星の王子と花の姫君   作:百合魔神

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プリンセス対プリンセス

 

 

黒い炎が晴れるより先に、最初の音が鳴った。

 

弓が黒い弦を擦り、濁った旋律がホープキングダムの広間を震わせる。音は目に見える衝撃となって床を走り、フローラたちの身体をまとめて吹き飛ばした。

 

「トゥインクル!」

 

フローラの声に応じ、トゥインクルは空中で身体をひねった。着地した足が床を削り、靴底の下から火花が散る。

 

マーメイドが水流を広げ、遅れて落ちてきたフローラを受け止めた。三人が体勢を整える向こう側で、黒い少女はバイオリンを下ろし、何の感情も宿さない赤い瞳を向けている。

 

黒いドレス。胸元に並ぶ三本の黒いキー。

 

さきほどまでトワイライトだった少女は、プリンセスプリキュアと酷似した姿へ変わっていた。ただし、その衣装を彩るのは希望の色ではない。光を呑み込む漆黒と、絶望を燃やす青い炎だった。

 

「ブラック……プリンセス」

 

フローラが息を呑む。

 

その名を聞き、黒い少女はわずかに顎を上げた。

 

「わたしはディスピア様の娘。絶望のプリンセス、ブラックプリンセス」

 

名乗りとともに、バイオリンから黒い炎が噴き上がった。

 

「違う!」

 

背後からカナタの声が響く。

 

「君はトワだ! ホープキングダムの王女、僕の妹だ!」

 

ブラックプリンセスの弓が止まった。

 

ほんの一瞬だった。けれど、その赤い瞳は確かにカナタへ向けられていた。

 

「……トワ?」

 

知らない言葉を確かめるような声だった。

 

カナタが一歩踏み出す。

 

「そうだ。君は幼い頃、よく僕の後を追いかけてきた。花畑で転んでも泣かずに立ち上がって、いつかグランプリンセスになると言っていた」

 

「黙れ!」

 

ブラックプリンセスが弓を振り抜く。放たれた黒い衝撃波へ、フローラがロッドを構えた。

 

花びらの渦と黒い音がぶつかり、爆風が広間を揺らす。フローラは両腕で顔を庇いながら後退し、それでもカナタの前から退かなかった。

 

トゥインクルはロッドを構え直した。

 

「やっぱり、呼びかけるだけじゃ足りないか……」

 

きららの記憶では、この戦いの先でトワは心を取り戻す。

 

カナタが奏でるバイオリン。トワイライトの中に残っていた夢を信じ、何度倒されても立ち上がるはるか。その二つが、閉ざされた記憶を呼び覚ます。

 

覚えているのは大きな流れだけだった。

 

誰がどの攻撃を受け、どんな言葉がトワの心を動かしたのか。そこまで都合よく残ってはいない。

 

そして目の前のブラックプリンセスは、前世の記憶より遥かに速かった。

 

「来る!」

 

トゥインクルが叫んだ直後、黒い少女の姿が消える。

 

次の瞬間、フローラの背後でドレスが翻った。

 

「フローラ、後ろ!」

 

フローラが振り返るより早く、黒い蹴りがロッドを捉えた。金属音が鳴り、フローラの身体が床を滑っていく。

 

マーメイドが間へ入り、氷の壁を展開する。しかしブラックプリンセスは黒い炎をまとった手で壁を砕き、そのままマーメイドの腹部へ掌底を打ち込んだ。

 

「くっ……!」

 

吹き飛ばされたマーメイドを、トゥインクルが背後から受け止める。腕へ伝わった衝撃に耐えきれず、二人の身体が数歩分押し戻された。

 

「マーメイド、大丈夫?」

「ええ。けれど、あの力……私たちの技に似ているわ」

 

マーメイドが言い終える前に、漆黒の花びらが舞った。

 

フローラの技に似た黒い渦が、三人をまとめて包囲する。脱出しようと跳び上がれば、上空には無数の黒い水球が待っていた。

 

「花に水……次は星ってわけね!」

 

トゥインクルが床を蹴る。

 

降り注ぐ水球の隙間を縫い、ブラックプリンセスへ突進する。その眼前で、予想どおり黒い星が生まれた。

 

