二週間後。
○○県○○市上空130m。
陸上自衛隊 第二師団第12特別編成隊 観測ヘリコプターOHー6D。
”おい、もうちょっと高度を下げられないか?”
”無理ですよっ!ただでさえ浄水処理施設の上で危険極まりないのに、
これ以上降下すると飛散物が付着する危険性が有りますよ!!”
物々しい防護服で身を包んだ隊員は操縦士に無線で伝えるも聞こえるのは
恐怖交じりの隊員の震え声だけであった。
”くそっ、しょうがない。本部へ、本部へ、応答願います。こちら第12特別編成隊所属調査団青木二等陸尉です。
これより実施調査を開始願いたい。取り急ぎ許可を”
青木二尉は無線を切り替えて本部へ連絡すると、ウグイス嬢の様な美しい声の隊員の応対が返ってきた。
”本部より青木二尉へ、了解しました。許可いたします。調査は細心の注意を払ってください。
また調査機は使用後そのまま引き上げず破棄してください。その際、必ず映像記録してください”
”了解した。調査を開始する。調査機投下。おい、そのレバーのロックを外せ。ぼさっとするな!”
青木二尉は傍にいた部下に声を掛けてロックを外すと、バケツの様な形をした液体の入った箱をロープを使ってゆっくり
下していった。
途中、風に揺られて中の液体が少しこぼれる。
”おい、ちゃんと操縦しろっ!煽られるんじゃない”
”やってますよっ!早くしてくださいっ!”
青木二尉は備え付けられたモニターを見ながら降下位置を微調整し、数分の後ようやく
目的の第一浄水プールへと下すことに成功した。
水面を軽くすくう様に付けるとそれをすぐに引き上げる。
”尾野、どうだ?”
部下である尾野隊員はモニターを操作して検査機の辺りを拡大する。
すると検査機の窓部分の青色が一気に真っ赤に染まっていくのがすぐに確認された。
”駄目です。ここも全滅です・・・・”
”馬鹿っ!全滅とかいうんじゃない畜生が!!”
青木二尉はうなだれる尾野隊員を叱責するとナイフを引き抜いて調査機が繋がっているロープを手早く切った。
”青木より本部へ、本部”
”本部より、どうぞ”
”調査対象○○市は既に汚染された模様です。どうぞ”
”・・・了解しました。至急撤収し、消毒処理を受けてください”
”了解した、これより撤・・・・おいなんだっ腕を叩くなっ”
青木二尉が無線を終えようとしたとき、尾野隊員が何かを発見したのかしきりに青木二尉の腕を叩いて
あるところを指差した。
”青木二尉、あそこっ!!あそこですっ!!遠くの方!”
”なんだっ、どうし――――”
青木二尉は指差した方を見た途端、驚いて絶句する。
”なんです青木二尉?何があったんです?!”
元々不安症なのか、操縦士が焦った声で無線で声をかける。
「 炭 疽 菌 の 中を歩いている奴がいる 」
一瞬、時が止まったかの様な間が空き操縦士が問いかける。
”なんかの間違いでしょう!?死体とかなんか風に揺られて動いただけでっ・・・”
”いやでも、間違いなく歩いてますよっ。青木二尉、どうしますっ?”
”・・・・青木より本部へ、現在―――”
ビィ―ビィー!
突然けたたましい音が機内に鳴り響く。
caution, it is under radar irradiation.(注意、レーダー照射を受けています。)
caution, it is under radar irradiation.(注意、レーダー照射を受けています。)
”なんでっ?!どこからだ?!機器のチェックをしろ、故障かもしれん”
”上空に本機以外機影なし。地上からとしかかんがえられ・・・・あいつか?”
尾野隊員が狼狽する中、青木隊員が備え付けの双眼鏡を取ってそのシルエットを捉えた。
(なんだっあいつは・・・・!)
それは一件武装しているようではあるが、それがあまりにも奇天烈で現実離れしたものに信じられなかった。
まるで何かロボットの様な乗り物に乗っている半裸の人間であったからである。
よく見ると、袖の様な部分にネームプレートが印字されている。
”なんだ、何と書いてある・・・?”
”どうしたんです青木二尉っ”
青木二尉が双眼鏡で何とか確認しようと躍起になっている中、そのシルエットの方から破裂音と共に大きな煙が立ち上った。
Checked the lock-on. Avoid it.(ロックオンを確認。回避せよ)
”なんだとっ!!!”
”ヤバイ!!回避行動!!間に合えッ!!”
機体が大きく傾く中、それはようやく読み取れた。
”・・・・・やばたにえん?”
