もし、ある時点で「あのふたり」が別の選択をしていたら。
その先にあったかもしれない話を書きました。
原作の出来事について決定的な説明はしていませんが、「島編」を知っている方向けの内容です。映画・原作読了後の閲覧をおすすめします。
※非公式の二次創作作品です。
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【あとがき】
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この話に書いたことは、わたしが見たことと、聞いたことです。けれど、あのとき本当は何が起きていたのか、いまになってもわかりません。
わたしは、何かをしなければならなかったのかもしれません。何もできなかっただけなのかもしれません。もし何かをしていたら、もっと悪いことになっていたのかもしれません。それすら、わかりません。
だから、わかったことと、わからなかったことを、そのまま残しておくことにしました。もし、この話がずっとあとまで残ったなら、いつかこれを読んだだれかが、わたしにはわからなかったことを、知ってくれればと思います。
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その本を見つけたのは、海からずいぶん離れた町の古書店だった。
古い土地の昔話や伝承を集めるのが好きだった。面白い話を見つけると、そこに書かれた場所が本当に残っているのか調べることもある。本に出てきた岩がまだあるとか、昔と同じ名前の川が流れているとか、それくらいのことでも実際に見つかると嬉しい。時間があれば現地まで行って、自分の目で確かめることもあった。
その本も、最初は棚の端に押し込まれていた古本のひとつにすぎなかった。手のひらより少し大きな薄い本で、表紙には島らしい絵が描かれている。紙は日に焼け、題名は途中までしか読めない。作者名があったらしいところも擦れていて、何と書かれていたのか分からなかった。
中身も似たようなものだった。文章はところどころ薄れ、何行も続けて読めない頁もある。挿絵はさらに傷みがひどく、何かが描かれていることは分かっても、それが誰なのか、何なのかを見分けられるほどではなかった。
それでもその本を買ったのは、最後に残されていた「あとがき」が気になったからだった。
昔話の本なのに、作者は「この話に書いたことは、わたしが見たことと、聞いたことです」と書いている。それなのに、その本人にも何が起きていたのか分からなかったという。自分が何かをしなければならなかったのか、何もできなかったのか、それすら分からないまま、ずっと後の誰かへ続きを預けるような文章で終わっていた。
本を閉じても、その言葉だけが頭に残った。作り話を書いた人のあとがきというより、何かを見たのに理解できなかった人が、仕方なく残した記録のように思えた。
だから、読んだ。
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【昔話】
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むかし、
海にかこまれた島に、
小さな村がありました。
村のものたちは、
海のものをとって、
くらしていました。
海から歌が聞こえる日は、
たくさん食べものがとれました。
みんなは、
よろこびました。
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最初の方は、それほど変わった昔話ではなかった。海に囲まれた島があり、不思議な歌とともに海から恵みがもたらされる。よくある話と言えば、よくある話だった。
ただ、あとがきが気になって、読めない部分まで何度も目を通した。地名らしい文字や、古い航路の名前かもしれない一節を拾って調べていくと、ひとつだけ古い海図に似た名前が見つかった。
現在の地図にも、その島は載っていた。ただし、人が住んでいる印はない。さらに古い資料には、小さな集落があったらしい記録も残っていたが、いつ、どうして無人になったのかまでは分からなかった。
昔話の島かもしれない場所が、本当にある。それだけで十分だった。
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【昔話】
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ある日、
海から大きなものがやってきました。
大きなものは、
だれかをさがしていました。
でも、
村のものたちには、
だれをさがしているのかわかりませんでした。
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島へ渡ったのは、それからしばらくしてからだった。
小さな舟から浜へ降りると、最初に静かだと思った。波の音も鳥の声もある。風が吹けば木々も鳴る。それなのに、人が暮らしている場所にあるはずの音だけが抜け落ちている。
浜から少し奥へ進むと、草の間に平らな石が並んでいた。その先には崩れた建物がいくつも残り、屋根の落ちた家や壁が半分なくなった小屋が木々の間に埋もれている。土の中から道具らしいものが覗いている場所もあった。
村は、本当にあった。
持ってきた本を開き、かすれた挿絵と見比べてみた。けれど絵の方が傷みすぎていて、同じ場所なのかどうかは分からない。島が描かれているはずの頁ですら、黒い染みと線が重なっているだけだった。
