織田信時の人生   作:秋月 了

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海の向こうの名簿――帰還する者たち

 

 

 秀吉の命を受けた宣教師たちは。

 

 文字通り、世界中を駆け回った。

 

 長崎。

 

 平戸。

 

 マカオ。

 

 マニラ。

 

 ゴア。

 

 遠く西洋の港町まで。

 

 かつて日本人を乗せた船の記録。

 

 商人の帳簿。

 

 教会に残された洗礼名簿。

 

 奴隷商人の売買記録。

 

 すべてが調べられた。

 

 彼らに与えられた命は、単純だった。

 

 名簿に記された日本人を探し出せ。

 

 生きている者は、故郷へ返せ。

 

 死んだ者についても、その行方を明らかにせよ。

 

---

 

 最初の報せが長崎へ届いたのは、半年後だった。

 

 異国の船が港へ入る。

 

 船から降りてきた者たちは、皆、日本人だった。

 

 髪は伸び。

 

 肌は焼け。

 

 異国の衣をまとっている者もいた。

 

 だが。

 

 確かに、日本語を話した。

 

帰還者「……ここが」

 

帰還者「長崎、ですか」

 

 港に集まった人々が、息を呑む。

 

 そこには。

 

 幼い頃に売られ、二十年ぶりに戻った男。

 

 夫婦で引き裂かれ、片方だけが生き残った女。

 

 異国で子を持ち、その子とともに帰ってきた母親。

 

 そして。

 

 すでに故郷の家族が誰一人残っていない者もいた。

 

 信時は港に立ち、帰還者たちを迎えていた。

 

信時「よく戻ってきました」

 

帰還者「……本当に、帰れるとは思わなかった」

 

信時「帰る場所がなくても」

 

信時「ここに居場所を作ります」

 

 帰還者の一人が、震える手で名簿を受け取った。

 

帰還者「この名は」

 

千代女「あなたの妹の名です」

 

帰還者「妹は、生きているのですか」

 

千代女「マニラにいることが分かりました」

 

千代女「迎えの船を出します」

 

 男は、その場で崩れ落ちた。

 

 声を上げて泣いた。

 

---

 

 大坂城。

 

 秀吉のもとには、各地から報告が届き続けた。

 

 見つかった者。

 

 すでに亡くなっていた者。

 

 行方が分からぬ者。

 

 帰還を望まぬ者。

 

 異国で家庭を持ち、日本へ戻れぬ者。

 

 すべてが名簿へ書き加えられていく。

 

秀吉「帰りたい者は、必ず帰せ」

 

官兵衛「異国で妻子を持つ者もおります」

 

秀吉「その者は、無理に引き離すな」

 

秀吉「だが、日本へ帰る道は残せ」

 

三成「帰還者の住まいと仕事は、どういたしますか」

 

信時「港ごとに保護所を置きます」

 

信時「住む場所のない者には土地を」

 

信時「働ける者には、船大工、通訳、交易、農地の仕事を与える」

 

秀吉「よい」

 

信時「異国の言葉や事情を知る者も多い」

 

信時「その知識を、今度は日本のために使ってもらいます」

 

 帰ってきた者たちは。

 

 ただ守られるだけの存在ではなかった。

 

 海を知り。

 

 異国の暮らしを知り。

 

 言葉と商いを知る者たちだった。

 

 信時は、彼らを長崎の新しい港づくりに迎え入れていった。

 

---

 

 そして数年後。

 

 長崎の港には、新たな掟が掲げられた。

 

 日本人を海外へ売ることを禁ず。

 

 人を売買する者は、身分を問わず厳罰に処す。

 

 外国船は、人を商品として積むことを許さず。

 

 違反する船は、入港も交易も禁ず。

 

 さらに。

 

 海外へ売られた者の帰還を助けるため。

 

 長崎には専用の役所が置かれた。

 

 名を。

 

 **帰人役所**と呼んだ。

 

 信時が作らせた名簿は、そこに保管された。

 

 一人の名も消さないために。

 

 一人でも多く、海の向こうから連れ戻すために。

 

---

 

 長崎の高台。

 

 信時は、海を眺めていた。

 

 隣には、秀吉がいた。

 

秀吉「まだ見つからぬ者が多いな」

 

信時「はい」

 

秀吉「全員は、戻せぬかもしれぬ」

 

信時「それでも探します」

 

秀吉「なぜだ」

 

信時「名を残すためです」

 

 信時は、遠くの船を見た。

 

信時「戻れぬ者がいたとしても」

 

信時「誰かが、その人を探したと残るなら」

 

信時「その人は、ただ消えたわけではなくなる」

 

 秀吉は、何も言わなかった。

 

 やがて、小さく頷いた。

 

秀吉「新六殿」

 

信時「はい」

 

秀吉「お前がいてよかった」

 

 海の向こうには、まだ多くの人がいる。

 

 戻ることを願う者も。

 

 戻る場所を失った者も。

 

 帰ることを選ばなかった者も。

 

 だが少なくとも。

 

 日本は、彼らを忘れない国になろうとしていた。

 

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