織田信時の人生   作:秋月 了

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北陸の雷鳴――新六、謙信を退け長篠へ走る

 

 

 天正三年、三月。

 

 岐阜城に、北陸平定を命じる評定が開かれた。

 

 信長は地図の北を指し、新六を見た。

 

信長「新六」

 

新六「はっ」

 

信長「北陸方面軍の全権を預ける」

 

 居並ぶ重臣たちの空気が、わずかに動く。

 

信長「加賀、能登、越中を平定しろ」

 

信長「北の不安を消せ」

 

新六「承知いたしました」

 

信長「森良成と長可の親子を援軍として付ける」

 

良成「新六殿。今度は父子で力を貸そう」

 

長可「文の父上の命だ。戦場で恥はかかせぬ」

 

新六「頼もしい限りです」

 

 さらに前田利家、佐々成政、鈴木孫一、百地丹波、竹中半兵衛らが北陸方面軍へ加わった。

 

 越前を基盤とし。

 

 北ノ庄から加賀へ。

 

 そこから能登、越中へ。

 

 津田新六信時は、織田家の北を背負う将として進軍を開始した。

 

---

 

 加賀。

 

 一向一揆勢は、織田軍を迎え撃つため大軍を集めていた。

 

一揆将「織田の軍勢など、数で押し潰せ!」

 

一揆兵「仏の加護がある!」

 

 対する津田軍は、静かだった。

 

 戦場を見渡した半兵衛が、新六へ告げる。

 

半兵衛「敵は密集しております」

 

新六「鉄砲には都合がいいな」

 

孫一「任せろ」

 

 雑賀衆が前へ出る。

 

孫一「鉄砲衆、三列」

 

孫一「一列目、構えろ!」

 

 火縄が燃える。

 

孫一「撃て!」

 

 轟音。

 

 一向一揆勢の前列が崩れた。

 

 そこへ前田利家率いる騎馬隊が駆け込む。

 

利家「前田勢、続け!」

 

 馬蹄が地を打つ。

 

 鉄砲で乱れた敵陣へ、騎馬隊が深く突き刺さった。

 

成政「左翼を崩せ!」

 

 佐々成政の槍隊が横から食い込み、敵軍の退路を奪う。

 

 新六は、逃げる敵を追いすぎなかった。

 

新六「囲め」

 

一豊「追撃ではなく、包囲ですか」

 

新六「ああ。逃げ道を残せば、また散って一揆になる」

 

半兵衛「城へ追い込み、首魁だけを分けるのですな」

 

新六「その通りだ」

 

 加賀の一揆勢は、城へ押し込まれた。

 

 だが城壁は高く、攻め手を阻んでいた。

 

 その時。

 

 孫一が新六の前へ、一つの筒を運ばせた。

 

孫一「新六様。これを見せる時が来た」

 

新六「鉄砲筒か」

 

 それは鉄砲より太く、大砲より小さい。

 

 一人でも運べる大きさの、新しい火器だった。

 

 鉄砲鍛冶と雑賀衆が試行錯誤を重ね、生み出した兵器。

 

 大筒ほどの破壊力はない。

 

 だが、城壁や櫓を崩すには十分だった。

 

孫一「大砲ほど銭はかからぬ」

 

孫一「だが城を落とすには、これで足りる」

 

新六「撃て」

 

 鉄砲筒に火が入る。

 

 次の瞬間。

 

 低く重い爆音が戦場を揺らした。

 

 城門脇の櫓が砕け、壁の一部が崩れる。

 

一揆兵「何だ、あれは!」

 

一揆兵「鉄砲ではない!」

 

孫一「次弾、用意!」

 

 再び轟音。

 

 城門が大きく歪んだ。

 

新六「突入!」

 

 津田軍が雪崩れ込む。

 

 加賀一向一揆の首魁たちは、最後まで抵抗した。

 

 だが逃げ場はなかった。

 

 武器を持ち、民を煽り、戦を起こした者たちは捕らえられた。

 

新六「首魁は全員、処断する」

 

半兵衛「残る門徒は」

 

新六「戦に二度と関わらぬと誓わせろ」

 

新六「村で畑を耕し、静かに生きるなら、命は取らない」

 

 門徒たちは武器を置いた。

 

 そして加賀は、戦の地から少しずつ変わり始めた。

 

---

 

 新六は、すぐに農地改革へ取りかかった。

 

 菩提山で行った改革。

 

 越前で広げた改革。

 

 水路。

 

 区画整理。

 

 開墾。

 

 土地の再分配。

 

 農法の改善。

 

 そして村ごとの事情に合わせた年貢の調整。

 

利家「また田んぼか」

 

新六「また田んぼだ」

 

成政「加賀は土地が広い。上手く回れば、兵糧も大きく増える」

 

