さらに数年。
長崎の帰人役所には、海の向こうから絶えず書状と報せが届いていた。
見つかった者。
故郷へ帰ることを望む者。
異国で家庭を持ち、そこに残ることを選んだ者。
そして、すでに亡くなっていた者。
信時が作らせた名簿には、その一人一人の行方が書き加えられていった。
名を消さないために。
帰りたい者を、必ず帰すために。
織田家の役人。
羽柴家の役人。
望月千代女の忍び。
百地丹波の伊賀衆。
異国の言葉を覚えた帰還者たち。
多くの者が海を渡り。
各地を巡り。
何年もかけて、日本人を探し続けた。
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そしてある日。
長崎に、一通の報告が届いた。
帰人役所の役人が、震える声で読み上げる。
役人「信時様」
信時「どうした」
役人「名簿に記された者のうち」
役人「異国への残留を望んだ方と、すでに亡くなられた方を除き」
役人「帰還を望まれた日本人は……全員、日本へ戻りました」
その場が静まり返った。
信時は、すぐには答えなかった。
何度も見返した名簿。
途中で足取りを失った者。
帰国の船を待ちながら病で倒れた者。
故郷へ帰るため、異国で必死に生き延びた者。
多くの名が、ようやく帰還済みの欄へ記されている。
信時「……全員か」
役人「はい」
役人「全員にございます」
信時は、ゆっくりと目を閉じた。
信時「よくやった」
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長崎の港では、大きな式が開かれた。
海を越えて戻った者たち。
その家族。
長崎の民。
九州の大名たち。
そして、この数年を最前線で働いた織田家と羽柴家の者たちが集まっていた。
織田家からは、信時をはじめ。
勝家。
一益。
利家。
成政。
森可成。
長可。
義近。
半兵衛。
孫一。
千代女。
百地丹波。
羽柴家からは、秀吉。
官兵衛。
三成。
長崎の奉行たち。
帰還者たちは、その前に並んだ。
最初に進み出たのは。
幼い頃に異国へ売られ、長い年月を経て戻った男だった。
彼は深く頭を下げた。
帰還者「私たちは」
帰還者「帰れぬものだと思っていました」
声が震えていた。
帰還者「海の向こうで、名も故郷も失ったと思っていました」
帰還者「ですが」
帰還者「織田家の皆様が、探してくださった」
帰還者「羽柴家の皆様が、国を動かしてくださった」
帰還者「私たちを、忘れずにいてくださった」
帰還者たちが、一斉に頭を下げる。
帰還者たち「ありがとうございました!」
港に、泣き声が広がった。
家族と再会した者。
帰る家を失いながらも、新しい土地で生き始めた者。
異国で覚えた言葉を使い、今は長崎の通訳として働く者。
皆が、涙を流していた。
秀吉は、その光景を前にして黙っていた。
やがて、信時の隣へ歩み寄る。
秀吉「新六殿」
信時「はい」
秀吉「これは、お前が始めたことだ」
信時「俺一人では、できませんでした」
秀吉「だが、最初に見つけたのはお前だ」
信時「長崎で、助けを求める声を聞きました」
信時「聞いた以上、見捨てられなかっただけです」
秀吉は、少し笑った。
秀吉「それをできる者が、天下には案外少ない」
信時は、港にいる人々を見た。
信時「帰りたい者は、帰ってきた」
信時「ですが、これで終わりではありません」
秀吉「分かっている」
信時「二度と」
信時「誰も売られぬ仕組みを残さなければならない」
秀吉「ああ」
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式の後。
長崎の港には、新しい石碑が建てられた。
そこには、海の向こうへ売られ。
帰還を望んだすべての者の名が刻まれた。
帰ることができた者。
帰る前に亡くなった者。
異国で生きることを選んだ者。
誰一人として、名を失わないように。
石碑の前で、信時は静かに頭を下げた。
信時「遅くなった」
信時「だが、帰ってきてくれてよかった」
潮風が、港を吹き抜ける。
かつて人を運び去った海は。
今は人を故郷へ返す海となっていた。
そして織田家と羽柴家は。
戦で国を広げた家ではなく。
海の向こうへ消えた民を、最後まで忘れなかった家として。
長崎の人々の記憶に残ることとなった。