で動きを封じた。
右側から回り込もうとした一体へ、カナタの剣が閃く。
「パフとアロマは、僕の後ろへ!」
「分かったパフ!」
「任せたロマ!」
正面では、ロックの鎖が無数に枝分かれしていた。
トゥインクルは星の光を撃ち、鎖の軌道を逸らす。その下を潜り抜けたフローラが、ロックへ一気に距離を詰めた。
「近づかせないロック!」
巨大な錠前が、フローラの頭上から落ちる。
「フローラ!」
「うん!」
フローラは迷わず前へ飛んだ。
トゥインクルの放った星が錠前へ命中する。砕けた黒い破片の間を、フローラが突き抜けた。
そのままロッドを振り抜き、ロックを欄干の向こうへ弾き飛ばす。
「二人で来るなんて、ずるいロック!」
「戦いにずるいも何もないでしょ!」
トゥインクルが答えた瞬間、背後にシャットの蔓が迫った。
振り返っても間に合わない。
しかし、青い水の刃が蔓を断ち切った。
「正面だけを見ていては危険よ、トゥインクル」
マーメイドが並ぶ。
「ありがと、マーメイド」
「三人で戦っているのですもの」
フローラも二人の隣へ立った。
三人のキーが同時に光を放つ。
「私たちの夢は、あなたたちには閉ざさせない!」
三本のロッドを重ねると、花と海と星の光が一つになった。
「プリキュア・トリニティ・リュミエール!」
虹色の奔流が橋を駆け抜ける。
ゼツボーグたちが光に包まれ、次々と元の夢へ還っていく。シャットとロックは直撃を避けたものの、橋の奥まで押し戻された。
「今日は退いてあげるのみ!」
「次は絶対、鍵をもらうロック!」
二人の姿が黒い霧へ消える。
静かになった橋の先で、城の大扉が軋みながら開いた。
「行こう」
フローラの言葉に、全員が頷いた。
城の中には、物音一つなかった。
長い廊下の左右には、破れた旗が垂れ下がっている。床を這う黒い茨が、壁に飾られた王族の肖像を覆い隠していた。
カナタは変わり果てた城を見つめ、唇を噛む。
「トワがいなくなった後、父上と母上は自分たちを責め続けた。やがて国中の人々も希望を失い、ディスピアの侵入を許してしまった」
「トワさんがいなくなったことが、すべての始まりだったの?」
はるかが尋ねる。
「そう思っていた。僕も、あの子を守れなかった自分が許せなかった」
はるかは足を止めた。
「だったら、今度は一緒に見つけよう」
「はるか……」
「トワさんがどこにいて、何を思ってるのか。まだ何も分かってないなら、これから探せばいいよ」
その言葉に、カナタは小さく息を吐いた。
「ありがとう、はるか」
二人のやり取りを、きららは少し後ろから見ていた。
はるかは、カナタの痛みへ真っ直ぐ手を伸ばしている。
きっと自分にはできない形で。
胸の奥に生まれた痛みを、きららは歩き続けることで誤魔化した。
隣を歩くみなみが、そっと問いかける。
「きらら、本当に大丈夫?」
「腕の傷なら平気だって」
「傷のことだけを聞いたのではないわ」
きららは返事をしなかった。
やがて、一行は巨大な扉の前へ辿り着いた。
九つのキーから伸びた光は、その先を指している。
カナタが扉へ手をかけた。
「この先は、謁見の間だ」
重い扉が左右へ開く。
薄暗い広間の奥に、一人の少女が立っていた。
黒いドレス。冷たい瞳。手には四つ目のプリンセスパフュームと、闇に染まった一本のキーが握られている。
トワイライトは一行を見渡し、赤い唇へ笑みを浮かべた。
「遅かったですわね、偽りのプリンセスたち」
カナタの顔から血の気が引いた。
剣を握る手が、わずかに震える。
「その顔……その瞳……」
一歩、トワイライトへ近づく。
「トワ……なのか?」
はるかとみなみが息を呑んだ。
パフとアロマは、声さえ出せずに少女を見つめている。
ただ一人、きららだけが驚かなかった。
はるかがその横顔へ目を向ける。
恐怖はある。悲しみもある。
しかし、初めて真実を知った者の顔ではなかった。
「きららちゃん……?」
トワイライトの表情が冷たく歪む。
「その名で、わたくしを呼ばないでくださる?」
黒いキーが持ち上げられた。
きららは息を呑む。
「カナタ、下がって! はるか、来るよ!」
キーが四つ目のプリンセスパフュームへ差し込まれる。
黒い炎が噴き上がり、謁見の間を埋め尽くした。
トワイライトの長い髪が宙へ広がる。闇に染まったドレスが花開き、その胸元へ禍々しい紋章が刻まれていく。
光を拒む漆黒の中で、冷たい笑い声が響いた。
閉ざされた王国の玉座を前に、一人の少女の輪郭が、黒いプリンセスへと塗り替えられ始めた。