ジャック・ブレアーーーーーー。
彼女は”彼女”と言うんだから女に決まっている。
だけど”ジャック”なんていう名前は日本人でも男に付ける名前であることは分かる。
私はジャックというには気が引けるのでブレアと呼んでいるが、
前に一度その”ジャック”について質問したことがあった。
「ああ、女なのに男みたいな名前だって?そんなの私以外にもここにはいるじゃないか。
一期生にも居たろ?親の勝手な期待を一心に受けたような可哀そうな名前の奴」
ブレアはめんどくさそうに、窓の外で深々と降り続ける雨を見つめながらコーラ瓶を煽り答えた。
「ここにいる奴は皆”元”名家や権力者の子供だ、わかるだろう。
それが色んな事情で堕ちに堕ちてここに至る。あんただってそうなんだろ、オミヨ」
突然、的を得ない答えをするものだから狼狽してしまった。
「えっと、それってつまりどういう・・」
「つまり男として、跡取りとして生まれてほしかったってこと。で、それを捨てきれずに付けた訳」
これは、聞いてはいけなかったことだろうか?
そんな私の心を見透かしてブレアはクスッっと笑った。
「構わないよ、あんただって元々良いお家の人だったんだろう、
どんな事情であれ、お互い残念なことだ」
瓶を机に置くと窓の縁に腰を落としてため息交じりにブレアは語りだした。
「私の家は元々海外からやってきた実業家でね、戦前に日本に来て貿易商社を経営していたんだ。
私は知らないけど、そりゃあスゲー金持ちだったらしいよ」
ブレアはそう言うとポケットをまさぐり折り畳み式の手鏡を取り出すとそれを私の目の前で開けてくれた。
「みんなには内緒だぜ」
手の中にある小さな手鏡は淡く眩い光を醸し出していた。
「素敵・・・」
「鏡の周りに付いている宝石は翡翠っていうんだ、母さんがくれた。
もうどこにいるのかもわからないけど」
だがブレアの説明してくれた翡翠は淡い紫色をしている。
「でも翡翠って緑色なのでは?これは紫色」
ブレアはそう聞くと自慢げに言う。
「ふふん、翡翠って言うのは緑色が代表だけど、実際には他にも黄色や赤色もあるんだぜ。
これはラベンダー翡翠って言うんだ。
さらに蓋に付いているこの宝石がスギライトって言う。
スギライトは日本の鉱山で採掘できる宝石さ。私の家はそれを買い付けて海外に捌いていたって訳
だからうちのシンボル的なものなのさ」
「ということはこれはブレアさんの家宝みたいなものなの?」
「ああ、まあそうなるかな。でもこれは私にとっての”決意の形見”なんだ」
「決意?」
ブレアはそう言うと手鏡を閉じて私に昔話を聞かせてくれた。
「まぁ、聞くに値しないひどい話だけどさ・・・」
昭和の某年、ブレア家本宅にて―――
「これで六社目・・・くそ、全部、全部結局戦争のせいだ!おまけに鉱山は今年いっぱいで閉山、
今後の採掘の予定も目途も立っていないだとっ!?クソ日本人ども!」
「貴方、落ち着いてください。お体に触ります」
私の父は病床に伏してベッドに寝たきりだった。
だが今日は病人にもかかわらずノートにペンを必死に走らせている。
時々傍にあるローテーブルの上の電話機から受話器を上げ、どこかに電話をかけている。
ダイヤルを回す手が病気のせいかたどたどしい。
私の母は水差しの水を注ぎ入れながら心配そうに見つめていた。
「これが、落ち着いてなどいられるか。せめて、病気でなければ母国に帰れたものの。
ああ、オヤジが生きていれば・・・」
父はペンとノートを脇に投げ置くとベッドに深く沈みこんだ。
「オヤジは、この国に定住したことを酷く悔やんでいた。
それはそうだ、戦争のせいで”ガイジン”は皆、特にアジアン以外は敵のような目で見られ
オヤジは何の証拠もないまま諜報容疑で意味もなく幽閉された!」
今日、父は特に機嫌が悪かったのか時々意味もなく怒鳴り声をまき散らす。