それでもノートを開き、建物の位置や道の形を書き留めながら村の奥へ進んだ。もしあとがきを書いた人物が本当にこの島にいたのなら、ここで何を見て、何を分からないまま残したのだろう。そんなことを考えながら歩いた。
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【昔話】
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しばらくして、
村のひとりがいなくなりました。
そのあと、
ふたりもいなくなりました。
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村の外れに、石が集まっている場所があった。近づいてみると墓だった。
数が多い。苔に覆われたもの、欠けたもの、何が刻まれていたのか分からなくなっているものもある。ひとつひとつは小さいのに、村の規模を考えると妙に多く感じた。
ただ、よく見ると手を入れられた跡があった。割れた石を別の石で補ったもの、古い墓石の隣に新しい石が立てられたもの、補修した部分をさらに直したものまである。
村の家々は崩れるに任されている。それなのに、墓だけは何度も直されていた。
誰かがここにいるのかもしれない。
そう思った瞬間、それまでただ静かだった島の様子が少し違って感じられた。
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【昔話】
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おまえが知っている。
あいつがかくしている。
村のものたちは、
そう言うようになりました。
食べものがなくなりました。
けんかが増えました。
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午後、浜へ戻る途中で小さな舟を見つけた。
波の届かないところまで引き上げられていて、今から海へ出せる状態には見えない。底の板は割れ、側面も歪んでいる。それでも、ただ朽ちただけの舟ではなかった。
場所によって使われている板が違い、塞いだ穴の上からさらに別の板を重ねた跡もある。縄を通す穴も何度も開け直されていた。壊れるたびに直し、それでも使い続けたらしい。
本の中に舟のことが書かれていた気がして頁をめくったが、そのあたりは文字が薄く、全部は読めなかった。
「これかな」と口にし、ノートに「小舟。補修跡多数」とだけ書いた。
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【昔話】
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夜になると、
村の明かりは少なくなりました。
ひとつ。
また、
ひとつ。
そしてある夜、
さいごの明かりも消えました。
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村から少し離れた場所に、一軒だけ妙に大きな家があった。入口も高く、中に残っている机や椅子も他の家のものよりずっと大きい。村の者とは体の大きさから違う何者かが住んでいたのかもしれない。
紙の残骸もいくつか残っていたが、床に張り付いているものが多く、無理に触れば崩れそうだった。その日は読めそうなものだけ確かめ、奥まで調べるのはやめた。
外へ出る頃には、日が傾き始めていた。浜へ戻る前にもう一度墓地を見ておこうと引き返したところで、草の向こうに何かが動くのが見えた。
動物かと思った。けれど墓石の陰から現れたのは、小さな姿だった。
足が止まった。向こうもこちらに気づき、動きを止めた。
墓が手入れされている以上、誰かがいる可能性は考えていた。それでも実際に会うと、何を言えばいいのかすぐには出てこなかった。
「こんにちは」
返事はない。ただ、こちらをじっと見ている。
手に持っていた古い本を抱え直すと、その視線が本へ移った。さっきまでほとんど動かなかったのに、一歩だけ近づく。
「……これ? 知ってるの?」
長い間のあと、小さくうなずいた。
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【昔話】
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しばらくして、
ひとりが帰ってきました。
ふたりでいなくなったのに、
帰ってきたのは、
ひとりでした。
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その一節をきちんと読めたのは、その夜だった。
浜の近くで本を読み直すと、最初は意味を取り損ねていた箇所に、確かにそう書かれている。
ふたりでいなくなったのに、帰ってきたのは、ひとりでした。何度読み返しても変わらない。
昼間に会った者は、この本を知っていた。それだけで昔話の人物だと決めつけることはできない。誰かから話を聞いただけかもしれないし、昔から島に伝わっていた本を見たことがあるだけかもしれない。
挿絵を見ても人物の姿は分からない。だから、姿で確かめることもできなかった。
なら、聞くしかない。
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【昔話】
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もうひとりのことをたずねても、
