星の王子と花の姫君 作:百合魔神
「それでは、トワさんのお部屋はこちらにしましょう」
望月学園長が微笑みながら示したのは、きららが使っている部屋だった。
聞き間違いであってほしい。そう願いながら、きららは一度扉を見て、それから学園長へ顔を戻した。
「……あたしの部屋、ですか?」
「ええ。お二人は同じ学年ですし、これから同じクラスで過ごします。人間界の暮らしを教わる相手としても、きららさんが適任だと思うの」
「他にも空いてる部屋、ありますよね?」
「ありますよ」
「じゃあ、どうして」
「きららさんなら、トワさんへ遠慮なく注意できるでしょう?」
にこやかに言い切られ、きららは反論に詰まった。
傍らに立つトワが、一歩進み出る。
「わたくしのために、きららへご迷惑をかけるわけにはまいりません。別のお部屋をご用意いただけるのでしたら、そちらへ――」
「一人で決めない」
きららの口から、考えるより先に言葉が出た。
トワが目を丸くする。前日に自分が言ったことを思い出し、きららは視線をそらした。
「あたしの部屋なんだから、あたしにも決めさせて。とりあえず、やってみればいいでしょ」
「よろしいのですか?」
「ただし、分からないことを勝手にやらない。ちゃんとあたしに聞くこと」
「承知しました。きららのお世話にはなりません」
「いや、その言い方が一番心配なんだけど」
望月学園長は、二人のやり取りを満足そうに見守っていた。
人間界で暮らすため、トワには新しい名字が用意された。
紅城トワ。
赤い炎を思わせるその名を、トワはゆっくりと口にした。
「この名に恥じぬよう、努めてまいります」
「名字が増えただけなんだから、そんなに構えなくてもいいって」
「新たな名をいただくことは、新たな責任をいただくことでもあります」
「重いなあ」
きららはため息をつきながら、自室の扉を開いた。
今まで一人で使っていた部屋へ、もう一つベッドが運び込まれている。机も衣装棚も二人分に分けられ、窓辺には白いバイオリンのケースが置かれていた。
トワの持ち物は、それだけだった。
人間界で揃えた数着の服。三本のドレスアップキーとプリンセスパフューム。そして、カナタから託されたバイオリン。
王国で暮らしていた頃のものは、何一つ持ち出せていない。
「こっちの棚、空けておいたから。服はそこに入れて」
「ありがとうございます」
「机は窓側を使って。分からないものがあったら――」
「きららへ尋ねます」
「分かってるならよし」
きららが荷物へ手を伸ばすより早く、パフがトワの服を抱えた。
「パフがお手伝いするパフ!」
「お願いいたします、パフ」
「ちょっと待った」
きららはパフの手から服を取り上げ、トワへ返した。
「自分の荷物は自分で片づける。パフにやらせない」
「パフは自ら申し出てくださいました」
「申し出られても、自分でできることは自分でやるの。ここはお城じゃなくて学生寮なんだから」
「それでは、パフの親切を無下にすることになるのでは?」
「ならない。ね、パフ?」
「お手伝いしたかったパフ……」
肩を落としたパフを見て、トワは困ったように眉を寄せた。
「難しいのですね、人間界の暮らしは」
「まだ荷物を片づけるところよ」
先行きを思い、きららはもう一度ため息をついた。
翌朝、紅城トワはきららと同じ教室へ立った。
教師に促され、トワは制服のスカートを軽くつまむ。背筋を伸ばし、王城の謁見の間に立っているかのように優雅な礼をした。
「ごきげんよう。ホープキングダム第一王女、紅城トワと申します」
教室が静まり返った。
きららは額を押さえたくなった。
「これより皆さまと共に学び、己を磨けますこと、心より光栄に存じます。どうぞ末永く――」
「はい、そこまで!」
きららは立ち上がり、教室中へ聞こえるように笑った。
「トワ、海外生活が長いから、ちょっと挨拶が独特なの。王女っていうのも、向こうでの愛称みたいなものだから。ね?」
「いいえ、わたくしは紛れもなく――」
「トワの席、あたしの隣だって。早く座ろう」
続きを言わせる前に、きららはトワの肩を押して席まで連れていった。