母がなだめるものの勢いは止まらないようだ。
戦争はとうに終わって久しい。
今は復興から発展の真っただ中だが父は何かにつけては仕事がうまくいかないことを戦争のせいにしていた。
「そして死んだ!こんな理不尽なことが有るか?挙句我が家の財産まで奪おうとしたんだぞ!」
父はまだ幼いころに日本に住み着いたせいかかなり日本語が達者である。
母国語で話している事も聞いたことが有るがやはり私には日本語の方がなじみがある。
そしてベッドに伏したままブツブツ呟く。
「クソども・・・いったい今までどれだけ稼がせてやったと思っているんだ。
それが戦争となれば急に手のひらを返しやがって!ああ、オヤジが生きていれば・・・」
父はそう言うと母の差し出した水を一気に飲み干したあと、そのまま身を起こして辺りを見渡す。
「・・・おい、ジャック!ジャックはどこだ!?」
私は父のベッド脇の窓際で辞典を読んでいたのだが気づかずにいた。
仕方なく、返事する。
「ここにおりますよ、父さん」
「おお、そこにいたのか、貯蔵庫に行ってボトルを取って来てくれ」
それを聞いた母は表情を凍らせて父を制止する。
「ドナルド!お酒は止めてくださいって言ったではありませんか」
「ゼルダ、お前は向こうに行ってろ!さぁジャック、こっちへ来てお前の顔を見せてくれ」
そう言うと父は私の身を引っ張って、顔をぐっと引き寄せた。
父の顔は病気なのかは知らないが酷く崩れていた。
「兄のリチャードがいなくなってからもう長い、もはやお前しかいない。お前だけが希望なんだ」
「はい」
「いいかジャック、お前は兄を超えるような”男”に育つんだぞ、そして父さんを助けてくれ」
”男”というニュアンスで私はいつもカチンとくる。でも今に始まった事でもないので気にも留めなかった。
「いつものボトルでよかったですね、直ぐにとってまいります」
「ああ、頼む」
私は父をゆっくり引き離し、部屋を後にした。
地下貯蔵庫。
沢山のワインボトルやウイスキー樽が所狭しと並べられている。
これらは戦前の祖父の代から集められており値打ち物の酒も幾つもあるという。
「あれ、おかしいな・・・まだあの酒残っていたと思ったんだけど。
高い酒持っていくとまた怒るからな」
そう呟きながら棚を眺めていると、いきなり気配もなく背後から声をかけられた。
「お!探し物は・・・これ?」
振り向くと、そこには父の飲む酒瓶の注ぎ口を指でつまんでプラプラさせてるアイツがいた。
いまも、そしてこれからも私の最も憎むべき相手、仇敵、そして家族。
「サラお姉さま―――」
「なあにジャック、貴方またあのオヤジに小間使いにされてんの?」
彼女の名はサラ・ブレア、私の姉である。
頭脳明晰で狡猾、容姿端麗で醜悪とそれぞれ相反する特徴を持っている。
「いらしたのですね、サラお姉さま。父さんが
その手に持っている瓶を頂きたいのですが・・・」
私は尻込みしながら姉に問いかけると、姉はグインと顎を上げ大きく口を開き
持っている瓶を天に大きく掲げながらゆっくり酒を流し込んでゆく。
「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ」
「・・・・・・・」
まだ未成年にもかかわらず早くに酒を覚えた為かめっぽう酒には強く、
顔色一つ変えず一気飲みをした。
「かぁ~うめぇわぁ、やっぱ本土から直接取り寄せたワインはやべぇわ
ジャックあんたもやりなさいよ。カマトトぶってんじゃないわよ」
姉はそう言うと私に向かって瓶を勢いよく投げつける。
幾分か残っていた中身が飛び散り私の服を汚して瓶はそのまま地面で割れて飛散した。
「クッ!サラ、止めて!」
私は語気を荒げて反抗した。
姉は今日、特に機嫌が悪かったのかその表情を強固にし、大股で私に急に歩み寄ってくる。
するといきなり私の首を片手で掴むとそのまま自らの頭上へと持ち上げた!
