織田信時の人生   作:秋月 了

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関ヶ原――軍神、先陣を裂く

 

 

 関ヶ原。

 

 夜明けから垂れ込めていた雲の下で。

 

 東軍と西軍は、互いに息を潜めたまま向かい合っていた。

 

 その時。

 

 東軍本陣から、低く重い太鼓の音が響く。

 

 進軍の合図だった。

 

 信時の隣に馬を並べていた本多忠勝が、槍を握り直す。

 

忠勝「中将様」

 

信時「何ですか、忠勝殿」

 

忠勝「あなたの隣に立つと」

 

忠勝「三方ヶ原を思い出しますな」

 

 信時は、少しだけ目を細めた。

 

 あの敗戦。

 

 死んでいった者たち。

 

 真柄直隆。

 

 佐伯智治。

 

 そして、若かった泰時――今の義近を守って倒れた者たち。

 

忠勝「さあ」

 

忠勝「激励と合図をお願いしたい」

 

 信時は笑った。

 

信時「ああ」

 

 信時は馬上で振り返る。

 

 背後には、織田軍。

 

 黒馬に跨る五千を超える精鋭。

 

 勝家が鍛え。

 

 半兵衛が整え。

 

 北陸の戦場を駆け抜けてきた者たち。

 

 豊臣の馬印も、織田の旗とともに風を受けていた。

 

信時「今日この日で」

 

信時「本当に乱世を、我らの手で終わらせられる!」

 

信時「全軍――突撃!」

 

織田兵「おおおおおっ!」

 

 黒馬の群れが、一斉に駆け出した。

 

 地面が震える。

 

 蹄の音が、関ヶ原全体を揺らした。

 

 かつて信長が得意とした神速。

 

 その戦い方を。

 

 信時率いる織田軍は、さらに研ぎ澄ませていた。

 

---

 

 迎え撃つ西軍の先陣には、豊臣の鉄砲隊がいた。

 

西軍鉄砲兵「織田の騎馬隊が来るぞ!」

 

西軍鉄砲兵「構えろ!」

 

 火縄に火が入る。

 

 だが。

 

 信時は前を見たまま叫んだ。

 

信時「孫一!」

 

孫一「任せろ!」

 

 騎馬隊の後方。

 

 雑賀孫一の率いる鉄砲隊が、一斉に姿を現した。

 

 彼らが手にしているのは。

 

 織田家が秘密裏に作り上げてきた、一式歩兵銃。

 

孫一「狙え!」

 

孫一「撃て!」

 

 連続する銃声。

 

 豊臣の鉄砲隊が、火を放つより早く崩れていく。

 

西軍鉄砲兵「撃てない!」

 

西軍鉄砲兵「何だ、この速さは!」

 

西軍鉄砲兵「退け!」

 

 西軍の鉄砲隊は、まともに応じることもできなかった。

 

 その乱れた中央へ。

 

 信時と忠勝が並んで突っ込む。

 

忠勝「参るぞ!」

 

信時「ああ!」

 

 忠勝の蜻蛉切が敵兵を薙ぎ払う。

 

 信時の槍が、前を塞ぐ敵を崩していく。

 

 織田軍の騎馬隊が、二人の後ろから奔流のように流れ込んだ。

 

 西軍の先陣が崩れるまで。

 

 一刻どころか、一時間もかからなかった。

 

---

 

 戦が始まって二刻。

 

 西軍は、毛利と宇喜多の軍勢を前へ出すことで。

 

 かろうじて戦線を繋ぎ止め始めていた。

 

毛利兵「ここを抜かせるな!」

 

宇喜多兵「織田軍を止めろ!」

 

 だが。

 

 三成のもとへ、さらに悪い知らせが届く。

 

使者「三成様!」

 

三成「何だ!」

 

使者「小早川秀秋が寝返りました!」

 

三成「……何だと」

 

使者「大谷吉継殿の軍へ、攻撃を始めております!」

 

 三成は、地図を見つめた。

 

 吉継へ援軍を送れば、前線が薄くなる。

 

 毛利と宇喜多が耐えている場所へ、織田軍が迫っている。

 

三成「……援軍は出せない」

 

使者「しかし!」

 

三成「吉継を信じるしかない」

 

 三成は、奥歯を噛み締めた。

 

三成「持ちこたえてくれ」

 

三成「吉継」

 

---

 

 その間にも。

 

 信時たちは止まらなかった。

 

 義近が槍隊を率い。

 

 時継が騎馬隊をまとめる。

 

 幸村は、織田軍副将として右翼を押し込んでいく。

 

幸村「真田勢、織田の名を見せろ!」

 

織田兵「おおっ!」

 

 毛利の陣が、ついに崩れた。

 

 さらに。

 

 西軍の組織を支えていた安国寺恵瓊が、織田軍に捕らえられた。

 

