星の王子と花の姫君   作:百合魔神

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王女のルームメイト

 

「それでは、トワさんのお部屋はこちらにしましょう」

望月学園長が微笑みながら示したのは、きららが使っている部屋だった。

聞き間違いであってほしい。そう願いながら、きららは一度扉を見て、それから学園長へ顔を戻した。

 

「……あたしの部屋、ですか?」

「ええ。お二人は同じ学年ですし、これから同じクラスで過ごします。人間界の暮らしを教わる相手としても、きららさんが適任だと思うの」

「他にも空いてる部屋、ありますよね?」

「ありますよ」

「じゃあ、どうして」

「きららさんなら、トワさんへ遠慮なく注意できるでしょう?」

 

にこやかに言い切られ、きららは反論に詰まった。

傍らに立つトワが、一歩進み出る。

「わたくしのために、きららへご迷惑をかけるわけにはまいりません。別のお部屋をご用意いただけるのでしたら、そちらへ――」

「一人で決めない」

きららの口から、考えるより先に言葉が出た。

 

トワが目を丸くする。前日に自分が言ったことを思い出し、きららは視線をそらした。

「あたしの部屋なんだから、あたしにも決めさせて。とりあえず、やってみればいいでしょ」

「よろしいのですか?」

「ただし、分からないことを勝手にやらない。ちゃんとあたしに聞くこと」

「承知しました。きららのお世話にはなりません」

「いや、その言い方が一番心配なんだけど」

 

望月学園長は、二人のやり取りを満足そうに見守っていた。

人間界で暮らすため、トワには新しい名字が用意された。

紅城トワ。

赤い炎を思わせるその名を、トワはゆっくりと口にした。

 

「この名に恥じぬよう、努めてまいります」

「名字が増えただけなんだから、そんなに構えなくてもいいって」

「新たな名をいただくことは、新たな責任をいただくことでもあります」

「重いなあ」

きららはため息をつきながら、自室の扉を開いた。

今まで一人で使っていた部屋へ、もう一つベッドが運び込まれている。机も衣装棚も二人分に分けられ、窓辺には白いバイオリンのケースが置かれていた。

 

トワの持ち物は、それだけだった。

人間界で揃えた数着の服。三本のドレスアップキーとプリンセスパフューム。そして、カナタから託されたバイオリン。

 

王国で暮らしていた頃のものは、何一つ持ち出せていない。

「こっちの棚、空けておいたから。服はそこに入れて」

「ありがとうございます」

「机は窓側を使って。分からないものがあったら――」

「きららへ尋ねます」

「分かってるならよし」

きららが荷物へ手を伸ばすより早く、パフがトワの服を抱えた。

 

「パフがお手伝いするパフ!」

「お願いいたします、パフ」

「ちょっと待った」

きららはパフの手から服を取り上げ、トワへ返した。

「自分の荷物は自分で片づける。パフにやらせない」

「パフは自ら申し出てくださいました」

「申し出られても、自分でできることは自分でやるの。ここはお城じゃなくて学生寮なんだから」

「それでは、パフの親切を無下にすることになるのでは?」

「ならない。ね、パフ?」

「お手伝いしたかったパフ……」

 

肩を落としたパフを見て、トワは困ったように眉を寄せた。

「難しいのですね、人間界の暮らしは」

「まだ荷物を片づけるところよ」

先行きを思い、きららはもう一度ため息をついた。

 

翌朝、紅城トワはきららと同じ教室へ立った。

教師に促され、トワは制服のスカートを軽くつまむ。背筋を伸ばし、王城の謁見の間に立っているかのように優雅な礼をした。

「ごきげんよう。ホープキングダム第一王女、紅城トワと申します」

 

教室が静まり返った。

きららは額を押さえたくなった。

「これより皆さまと共に学び、己を磨けますこと、心より光栄に存じます。どうぞ末永く――」

「はい、そこまで!」

 

きららは立ち上がり、教室中へ聞こえるように笑った。

「トワ、海外生活が長いから、ちょっと挨拶が独特なの。王女っていうのも、向こうでの愛称みたいなものだから。ね?」

「いいえ、わたくしは紛れもなく――」

「トワの席、あたしの隣だって。早く座ろう」

 

続きを言わせる前に、きららはトワの肩を押して席まで連れていった。

クラスメイトたちは驚きながらも、すぐに好意的な視線を向け始めた。休み時間になるとトワの周囲には人垣ができ、髪や立ち居振る舞いを褒める声が飛び交う。

「本当にお姫様みたい!」

「トワ様って呼んでもいい?」

「お好きなように」

 