華奢な腕からは想像もつかない凄い力である。
(く、苦しいいぃぃぃ!)
「サラですって?何時から私に”タメ”で話すようになったの?
あんたも母さんも、オヤジに優しくするから駄目になるのお分かり?」
サラの手の指が私の首に深く食い込んでゆく。
指の一本一本から常軌を逸した力を感じる。
「ググッ、、ハァッ、ハッ」
持ち上げられた顔から僅かに下を見ると目下にはサラの鬼のような形相が目につく。
(意識が・・・・持たない・・・)
「こんな、こんな、クソ妹・・・どうしてお兄様、リチャード・・・こんな奴なんか!」
リサはそのまま私を力任せに酒棚へと放り投げた。
背中を大きくぶつけて棚の瓶が数本床へぶちまけられた。
踏みつぶされてた蛙のように無様にうつ伏せになる私を見てリサがおぞましく笑った。
「お似合いだわ、貴方はそうやって酒臭い床で這いつくばっているのが」
「クハッ、ハァハァハァ、グッ、痛いィィィ!」
いつの間にか傍にいた姉は私の前髪を無造作につかんで無理やり顔を上げさせた。
「ねぇ、私やっぱり今でも腑に落ちないの。
リチャードお兄様が私ではなく貴方と結ばれたいと言ったの。
あの日お兄様が晩酌をいつもより多くお召し上がりになりましたの。
ですので、なにか酔狂のつもりでおっしゃったと思いましたの。
出ないとあなたのような不細工を選ぶなんてありえませんの。
私はお兄様に問い詰めましたの。
すると私を”怖い”と仰いましたの。
それを傍らで見ていたあなたがクスッと勝ち誇った顔で笑ったの見逃しませんでしたの。
だから真に受けたあなたがまだ初潮も来てない身体で誑かしたのではありませんの。
そうではありませんの!
なあ、おい!!そうだろ!なぁ!
そうなんだろ!それしかないだろ!
そうに決まってんだろ!
わかってんだろ!」
私の髪を上下させ何回も床に叩きつける!
「痛い!いたい!いたい!」
「答えろ、お兄様はどこに消えた!お前は知ってるんだろう!」
私は朦朧とした意識の中、震えながら声を絞り出す。
「お願い、お姉さま。私は知らないの、なにも、リチャード兄さんのことも・・・誑かしたりしない」
「畜生!クソジャック!」
そう言って姉は私の顔を酒溜まりの床に渾身の一撃で押し付け、ようやく解放した。
とたん、急に姉が苦しみだした。
「ううっ、薬、薬・・・」
姉はブラウスの胸ポケットからアガツマNO,6B9と書かれた薬袋を取り出して、
錠剤を大量に取り出すと無造作に口へ入れた。
ゴクッと喉を鳴らして飲んだまま天を見上げて、そのまま暫く硬直した。
私はうつ伏せのまま姉を怯えた目のまま見つめるしかなかった。
少しの間のあと、姉は急に正気を取り戻したように頭を戻して私に向き合った。
「ごめんなさい、少し取り乱しちゃった。生理だからかな?」
そうやって、姉は私の頭をゆっくり不快に撫でながら言った。
「いい、ジャック、これだけは肝に銘じておいて?
