翌日。
大坂城には五大老が集められた。
徳川家康。
毛利輝元。
上杉景勝。
宇喜多秀家。
そして、織田信時。
五奉行も列席する中で。
昨夜、石田三成を襲撃しかけた八人の件が議題となった。
信時は席を立ち、起きたことを一つずつ説明した。
清正たちが三成を追って織田屋敷へ押しかけたこと。
三成が屋敷へ逃げ込み、保護を求めたこと。
時継を含む八人が抱いていた怒り。
そして。
三成が日頃から人を追い詰め、恨みを積み重ねてきたことも。
信時「清正殿たちが、武力を用いて三成殿を討とうとしたことは」
信時「明らかに行き過ぎです」
家康が静かに頷く。
信時「ですが」
信時「根本の原因は、三成殿自身の日頃の振る舞いにもあります」
三成「織田殿」
信時「人を細かな失策で責め立て」
信時「相手の働きや事情を見ようともせず」
信時「政の正しさだけで、人の心を切り捨ててきた」
信時「昨夜の件は、その積み重ねが形になったものです」さ
広間は静まり返った。
家康が口を開く。
家康「織田殿の言う通りであろう」
家康「八人の行いは許されぬ」
家康「されど、三成殿が皆から恨まれていることも事実じゃ」
三成を擁護する奉行たちも。
この言葉には、反論できなかった。
長い協議の末。
五大老は決定を下す。
家康「石田三成」
三成「はっ」
家康「そなたには、居城である佐和山城での蟄居を命ずる」
三成「……承知いたしました」
輝元「政への関与も、当面は禁じる」
景勝「己の行いを省みよ」
秀家「豊臣を守るためにも、今は退くべきです」
三成は深く頭を下げた。
その顔には悔しさがあった。
だが。
昨夜、織田屋敷へ逃げ込んだ時のような強さは、もうなかった。
続いて。
清正たち八人にも沙汰が下る。
信時「加藤清正殿、福島正則殿、黒田長政殿」
信時「そして、ほか五名」
信時「状況を見ず、武力によって事を決しようとしたこと」
信時「厳重に注意します」
家康「加えて、三日間の謹慎を命ずる」
清正「承知しました」
正則「……はっ」
長政「謹んで受けます」
時継「承知いたしました」
こうして。
豊臣を二つに割りかねなかった事件は。
ひとまず収められた。
---
三日の謹慎。
時継は織田屋敷の庭で、一人、木刀を振っていた。
振るたびに。
母・市が首を刎ねられかけた記憶が胸を焼く。
秀吉に理不尽を受けた母。
調べもせず、死罪を決めようとした三成。
そして。
朝鮮で父を罠にはめたこと。
時継「……っ」
木刀が空を裂く。
その背後から、信時が歩いてきた。
信時「力が入りすぎだ」
時継「父上」
信時「少し話すか」
時継「……はい」
二人は縁側へ座った。
しばらく、庭の音だけが聞こえていた。
信時「三成殿を討とうとしたこと」
信時「後悔しているか」
時継は、すぐには答えなかった。
時継「行動したこと自体は、間違っていたと思っていません」
信時「そうか」
時継「母上を殺そうとした者です」
時継「父上を陥れた者です」
時継「三成が人を傷つけ続けるなら、止めなければならないと思いました」
信時「うん」
時継「ですが」
時継は、自分の手を見る。
時継「怒りに任せていました」
時継「豊臣がどうなるか」
時継「織田がどう見られるか」
時継「父上が、どれだけ苦しい立場へ置かれるか」
時継「そこまで考えていなかった」
信時「……」
時継「俺は、もっと考えて動くべきでした」
時継「織田の当主を継ぐ者として」
時継「父上の子として」
時継「感情だけで刃を抜いてはいけなかった」
信時は、しばらく息子を見つめた。
それから。
ふっと笑った。
信時「それでいい」
時継「父上」
信時「怒ることは悪くない」
信時「母を守りたいと思うことも」
信時「不義を許せないと思うことも」
信時「何一つ間違っていない」
信時は、時継の頭へ手を置いた。
幼い頃と変わらぬように。
ゆっくりと撫でる。
信時「ただし」
信時「織田の当主は、自分の怒りだけで動くものじゃない」
信時「家臣の命」
信時「領民の暮らし」
信時「家の行く先」
信時「全部を背負って、怒らねばならない」
時継「はい」
信時「お前は昨日、間違えた」
時継「はい」
信時「だが今日、自分でそれを理解した」
信時「なら次は、もっと強くなれる」
時継の目に、涙が浮かぶ。
時継「父上」
信時「何だ」
時継「俺は」
時継「父上のようになれますか」
信時は困ったように笑った。
信時「俺のようになる必要はない」
信時「時継は、時継になればいい」
信時「俺よりよく考え」
信時「俺より人を守れる当主になれ」
時継「……はい」
信時「それでいい」
信時はもう一度、息子の頭を撫でた。
庭には、穏やかな風が吹いていた。
三日の謹慎は。
時継にとって罰ではなく。
織田を背負う者として、自らを見つめ直す時間になった。
そして信時は。
成長していく息子の横顔を見ながら。
信長から受け取ったものが。
確かに次の世代へ繋がっていることを感じていた。