クラスメイトたちは驚きながらも、すぐに好意的な視線を向け始めた。休み時間になるとトワの周囲には人垣ができ、髪や立ち居振る舞いを褒める声が飛び交う。
「本当にお姫様みたい!」
「トワ様って呼んでもいい?」
「お好きなように」
トワが微笑むと、女子生徒たちから歓声が上がった。
その様子を離れたところから見ていたきららは、机へ頬杖をつく。
「もうファンができてる」
「トワちゃん、きれいだもんね」
隣のクラスから様子を見に来たはるかが、嬉しそうに笑う。
「それはいいけど、あのままだと本当に王女だって広まるから。正体を隠す気あるのかな」
「これから覚えていけばいいよ。きららちゃんも一緒にいるんだし」
「簡単に言ってくれるわね」
はるかは、きららの机の前へしゃがみ込んだ。
「でも、トワちゃんのルームメイトがきららちゃんでよかった」
「なんで?」
「きららちゃん、面倒見いいから」
まっすぐ言われ、きららは目をそらした。
「別に。放っておけないだけ」
「そういうところだよ」
はるかが笑う。
その笑顔から逃げるように、きららはトワの方へ視線を戻した。
昼食の時間になっても、問題は続いた。
食堂で席に着いたトワは、背筋を伸ばしたまま待っている。目の前には何も置かれていない。
「トワちゃん、ご飯は?」
ゆいに尋ねられ、トワは不思議そうに答えた。
「まだ運ばれてきておりません」
「自分で取りに行くのよ」
きららが指差した先では、生徒たちが列に並んで食事を受け取っている。
「王女であっても、ですか?」
「この学園じゃ、みんな同じ生徒」
トワが立ち上がろうとした時、先ほどの女子生徒たちが食事を運んできた。
「トワ様、どうぞ!」
「お飲み物もお持ちしました!」
「まあ。ありがとうございます」
受け取ろうとするトワの前で、きららが盆を止めた。
「気持ちはありがたいけど、次からトワの分は運ばなくていいから」
「どうしてですか?」
「自分でできることは、自分でやる。それが寮と学園のルールなの」
女子生徒たちは残念そうにしながらも、きららの言葉に従った。
トワは自分で食事を取りに行き、戻ってくると静かに口を開いた。
「わたくしが頼んだわけではありません」
「断らなきゃ同じでしょ」
「承知しました。次からは、自分でいたします」
素直に答えられると、それ以上は言いにくい。
きららがパンをかじったところで、鞄の中の電話が震えた。
「ごめん、ちょっと出る」
食堂の外へ移動し、電話に応じる。
相手は、以前からきららを評価してくれていた雑誌編集者だった。新しく創刊されるファッション誌で、きららをレギュラーモデルへ起用したいという。
「やります。絶対やりたいです!」
返事に迷いはなかった。
世界で活躍するトップモデル。その夢へ近づくための、大きな機会だった。
打ち合わせ、テスト撮影、衣装合わせ。今まで以上に忙しくなると言われても、胸の奥には期待の方が強く膨らんでいく。
電話を終えて食堂へ戻ると、はるかが真っ先に気づいた。
「きららちゃん、何かいいことあった?」
「分かる?」
「うん。すごく嬉しそう」
きららは、レギュラーモデルの話を三人へ伝えた。
はるかとゆいは声を上げて喜び、みなみも祝福する。トワは、きららが表紙を飾った雑誌と本人の顔を見比べた。
「きららの夢が、前へ進んだのですね」
「まだ決まっただけ。ここからが勝負よ」
「お祝い申し上げます。わたくしにも、何かお手伝いできることはありますか?」
「トワは、まず自分の生活を覚えること」
「承知しました」
きららは軽く答えた。
仕事が増えても、学校もプリキュアも諦めるつもりはない。トワのことだって、自分が少し気を配れば済むと思っていた。
だが、予定はきららが考えていた以上の速さで積み重なった。
朝はトワへ制服の着方と時間割を確認し、授業の合間には撮影用の表情を研究する。放課後はスタジオへ向かい、寮へ戻ってから課題と翌日の撮影準備を進めた。
トワは人間界の生活を覚えようと、何度もきららへ尋ねてきた。
「きらら、この機械はどのように使うのです?」
「それはドライヤー。ここを押せば風が出るから、髪に近づけすぎないで」
「食堂で使用した食器は、どちらへ返せばよろしいのでしょう」