お兄様は私の”モノ”。だから私がお父様に頼んで貴方に”ジャック”という名前を与えたのよ」
まるで狂気の沙汰である。
「でも、私はあなたの事がうらやましわ。あなたはこの近親婚から解放されるのですもの・・・
外国で商売してるにもかかわらず極端の異人嫌いから来る世代に続く近親相姦。
なんで日本に来たって話」
姉はまだ割れていない棚から落ちた酒瓶を取り上げるとゆっくり棚に戻し始めた。
「お兄様、ほんと、急にどこに行ってしまわれたのですか?
必ず、必ず探し出して見せる・・・絶対に」
そう言うと私の顔の前に一つの酒瓶を置いた。
冷徹な、まるで醜悪なものを見つめるかのような顔で。
「これ、お父様に持っていって。あと会う前にはその服着替えなさいね。
あと私はこれから大使館に行くから返ってくるまでにここの掃除しときなさいよ」
そうやってブツブツものを吐きながら、身を翻し私を一人残して地下から出ていった。
この一家は狂っていた。
この日本に戦前に仕事で移り住んで以来、祖父母夫婦共々、元は金目的で来日したこともあり
この国の住民を意味もなく嫌っていた。
最初の息子の結婚には母国から花嫁を呼び寄せるもそれも金目的だったため
財産の一部を盗んで直ぐに失踪。
その後、苦渋の決断の末その息子の妹と事実婚することとなる。
そしてその後生まれた子ども2人が私たちの両親だ。
そう、私たちは近親婚の一族なんだ。
私は三兄弟の末っ子だ。上には兄と姉がいる。
兄は病気がちだが優しく、気さくな人柄の人間だった。幼い私の世話を良くしてくれた。
姉は周知の通りだが昔はもっと大人しく、私にもそれほど強く当たることはなかった。
姉が豹変したのは兄が自身の思いを父さんに伝え、その後に失踪してからである。
父さんは元々姉と婚姻させる考えであった事を伝えたのだが兄は突然私を選ぶといったのだ。
突然の告白に私以上に困惑していたのが姉であった。
姉は当然兄と結婚するのを当然の事としていたのだ。
その後何日も言い争いが続き、突然兄が失踪した。
その後数年が経ち、ショックで憔悴した父さんは病気になったあげく、
失踪した兄を諦め、私を跡取りの男をして育てると言い出した。
その時にこの”ジャック”という名前も付けられた。そう、この兄狂いのサラ姉さまに。
それからだ、嫉妬にもにた姉の憎悪が私に向けられたのが。
毎日毎日、憎悪の捌け口として扱われた。
だがそんな日もある日、唐突に終わりを迎えることとなる。
深夜、その日は風一つない静寂な空気に包まれた夜だった。
(・・・何の音?)
私は急な物音に目覚めた。
(なにこの音、二階から・・・?)
私は自室を抜けて断続的な破裂音がする二階へと向かった。
二階に着いた時、廊下の奥の父の部屋の扉の隙間から煌々とした光が漏れ出てるのが見て取れた。
パチパチという破裂音が一層大きくなる。
(これって・・・まさか?!)
