織田信時の人生   作:秋月 了

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豊臣の馬印――織田軍、東軍へ立つ

 

 

 関ヶ原、徳川家康の本陣。

 

 使番が、雨に濡れたまま駆け込んできた。

 

使番「内府殿!」

 

家康「何事じゃ」

 

使番「織田左近衛権中将信時様より」

 

使番「ご面会を願いたいとの使いにございます」

 

 その報せを聞いた瞬間。

 

 家康は、静かに目を閉じた。

 

 そして。

 

 わずかに笑った。

 

家康「すぐに通せ」

 

使番「はっ!」

 

 家康は確信していた。

 

 勝った、と。

 

---

 

 ほどなくして。

 

 徳川本陣へ、一団が姿を現した。

 

 先頭には、織田信時。

 

 その傍らに竹中半兵衛。

 

 さらに、織田時継、義近、真田幸村が続く。

 

 そして彼らの後ろには。

 

 豊臣秀頼から預かった馬印が、高く掲げられていた。

 

 本陣にいた諸将たちは、その旗を見て息を呑んだ。

 

清正「豊臣の馬印だと」

 

正則「まさか」

 

長政「織田殿は、あの旗を持って……」

 

 信時たちは、本陣の中央まで進む。

 

 信時は、家康の前で深く頭を下げた。

 

信時「内府殿」

 

家康「織田殿」

 

信時「遅参いたしましたこと」

 

信時「まず、お詫び申し上げます」

 

家康「よい」

 

 信時は、さらに深く臣下の礼を取った。

 

信時「織田家を」

 

信時「内府殿の軍に加えさせていただきたい」

 

信時「この戦」

 

信時「織田は、内府殿とともに戦います」

 

 その言葉が落ちた瞬間。

 

 本陣の空気が大きく揺れた。

 

 家康は立ち上がる。

 

 ゆっくりと信時の前まで歩み寄り。

 

 そして。

 

 自ら膝をついた。

 

 家康は、信時の手を取った。

 

家康「よく来てくれた」

 

信時「内府殿」

 

家康「織田殿が来てくれたこと」

 

家康「心より嬉しく思う」

 

家康「共に、この乱を終わらせよう」

 

信時「はい」

 

 家康の声に。

 

 本陣の諸将たちが、一斉に歓声を上げた。

 

清正「織田軍が来たぞ!」

 

正則「これで勝てる!」

 

長政「中将様が、我らと並び立たれる!」

 

忠勝「織田の軍勢が加わるなら」

 

忠勝「戦は決したも同然ですな」

 

 官兵衛もまた。

 

 少し離れた場所で、深く息を吐いた。

 

官兵衛「……織田殿」

 

官兵衛「あなたは、やはりそう来られましたか」

 

 かつて朝鮮の戦を終わらせ。

 

 長崎で民を救い。

 

 豊臣のために何度も手を尽くした男。

 

 その信時が、家康のもとへ来た。

 

 官兵衛は理解していた。

 

 これは豊臣を見捨てるためではない。

 

 豊臣という名の下で。

 

 これ以上、国を割らせないための決断なのだと。

 

---

 

 その日のうちに。

 

 織田軍は、東軍の最前線へ移された。

 

 位置は、本多忠勝の隊の横。

 

 敵と最も近い場所だった。

 

忠勝「中将様」

 

信時「忠勝殿」

 

忠勝「横へ並ばれるとは、頼もしい限りです」

 

信時「こちらこそ」

 

信時「徳川最強の将の隣なら、兵も安心するでしょう」

 

忠勝「織田軍がいれば」

 

忠勝「我らも背を預けられます」

 

 織田軍には、先陣が任された。

 

 かつて信長が率い。

 

 北陸を制し。

 

 小田原で神速を見せた軍。

 

 今や日の本中から。

 

 戦国最強と呼ばれる軍勢が。

 

 関ヶ原の最前線に立った。

 

 信時の旗。

 

 織田の旗。

 

 そして。

 

 豊臣の馬印が。

 

 家康の本陣からも。

 

 西軍の陣地からも。

 

 最も見えやすい場所に掲げられた。

 

---

 

 西軍。

 

 石田三成は、遠くに翻る旗を見た。

 

 豊臣の馬印。

 

 その下に並ぶ織田の旗。

 

 そして東軍の陣。

 

三成「……織田殿」

 

 その声には、驚きと。

 

 理解したくないという思いが混じっていた。

 

 毛利の将たちも、ざわめく。

 

西軍武将「豊臣の馬印が」

 

西軍武将「なぜ、徳川の陣に」

 

西軍武将「織田中将が、内府へ付いたのか」

 

 三成は、唇を噛んだ。

 

 信時は秀頼へ、豊臣のために力を貸すと答えた。

 

 だが。

 

 その豊臣の旗を掲げたまま。

 

 家康の軍へ入った。

 

 それが何を意味するのか。

 

 三成には、痛いほど分かった。

 

 信時は。

 

 豊臣を守るために。

 

 三成の豊臣ではなく。

 

 戦を終わらせられる側を選んだのだ。

 

三成「……織田殿は」

 

三成「最後まで」

 

三成「私を選ばぬのですね」

 

 関ヶ原の空には、重い雲が垂れ込めていた。

 

 東軍の最前線。

 

 信時は、馬上から西軍を見つめる。

 

 その手には、豊臣の馬印。

 

 背後には、家康の大軍。

 

 隣には、本多忠勝。

 

 そして織田軍の将たちが並ぶ。

 

時継「父上」

 

信時「何だ」

 

時継「もう、戻れませんね」

 

信時「ああ」

 

義近「豊臣の旗を掲げたまま」

 

義近「内府殿の先陣に立つ」

 

幸村「敵も、味方も」

 

幸村「この意味を理解するでしょうな」

 

半兵衛「理解する者だけで十分です」

 

 信時は、旗を見上げた。

 

 豊臣を守る。

 

 その言葉に嘘はない。

 

 だからこそ。

 

 豊臣の名を借りて天下を再び戦へ戻そうとする者を。

 

 止めなければならない。

 

信時「全軍へ伝えろ」

 

津田兵「はっ!」

 

信時「明日」

 

信時「織田軍が先陣を切る」

 

信時「だが、無駄に命を奪うな」

 

信時「豊臣のために」

 

信時「天下を、もう一度一つにするために戦う」

 

津田兵「おおっ!」

 

 関ヶ原に。

 

 織田軍の鬨の声が響いた。

 

 戦国最強の軍勢が。

 

 ついに戦場へ立った。

 

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