トワが微笑むと、女子生徒たちから歓声が上がった。

その様子を離れたところから見ていたきららは、机へ頬杖をつく。

「もうファンができてる」

「トワちゃん、きれいだもんね」

隣のクラスから様子を見に来たはるかが、嬉しそうに笑う。

 

「それはいいけど、あのままだと本当に王女だって広まるから。正体を隠す気あるのかな」

「これから覚えていけばいいよ。きららちゃんも一緒にいるんだし」

「簡単に言ってくれるわね」

はるかは、きららの机の前へしゃがみ込んだ。

「でも、トワちゃんのルームメイトがきららちゃんでよかった」

「なんで?」

「きららちゃん、面倒見いいから」

 

まっすぐ言われ、きららは目をそらした。

「別に。放っておけないだけ」

「そういうところだよ」

はるかが笑う。

その笑顔から逃げるように、きららはトワの方へ視線を戻した。

 

昼食の時間になっても、問題は続いた。

食堂で席に着いたトワは、背筋を伸ばしたまま待っている。目の前には何も置かれていない。

「トワちゃん、ご飯は?」

 

ゆいに尋ねられ、トワは不思議そうに答えた。

「まだ運ばれてきておりません」

「自分で取りに行くのよ」

きららが指差した先では、生徒たちが列に並んで食事を受け取っている。

「王女であっても、ですか?」

「この学園じゃ、みんな同じ生徒」

 

トワが立ち上がろうとした時、先ほどの女子生徒たちが食事を運んできた。

「トワ様、どうぞ!」

「お飲み物もお持ちしました!」

「まあ。ありがとうございます」

 

受け取ろうとするトワの前で、きららが盆を止めた。

「気持ちはありがたいけど、次からトワの分は運ばなくていいから」

「どうしてですか?」

「自分でできることは、自分でやる。それが寮と学園のルールなの」

女子生徒たちは残念そうにしながらも、きららの言葉に従った。

 

トワは自分で食事を取りに行き、戻ってくると静かに口を開いた。

「わたくしが頼んだわけではありません」

「断らなきゃ同じでしょ」

「承知しました。次からは、自分でいたします」

素直に答えられると、それ以上は言いにくい。

きららがパンをかじったところで、鞄の中の電話が震えた。

 

「ごめん、ちょっと出る」

食堂の外へ移動し、電話に応じる。

相手は、以前からきららを評価してくれていた雑誌編集者だった。新しく創刊されるファッション誌で、きららをレギュラーモデルへ起用したいという。

 

「やります。絶対やりたいです!」

返事に迷いはなかった。

世界で活躍するトップモデル。その夢へ近づくための、大きな機会だった。

 

打ち合わせ、テスト撮影、衣装合わせ。今まで以上に忙しくなると言われても、胸の奥には期待の方が強く膨らんでいく。

電話を終えて食堂へ戻ると、はるかが真っ先に気づいた。

「きららちゃん、何かいいことあった?」

「分かる?」

「うん。すごく嬉しそう」

 

きららは、レギュラーモデルの話を三人へ伝えた。

はるかとゆいは声を上げて喜び、みなみも祝福する。トワは、きららが表紙を飾った雑誌と本人の顔を見比べた。

「きららの夢が、前へ進んだのですね」

「まだ決まっただけ。ここからが勝負よ」

「お祝い申し上げます。わたくしにも、何かお手伝いできることはありますか?」

「トワは、まず自分の生活を覚えること」

「承知しました」

 

きららは軽く答えた。

仕事が増えても、学校もプリキュアも諦めるつもりはない。トワのことだって、自分が少し気を配れば済むと思っていた。

 

だが、予定はきららが考えていた以上の速さで積み重なった。

朝はトワへ制服の着方と時間割を確認し、授業の合間には撮影用の表情を研究する。放課後はスタジオへ向かい、寮へ戻ってから課題と翌日の撮影準備を進めた。

トワは人間界の生活を覚えようと、何度もきららへ尋ねてきた。

 

「きらら、この機械はどのように使うのです?」

「それはドライヤー。ここを押せば風が出るから、髪に近づけすぎないで」

「食堂で使用した食器は、どちらへ返せばよろしいのでしょう」

「入口の横。種類ごとに分けて置いて」

「この紙に書かれている『特売』とは、身分を問わず購入できるものですか?」

「できる。ていうか、身分で値段は変わらないから」

 