同時に、ヘリは爆炎に包まれた。
●●●県●●市○○〇〇山展望台。
遥か彼方の都心をうっすら一望できるとある観光名所の山頂。
そこである一人の男が彼方の眼下の街を一望していた。
「・・・・・・・・・・・・」
周りの観光客や登山客はいきなり出現したその男をひそひそと耳打ちしながら興味津々で眺めたり写真を撮ったりしている。
男は物々しい武装をしているが、それは世間一般に知られる様なものとは違い、いびつなものであった為
一見するとそれは何かのモニュメントの様でもあった。
そこに二人ぐらいの登山客のようなものが声をかけた。
「なぁ兄さん、あんた凄い恰好だな・・・コスプレか”映画”かなんかの撮影か?
なんかすごいなそれ、重たくないのかい??どうやってここまで持ってたの?」
「影我?・・・映画か・・・・」
男は登山客に目を合わせることも無く、そう呟くとただ街を呆然と見つめていた。
しばらくすると突然、男の背後の機械からけたたましい音が鳴り響く。
”演算終了、起動準備完了・・・・発射シーケンス開始”
「?!な、なんだぁ!」
男の武装、その後ろのロボットの様なものが突然動き出し、男はアームについている身の丈程もある大きな盾と
もう一つのアームについている砲筒を引っ張り出した。
”照準合わせ完了、軌道修正、安全距離圏確認、冷却装置及び 「放射能』 防御装置起動”
盾の側面からビニール製のバルーンが無数に飛び出し、ロボットの後方には衝撃吸収用に杭が地面に突き刺さる。
「あ、危ないぞ。おいお前何やってんだふッ!」
男は砲筒から一瞬だけ手を放すと拳銃のようなものをサッと取り出して、近づいて手を掛けようとした登山客の額に穴をあけた。
「あああ、うわああああああああああ、ああああああに、逃げろ逃げろ逃げろ!!」
血しぶきを上げて倒れこむ登山客、男の武装から聞こえるけたたましい作動音に
恐怖を覚えた辺りの人間は一目散に逃げだした。
”5秒前・・・・4・・・・3・・・・2・・・・”
「・・・・もう終われ。
社会も、街も、家族も、人間も・・・・・・・・愛も・・・
終われ・・・終わってしまえ・・・何もかも」
”1・・・今”
無機質な機械音と同時に砲筒から凄まじい音共に一筋の線が街へと向かう。
やがて街の上空へとゆっくり到達すると同時に強烈な閃光を放った。
その後、辺りが青白い光に包まれると、次に凄まじい轟音と振動、そして熱が辺りを包んだ。
”・・・・・・・・・!!!”
”・・・・・・・!!”
辺りの人間の悲鳴にならざる悲鳴が響き渡る。
その人々が熱戦に焼かれ、もだえ苦しむ様を男は冷徹な表情で見つめていた。
暫くの後、男を取り囲んでいたバルーンが全て弾かれた。男は火傷一つなく無傷であった。
盾を収納し終えると眼前には、大きなキノコ雲が立ち上がりその街は灰色になり替わっていた。
男の近くで倒れていた登山客は焼ける肌に身もだえし意識の途切れる間際にロボットのアームに
印字されている文字を見え、何の事かも解らずにただ条件反射で口にした。
「・・・・・・・やばたにえん」
■■■県■■市○○センター街
そこには人であふれかえっていた。
それだけ聞けばここは無事なのかと思っていた。
ただ、他とは違うところが一点ある。
皆、動かないのである。
カフェテラスでティータイムを楽しんでいた者。
家族揃って遊歩道を歩く者。
恋人同士手を繋ぎ微笑み合っていた者。
本屋で立ち読みをしていた者。
配達に急ぐ者。
商売に勤しむ者。
それらすべての人間が突然吹っ切れたようその場で倒れこみ、一歩も動けなくなっているのである。
ただよく見ると、何人かは僅かに唇を震わせたり、目を動かすことは出来たようだった。
歳をとっている人間は既に呼吸も見受けられず、顔面蒼白で血の気が引き絶命しているのは明らかであった。
そんな変わり果てた街の隅に一風変わった風貌の救急隊の一団がいた。
だがそんな彼らも人々を救助することはかなわず、
防護服を着ているにもかかわらず見た地面に伏したり物を持ったままその場に倒れこんでいた。
だがその中でもリーダー格とみられるものはまだ辛うじて手足を僅かに動かすことが出来た。
(な、なんという事だ。これは・・・この症状はもしや・・・危険すぎるっ!!!!!!)