帰ってきたものは、
なにも話しませんでした。
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翌朝、墓地へ行くと、昨日の姿がいた。墓の周りに生えた草を抜いている。こちらに気づくと手を止めたが、逃げる様子はなかった。
少し迷ってから、持っていた本を開いて見せた。
「この話、知ってるんだよね」
うなずく。
「この“帰ってきたひと”って、あなた?」
すぐには動かなかった。本を見て、それからこちらを見る。何を考えているのかまでは分からない。
しばらくして、小さくうなずいた。
本がいつ書かれたものなのか、正確な年代は分からない。それでも、紙の古さと目の前にいる姿が釣り合っていないことくらいは分かる。どうして今も同じ姿なのか。そのことも気になったが、先に確かめたいことがあった。
「ふたりで島を出たの?」
うなずく。
「帰ってきたのは、ひとりだけ?」
また、うなずいた。
そこで一度、本に目を落とした。昨夜から何度も読んだ一節がそこにある。
「……もうひとりは?」
何も返ってこなかった。
さっきまでとは違う。うなずかない。首も振らない。ただ、動かなくなった。
少し待った。風が墓地の草を揺らし、離れたところで鳥が鳴いた。それでも反応はなかった。
本にも、同じことが書かれている。この話を書いた者も、同じ質問をしたのだろうか。
聞き方を変えることはできた。でも、やめた。
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【昔話】
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帰ってきたものは、
しばらくすると海へ出ました。
それからも、
何度も海へ出ました。
帰ってくるたび、
舟は少しずつこわれていました。
そのたびに、
なおしました。
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浜に置かれていた舟が頭に浮かんだ。板を継ぎ足し、穴を塞ぎ、壊れるたびに直されてきた舟。目の前にいるひとりと、帰ってこなかったもうひとり。
それ以上は考えず、頁を戻した。海から大きなものがやってきたところを開く。
「この大きなものが探してたのって、あなたたち?」
目の前のひとりの手が止まった。今までより、その反応だけがはっきりしていた。
やがて、うなずく。
「最初のひとがいなくなったときには、自分たちが探されてるって、もう分かってた?」
今度は長かった。急かさずに待っていると、やがてほんの少しだけ頭が下がった。
「それで、島を出たの?」
もう一度、うなずく。
風が吹き、本の頁が勝手にめくれた。そこには、村の者たちが互いを疑い始めたことが書かれている。
「島を出るとき、誰かに言った?」
返事はない。
「自分たちが探されてるってこと」
首が横に動いた。
小さな動きだった。
本へ目を戻す。村に残された者たちは、探されている者がまだ自分たちの中にいると思っていた。誰かが知っている。誰かが隠している。そうして互いを疑った。
けれど、その頃にはもう、探されていた二人は島にいなかった。
視線を上げると、その向こうに墓が並んでいた。どの墓がどうしてできたものなのかは分からない。昔話にも、そこまでは書かれていない。
ただ、順番だけは残っている。
二人が島を出た。そのあと、村の明かりがひとつずつ消えていった。
「みんながいなくなってから、帰ってきたの?」
ひとりはすぐには答えなかった。墓の方を見る。
それから、うなずいた。
遠くで低い音がした。波が岩に当たっただけかもしれないし、沖を何かが通った音だったのかもしれない。
ひとりが顔を上げ、海を見る。ほんの一瞬だった。何も見つからなかったのか、ゆっくりと視線を戻した。
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【昔話】
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海から音がすると、
帰ってきたものは、
海を見ました。
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昔から、同じことをしていたらしい。
本を閉じた。聞きたいことはまだあった。でも、いくら聞いても答えの出ないことがあるのは、もう分かり始めていた。
それでも、最後にひとつだけ聞いた。
「……何をしに帰ってきたの?」
ひとりは動かなかった。
今までの質問には、時間がかかっても何かしらの答えがあった。うなずくか、首を振るか。それだけでも返してくれた。
今度は違った。
待っても、何も返ってこない。
やがて視線だけが動いた。墓地の方へ向き、そのあと浜の方へ移る。何度も直された舟がある方だった。
墓を見たのか。舟を見たのか。その向こうにある海を見たのか。
分からなかった。
もう一度聞くことはしなかった。
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【昔話】
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ほかのものがついていこうとすると、
帰ってきたものは、
首をふりました。
それからも、
ひとりで海へ出ました。
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午後、大きな家へ戻った。