一つ答えるたび、きららの手は止まった。

それでも、トワが質問すること自体は間違っていない。分からないまま行動されるより、ずっといい。

「きらら、こちらも教えていただけますか」

「ちょっと待って。今、明日の資料だけ確認するから」

「……分かりました」

 

トワの声が小さくなったことに、その時のきららは気づかなかった。

 

撮影現場では、新しい企画に向けたテストが始まった。

夏らしい衣装に身を包み、きららはカメラへ笑顔を向ける。ポーズも視線も、求められたとおりに変えてみせた。

何度目かのシャッターの後、カメラマンが首を傾げた。

 

「きららちゃん、少し疲れてる?」

「え?」

「きれいなんだけど、今日は表情がちょっと硬いかな」

きららはすぐに口角を上げた。

「すみません。もう一度お願いします」

「一度休憩しよう。急がなくても大丈夫だから」

「平気です。次はちゃんとやれます」

 

休憩を断り、再び照明の前へ立つ。

笑い方なら知っている。顎を引き、頬を上げ、目元を柔らかく見せる。鏡の前で何度も練習してきた。

 

それなのに、撮られた写真の中の自分は、笑顔の形を貼りつけているように見えた。

失敗できない。

せっかく手に入れた機会だ。夢へ近づけると信じて任せてくれた人たちを、がっかりさせたくない。

 

考えるほど、頬に余計な力が入った。

 

寮へ戻った頃には、消灯時間が近づいていた。

扉を開けると、トワが机に向かっている。人間界の教科書を開き、分からない言葉を一つずつ書き出していた。

「お帰りなさい、きらら」

「ただいま」

「遅くまで、お疲れさまでした。あの、モデルのお仕事についてお尋ねしたいことが――」

「ごめん。今日はもう寝る」

 

きららは鞄を置き、着替えを済ませるとベッドへ腰を下ろした。

首にかけていた細い鎖を服の下から引き出す。先に下がっている星の指輪へ傷がないことを確かめ、指先で一度なぞった。

窓から差し込む月明かりが、指輪の縁を淡く照らす。

 

「大切なものですの?」

反対側のベッドから、トワが見ていた。

きららは慌てて指輪を手の中へ隠す。

「まあね。昔の知り合いにもらったもの」

「昔の知り合い……」

「それ以上は聞かないで」

「承知しました」

 

トワは素直に引き下がり、部屋の明かりを消した。

暗闇の中で、きららは指輪を握ったまま目を閉じる。

幼いはるかと交わした約束。成長したはるかへ正体を知られ、逃げ回った日々。今では隠す必要がないはずなのに、この指輪を見られるだけで胸の奥が落ち着かなくなる。

 

疲れているせいだと自分へ言い聞かせ、きららは鎖を首へ戻した。

 

翌日の昼食で、トワは誰にも聞かず自分で食事を受け取っていた。

食器も正しい場所へ返し、教室の移動にも遅れない。質問されれば丁寧に答えるが、きららへ何かを尋ねることはなくなった。

「トワ、だいぶ慣れたみたいね」

「皆さまのご迷惑にならぬよう、努めております」

「そ。ならよかった」

 

きららが予定表へ目を落とすと、はるかが横から覗き込んだ。

「今日もお仕事?」

「うん。放課後すぐに衣装合わせ」

「昨日も遅かったよね。ちゃんと寝てる?」

「寝てるって」

「でも、少し疲れてるように見えるよ」

 

はるかの指が、きららの目元へ伸びかける。

触れられる前に、きららは身を引いた。

「心配しすぎ。仕事も学校も、ちゃんとできてるから」

「トワちゃんのことも?」

「それも大丈夫」

 

きららは笑ってみせる。

はるかは納得していない顔をしていたが、次の授業を告げる鐘が鳴り、それ以上は聞かなかった。

トワだけが、きららの笑顔をじっと見ていた。

 

数日後、きららとトワは女子寮の洗濯当番を任された。

晴天の下、洗い終えたシーツを中庭の物干し場へ運ぶ。きららは手本を見せるように、シーツを大きく広げた。

「端を揃えて、しわを伸ばす。乾いた時に困るから、ちゃんと引っ張って」

「承知しました」

「あたし、次の籠を取ってくるけど、大丈夫?」

「もちろんです」

 

