織田信時の人生   作:秋月 了

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長崎の闇――信時、売られる民を見る

 

 

 九州での仕置きを終えた信時は、帰路の前に長崎へ立ち寄った。

 

 港には異国の船が停泊していた。

 

 南蛮の商人。

 

 宣教師。

 

 遠い海の向こうから来た品々。

 

 珍しい布。

 

 香辛料。

 

 鉄砲。

 

 硝子。

 

 長崎は、これまで信時が見たことのないほど賑わっていた。

 

 だが。

 

 その賑わいの裏に、信時は目を疑う光景を見た。

 

 港の片隅。

 

 縄で繋がれた日本人たちが並べられていた。

 

 若い女。

 

 子供。

 

 農民らしい男。

 

 皆、怯えた目をしている。

 

 その前で、異国の商人と日本人の仲買人が銭を数えていた。

 

仲買人「こちらは若い。船へ乗せるにも問題ありませぬ」

 

南蛮商人「この子は」

 

仲買人「身体も丈夫です。よく働きます」

 

 信時の足が止まった。

 

 孫一も。

 

 半兵衛も。

 

 利家も。

 

 誰もすぐには言葉を出せなかった。

 

 やがて、繋がれた少女が信時たちに気づいた。

 

少女「……お侍様」

 

 かすれた声だった。

 

少女「助けてください」

 

 信時の表情が変わった。

 

信時「誰が、売った」

 

 仲買人が振り返る。

 

仲買人「何者だ」

 

信時「答えろ」

 

仲買人「これは商いだ」

 

仲買人「借金を返せぬ者や、身寄りのない者を引き取っているだけで――」

 

信時「人を」

 

 信時の声が低く落ちた。

 

信時「異国へ売り渡すことを、商いと呼ぶのか」

 

仲買人「お前に何が分かる!」

 

仲買人「こいつらは、どうせ飢えて死ぬ者たちだ!」

 

仲買人「なら銭になる方が――」

 

 次の瞬間。

 

 信時の拳が、仲買人の顔を打ち抜いた。

 

 男は地面へ転がった。

 

信時「二度と、その口を開くな」

 

 異国の商人たちが、慌てて後ずさる。

 

 だが信時は、彼らにも視線を向けた。

 

信時「日本の民を、これ以上一人も連れ出させない」

 

南蛮商人「我々は、取引を」

 

信時「なら帰れ」

 

南蛮商人「これは教会も認めた――」

 

信時「教えを説く者が」

 

信時「人を売り買いすることを認めるのか」

 

 信時の言葉に、近くにいた宣教師の一人が顔を伏せた。

 

 半兵衛が、静かに一歩前へ出る。

 

半兵衛「信時様」

 

信時「何だ」

 

半兵衛「ここで怒りに任せて斬れば、港全体が混乱します」

 

信時「分かっている」

 

半兵衛「ならば、証を集めましょう」

 

半兵衛「誰が売り」

 

半兵衛「誰が運び」

 

半兵衛「誰が銭を受け取ったのか」

 

半兵衛「すべて記録に残し、秀吉殿へ突きつけるのです」

 

 信時は、深く息を吐いた。

 

 怒りを飲み込む。

 

信時「千代女」

 

千代女「はい」

 

信時「長崎にいる商人、仲買人、宣教師」

 

信時「人の売買へ関わる者を、全員洗い出せ」

 

千代女「承知しました」

 

信時「百地」

 

百地「はっ」

 

信時「港から出る船を見張れ」

 

信時「日本人を乗せた船は、一隻も出すな」

 

百地「任せていただきたい」

 

信時「孫一」

 

孫一「おう」

 

信時「兵を出せ」

 

信時「武器を持つ者は押さえろ」

 

孫一「抵抗したら」

 

信時「殺すな」

 

信時「だが、逃がすな」

 

---

 

 その日のうちに。

 

 港で売られようとしていた日本人たちは、全員が救い出された。

 

 縄を切られた少女は、何度も信時へ頭を下げた。

 

少女「ありがとうございます」

 

信時「礼はいらない」

 

少女「でも」

 

信時「帰る場所はあるか」

 

少女「……ありません」

 

 信時は、しばらく黙った。

 

信時「なら、作る」

 

少女「え」

 

信時「九州の仕置きで、空いた土地と仕事がある」

 

信時「望むなら、そこで生きろ」

 

少女「……はい」

 

 少女は泣きながら頷いた。

 

 信時は港を見渡した。

 

 交易そのものを否定するつもりはない。

 

 異国の知識も。

 

 品も。

 

 技も。

 

 国を豊かにする力になり得る。

 

 だが。

 

 民を売り渡して得る富など。

 

 決して認めるわけにはいかなかった。

 

信時「半兵衛」

 

半兵衛「はい」

 

信時「長崎の仕組みを変える」

 

半兵衛「人の売買を禁じる、と」

 

信時「ああ」

 

信時「日本人を海外へ売る者」

 

信時「それを買う者」

 

信時「手引きをする者」

 

信時「全員を処罰できる形にする」

 

半兵衛「秀吉殿へ願い出るのですな」

 

信時「願い出るだけではない」

 

 信時は、静かに港の海を見た。

 

信時「この国の民は」

 

信時「誰かの銭袋のために海の向こうへ消えていいものではない」

 

 長崎の海には、異国の船が浮かんでいた。

 

 その向こうには、まだ誰も知らない世界がある。

 

 信時は、その海を見据えたまま。

 

 新たな戦いを始める決意を固めていた。

 

 今度の敵は、城でも。

 

 軍勢でもない。

 

 人を物として扱う。

 

 その仕組みそのものだった。

 

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