「入口の横。種類ごとに分けて置いて」
「この紙に書かれている『特売』とは、身分を問わず購入できるものですか?」
「できる。ていうか、身分で値段は変わらないから」
一つ答えるたび、きららの手は止まった。
それでも、トワが質問すること自体は間違っていない。分からないまま行動されるより、ずっといい。
「きらら、こちらも教えていただけますか」
「ちょっと待って。今、明日の資料だけ確認するから」
「……分かりました」
トワの声が小さくなったことに、その時のきららは気づかなかった。
撮影現場では、新しい企画に向けたテストが始まった。
夏らしい衣装に身を包み、きららはカメラへ笑顔を向ける。ポーズも視線も、求められたとおりに変えてみせた。
何度目かのシャッターの後、カメラマンが首を傾げた。
「きららちゃん、少し疲れてる?」
「え?」
「きれいなんだけど、今日は表情がちょっと硬いかな」
きららはすぐに口角を上げた。
「すみません。もう一度お願いします」
「一度休憩しよう。急がなくても大丈夫だから」
「平気です。次はちゃんとやれます」
休憩を断り、再び照明の前へ立つ。
笑い方なら知っている。顎を引き、頬を上げ、目元を柔らかく見せる。鏡の前で何度も練習してきた。
それなのに、撮られた写真の中の自分は、笑顔の形を貼りつけているように見えた。
失敗できない。
せっかく手に入れた機会だ。夢へ近づけると信じて任せてくれた人たちを、がっかりさせたくない。
考えるほど、頬に余計な力が入った。
寮へ戻った頃には、消灯時間が近づいていた。
扉を開けると、トワが机に向かっている。人間界の教科書を開き、分からない言葉を一つずつ書き出していた。
「お帰りなさい、きらら」
「ただいま」
「遅くまで、お疲れさまでした。あの、モデルのお仕事についてお尋ねしたいことが――」
「ごめん。今日はもう寝る」
きららは鞄を置き、着替えを済ませるとベッドへ腰を下ろした。
首にかけていた細い鎖を服の下から引き出す。先に下がっている星の指輪へ傷がないことを確かめ、指先で一度なぞった。
窓から差し込む月明かりが、指輪の縁を淡く照らす。
「大切なものですの?」
反対側のベッドから、トワが見ていた。
きららは慌てて指輪を手の中へ隠す。
「まあね。昔の知り合いにもらったもの」
「昔の知り合い……」
「それ以上は聞かないで」
「承知しました」
トワは素直に引き下がり、部屋の明かりを消した。
暗闇の中で、きららは指輪を握ったまま目を閉じる。
幼いはるかと交わした約束。成長したはるかへ正体を知られ、逃げ回った日々。今では隠す必要がないはずなのに、この指輪を見られるだけで胸の奥が落ち着かなくなる。
疲れているせいだと自分へ言い聞かせ、きららは鎖を首へ戻した。
翌日の昼食で、トワは誰にも聞かず自分で食事を受け取っていた。
食器も正しい場所へ返し、教室の移動にも遅れない。質問されれば丁寧に答えるが、きららへ何かを尋ねることはなくなった。
「トワ、だいぶ慣れたみたいね」
「皆さまのご迷惑にならぬよう、努めております」
「そ。ならよかった」
きららが予定表へ目を落とすと、はるかが横から覗き込んだ。
「今日もお仕事?」
「うん。放課後すぐに衣装合わせ」
「昨日も遅かったよね。ちゃんと寝てる?」
「寝てるって」
「でも、少し疲れてるように見えるよ」
はるかの指が、きららの目元へ伸びかける。
触れられる前に、きららは身を引いた。
「心配しすぎ。仕事も学校も、ちゃんとできてるから」
「トワちゃんのことも?」
「それも大丈夫」
きららは笑ってみせる。
はるかは納得していない顔をしていたが、次の授業を告げる鐘が鳴り、それ以上は聞かなかった。
トワだけが、きららの笑顔をじっと見ていた。
数日後、きららとトワは女子寮の洗濯当番を任された。
晴天の下、洗い終えたシーツを中庭の物干し場へ運ぶ。きららは手本を見せるように、シーツを大きく広げた。
「端を揃えて、しわを伸ばす。乾いた時に困るから、ちゃんと引っ張って」
「承知しました」
「あたし、次の籠を取ってくるけど、大丈夫?」
「もちろんです」
きららが背を向けた直後、鞄の中で電話が鳴った。