トゥインクルがロッドを振り、黄色い星を撃ち出す。二つの光は正面から激突したものの、黒い星の勢いを止めきれない。

 

「トゥインクル!」

 

フローラとマーメイドの攻撃が左右から重なった。三つの光を受け、黒い星がようやく弾け飛ぶ。

 

爆発の向こうへ、ブラックプリンセスは音もなく着地した。その表情には疲労どころか、わずかな揺らぎさえ見えない。

 

「プリンセスプリキュア。その程度ですか」

 

冷たい声とともに、黒いバイオリンが再び構えられる。

 

トゥインクルは息を整えながら、その楽器を見つめた。

 

バイオリン。

 

それを見た瞬間、記憶の中に白いバイオリンの音色が蘇った。

 

「カナタ!」

 

振り返ると、カナタは白く細長いケースを抱えていた。トゥインクルはそこを指差す。

 

「そのバイオリン、弾けるよね?」

「なぜ、それを……」

「説明はあと! あの子に聞かせて!」

 

カナタは戸惑いながらもケースを開いた。中から白いバイオリンを取り出し、肩へ載せる。

 

ブラックプリンセスが目を細めた。

 

「させない」

 

黒い音の刃が、カナタへ放たれる。

 

フローラが花の壁を作り、マーメイドが水の膜を重ねる。二重の防御を貫いた刃を、最後にトゥインクルの星が弾いた。

 

「今!」

 

白い弓が弦を擦る。

 

優しく、どこか懐かしい旋律が流れ始めた。

 

荒れ果てた城内には似つかわしくない、穏やかな音だった。幼いきょうだいが隣り合い、遠い未来を語り合っているような温かさがある。

 

ブラックプリンセスの指が震えた。

 

「この、音……」

 

赤い瞳の奥に、小さな光が揺れる。

 

届いた。

 

トゥインクルがそう思った直後、ブラックプリンセスは苦しげに頭を押さえた。

 

「違う……わたしは、ディスピア様の娘……!」

「トワ!」

「わたしはブラックプリンセス! 絶望のプリンセス!」

 

黒い炎が爆発した。

 

カナタの旋律が途切れ、その身体が壁際まで吹き飛ばされる。

 

「カナタ!」

 

フローラが駆け寄ろうとする。その前へブラックプリンセスが降り立ち、黒い剣を振り下ろした。

 

トゥインクルが星を蹴って割り込み、ロッドで剣を受け止める。

 

腕が軋む。床へ片膝をついても、黒い刃の勢いは止まらない。

 

音を聞けば、戻るはずではなかったのか。

 

未来の流れは分かっている。それなのに、その未来へ至るために必要なものが分からない。

 

「無駄よ」

 

広間の奥から、ディスピアの声が響いた。

 

玉座を覆う闇が膨れ上がり、巨大な影となって三人を見下ろす。

 

「その娘に、帰る場所などない」

 

カナタが顔を上げる。

 

「ディスピア……トワに何をした!」

 

「何をした? 自ら望んだものを与えただけだ」

 

愉悦を含んだ声が、荒れた広間へ広がる。

 

「幼き王女は、強さを求めて森へ入った。グランプリンセスになりたいと願いながら、自らの未熟さに苦しんでいた」

 

ブラックプリンセスの剣が止まる。

 

「私は囁いたのだ。力が欲しいか、と」

 

闇の中に、幼い少女の姿が浮かび上がった。

 

小さなトワが一人で森を歩いている。木々の奥から伸びた黒い蔓が、その細い足首へ絡みついた。

 

「やめろ!」

 

カナタの叫びにも、過去の光景は止まらない。

 

「絶望の森へ誘い、記憶を閉ざし、私の娘として育てた。トワという名も、家族の顔も、何もかも忘れさせてな」

 

「嘘だよ!」

 

フローラが叫ぶ。

 

「トワちゃんが、自分から絶望を選ぶはずない!」

 

「何を知っている、小娘」

 

ディスピアの目がフローラを射抜く。

 

「お前たちが知るのは、トワイライトとしてのこの娘だけ。真の姿など、何一つ知らぬではないか」

 

フローラの表情が強張った。

 

その言葉は、トゥインクルの胸にも突き刺さった。

 

自分は知っている。

 

