墨俣での勝利と、中美濃をわずか二週間で制した報は、美濃全土を震わせた。
これまで斎藤龍興へ従っていた国人衆は、次々と織田へ使者を送る。
織田軍は強い。
それだけではない。
信長のもとには柴田勝家がいる。
丹羽長秀がいる。
木下藤吉郎がいる。
そして、七海新六と竹中半兵衛がいる。
稲葉山城に籠もる龍興にとって、最も恐ろしいのは織田軍の兵数ではなかった。
美濃の者たちが、もはや斎藤家の勝利を信じていないことだった。
その間に信長は東美濃へ兵を進め、残る勢力を一つずつ従わせた。
やがて、西美濃三人衆までもが織田へ寝返る。
稲葉山城は、完全に孤立した。
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小牧山城の評定。
信長は美濃の地図を前に、静かに立っていた。
信長「これでよい」
地図には、織田方へ寝返った城と国人衆の名が並んでいる。
信長「東は押さえた。西も三人衆が入った。残るは稲葉山だけだ」
勝家「ようやく、龍興の首へ届きますな」
長秀「城は険しく、正面から攻めれば損害も出ましょう」
信長「だから二手に分ける」
信長は大手門を指した。
信長「大手門は勝家。本隊を率い、派手に攻めろ」
勝家「承知」
次に、搦手門へ視線を移す。
信長「搦手は新六と長秀に任せる」
新六「はっ」
長秀「承知いたしました」
信長「勝家が正面で暴れれば、龍興はそちらへ兵を寄せる。搦手を守る兵は減る」
半兵衛「龍興様は、搦手を軽く見られるでしょう」
信長「そこを食え」
信長は新六を見た。
信長「新六。城を落とせ」
新六「必ず」
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稲葉山城。
山上に築かれた斎藤家の本城は、険しい地形と高い石垣に守られていた。
だが城の中にいる兵たちは、もはやかつてのような気迫を持っていない。
織田軍が大手門へ現れた時、城内に太鼓が鳴り響いた。
「織田勢、来襲!」
「柴田勝家が正面へ!」
「兵を大手へ回せ!」
城門の前。
柴田勝家は大槍を肩に担ぎ、稲葉山城を睨んでいた。
勝家「大手門を破る!」
柴田勢が鬨の声を上げる。
勝家「槍を揃えろ! 鉄砲隊は城壁を狙え! 敵の顔を上げさせるな!」
「おおっ!」
鉄砲の轟音が山へ響く。
矢が飛ぶ。
大手門の前で、柴田勢と斎藤勢が激しくぶつかった。
勝家はあえて退かず、何度も正面から攻めた。
斎藤方の兵は必死に守る。
城内の兵が、次々と大手門へ集められていく。
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一方。
搦手門の山道を、新六と丹羽長秀の部隊が進んでいた。
新六の後ろには七海衆。
その隣には、丹羽家の兵。
さらに前田利家、佐々成政、竹中半兵衛らが並ぶ。
半兵衛「新六様。城内の兵は、予定通り大手へ寄っています」
新六「搦手の守りは」
半兵衛「薄い。ですが、完全に空ではありません」
長秀「慎重に参りましょう。こちらの役目は、城内へ入ることです」
新六「分かっています」
搦手門の前には、少数の斎藤兵がいた。
しかし、彼らは正面の激戦へ気を取られている。
新六「鉄砲は撃つな。音で気づかれる」
利家「じゃあどうする」
新六「俺が門を開ける」
利家「また一人で行くつもりか」
新六「早い方がいい」
長秀「新六殿。無茶はなさらぬように」
新六「丹羽様。中へ入ったら、すぐ兵を流してください」
長秀「承知しました」
新六は門へ向かった。
見張りの兵が気づき、槍を向ける。
斎藤兵「止まれ!」
新六は一気に踏み込んだ。
槍を掴み、引き寄せ、相手を地面へ叩き伏せる。
別の兵が斬りかかるが、新六は刀を弾き、壁へ押しつけた。