撮影スタッフから、翌日の集合時間を早めたいという連絡だった。頭の中で授業と移動時間を組み直しながら、きららは予定表を確認する。
トワはシーツを広げたものの、隣に干されたものとの違いへ気づいた。
きららのシーツは、両端を小さな道具で挟んである。自分の手元にある籠にも、同じ道具が入っていた。
使い方を尋ねようと振り返る。
きららは電話口で真剣に時間を調整している。何度も予定表をめくり、空いている時間を探していた。
トワは開きかけた口を閉じた。
これ以上、きららの時間を奪いたくない。
形から判断し、洗濯ばさみをシーツの端へ置いた。しかし正しく挟めておらず、風が吹くと簡単に外れてしまう。
一枚目が宙へ舞った。
続いて二枚目、三枚目が風にさらわれる。
「えっ」
電話を終えたきららが振り返った。
「トワ! なんで留めなかったの?」
「留めたつもりでした」
「挟まなきゃ意味ないでしょ。分からないなら聞いてって言ったよね?」
「ですが、きららはお仕事のお話をしていました」
「だからって――ああ、もう! 追うよ!」
二人は風に飛ばされるシーツを追い、中庭から森へ駆け込んだ。
枝に引っかかった一枚を回収し、茂みに落ちた一枚を拾う。最後の一枚は白い鳥のように木々の間を抜け、さらに奥へ飛んでいった。
「待ちなさい!」
「シーツに言っても止まらないから!」
ようやく追いついた先で、シーツは低い木の枝へ引っかかった。
その向こうには、木々に囲まれた静かな池が広がっていた。水面は空の青を映し、岸辺には小さな花が咲いている。
「こんな場所、あったんだ」
きららは息を整えながら、池を見渡した。
トワは、懐かしそうに目を細めている。
「ホープキングダムに、少し似ています」
「ここが?」
「幼い頃、お兄さまや妖精たちと過ごした庭がありました。晴れた日には花を摘み、丘の上から城下を眺めたものです」
トワの声に、以前のような激しい痛みはなかった。
失った故郷を思い出しながらも、そこにあった温かな記憶まで否定せず語っている。
きららは枝からシーツを外し、草の上へ腰を下ろした。トワも少し離れた場所へ座る。
「どうして聞かなかったの?」
きららが尋ねると、トワは池へ視線を向けたまま答えた。
「きららは、お仕事と学園生活でお疲れでした。わたくしのために、さらに時間を使わせたくなかったのです」
「でも、失敗したら余計に時間かかるでしょ」
「おっしゃるとおりです」
「だったら――」
「ですが、今のきららには、尋ねてよいと思えませんでした」
責める口調ではなかった。
だからこそ、きららの胸へまっすぐ刺さった。
質問されるたびに手を止め、ため息をついた。返事を待たせ、話しかけられても疲れを理由に会話を切った。
分からないなら聞けと言いながら、聞きにくい空気を作っていたのは自分だ。
「……ごめん」
「きららが謝ることではありません。わたくしが知らなかったために――」
「そうやって、全部自分のせいにしないで」
トワが振り返る。
きららは膝を抱え、息を吐いた。
「あたしが悪かったところは、あたしに謝らせて。余裕なくなってたのに、大丈夫なふりしてた」
「モデルのお仕事が、うまくいっていないのですか?」
「うまくいってないわけじゃない。欲しかった仕事だし、絶対に成功させたい」
「だからこそ、苦しくなっているのですね」
トワは、きららの顔を注意深く見つめた。
「きららは、笑顔を作ることがお得意なのだと思っていました」
「モデルだもん。当然でしょ」
「ですが、昨夜のお顔は、雑誌の中の笑顔とは違いました」
「疲れてただけ」
「はるかと話している時とも違います」
思いがけない名前に、きららは顔を上げた。
「なんで、そこで、はるかが出てくるのよ」
「きららは、はるかと話している時の方が柔らかく笑っています」
「気のせい」
「星の指輪を見ている時も、同じお顔をなさいます」
きららの手が、反射的に胸元の鎖を押さえた。
トワは首を傾げる。
「昔の知り合いからいただいたと、おっしゃっていましたね」
「そうよ。昔の知り合い」
「その方が、はるかなのですか?」
「そうとは言ってないでしょ!」
「違うのですか?」