トワがカナタの妹であることも、これから希望の炎をまとって戦うことも、ノーブル学園で共に過ごすことも知っている。

 

けれど、それは未来に起こる出来事でしかない。

 

今ここで苦しむ少女が、何を恐れ、何に傷つき、どんな言葉を求めているのか。どれほど記憶を探っても、その答えは見つからなかった。

 

「トワ!」

 

カナタが立ち上がる。額から血を流しながら、それでも妹へ手を伸ばした。

 

「君が忘れていても、僕は覚えている。父上も、母上も、パフもアロマも、ずっと君を待っていた!」

 

「知らない……」

 

ブラックプリンセスが一歩下がる。

 

「そんなもの、知らない!」

 

「トワちゃん!」

 

フローラも手を伸ばす。

 

「思い出せなくてもいい! でも、今の気持ちまで嘘にしないで!」

 

「わたしの、気持ち……?」

 

「バイオリンを弾いていた時、トワちゃんは笑ってた!」

 

ブラックプリンセスの瞳が揺れた。

 

トゥインクルは、以前聞いたトワイライトの演奏を思い出す。フローラがその音を美しいと言った、あの夜。

 

あの旋律には夢があった。

 

敵意も絶望もなく、ただ誰かへ届いてほしいと願うような音だった。

 

「そんなものはない!」

 

ブラックプリンセスが叫び、剣を振り払った。

 

不意に力が増し、トゥインクルのロッドが弾かれる。黒い刃がその胸元へ迫った。

 

避けられない。

 

そう思った瞬間、横からフローラが飛び込んできた。

 

黒い剣がフローラの肩をかすめる。火花とともにドレスの布が裂け、フローラはトゥインクルを抱えたまま床を転がった。

 

「何やってるのよ!」

 

トゥインクルは身を起こし、フローラの肩を見る。深手ではないが、裂けた布の下に赤い傷が走っていた。

 

「フローラが傷ついたら、この先――」

「トゥインクルだって、私が守りたい人だもん!」

 

フローラは痛みに顔をしかめながら、それでもトゥインクルの前へ立った。

 

「未来がどうなるかなんて、私には分からない。でも、目の前で大切な人が傷つくのを見てるなんて、できないよ!」

 

胸の奥を強く掴まれた気がした。

 

きららがずっと勘違いしていた、はるかの想い。

 

自分を好きなのかもしれないと考え、どう答えればいいのか迷い続けていた。けれど、はるかは誰かを守る時、損得も、自分が傷つく可能性も考えない。

 

ただ、その人が大切だから手を伸ばす。

 

それは恋の証拠ではない。はるかが自分で選び、誰かの夢を守ろうとする意志だった。

 

ブラックプリンセスが再び剣を構える。

 

フローラは肩を押さえながら立ち上がった。

 

「トワちゃん。あなたも、本当は誰かを守りたかったんじゃないの?」

 

「黙れ」

 

「グランプリンセスになりたかったのは、強くなって、大切なものを守りたかったからじゃないの?」

 

「黙れ!」

 

剣が振り下ろされる。

 

フローラは避けなかった。

 

両手で刃を受け止め、靴を床へ食い込ませる。黒い炎が手袋を焦がしても、ブラックプリンセスの瞳から視線を逸らさない。

 

「私も、グランプリンセスになりたい」

 

フローラの腕が震える。

 

「何度失敗しても、全然近づけなくても、それでもなりたい。夢を諦めたくないから!」

 

「夢など……」

 

「トワちゃんの夢も、なくなってないよ!」

 

ブラックプリンセスの頬を、一筋の涙が伝った。

 

本人は気づいていない。けれど、その涙を見た瞬間、トゥインクルには分かった。

 

未来を教えるだけでは、人の心を動かせない。

 

どれほど正しい答えを知っていても、その答えを本人が選べなければ意味がない。

 

はるかは答えを知らない。だからこそ、目の前のトワを見続け、何度拒まれても声を届けようとしている。

 

きららが知識によって先回りしようとしていた場所へ、はるかは自分の足でたどり着いた。

 

「ほんと、無茶ばっかり……」

 

トゥインクルはロッドを拾い、立ち上がる。

 

「フローラにだけは言われたくないけど、あたしも人のこと言えないか」

 