新六「ああ。戦に勝った後が、本当の勝負だ」

 

 その年の暮れ。

 

 加賀は豊作に恵まれた。

 

 荒れていた村々では米俵が積まれ、戦で疲弊していた民にも笑顔が戻る。

 

 織田に従うことは、ただ恐れることではない。

 

 生きられることなのだと。

 

 加賀の者たちは、少しずつ理解し始めていた。

 

---

 

 同じ年の九月。

 

 北陸方面軍は能登を制し、さらに越中の半分まで進出した。

 

 だが翌年。

 

 天正四年、四月。

 

 越後の軍神・上杉謙信が、自ら軍を率いて越中へ現れた。

 

 上杉軍は速かった。

 

 足の速い馬を使い、現れては消える。

 

 補給を狙い。

 

 小部隊を叩き。

 

 戦場を選ばせない。

 

 一度捕まえたと思えば、既に別の場所へ移っている。

 

利家「厄介だな」

 

成政「正面からぶつかる気がない」

 

半兵衛「謙信公は、こちらが整う前に乱すつもりです」

 

新六「なら、馬を止める」

 

孫一「どうやってだ」

 

新六「鉄砲で動きを縛る」

 

 新六は雑賀衆へ命じた。

 

新六「騎馬を狙いすぎるな」

 

孫一「何だと」

 

新六「馬が進む先を撃て」

 

新六「敵を撃ち抜くより、馬に『そこへ行けば死ぬ』と思わせろ」

 

孫一「なるほどな」

 

 さらに新六は鉄砲筒を前へ出した。

 

新六「馬の近くで爆ぜるように撃て」

 

孫一「音で怯ませるのか」

 

新六「ああ。馬が止まれば、上杉の速さは消える」

 

---

 

 戦場。

 

 上杉の騎馬隊が疾風のように迫る。

 

上杉兵「織田を崩せ!」

 

 だが前方で、鉄砲が鳴る。

 

 馬の前。

 

 横。

 

 後ろ。

 

 進路を切るように、雑賀衆の銃弾が飛ぶ。

 

孫一「右を撃て!」

 

孫一「次は左だ!」

 

 馬が進路を失う。

 

 そして鉄砲筒が唸った。

 

 騎馬の近くで土が爆ぜる。

 

 大きな音と土煙に、馬たちが悲鳴を上げる。

 

上杉兵「馬が止まった!」

 

上杉兵「進めぬ!」

 

新六「森隊、前田隊!」

 

良成「森勢、押し込め!」

 

長可「俺に続け!」

 

利家「前田勢、乱戦へ持ち込め!」

 

 森親子と前田勢が一気に距離を詰めた。

 

 騎馬の機動力を奪われた上杉軍は、乱戦へ引きずり込まれる。

 

 個の強さ。

 

 兵の練度。

 

 組織としての連携。

 

 織田軍は、そのすべてで押し始めた。

 

 そして戦場の中央。

 

 新六の前へ、上杉謙信が現れた。

 

謙信「津田新六信時」

 

新六「上杉謙信」

 

謙信「北陸を欲するか」

 

新六「民が戦に巻き込まれぬ土地にしたい」

 

謙信「綺麗事だ」

 

新六「そうかもしれない」

 

 謙信は槍を構える。

 

謙信「ならば、力で示せ」

 

新六「望むところだ」

 

 二人は激突した。

 

 謙信の槍は鋭く、重い。

 

 新六の槍は、受けるたびに地を削った。

 

 一撃。

 

 二撃。

 

 三撃。

 

 互いに引かない。

 

 だが新六は、戦場を背負っていた。

 

 越前。

 

 加賀。

 

 能登。

 

 越中。

 

 これまで自分を信じて従ってきた者たち。

 

 失った佐伯。

 

 真柄。

 

 守ると決めた家臣と民。

 

新六「俺は!」

 

 新六の槍が、謙信の槍を弾く。

 

新六「もう、誰かの土地を戦場にしたくない!」

 

 踏み込み。

 

 渾身の一撃。

 

 謙信の馬の手綱が切れ、身体が大きく揺れた。

 

 新六の刃が、謙信の首元で止まる。

 

新六「退け」

 

 謙信は、新六を見た。

 

 しばらく沈黙し。

 

 やがて笑った。

 

謙信「……面白い男だ」

 

謙信「今日のところは退く」

 

 上杉軍は撤退した。

 

 だがその後、謙信は戦場から姿を消した。

 

 越後へ戻ったとも。

 

 病に倒れたとも。

 

 密かに命を落としたとも。

 

 様々な噂が流れた。

 

 ただ一つ確かなことは。

 

 それ以降、上杉軍が越中へ侵攻してくることはなかったということだった。

 

---

 

 北陸平定の後。

 

 新六は加賀を前田利家へ与えた。

 

新六「利家。加賀を頼む」

 

