織田信時の人生   作:秋月 了

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勝鬨――関ヶ原、終わる

 

 

 徳川本陣へ戻った信時たちを。

 

 家康は、立ち上がって迎え入れた。

 

 その場には、戦を終えた前線の将たちが次々と集まっていた。

 

 本多忠勝。

 

 加藤清正。

 

 福島正則。

 

 黒田長政。

 

 真田幸村。

 

 織田時継。

 

 義近。

 

 そして、竹中半兵衛。

 

 皆、泥と血にまみれていた。

 

 だが、その顔には誇りがあった。

 

 自分たちの手で。

 

 この乱を終わらせたのだという誇りが。

 

家康「中将殿」

 

信時「内府殿」

 

家康「見事であった」

 

家康「まことに、見事であった」

 

 家康は、深く頷いた。

 

 忠勝も、信時の隣で静かに槍を立てる。

 

忠勝「中将様の先陣」

 

忠勝「まさに、戦国最強の軍と呼ぶにふさわしいものでした」

 

信時「忠勝殿が隣にいてくださったからです」

 

忠勝「いや」

 

忠勝「今日は、織田の戦でした」

 

 清正が拳を握る。

 

清正「中将様!」

 

清正「三成の本陣を落とされた時、胸がすく思いでした!」

 

正則「左近を討った義近殿も見事だった!」

 

長政「父も、きっと感嘆しておりましょう」

 

義近「ありがとうございます」

 

 義近は短く頭を下げた。

 

 その顔には疲労が濃い。

 

 だが、島左近を討った者としての覚悟が宿っていた。

 

 時継は、そんな兄を誇らしげに見ていた。

 

時継「兄上の戦、見事でした」

 

義近「お前もよく隊を崩さなかった」

 

時継「父上の前で無様はできません」

 

信時「二人とも、よくやった」

 

 信時の言葉に。

 

 義近と時継は、揃って頭を下げた。

 

義近「はっ」

 

時継「ありがとうございます、父上」

 

---

 

 家康は、信時へ向き直った。

 

家康「三成は」

 

信時「逃げました」

 

 本陣の空気が、わずかに張り詰める。

 

信時「ですが、忍び隊が追っています」

 

信時「百地と千代女の者を放っています」

 

信時「逃げ切ることは難しいでしょう」

 

家康「そうか」

 

信時「また、佐和山城へは森家が向かっています」

 

信時「三成殿の居城を押さえます」

 

家康「森家が」

 

信時「はい」

 

信時「長可殿が自ら兵を率いております」

 

家康「それは頼もしい」

 

信時「さらに、上杉へは前田家の援軍を向かわせました」

 

信時「景勝殿がなお動こうとしても、前田勢が抑えます」

 

家康「……手が早い」

 

半兵衛「大殿は、戦場へ立つ前から後始末を考えておりました」

 

家康「さすがは織田中将殿」

 

 家康は、しばらく黙った。

 

 そして。

 

 ゆっくりと立ち上がった。

 

家康「聞け!」

 

 本陣に集う諸将たちが、一斉に家康を見る。

 

家康「石田三成の本陣は落ちた!」

 

家康「安国寺恵瓊は捕らえられた!」

 

家康「小早川は寝返り、大谷勢は崩れた!」

 

家康「佐和山には森勢が向かい、上杉には前田勢が備えておる!」

 

 家康は、信時へ一度視線を向けた。

 

 そして、力強く告げる。

 

家康「この戦」

 

家康「徳川の勝利である!」

 

 一瞬の静寂。

 

 次の瞬間。

 

 本陣が揺れた。

 

東軍諸将「おおおおおおっ!」

 

清正「勝ったぞ!」

 

正則「乱世は終わった!」

 

長政「東軍の勝利だ!」

 

忠勝「徳川の勝利!」

 

幸村「織田の先陣、勝利を決しました!」

 

 勝鬨が上がる。

 

 それは本陣から前線へ。

 

 前線から各陣へ。

 

 そして関ヶ原全体へ広がっていった。

 

東軍兵「えい、えい、おう!」

 

東軍兵「えい、えい、おう!」

 

東軍兵「えい、えい、おう!」

 

 信時もまた。

 

 その声を聞きながら、静かに空を見上げた。

 

 乱世が終わる。

 

 本当に終わる。

 

 信長が目指し。

 

 秀吉がまとめ。

 

 家康が受け継ごうとしている天下。

 

 そこへ至る最後の大きな戦が、今、終わった。

 

信時「信長様」

 

信時「秀吉殿」

 

信時「これで」

 

信時「少しは、肩の荷が下りますか」

 

 答えはない。

 

 だが、風が吹いた。

 