短い攻防だった。
新六は閂へ手をかける。
新六「開いた!」
門が軋む。
搦手門が開かれた。
新六「入れ!」
丹羽勢と七海衆が、一気に城内へ雪崩れ込んだ。
長秀「兵を二手に分けろ! 一手は大手門の内側へ! もう一手は二の丸へ向かえ!」
利家「俺は二の丸へ行く!」
成政「ならば俺も行く!」
新六「利家、成政。敵を押さえろ。俺と丹羽様は大手を開ける!」
利家「任せろ!」
成政「遅れるなよ!」
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城内は混乱へ変わった。
「搦手が破られた!」
「織田勢が中へ入ったぞ!」
「大手へ兵を送れ!」
「いや、二の丸を守れ!」
命令が飛び交う。
だが、兵は足りない。
搦手を軽んじた代償が、今になって城全体を揺らしていた。
新六と丹羽長秀の部隊は、城内を駆け抜ける。
途中で斎藤方の侍が立ち塞がった。
斎藤侍「ここを通すな! 大手を開けさせるな!」
新六「ならば、退け!」
新六の槍が唸る。
敵兵を薙ぎ払い、道を作る。
長秀の兵が続き、抵抗する者を押し込んでいく。
長秀「新六殿! 門が見えます!」
新六「七海衆、門を押さえろ!」
大手門の内側。
斎藤兵が閂を守っていた。
新六は槍を投げ、守りの兵を崩す。
利家と成政が二の丸から戻ってくる。
利家「新六! 二の丸は取った!」
成政「三の丸も、もうじき落ちる!」
新六「ならば、門を開ける!」
新六、利家、成政が力を合わせる。
重い閂が外れた。
大手門がゆっくりと開いていく。
その向こうで、柴田勝家が待っていた。
勝家「……遅い」
新六「お待たせしました」
勝家は不敵に笑った。
勝家「よくやった。後は本隊の仕事だ」
勝家「柴田勢、入れ!」
大手門から織田本隊が雪崩れ込む。
稲葉山城は、内と外から完全に裂かれた。
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二の丸。
三の丸。
斎藤方は防戦に回るが、既に形勢は決していた。
前田利家が槍を振るい、城兵を退かせる。
佐々成政は狭い通路を駆け抜け、敵の指揮役を次々と討ち取る。
丹羽長秀は兵を整え、無用な殺戮を止めながら城の要を押さえていく。
新六は先頭に立ち、残る抵抗を崩した。
新六「武器を捨てろ! 降る者は斬らない!」
新六の声を聞き、斎藤兵の中には槍を落とす者も現れ始めた。
斎藤兵「もう無理だ……!」
斎藤兵「稲葉山は落ちた!」
やがて、天守へ続く道が開く。
だが龍興は、そこにいなかった。
「龍興様が逃げた!」
「裏口から山を下りたぞ!」
天守へ織田の旗が掲げられる。
斎藤龍興は、城を捨てて逃亡した。
守るべき城も。
頼るべき家臣も。
すべてを失って。
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天守から、美濃の地が見渡せた。
中美濃。
東美濃。
西美濃。
かつて斎藤家が支配していた土地が、今は織田の旗で染まっている。
信長は天守へ上がり、その光景を見下ろした。
信長「美濃は取った」
誰もが、息を呑んだ。
信長「尾張のうつけと呼ばれた俺が、美濃を取った」
信長は振り返る。
勝家。
長秀。
新六。
半兵衛。
藤吉郎。
利家。
成政。
信長「皆の働きだ」
勝家「殿」
信長「だが、まだ終わりではない」
信長は遠くを見た。
その先には、京がある。
信長「ここから先は、天下だ」
新六は静かに頭を下げた。
農民の子として戦場へ立った少年は、今や美濃攻略の最後の戦で、織田家の中核として城を落としていた。
稲葉山城は、やがて岐阜城と名を変える。
そして織田信長は、美濃を足場に天下へ進む。
その道の傍らには、必ず新六と、その仲間たちがいた。