利家「俺に任せるのか」

 

新六「ああ。お前なら民も兵も守れる」

 

利家「……分かった」

 

 越中は佐々成政へ預けた。

 

新六「成政。越中を任せる」

 

成政「いいのか」

 

新六「お前なら、北の守りを固められる」

 

成政「任された」

 

 新六自身は、能登を領有した。

 

 そして越前から越中、能登を結ぶ道を整備した。

 

 軍勢が通れる道。

 

 荷車が通れる道。

 

 商人が通れる道。

 

 北陸の地は、津田家を中心に一つの大きな道で結ばれていく。

 

 北陸方面軍の進軍は、ここで止まった。

 

 北は固まった。

 

 ならば次は、東だった。

 

---

 

 武田勝頼が、ようやく家中をまとめた。

 

 そして再び、徳川領へ侵攻を開始する。

 

 その報せが北ノ庄へ届くと、新六はすぐに命じた。

 

新六「北陸方面軍、美濃へ戻る」

 

半兵衛「急行ですな」

 

新六「ああ。家康殿を、二度と孤立させない」

 

 北陸の兵は道を駆けた。

 

 整備された街道が、ここで力を発揮する。

 

 北ノ庄から美濃へ。

 

 美濃から三河へ。

 

 新六たちは本隊と合流し、長篠を目指した。

 

---

 

 長篠。

 

 織田・徳川連合軍は、防衛陣地を構築していた。

 

 柵。

 

 土塁。

 

 鉄砲隊の射線。

 

 武田騎馬隊を迎え撃つための、周到な陣である。

 

 信長は、新六を呼んだ。

 

信長「新六」

 

新六「はっ」

 

信長「酒井忠次とともに夜のうちに出ろ」

 

忠次「長篠城の包囲網を壊すのですな」

 

信長「ああ」

 

信長「鳶ヶ巣山砦をはじめ、武田の拠点を落とせ」

 

新六「承知いたしました」

 

信長「そして終えたら、森へ伏せろ」

 

新六「撤退する武田軍を横から叩く」

 

信長「そうだ」

 

---

 

 夜。

 

 新六と酒井忠次の部隊は、闇に紛れて進んだ。

 

 伊賀衆が先導し。

 

 甲賀衆が敵の見張りを探り。

 

 雑賀衆が音を殺して鉄砲を運ぶ。

 

百地「見張りは三つ」

 

新六「殺すな。縛れ」

 

百地「承知」

 

 夜明け前。

 

 津田軍と徳川軍は鳶ヶ巣山砦へ襲いかかった。

 

忠次「徳川勢、進め!」

 

新六「津田軍、右から回れ!」

 

 砦は混乱した。

 

 武田方は、まさか包囲の外から攻め込まれるとは思っていなかった。

 

 鳶ヶ巣山砦が落ちる。

 

 周囲の砦も次々に崩れる。

 

 長篠城を囲んでいた網は、朝のうちに破られた。

 

 新六たちは、すぐに森へ兵を隠した。

 

---

 

 その後。

 

 織田本隊との正面決戦で敗れた武田軍が、撤退を始めた。

 

 勝頼は兵をまとめ、退路へ向かう。

 

 その時。

 

 森の横から、津田軍と徳川軍が現れた。

 

新六「今だ!」

 

 鉄砲が鳴る。

 

 武田軍の横腹が崩れる。

 

 酒井忠次の兵が斬り込む。

 

 新六は先頭で突撃した。

 

 武田軍は、正面で敗れ。

 

 側面からも襲われ。

 

 完全に混乱した。

 

 勝頼は辛くも逃げ延びた。

 

 だが。

 

 武田の将・武藤昌幸は、逃げ切れなかった。

 

昌幸「……捕らえられたか」

 

新六「武藤昌幸」

 

昌幸「殺すか」

 

新六「お前ほどの者を、すぐ殺すほど俺は愚かではない」

 

昌幸「織田に仕えろと」

 

新六「生きて考えろ」

 

 武藤昌幸は、黙って新六を見た。

 

 その目には、敗北した者の悔しさと。

 

 目の前の若き将への興味があった。

 

---

 

 長篠の戦いは、織田・徳川連合軍の大勝に終わった。

 

 北陸を平定した新六の軍は。

 

 そのまま東へ駆けつけ。

 

 長篠城の包囲を破り。

 

 武田軍の退路を叩いた。

 

 北陸。

 

 越前。

 

 加賀。

 

 能登。

 

 越中。

 

 そして三河。

 

 津田新六信時の軍は、もはや一地方の軍ではなかった。

 

 織田家のどこへでも駆けつけ。

 

 戦を終わらせ。

 

 国を整える。

 

 北陸方面軍の名は、この戦いを境に。

 

 天下へ向けて広く知られることとなった。

 

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