 豊臣の馬印が、静かに揺れていた。

 

---

 

 その後。

 

 信時たちは、戦後の差配を家康へ任せることにした。

 

信時「内府殿」

 

家康「何じゃ」

 

信時「捕縛した者の扱い」

 

信時「降った兵の処置」

 

信時「領地の沙汰」

 

信時「それらは、内府殿へお任せいたします」

 

家康「中将殿は」

 

信時「織田軍は撤収の準備に入ります」

 

信時「ただし、必要があればすぐ動けるようにしておきます」

 

家康「ありがたい」

 

信時「豊臣の名を守るためにも」

 

信時「この戦の後始末は、慎重にお願いします」

 

家康「心得ておる」

 

 家康は、信時をまっすぐ見た。

 

家康「豊臣を滅ぼすための戦ではない」

 

家康「天下を再び乱さぬための戦であった」

 

信時「そのお言葉、信じます」

 

家康「ああ」

 

家康「信じてくれ」

 

 信時は深く頭を下げた。

 

信時「では、これにて」

 

家康「中将殿」

 

信時「はい」

 

家康「本当に」

 

家康「よく来てくれた」

 

 信時は、少しだけ笑った。

 

信時「俺も」

 

信時「ここへ来られてよかったと思っています」

 

---

 

 徳川本陣を出る直前。

 

 信時は、豊臣の馬印を見上げた。

 

 秀頼から預かったもの。

 

 関ヶ原の戦場で、豊臣のために掲げたもの。

 

 その馬印は、今も泥風の中で揺れている。

 

信時「半兵衛」

 

半兵衛「はい」

 

信時「大坂へ使いを出せ」

 

半兵衛「秀頼様へ、ですね」

 

信時「ああ」

 

信時「豊臣の馬印は、役目を果たした」

 

信時「秀頼様へ、返却したい」

 

半兵衛「承知いたしました」

 

幸村「大殿」

 

信時「どうした」

 

幸村「秀頼様は、どう受け取るでしょうか」

 

信時「分からん」

 

 信時は、少し目を伏せた。

 

信時「だが、俺は約束を破ってはいない」

 

信時「豊臣のために戦った」

 

信時「豊臣の名を掲げ」

 

信時「豊臣の天下を、これ以上血で割らせぬために」

 

幸村「はい」

 

信時「だから」

 

信時「この馬印は、胸を張って返す」

 

 半兵衛は静かに頷いた。

 

半兵衛「では、そのように伝えます」

 

信時「頼む」

 

---

 

 織田軍の陣へ戻る道。

 

 清正と正則、長政が信時へ声をかけた。

 

清正「中将様!」

 

信時「清正殿」

 

清正「今日は、本当に胸がすきました」

 

正則「三成は逃げましたが」

 

正則「もうあいつの勝ちはありませぬ」

 

長政「中将様が先陣に立たれたことで」

 

長政「皆が迷わず進めました」

 

信時「あなたたちもよく戦いました」

 

信時「ただし」

 

清正「ただし?」

 

信時「勝ってからが大事です」

 

信時「降った者を無用に斬るな」

 

信時「恨みを増やせば、次の戦の種になります」

 

正則「……承知しました」

 

長政「肝に銘じます」

 

清正「中将様がそう言われるなら」

 

清正「俺たちも従います」

 

 信時は頷いた。

 

信時「今日で乱世を終わらせると言った」

 

信時「なら、終わらせ方も間違えるな」

 

三将「はっ!」

 

---

 

 やがて信時は、織田軍の陣へ戻った。

 

 兵たちは整然と撤収の準備を始めている。

 

 負傷者は玄作の弟子たちが手当てし。

 

 捕虜は一か所に集められ、水を与えられていた。

 

 勝っても乱れぬ軍。

 

 それが、信時が長い歳月をかけて作り上げた織田軍だった。

 

時継「父上」

 

信時「時継」

 

時継「本当に、終わったのですね」

 

信時「ああ」

 

義近「乱世が」

 

信時「終わる」

 

 信時は、まだ遠くで上がる勝鬨を聞いた。

 

 その声は、ただ勝利を喜ぶものではなかった。

 

 長く続いた血の時代が。

 

 ようやく終わりへ向かう。

 

 その始まりを告げる声だった。

 

信時「撤収する」

 

信時「だが胸を張れ」

 

信時「今日、お前たちは」

 

信時「天下をもう一度、戦から救った」

 

織田兵「はっ!」

 

 関ヶ原の空に。

 

 最後の勝鬨が響いた。

 

 徳川の勝利。

 

 織田の先陣。

 

 豊臣の馬印。

 

 その三つが並んだその日。

 

 戦国の終わりは、誰の目にも明らかなものとなった。

 

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