織田兵「安国寺恵瓊を捕縛!」

 

信時「生かして押さえろ!」

 

織田兵「はっ!」

 

 清正と正則、長政らも。

 

 宇喜多軍を相手に激しく戦い、押し返していく。

 

清正「前へ出ろ!」

 

正則「宇喜多を崩せ!」

 

長政「ここを抜けば、西軍は終わる!」

 

 東軍の勢いは、もはや止められなかった。

 

 そして信時たちは。

 

 ついに石田三成の本陣へ迫った。

 

---

 

 三成の本陣。

 

 織田兵が雪崩れ込もうとした瞬間。

 

 一人の男が、槍を振るった。

 

 槍は横薙ぎに走り。

 

 先頭の織田兵を弾き飛ばす。

 

島左近「ここから先は通さぬ」

 

 島左近。

 

 三成を支え続けた、最後の武将。

 

 左近は槍を構え。

 

 織田軍の前に仁王立ちとなった。

 

島左近「三成様へ近づきたくば」

 

島左近「まず、この島左近を越えてみよ!」

 

 そこへ。

 

 義近が前へ出た。

 

義近「父上」

 

信時「義近」

 

義近「俺が行きます」

 

信時「相手は島左近だ」

 

義近「分かっています」

 

義近「だからこそ、俺が行きます」

 

 義近は槍を構える。

 

 左近もまた、槍を構え直した。

 

島左近「若いな」

 

義近「あなたほど、生きてはいません」

 

島左近「ならば、戦場で学べ」

 

義近「教えを請う」

 

義近「だが、勝つのは俺だ」

 

 周囲の戦が、わずかに遠のいた。

 

 戦場の花。

 

 一騎打ちが始まる。

 

 信時。

 

 忠勝。

 

 時継。

 

 三人は、周囲へ近づく敵を倒しながら。

 

 静かに二人を見守った。

 

 だが。

 

 その隙に三成は、本陣の奥から馬へ乗った。

 

三成「左近」

 

島左近「お逃げください、三成様!」

 

三成「……必ず、生き延びる」

 

 信時はそれに気づく。

 

信時「三成!」

 

 三成は振り返らない。

 

信時「逃げるな!」

 

 三成は、信時の声を聞きながら。

 

 それでも馬を走らせた。

 

 自分がここで死ねば、西軍は終わる。

 

 そう信じて。

 

 その場を去った。

 

---

 

 義近と左近の槍が、同時に動く。

 

 突き。

 

 払い。

 

 石突で弾く。

 

 互いの槍がぶつかるたびに、鈍い音が響いた。

 

 半刻にも及ぶ戦い。

 

 両者は幾度も傷を負いながら。

 

 なお、一歩も退かなかった。

 

島左近「見事だ」

 

義近「まだです!」

 

島左近「織田信時の子か!」

 

義近「そうだ!」

 

義近「俺は織田義近だ!」

 

 だが。

 

 長く戦えば、差は出る。

 

 左近は老いていた。

 

 戦場を渡り歩き、多くの傷を抱えてきた身体。

 

 息が乱れる。

 

 槍を持つ腕が、わずかに下がる。

 

 一方の義近は、なお立っていた。

 

 多くの傷を負っても。

 

 父の背を見て育った若さと体力が残っている。

 

 左近は、ついに片膝をつきかけた。

 

島左近「……これまでか」

 

義近「島左近」

 

義近「見事でした」

 

 義近は槍を捨て。

 

 刀を抜いた。

 

 左近もまた、最後の力で刀へ手をかける。

 

 だが。

 

 義近の刃が先に走った。

 

 島左近は、最期まで三成の本陣を背にして倒れた。

 

 義近は、静かに刀を収める。や

 

義近「あなたの忠義」

 

義近「忘れませ 信時が、義近のもとへ歩み寄った。

 

信時「見事」

 

義近「父上」

 

信時「よく勝った」

 

 信時は、倒れた左近へ一礼した。

 

 そして。

 

 三成の馬印を見つめる。

 

 信時は自ら槍を取り。

 

 三成の馬印を切り倒した。

 

 旗が、泥の上へ落ちる。

 

 関ヶ原の風が、その布を揺らした。

 

信時「聞け!」

 

 信時の声が、戦場へ響き渡る。

 

信時「石田三成の本陣は落ちた!」

 

信時「徳川内府殿の勝利だ!」

 

信時「武器を置け!」

 

信時「これ以上、無駄に死ぬな!」

 

 東軍の鬨の声が、関ヶ原を覆った。

 

東軍兵「勝ったぞ!」

 

東軍兵「徳川の勝利だ!」

 

 西軍の兵たちは、次々に武器を落とした。

 

 この時。

 

 天下を二つに割った戦の勝敗は。

 

 決したのだった。

 

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