間を置いてしまった時点で、答えは伝わっていた。
「……そうだけど。ただ小さい頃に会ってたってだけだから」
「昔の知り合いからいただいたものを、なぜ毎晩確かめるのです?」
「無くしてないか見てるだけ」
「首にかけたままですのに?」
真顔で聞かれ、きららは言葉に詰まった。
トワの口元が、ほんの少し上がる。
「今、笑ったわね」
「申し訳ありません。ですが、今のきららは昨夜より自然なお顔をなさっています」
「誰のせいだと思ってるのよ」
きららは堪えきれずに吹き出した。
トワもつられるように笑う。
完璧な角度も、カメラからどう見えるかも考えない。ただ、目の前の相手の真面目すぎる指摘がおかしくて笑った。
頬から余計な力が抜けていく。
「あたし、ちょっと空回ってたみたい」
「空回り、ですか」
「全部ちゃんとやらなきゃって考えすぎて、ちゃんと笑うことまで仕事にしてた」
きららは青い空を見上げ、思い切り身体を伸ばした。
「今日は帰ったら、予定を組み直す。トワに教える時間も、ちゃんと最初から入れておく」
「それでは、お仕事の時間が減ってしまいます」
「減らすんじゃなくて、分けるの。あたしが仕事でいない時は、みなみやゆいにも聞けばいいでしょ」
「皆さまのお力を借りても、よろしいのでしょうか」
「そのための仲間でしょ」
トワは静かにうなずいた。
その時、木々の向こうからアロマの声が飛んできた。
「きらら! トワ様! 町にゼツボーグが現れたロマ!」
二人は顔を見合わせ、同時に立ち上がった。
町へ戻ると、巨大なゼツボーグが建物の間で暴れていた。
全身には派手な衣装が重なり、片手に巨大なスケジュール帳、もう片方に赤いペンを持っている。胸元の結晶には、きららを新雑誌へ推薦した編集者が閉じ込められていた。
「あの人……!」
きららの声が硬くなる。
強化された姿のロックが、街灯の上から見下ろしていた。
「遅かったんだね。世界一のファッション誌を作りたい、とっても強い夢だったよ」
「その人の夢を返して!」
そこへ、はるかとみなみも駆けつける。
「きららちゃん、トワちゃん!」
「二人とも無事ね」
四人はうなずき、プリンセスパフュームを構えた。
光がそれぞれの身体を包み、四人のプリキュアが並び立つ。
ゼツボーグがスケジュール帳を開くと、無数の付箋が飛び出した。付箋は空中で光の壁へ変わり、戦場を細かく区切っていく。
フローラとマーメイドが一方へ弾かれ、トゥインクルとスカーレットの間にも壁が立ち上がった。
「みんな!」
トゥインクルが星の光を放つが、付箋の壁に弾かれる。
「忙しいのが好きなんでしょう? だったら全部、一人でやるんだね」
ロックが笑う。
ゼツボーグの赤ペンが巨大化し、頭上から振り下ろされた。トゥインクルは横へ跳んでかわし、着地と同時にもう一度壁を攻撃する。
壁にはひびが入るものの、すぐに新しい付箋が重なって塞いだ。
次の攻撃。壁の向こうから聞こえる仲間の声。閉じ込められた編集者。
すべてへ同時に対処しようとして、トゥインクルの判断が一瞬遅れる。
赤ペンの先が肩をかすめ、地面へ叩き落とされた。
「トゥインクル!」
炎が壁の一部を焼き払い、向こう側からスカーレットの姿が見える。
「平気! こっちはあたし一人で――」
「できないことは尋ねるよう、教えてくださったのはトゥインクルです」
「今それ言う?」
「今だからです」
スカーレットは、炎の弓で押し寄せる付箋を焼き払った。
一人で全部やる。その考えに捕まっていたのは、今朝までの彼女だけではない。
トゥインクルは立ち上がり、壁とゼツボーグの胸元を見比べた。
付箋を生み出すたび、胸元の黒い錠前が光っている。あれを切り離せば、壁の再生を止められる。
「スカーレット。右の壁を焼いて。あたしが錠前を狙う」
「承知しました」
「……手伝って。あたし一人じゃ間に合わない」
スカーレットの表情が柔らかくなる。
「はい!」
バイオリンの音色が響き、赤い炎が壁を包んだ。
トゥインクルの星の光がその炎へ飛び込む。炎をまとった一番星が付箋の壁を貫き、そのままゼツボーグの胸元にある錠前を弾き飛ばした。
光の壁が一斉に消える。
