丹波、丹後を攻略した明智光秀を待っていたのは。
戦よりも終わりの見えぬ仕事だった。
畿内の統制。
土地の検地。
旧勢力の取りまとめ。
公家や朝廷との折衝。
京の商人、寺社、国人衆との関係作り。
光秀は、己の家臣だけでなく、妻の親族や旧知の者たちまで使い。
一つずつ、乱れた畿内を整えていった。
光秀「急ぐ必要はあります」
光秀「ですが急ぎすぎれば、また火種を残します」
光秀は、戦場で剣を振るうよりも。
人と人の間にある、見えぬ綱を結ぶことに力を注いだ。
そしてその働きによって。
畿内は少しずつ、信長の天下を支える土地へ変わっていく。
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一方。
津田新六信時は、越前へ戻っていた。
信長から、羽柴秀吉の中国方面軍を支援せよという命を受けたためである。
北ノ庄城。
新六は、望月千代女を呼んだ。
新六「千代女」
千代女「はい、新六様」
新六「中国の情報を集めろ」
千代女「毛利家、宇喜多家、播磨の国人衆。すべてでございますか」
新六「ああ」
新六「兵の数、城の備え、兵糧の流れ、誰が秀吉殿へ従い、誰が迷っているか」
新六「分かる限り、全部だ」
千代女「承知いたしました」
千代女は、すぐに頭を下げた。
望月の忍び。
伊賀の百地衆。
甲賀からもたらされる情報。
津田家の影は、すでに各地へ伸びていた。
新六は続いて、軍の召集を命じる。
新六「全軍を集めろ」
鐘番「はっ!」
北ノ庄城の鐘が鳴った。
それは、津田家の兵を集める鐘だった。
鐘が鳴ってから、わずか五分。
城下と周辺の詰所から、兵たちが次々と集まる。
槍兵。
弓兵。
鉄砲衆。
騎馬隊。
工兵。
兵糧を運ぶ者たち。
津田家の軍は、二万。
しかも半農半兵ではない。
全員が常に鍛錬を受け、戦のために備える正規の兵だった。
一豊「五分で二万が揃うとは」
康豊「命令が届く前に、皆が動いております」
半兵衛「新六様の軍は、もはや領主の寄せ集めではありませぬ」
半兵衛「一つの国を守る軍です」
新六「秀吉殿が西で苦しむなら、すぐ動けるようにする」
だが。
中国へ向かう準備が進む中。
新六のもとへ、鈴木孫一から急使が届いた。
使者「新六様! 孫一様が、どうしてもお見せしたいものがあると!」
新六「今か」
使者「今でなければならぬ、と」
新六は半兵衛を見る。
新六「半兵衛」
半兵衛「参りましょう」
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それは、雑賀衆が津田家へ加わって間もない頃のことだった。
孫一は、新六へ尋ねた。
孫一「新六様」
新六「何だ」
孫一「鉄砲は、どこまで進められると思う」
新六「急にどうした」
孫一「俺たちは鉄砲を撃つ」
孫一「だが撃つだけでは足りぬ」
孫一「もっと速く。もっと遠く。もっと確実に敵を倒せるものを作りたい」
新六は少し考え。
戯れのように答えた。
新六「一丁で、連射できる鉄砲」
孫一「連射?」
新六「ああ」
新六「弾を込め直さず、何度も撃てる鉄砲だ」
孫一「そんなものができれば」
新六「戦は変わる」
それが始まりだった。
孫一と雑賀の鉄砲鍛冶たちは。
火薬を改め。
弾を改め。
銃身を改め。
撃鉄を改め。
何度も失敗し。
何度も爆発させ。
十年以上の歳月をかけて、一つの答えへ辿り着いた。
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天正六年、秋。
孫一に呼ばれた新六は、半兵衛だけを連れて山奥へ向かった。
そこには高い石垣の壁で囲まれた、鉄砲研究所があった。
周囲には雑賀衆の見張り。
入口は二重。
さらに奥へ進めば、鉄の扉がある。
半兵衛「随分と厳重ですな」
新六「孫一がここまで徹底するなら、相当なものだ」
中へ入ると。
孫一と鉄砲鍛冶たちが待っていた。
孫一「新六様」
新六「呼び出した理由を見せろ」
孫一「十年以上前、新六様は言った」
孫一「一丁で連射できる鉄砲を作れ、と」
新六「覚えている」
孫一「なら、見てくだせえ」
孫一は、一挺の鉄砲を差し出した。
見た目は、これまでの火縄銃よりやや大きい。