リーダーは自分達が運転して来たであろう特殊車両トレーラーにまるで虫が這うようにゆっくりゆっくりと上がって行く。
(い、急げ・・・何としても知らせなくては・・これは間違いなく・・・ケミ・・C兵・・・・・くそ・・・意識が・・・)
リーダーは何とかしてトレーラーの開かれたままの扉にズルズルと入って、渾身の力を持って身体を起こす。
(もう少し・・・もう・・・・もう・・・)
リーダーが医務机に備え付けられている”専用ホットライン”と書かれた受話器を何とか上げることに成功する。
画面表示がオンラインに切り替わり、本部アクセスと表示された。
だがリーダーは助けを求めようとするも最早口を開くことが出来ず喋る事がままならない。
「あ――――ぉ―――――うゥ――――」
”こちら本部、応答願います。そちらは第6救護チームですか?こちら本部で――――”
”ガチャッ”
その時、リーダーの頭上を誰かの手が通り上がったままの受話器が元に戻された。
(な?!・・・・・なんだっ?誰の手だっ!!!一体何が・・・)
最早視界も不慮になりままならぬ状態となったリーダーだったが、
意識の途絶える最後の瞬間、そのシルエットを垣間見た。
最早ピンボケだったがうっすらと袖に書いてある文字が視認できる。
(・・・・や・・・やば・・・やばたに・・えん)
二週間前、影我漢が脱出して数時間後。
旧グレース女子児童福祉施設にて。
「屋上付近は全滅、本館はところどころに自動射撃する銃砲がまだ残っており捜査は難航しております」
「そうか、そのあたりは自衛隊に任せておけ。俺たちゃ専門外だ」
「ハっ!了解しました」
物々しい防護服に身を包んだ部下に、同じく防護服を着た”捜査一課”と書かれた腕章を付けた人間が答える。
今回の捜査の現場指揮を任された警視庁捜査一課の鬼頭警部は数多くいる捜査官の指揮に疲れ切っていた。
「まったく、なんだここはっ。事前には聞いていたが狂ってるにも程がある」
現在鬼頭警部は安全が確認された厨房室を捜査員と共に訪れていた。
「良いか、手早く証拠品をかき集めるんだ。ここはもう倒壊の危険性が高い、写真も出来るだけ撮っとけ。
なりふりかまうな!」
証拠品と言ってもゲロイムが既に処理してしまったのか残されたものなどほとんど残ってもいなかった。
(畜生・・・どうするっ・・・このままじゃ何の手がかりもつかめんぞ)
焦りが隠し切れない。
そこに一人の部下から連絡が入った。
「失礼します。先程、倒壊前に入った寮生棟の捜査班よりいくつか”本件”に関する証拠を見つけたのとの一報を受けました!」
「?!そうか、すぐ行く。よし、撤収だ。もうここは良い!安全を最優先して直ぐに撤収しろ」
号令と共にバタバタと一同は撤収作業に入った。
鬼頭もその場を後にして建物と少し間を空いたところに設営された本部テントに急ぎ駆け込む。
「鬼頭だ。証拠が見つかったそうだな?」
「警部、お疲れ様です。証拠は陸自の責任者の方が来てからの確認のほうが良いのでは?」
「”警察特権”だ。それにオチオチ待ってたら俺達日本国民は瞬く間に全滅よ。早く先に確認するぞ、物は?」
鬼頭は群がる捜査員を跳ね除けて証拠品を並べている机へ歩み寄った。
「こちらになります。これは例の”影我漢”に選ばれたものの衣服であると思われます」
「・・・・上は?見たところアンダーウェアだけか?」
鬼頭が並べた証拠品を見るとそれは血塗られたゼッケンを縫い付けられた短パンやスラックスだけだった。
「はい、見つかったのはこれだけです。場所は寮生棟”浴室・シャワー室”。アンダーウェア八枚が脱衣所にて発見されました」
「・・・間違いなく”こいつら”だな、至急東京に連絡しろ。後これは科捜研に大至急回せ・・・あ、写真を撮るのを忘れるな!」
鬼頭が躍起になって携帯を取って連絡を入れようとする最中、一人の鑑識官が鬼頭にいそいそと歩み寄った。
「警部、浴室を担当した第6鑑識班です。少しよろしいでしょうか?」
「どうした?ほかに何か見つかったのか?」
鑑識官はファイルを見ながら鬼頭に伝えた。
「いえ、実はアンダーウェアは全部で八着見つかったのですが、縫い付けられたゼッケンが”九枚”あるのです。
その後もくまなく探したのですが時間制限もあり見つからなくて」
鬼頭はそれを聞いて顔をしかめた。
「ゼッケンが”九枚”・・・・?」
(事前に聞いていた話では影我漢は八人のはず・・・・九人生き残った奴がいるという事か?)
「そのゼッケンなのですが・・・どうも内の一枚は元々糊の付着した後が有り二つ張り合わせる様につけていたようで、
何らかの時に剥がれたようです」
「そのゼッケンを確認したい、見せてくれ」
鬼頭は急いでゴム手袋を装着し、並べられた証拠品とは別に保管してある
その例の一枚のゼッケンの入れられたビニール袋を別に持っていた鑑識官から受け取った。
その中身を確認する。
”一期 大宮”