マーメイドが隣へ並んだ。

 

「トゥインクル、何か考えがあるの?」

「フローラの言葉は届いてる。あとは、トワを縛ってる黒い力を引きはがす」

 

「分かったわ」

 

マーメイドが頷く。

 

ブラックプリンセスが後方へ跳び、バイオリンを構えた。黒い弓が激しく弦を擦り、広間全体を埋め尽くすほどの音の刃が生まれる。

 

「消えなさい、プリンセスプリキュア!」

 

無数の刃が放たれた。

 

「フローラ!」

 

トゥインクルの声に、フローラは剣から手を離して後方へ跳ぶ。

 

マーメイドが水の壁を広げ、トゥインクルが星の光を重ねる。黒い刃が次々と突き刺さり、二重の防御に亀裂が広がっていく。

 

「長くは保たないわ!」

「それで十分!」

 

トゥインクルは歯を食いしばり、光を押し返す。

 

「フローラは、自分の言葉で伝えて! トワに何を届けたいのか!」

 

背後で、フローラが息を呑む気配がした。

 

短い沈黙の後、フローラが立ち上がる。

 

「うん!」

 

不思議な安堵が、トゥインクルの胸へ広がった。

 

知っている言葉を言わせる必要はない。はるか自身が選んだ言葉なら、それでいい。

 

「マーメイドは、黒い力が消えた後のトワをお願い!」

「任せて!」

 

「カナタ!」

 

トゥインクルが叫ぶと、カナタは壁際に落ちたバイオリンへ手を伸ばした。

 

傷ついた指が弓を握る。

 

再び、白い旋律が流れ始めた。

 

ブラックプリンセスの動きが鈍る。音の刃が一瞬だけ弱まり、その隙にマーメイドが防壁を押し広げた。

 

「フローラ、今!」

 

フローラが光の中を駆ける。

 

花びらが道を作り、星が黒い刃を撃ち落とす。水流がフローラの背中を押し、ブラックプリンセスとの距離を一気に縮めた。

 

「来るな……!」

 

「トワちゃん!」

 

「わたしはトワイライト! ディスピア様の娘!」

 

「それだけじゃない!」

 

フローラは攻撃しなかった。

 

剣もロッドも構えず、ブラックプリンセスの両手を握る。

 

「あなたが何を忘れても、夢まで消えたりしない!」

 

「夢……」

 

「あなたのバイオリン、すごくきれいだった。あんな音を奏でられる人が、絶望しか持ってないはずないよ!」

 

白い旋律に、かつて聞いたトワイライトの音が重なる。

 

実際に黒いバイオリンが鳴ったわけではない。ブラックプリンセスの心に残っていた音が、カナタの旋律へ応えるように蘇ったのだ。

 

花畑。

 

兄と並んで奏でた幼い日の午後。

 

父と母の笑顔。パフとアロマの声。城の廊下を走り、転んでは自分の足で立ち上がった小さな自分。

 

そして、グランプリンセスになると誓った日の光。

 

「お兄……さま……?」

 

ブラックプリンセスの瞳から、赤い光が消えかける。

 

「トワ!」

 

カナタの声が震えた。

 

「違う……わたしは……」

 

ブラックプリンセスが頭を押さえる。胸元の黒いキーが脈打ち、消えかけた赤い光を瞳へ引き戻していく。

 

「トワイライト!」

 

ディスピアの怒声が広間を揺らした。

 

「惑わされるな! お前は私の娘だ!」

 

黒い蔓が四方から伸び、ブラックプリンセスの身体へ絡みつく。青い炎が激しく燃え上がり、フローラを弾き飛ばした。

 

「フローラ!」

 

トゥインクルが跳び、フローラの身体を受け止める。マーメイドも二人の隣へ降り立ち、ロッドを構えた。

 

ブラックプリンセスは苦しげに胸元を押さえている。その唇はディスピアの娘だと繰り返しながら、頬には涙が流れ続けていた。

 

「まだ、届いてる」

 

フローラは自分の足で立ち直り、ロッドを握る。

 

「トワちゃんは、自分の夢を思い出そうとしてる」

 

「なら、取り戻しましょう」

 

マーメイドが静かに言う。

 