きららが背を向けた直後、鞄の中で電話が鳴った。

撮影スタッフから、翌日の集合時間を早めたいという連絡だった。頭の中で授業と移動時間を組み直しながら、きららは予定表を確認する。

トワはシーツを広げたものの、隣に干されたものとの違いへ気づいた。

 

きららのシーツは、両端を小さな道具で挟んである。自分の手元にある籠にも、同じ道具が入っていた。

使い方を尋ねようと振り返る。

きららは電話口で真剣に時間を調整している。何度も予定表をめくり、空いている時間を探していた。

 

トワは開きかけた口を閉じた。

これ以上、きららの時間を奪いたくない。

形から判断し、洗濯ばさみをシーツの端へ置いた。しかし正しく挟めておらず、風が吹くと簡単に外れてしまう。

 

一枚目が宙へ舞った。

続いて二枚目、三枚目が風にさらわれる。

「えっ」

電話を終えたきららが振り返った。

 

「トワ! なんで留めなかったの?」

「留めたつもりでした」

「挟まなきゃ意味ないでしょ。分からないなら聞いてって言ったよね?」

「ですが、きららはお仕事のお話をしていました」

「だからって――ああ、もう! 追うよ!」

 

二人は風に飛ばされるシーツを追い、中庭から森へ駆け込んだ。

枝に引っかかった一枚を回収し、茂みに落ちた一枚を拾う。最後の一枚は白い鳥のように木々の間を抜け、さらに奥へ飛んでいった。

「待ちなさい!」

「シーツに言っても止まらないから!」

 

ようやく追いついた先で、シーツは低い木の枝へ引っかかった。

その向こうには、木々に囲まれた静かな池が広がっていた。水面は空の青を映し、岸辺には小さな花が咲いている。

「こんな場所、あったんだ」

 

きららは息を整えながら、池を見渡した。

トワは、懐かしそうに目を細めている。

「ホープキングダムに、少し似ています」

「ここが?」

「幼い頃、お兄さまや妖精たちと過ごした庭がありました。晴れた日には花を摘み、丘の上から城下を眺めたものです」

 

トワの声に、以前のような激しい痛みはなかった。

失った故郷を思い出しながらも、そこにあった温かな記憶まで否定せず語っている。

きららは枝からシーツを外し、草の上へ腰を下ろした。トワも少し離れた場所へ座る。

 

「どうして聞かなかったの?」

きららが尋ねると、トワは池へ視線を向けたまま答えた。

「きららは、お仕事と学園生活でお疲れでした。わたくしのために、さらに時間を使わせたくなかったのです」

「でも、失敗したら余計に時間かかるでしょ」

「おっしゃるとおりです」

「だったら――」

「ですが、今のきららには、尋ねてよいと思えませんでした」

責める口調ではなかった。

 

だからこそ、きららの胸へまっすぐ刺さった。

質問されるたびに手を止め、ため息をついた。返事を待たせ、話しかけられても疲れを理由に会話を切った。

分からないなら聞けと言いながら、聞きにくい空気を作っていたのは自分だ。

 

「……ごめん」

「きららが謝ることではありません。わたくしが知らなかったために――」

「そうやって、全部自分のせいにしないで」

トワが振り返る。

きららは膝を抱え、息を吐いた。

「あたしが悪かったところは、あたしに謝らせて。余裕なくなってたのに、大丈夫なふりしてた」

「モデルのお仕事が、うまくいっていないのですか?」

「うまくいってないわけじゃない。欲しかった仕事だし、絶対に成功させたい」

「だからこそ、苦しくなっているのですね」

 

トワは、きららの顔を注意深く見つめた。

「きららは、笑顔を作ることがお得意なのだと思っていました」

「モデルだもん。当然でしょ」

「ですが、昨夜のお顔は、雑誌の中の笑顔とは違いました」

「疲れてただけ」

「はるかと話している時とも違います」

思いがけない名前に、きららは顔を上げた。

「なんで、そこで、はるかが出てくるのよ」

「きららは、はるかと話している時の方が柔らかく笑っています」

「気のせい」

「星の指輪を見ている時も、同じお顔をなさいます」

 

きららの手が、反射的に胸元の鎖を押さえた。

トワは首を傾げる。

「昔の知り合いからいただいたと、おっしゃっていましたね」

「そうよ。昔の知り合い」

「その方が、はるかなのですか?」

「そうとは言ってないでしょ!」

「違うのですか?」

 