昨日は触れなかった棚の下から、古い紙の束が見つかった。読めるものを拾っていくと、「村の明かりが、またひとつ消えた」「帰ってきたのはひとりだった」と、昔話に似た文章が出てくる。さらに、「もうひとりのことをきいた。答えなかった」「また海へ出た。舟がこわれている」「なおしていた」といった短い記録も残っていた。
その中に、「ついていこうとしたら、首をふった」と書かれた紙があった。
手が止まった。
昔話では、「ほかのものがついていこうとすると」と書かれている。その「ほかのもの」は、昔話の中にいた誰かではない。これを書いた者自身だったらしい。
別の紙には、「海で音がすると見る」とだけ残っていた。その隅に、名前がある。
島二郎。
同じ名前が他の紙にも残っていた。持ってきた本を開き、作者名が擦れて読めなくなっている場所を見る。この大きな家に住んでいた島二郎という者が、あの昔話を書いたのだろう。
村から離れた場所にいた島二郎は、何が起きていたのかをすべて知っていたわけではない。それでも、村の明かりが減っていくのを見た。二人がいなくなり、一人だけ帰ってきたのを見た。もう一人について尋ね、何度も一人で海へ出るのを見て、ついていこうともした。
それでも、分からなかった。
紙の束の中には、あとがきの下書きらしいものも残っていた。「わたしは、もっと――」という途中で途切れた一文。その近くには、「何が正しかったのか、いまも――」とだけ書かれた紙もある。どちらも、その先は残っていなかった。
島二郎は真相を知っていて、それを昔話に隠したわけではない。本当に分からなかったから、見たものと分からなかったものを、そのまま残したのだ。
島まで来て、分かったことはある。二人は自分たちが探されていることを知りながら、誰にも告げずに島を出た。そして、村から誰もいなくなったあと、一人だけが帰ってきた。
けれど、その先は島二郎の時代からほとんど変わっていない。
もうひとりに何があったのか。
何度も海へ出て、何をしていたのか。
何をしに、この島へ帰ってきたのか。
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【昔話】
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海から音がすると、
帰ってきたものは、
海を見ました。
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帰る日の朝、もう一度墓地を通った。
あのひとりは昨日と同じように、墓の周りに生えた草を抜いていた。近くには何度も直された墓石が並んでいる。文字が消えたものもあれば、古い石の隣に新しい石が置かれたものもある。
声はかけなかった。向こうもこちらを見なかった。
そのまま浜へ向かうと、古い小舟は昨日と同じ場所にあった。改めて見ると、もう直せる状態には思えない。底は大きく割れ、何度も継ぎ足された板も反っている。それでも捨てられず、波の届かないところに置かれ、倒れないよう石で支えられていた。
島二郎の記録には、何をしに海へ出ていたのかは書かれていない。ただ、もうひとりについて何も答えなかった者が、そのあと何度もこの舟で海へ出た。それだけだった。
迎えの舟に乗り、島を離れた。最初は浜の石まで見えていたが、少し進むと家の形が分からなくなり、墓地も森の一部にしか見えなくなっていく。
振り返ったとき、浜に小さな姿があった。
あのひとりだった。
いつ墓地から移動したのかは分からなかった。こちらを見送りに来たようには見えない。
壊れた小舟のそばで立ち止まり、海を見ていた。
舟は進む。距離が開いても、ひとりは動かなかった。そのとき風の向きが変わり、遠くで低い音がした。何の音なのかは分からない。
浜にいるひとりが顔を上げた。
こちらではない。
もっと遠く、水平線の方を見ていた。
昨日も、同じ仕草を見た。昔話にも書かれていた。
ずっと昔から。
しばらく海を見ていたが、何も現れなかった。波だけが同じように続いている。
舟だけが島から離れていく。何度も直された小舟が見えなくなり、それでも浜に立つ姿だけはしばらく残った。
二人で島を出た。
帰ってきたのは、一人だった。
その間に何があったのかは分からない。今も海の向こうに何があるのかも分からない。
ただ、遠ざかっていく島にひとり残り、そのひとりが海を見ている。
やがて、その姿も見えなくなった。最後に残ったのは森に覆われた島の形だけで、それも少しずつ低くなっていった。
そして、海と空の間から消えた。
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【あとがき】
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この話に書いたことは、わたしが見たことと、聞いたことです。けれど、あのとき本当は何が起きていたのか、いまになってもわかりません。
わたしは、何かをしなければならなかったのかもしれません。何もできなかっただけなのかもしれません。もし何かをしていたら、もっと悪いことになっていたのかもしれません。それすら、わかりません。
だから、わかったことと、わからなかったことを、そのまま残しておくことにしました。もし、この話がずっとあとまで残ったなら、いつかこれを読んだだれかが、わたしにはわからなかったことを、知ってくれればと思います。
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