だが銃身には、通常の鉄砲とは異なる仕掛けが組み込まれていた。
孫一「標的を見てください」
石垣の前には、鎧を着せた人形が置かれている。
孫一は鉄砲を構えた。
孫一「一発目」
轟音。
鎧の胸当てが軽く貫かれる。
孫一「二発目」
再び轟音。
間を置かない。
孫一「三発目」
四発目。
五発目。
六発目。
そして七発目。
わずかな時間で、七つの穴が鎧へ刻まれた。
研究所の中に、火薬の匂いが残る。
新六は、しばらく何も言わなかった。
半兵衛「……これは」
半兵衛の声が、かすかに揺れた。
半兵衛「戦の形を変えます」
孫一「一挺で七連射」
孫一「火薬と弾の形、銃そのものの仕組みを変えた」
孫一「まだ量産には手間がかかります」
孫一「だが、作れます」
新六「孫一」
孫一「はい」
新六「よくやった」
新六は、雑賀衆と鍛冶たちを見渡した。
新六「お前たちは、鉄砲を作っただけじゃない」
新六「戦を変えるものを作った」
孫一たちの顔に、誇りが浮かぶ。
だが次の瞬間。
新六は腰の刀を抜いた。
刃を、孫一へ向ける。
半兵衛「新六様」
孫一「……やはり、そうなりますか」
孫一は驚かなかった。
鍛冶たちも、黙っている。
新六「命は惜しいか」
孫一「惜しい」
孫一は即答した。
孫一「だからこそ、この場にいる全員、最初から覚悟してます」
新六「そうか」
新六は、刀を下ろさない。
新六「この銃のことは、俺の許可なく絶対に漏らすな」
新六「織田家の者にもだ」
孫一「信長様にも、ですか」
新六「信長様であっても」
半兵衛が、新六を見る。
新六の目は冗談ではなかった。
新六「これはまだ、天下へ出すには早すぎる」
新六「敵だけではない。味方の欲も呼ぶ」
新六「欲に取り込まれれば、この銃は人を守るための力ではなくなる」
孫一は、一度だけ目を閉じた。
そして深く頭を下げる。
孫一「命を懸けて守ります」
鉄砲鍛冶「俺たちも同じです!」
鉄砲鍛冶「この技は、津田家のためだけに使います!」
新六は、ようやく刀を納めた。
新六「給金を三倍にする」
孫一「三倍?」
新六「お前たちの技は、それだけの価値がある」
新六「さらに研究の資金も倍にする」
孫一の目が見開かれる。
新六「量産の仕組みを作れ」
新六「そして今まで以上に、管理を厳しくしろ」
新六「誰が使ったか。誰が触れたか。弾を何発作ったか」
新六「全部、記録に残せ」
孫一「承知した」
新六「この銃は、今日から一式歩兵銃と呼ぶ」
半兵衛「一式歩兵銃」
新六「ああ」
新六「津田家の歩兵を、戦国で最も強い歩兵にするための銃だ」
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孫一たちが去った後。
研究所に残ったのは、新六と半兵衛だけだった。
新六は、一式歩兵銃を見つめる。
新六「半兵衛」
半兵衛「はい」
新六「この銃の使い方を考えろ」
半兵衛「使い方、ですか」
新六「ああ」
新六「どこに置くか」
新六「どれだけ揃えれば強いか」
新六「どう守り、どう隠し、どう敵へ使うか」
新六「全部、一人で考えてくれ」
半兵衛「……面白い宿題をいただきましたな」
新六「頼めるか」
半兵衛「もちろんです」
半兵衛は、一式歩兵銃を手に取った。
半兵衛「これを持つ者が百人いれば、一つの隊を止められる」
半兵衛「千人いれば、城の攻め方も守り方も変わる」
半兵衛「ですが」
新六「分かっている」
半兵衛「使えば必ず、真似されます」
新六「ああ」
半兵衛「だからこそ、最初の一戦で勝ち切る形を作らねばなりません」
新六「それを考えてほしい」
半兵衛「承知いたしました」
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この時。
一式歩兵銃の存在を知る者は、ごくわずかだった。
津田新六信時。
竹中半兵衛。
鈴木孫一。
そして開発に関わった雑賀衆と鉄砲鍛冶たち。
信長にも。
勝家にも。
秀吉にも。
光秀にも。
誰にも伝えられない。
津田家だけが抱える、秘中の秘。
後の世に伝わった連発銃をも上回る性能を持つその銃は。
まだ歴史の表には出ない。
だが。
中国方面軍を支えるため、西へ向かう津田軍の足元には。
すでに新しい時代の火種が、静かに灯り始めていた。