間を置いてしまった時点で、答えは伝わっていた。

「……そうだけど。ただ小さい頃に会ってたってだけだから」

「昔の知り合いからいただいたものを、なぜ毎晩確かめるのです?」

「無くしてないか見てるだけ」

「首にかけたままですのに?」

 

真顔で聞かれ、きららは言葉に詰まった。

トワの口元が、ほんの少し上がる。

「今、笑ったわね」

「申し訳ありません。ですが、今のきららは昨夜より自然なお顔をなさっています」

「誰のせいだと思ってるのよ」

きららは堪えきれずに吹き出した。

 

トワもつられるように笑う。

完璧な角度も、カメラからどう見えるかも考えない。ただ、目の前の相手の真面目すぎる指摘がおかしくて笑った。

頬から余計な力が抜けていく。

 

「あたし、ちょっと空回ってたみたい」

「空回り、ですか」

「全部ちゃんとやらなきゃって考えすぎて、ちゃんと笑うことまで仕事にしてた」

きららは青い空を見上げ、思い切り身体を伸ばした。

「今日は帰ったら、予定を組み直す。トワに教える時間も、ちゃんと最初から入れておく」

「それでは、お仕事の時間が減ってしまいます」

「減らすんじゃなくて、分けるの。あたしが仕事でいない時は、みなみやゆいにも聞けばいいでしょ」

「皆さまのお力を借りても、よろしいのでしょうか」

「そのための仲間でしょ」

 

トワは静かにうなずいた。

 

その時、木々の向こうからアロマの声が飛んできた。

「きらら! トワ様! 町にゼツボーグが現れたロマ!」

 

二人は顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

 

町へ戻ると、巨大なゼツボーグが建物の間で暴れていた。

全身には派手な衣装が重なり、片手に巨大なスケジュール帳、もう片方に赤いペンを持っている。胸元の結晶には、きららを新雑誌へ推薦した編集者が閉じ込められていた。

「あの人……!」

 

きららの声が硬くなる。

強化された姿のロックが、街灯の上から見下ろしていた。

「遅かったんだね。世界一のファッション誌を作りたい、とっても強い夢だったよ」

「その人の夢を返して!」

 

そこへ、はるかとみなみも駆けつける。

「きららちゃん、トワちゃん!」

「二人とも無事ね」

四人はうなずき、プリンセスパフュームを構えた。

 

光がそれぞれの身体を包み、四人のプリキュアが並び立つ。

ゼツボーグがスケジュール帳を開くと、無数の付箋が飛び出した。付箋は空中で光の壁へ変わり、戦場を細かく区切っていく。

フローラとマーメイドが一方へ弾かれ、トゥインクルとスカーレットの間にも壁が立ち上がった。

 

「みんな!」

トゥインクルが星の光を放つが、付箋の壁に弾かれる。

「忙しいのが好きなんでしょう? だったら全部、一人でやるんだね」

ロックが笑う。

 

ゼツボーグの赤ペンが巨大化し、頭上から振り下ろされた。トゥインクルは横へ跳んでかわし、着地と同時にもう一度壁を攻撃する。

壁にはひびが入るものの、すぐに新しい付箋が重なって塞いだ。

次の攻撃。壁の向こうから聞こえる仲間の声。閉じ込められた編集者。

 

すべてへ同時に対処しようとして、トゥインクルの判断が一瞬遅れる。

赤ペンの先が肩をかすめ、地面へ叩き落とされた。

「トゥインクル!」

炎が壁の一部を焼き払い、向こう側からスカーレットの姿が見える。

 

「平気! こっちはあたし一人で――」

「できないことは尋ねるよう、教えてくださったのはトゥインクルです」

「今それ言う?」

「今だからです」

スカーレットは、炎の弓で押し寄せる付箋を焼き払った。

一人で全部やる。その考えに捕まっていたのは、今朝までの彼女だけではない。

 

トゥインクルは立ち上がり、壁とゼツボーグの胸元を見比べた。

付箋を生み出すたび、胸元の黒い錠前が光っている。あれを切り離せば、壁の再生を止められる。

「スカーレット。右の壁を焼いて。あたしが錠前を狙う」

「承知しました」

「……手伝って。あたし一人じゃ間に合わない」

 

スカーレットの表情が柔らかくなる。

「はい!」

バイオリンの音色が響き、赤い炎が壁を包んだ。

トゥインクルの星の光がその炎へ飛び込む。炎をまとった一番星が付箋の壁を貫き、そのままゼツボーグの胸元にある錠前を弾き飛ばした。

 