解放されたフローラとマーメイドが、左右からゼツボーグへ攻撃を加えた。巨体がよろめき、胸元の結晶が露出する。
「トゥインクル、今よ!」
マーメイドの声に、トゥインクルはキーを掲げた。
星々が夜空のように広がり、光の軌道となってゼツボーグを包み込む。
「プリキュア・ミーティア・ハミング!」
無数の星が降り注ぎ、歪んだ衣装と赤ペンを光の中へ溶かしていく。
閉じ込められていた夢が解放され、編集者が地上へ戻った。
ロックは落ちた黒い錠前を拾い上げる。内部には、集められた絶望がわずかに残っていた。
「一人ずつ分けると、やっぱり面白いんだね」
その目が、四人の間を順番に見回す。
「次は、もっと遠くへ離してみようかな」
「何をするつもり?」
フローラの問いには答えず、ロックは闇の中へ姿を消した。
戦いが終わり、四人の変身が解除される。
きららは目を覚ました編集者へ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ええ。あなたたちが助けてくれたのね」
編集者は身体を起こし、きららの顔を見つめた。
「きららちゃん、レギュラーモデルのことだけど」
胸が強く鳴った。
今日の撮影も満足にできなかった。学校との両立についても、何も相談していない。失望されても仕方がないと思った。
「やらせてください」
きららは、相手が続きを話す前に頭を下げた。
「学校も仕事も、どちらも中途半端にはしません。でも、今までと同じ予定では難しい日があります。最初からきちんと相談させてください」
編集者は少し驚いた後、安心したように笑った。
「その話をしようと思っていたの。無理を続けても、いい写真は撮れないわ。一緒に予定を考えましょう」
「はい。よろしくお願いします」
機会を失わずに済んだ安堵より、初めて正直に相談できたことへの安堵の方が大きかった。
隣では、トワが静かに笑っている。
きららも今度は、形を考えずに笑い返した。
その夜、きららが部屋へ戻ると、トワは一人で制服を片づけていた。
机の上には二人分の茶器が用意されている。
「きらら。この茶葉の量でよろしいでしょうか」
「見せて。……うん、それくらいで大丈夫」
「では、お湯を注ぎます」
トワは確認してから茶を淹れ、きららの前へ差し出した。
香りを確かめ、一口飲む。少し薄いが、疲れた身体には優しい味だった。
「おいしい」
「本当ですか?」
「うん。次は、もう少しだけ茶葉を増やしてもいいかも」
「覚えておきます」
きららは鞄から予定表を取り出し、トワにも見えるよう机へ広げた。
「あたしが仕事の日は、ここ。学校のことで分からないことがあったら、先にみなみかゆいへ聞いて。それでも分からなかったら、帰ってから一緒に考える」
「承知しました」
「あと、あたしが疲れてそうでも、必要なことは言って。今みたいに聞いてくれればいいから」
「では、きららも無理をなさらず、疲れた時はわたくしへおっしゃってください」
「トワにできること、まだそんなに多くないでしょ」
「お茶を淹れることはできます」
「それは助かる」
二人で顔を見合わせ、笑った。
その時、部屋の扉がノックされた。
「きららちゃん、トワちゃん。入っていい?」
「どうぞ」
扉を開けたはるかが、翌日のレッスンについて話しながら入ってくる。
「ミス・シャムールが、明日は四人で一緒にって――あっ」
机の脚に足をぶつけ、はるかの身体が前へ傾いた。
きららが反射的に腕をつかむ。
「危ない!」
「ありがとう、きららちゃん」
起き上がった拍子に、はるかの制服の襟元から細い鎖が滑り出た。
先に下がっているのは、花を模した指輪だった。
トワの視線が、はるかの指輪から、きららの胸元へ移る。
星と花。形は違うが、色も細かな意匠もよく似ている。
きららも、トワが気づいたことへ気づいた。
慌ててはるかの指輪をつかみ、制服の中へ押し戻す。
「きららちゃん?」
「何でもない!」
はるかは不思議そうに瞬いた。
トワは二人を交互に見た後、静かに口を開く。
「昔の知り合い、ですのね」
「その話は終わり!」
きららの声が、二人部屋いっぱいに響いた。
トワはそれ以上尋ねなかった。
ただし、その顔はまったく納得していなかった。