トゥインクルは二人の顔を見て、頷いた。

 

三人がロッドを掲げる。

 

花と海と星の光が広間を巡り、互いを結びながら一つの大きな輝きへ変わっていく。その光に合わせ、カナタのバイオリンも再び優しい旋律を奏で始めた。

 

「強く!」

「優しく!」

「美しく!」

 

三人の声が重なる。

 

「プリキュア・トリニティ・リュミエール!」

 

三色の光が放たれた。

 

ブラックプリンセスが黒い炎を噴き上げ、正面から押し返そうとする。しかし、プリキュアの光は彼女の身体を傷つけず、その周囲に絡みついた蔓と炎だけを包み込んだ。

 

「トワちゃん!」

 

フローラの声が光を通して届く。

 

「帰ろう!」

 

ブラックプリンセスの赤い瞳が、大きく見開かれた。

 

「わたくしは……」

 

一度閉じた瞼が、ゆっくりと開く。

 

そこに、冷たい赤は残っていなかった。

 

「わたくしは、トワ……」

 

黒い炎が砕け、光の粒となって空へ舞い上がる。

 

ドレスとバイオリンが消え、力を失った少女の身体が傾いた。胸元から外れた三本の黒いキーが、乾いた音を立てて床へ落ちる。

 

「トワ!」

 

カナタが駆け出す。

 

同時に、マーメイドが水の帯を伸ばした。落下するトワを柔らかく受け止め、そのままカナタの腕へ運ぶ。

 

「トワ……」

 

カナタは妹を強く抱きしめた。

 

トワの瞼がゆっくりと開く。

 

「お兄さま……?」

「ああ。僕だ」

「わたくし……ずっと、ひどいことを……」

 

「今は何も言わなくていい」

 

兄の声を聞き、トワの目から涙が溢れた。

 

フローラがその場へ膝をつく。マーメイドも大きく息を吐き、トゥインクルは床に残された黒いキーを見つめた。

 

黒いままだ。

 

トワを縛る力は消えたが、キーからは今も弱い絶望の気配が漂っている。

 

まだ、すべてが終わったわけではない。

 

「よくも……」

 

ディスピアの声が、低く響いた。

 

広間の天井を覆っていた闇が一点へ集まり、巨大な炎となる。床が震え、壁に残っていた装飾が次々と崩れ落ちた。

 

「私の娘を奪ったな!」

 

黒い炎が、トワたちへ向けて放たれる。

 

カナタが妹を床へ横たえ、一人で前へ出た。

 

「お兄さま……?」

 

「もう二度と、君を渡さない」

 

カナタは白いバイオリンを掲げる。

 

そこから生まれた光が盾となり、ディスピアの炎を受け止めた。眩い光と闇がぶつかり、広間全体が激しく揺れる。

 

「みんな、今のうちに!」

 

カナタが振り返らずに叫ぶ。

 

三人の変身が解け、衣装が光の粒となって消える。みなみは意識の薄いトワを支え、はるかが反対側からその身体を抱えた。

 

「カナタも一緒に!」

 

はるかの叫びに、カナタは答えない。

 

きららは立ち尽くした。

 

この先を知っている。

 

カナタは皆を逃がすために残る。そして、ディスピアの攻撃に呑まれ、行方が分からなくなる。

 

それが、きららの記憶にある未来だった。

 

だが、今ここにいるカナタは、知識の中だけに存在する誰かではない。はるかに夢を教え、妹を救うために傷つき、それでも皆を逃がそうとしている一人の人間だ。

 

「きらら、行くわよ!」

 

みなみが呼ぶ。

 

崩れた天井から瓦礫が落ち、出口までの道が塞がれ始めている。今すぐ逃げなければ、全員が巻き込まれる。

 

知っている未来を守るなら、ここで退くべきだ。

 

きららは拳を握った。

 

未来を知っているからといって、目の前で誰かが消えるのを黙って見ていなければならないのか。

 

そんなの、認めない。

 

「きららちゃん!?」

 

はるかの声を背に、きららは走り出した。

 

向かう先は出口ではない。

 

一人で闇を食い止めている、カナタの背中だった。

 

「カナタ、待って!」

 

未来が崩れる音より早く、きららはその手を伸ばした。

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