光の壁が一斉に消える。

解放されたフローラとマーメイドが、左右からゼツボーグへ攻撃を加えた。巨体がよろめき、胸元の結晶が露出する。

「トゥインクル、今よ!」

 

マーメイドの声に、トゥインクルはキーを掲げた。

星々が夜空のように広がり、光の軌道となってゼツボーグを包み込む。

「プリキュア・ミーティア・ハミング!」

無数の星が降り注ぎ、歪んだ衣装と赤ペンを光の中へ溶かしていく。

 

閉じ込められていた夢が解放され、編集者が地上へ戻った。

ロックは落ちた黒い錠前を拾い上げる。内部には、集められた絶望がわずかに残っていた。

「一人ずつ分けると、やっぱり面白いんだね」

 

その目が、四人の間を順番に見回す。

「次は、もっと遠くへ離してみようかな」

「何をするつもり?」

フローラの問いには答えず、ロックは闇の中へ姿を消した。

 

戦いが終わり、四人の変身が解除される。

きららは目を覚ました編集者へ駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

「ええ。あなたたちが助けてくれたのね」

 

編集者は身体を起こし、きららの顔を見つめた。

「きららちゃん、レギュラーモデルのことだけど」

胸が強く鳴った。

今日の撮影も満足にできなかった。学校との両立についても、何も相談していない。失望されても仕方がないと思った。

 

「やらせてください」

きららは、相手が続きを話す前に頭を下げた。

「学校も仕事も、どちらも中途半端にはしません。でも、今までと同じ予定では難しい日があります。最初からきちんと相談させてください」

 

編集者は少し驚いた後、安心したように笑った。

「その話をしようと思っていたの。無理を続けても、いい写真は撮れないわ。一緒に予定を考えましょう」

「はい。よろしくお願いします」

 

機会を失わずに済んだ安堵より、初めて正直に相談できたことへの安堵の方が大きかった。

隣では、トワが静かに笑っている。

きららも今度は、形を考えずに笑い返した。

 

その夜、きららが部屋へ戻ると、トワは一人で制服を片づけていた。

机の上には二人分の茶器が用意されている。

「きらら。この茶葉の量でよろしいでしょうか」

「見せて。……うん、それくらいで大丈夫」

「では、お湯を注ぎます」

 

トワは確認してから茶を淹れ、きららの前へ差し出した。

香りを確かめ、一口飲む。少し薄いが、疲れた身体には優しい味だった。

「おいしい」

「本当ですか?」

「うん。次は、もう少しだけ茶葉を増やしてもいいかも」

「覚えておきます」

 

きららは鞄から予定表を取り出し、トワにも見えるよう机へ広げた。

「あたしが仕事の日は、ここ。学校のことで分からないことがあったら、先にみなみかゆいへ聞いて。それでも分からなかったら、帰ってから一緒に考える」

「承知しました」

「あと、あたしが疲れてそうでも、必要なことは言って。今みたいに聞いてくれればいいから」

「では、きららも無理をなさらず、疲れた時はわたくしへおっしゃってください」

「トワにできること、まだそんなに多くないでしょ」

「お茶を淹れることはできます」

「それは助かる」

 

二人で顔を見合わせ、笑った。

 

その時、部屋の扉がノックされた。

「きららちゃん、トワちゃん。入っていい?」

「どうぞ」

扉を開けたはるかが、翌日のレッスンについて話しながら入ってくる。

 

「ミス・シャムールが、明日は四人で一緒にって――あっ」

机の脚に足をぶつけ、はるかの身体が前へ傾いた。

きららが反射的に腕をつかむ。

「危ない!」

「ありがとう、きららちゃん」

 

起き上がった拍子に、はるかの制服の襟元から細い鎖が滑り出た。

先に下がっているのは、花を模した指輪だった。

トワの視線が、はるかの指輪から、きららの胸元へ移る。

星と花。形は違うが、色も細かな意匠もよく似ている。

 

きららも、トワが気づいたことへ気づいた。

慌ててはるかの指輪をつかみ、制服の中へ押し戻す。

「きららちゃん?」

「何でもない!」

 

はるかは不思議そうに瞬いた。

トワは二人を交互に見た後、静かに口を開く。

「昔の知り合い、ですのね」

「その話は終わり!」

きららの声が、二人部屋いっぱいに響いた。

 

トワはそれ以上尋ねなかった。

ただし、その顔はまったく納得していなかった。

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