私は信じられない胸騒ぎを感じ廊下を駆けて父の部屋の扉を押し開けた。
「父さん!グッ・・・熱い!!!」
父の自室の周りには火が上がっていた。
そして、ベッドの傍らには背中に大きなナイフが突き刺さった母が。
そして、ベッドでは父にまたがり何度もナイフを降ろすサラがいた。
「サラ姉さん!!やめて!」
私は急いで決死にサラを飛ばした。
「嘘だ!嘘だ!お兄様が死んだなんて・・・死んだなんでぇ!!!」
付き飛ばされて尚ものたうち回り、思いのまま叫び、手に持ったナイフで空を振り回している。
「やめてサラ姉さん、お願いィ!」
「だまれだまれ、うう、うげぇぇぇ」
私は必死にサラを押し込めたが姉は暴れた挙句急に嘔吐を繰り返し始めた。
「なにが、いったい、どうなって・・・」
火の手が勢いを増し周りが血の海。
私は闇と火の中で地獄へといざなわれ始めた。
「ううっ、えっぐ、えっぐ」
もうどうしたらいいのかもわからず泣き崩れるしかなかった。
そこに、擦れた様な声が耳に届いた。
「・・・ジャック」
「お、お母さん、おかあさん!おかあさん!」
母がまだ辛うじて息があった。
急いで母のもとに駆け寄る。
「ごめんね、こんなことになって・・・」
「おかあさん、今助ける!どうしよう!どうしたらいい私?!」
狼狽する私を他所に母は今にも消えゆく意識の中なんとか声を絞り出した。
「・・・グレース家に、行って。リチャード、そこに、いたみたいなの」
「おかあさん、やめて、喋ると死んじゃう」
「聞きなさい!!」
母の散り際間際にも関わらず豹変した声にハッと我に返る。
「大使館から連絡きたの・・・死んだって・・・リチャードが」
「そんな・・・」
母はもう消えゆく意識の中、最後の力を振りしぼり、私に伝える。
「リサは知って、狂った。そしてこうなったの・・・でも、私はリチャードが死んだと、信じられない」
「だから、お願い、グレース家、あの、没落貴族を、調べて、」
「お母さん」
私はどうすることも出来ずただ母の手を強く握った。
「さぁもう行って。早く。お母さんは。ジェシーといつでも一緒よ・・・」
お母さんは私の本当の名を呼ぶと満面の笑みになり、そのまま、動かなくなった。
「お母さん、お父さん・・・リサ・・・」
火の手が迫る中、私は後ろ髪を引かれる思いを振り払い踵を返して家を抜け出した。
「・・・・・・・・・」
火が炎へと変わり、やがて屋敷を包み込む。
地元の消防隊が駆け付ける中、私はまるで夢を見てるかのように炎に包まれる館を
呆然と眺めていた。
「それじゃあ、ブレアが此処に来たのは・・・」
私は、話の腰を折るような形になってしまうが尋ねずにはいられなかった。
ブレアは少し戸惑いながらも息巻く私をなだめながら言う。
「いや、ここに来たのはもうしばらく後になるよ。偶然も重なるし。
事件の後、両親や家族を失った私は直ぐに大使館に保護されたんだ。
外交官はうちの家族と馴染みがあった事もあってか早々に本国へ帰国させようとしたんだけど、
私はそれを拒否した」
言いながらブレアは少し表情を曇らせた。
彼女にとっては少し後悔の残る決断だったのか。
「私はまだこの国で母の絶命寸前に残した遺言”グレース家”つまりここの事を調べて、
まだ生きている望みのあるリチャード兄さんを探したかった。
だから私は保護された大使館を直ぐに抜け出した」
ブレアはそう言うと一変、顔を険しくさせて再び窓に目をやった。
「でもその時、私の不幸がまだ入り口にしか立っていないことを私は気づいていなかったのね」
時刻は風一つなく静まり返り、闇が深まる深夜。
「こいつですか。ほぉ~外人かぁ。お前幾つだ?」
私は地方の警察署の拘置所で数人の警察官に囲まれていた。
「・・・・・・」
無言でただ男たちを鋭く睨みつけた。
あの事件以降。
私は日々グレース家の事を調べるため、公的機関に片っ端から侵入して漁っていた。
また、生きるために必要なモノを調達するため金品も憚らず調達しなければならず
盗みも繰り返していた。
そこに運悪く巡回中の警官に見つかり、捕縛されたのである。
肥えた一人の警官が私の身体を嘗め回すように見つめて言う。
「まぁー多分顔からしてまだガキだろう。でも見ろよこの身体、外人ってのはすげえなぁ」
私は身体検査と称されて服を脱がされて、下着姿のみを男たちにさらけ出していた。
「んで、こいつ何やったの?」
「盗みと、後役所に入って帳簿かなんか読み漁っていたらしい。
捕まえてきた田中がなんかほざいていたよ。俺が来るまで”触んなよ”って」
連中はどっと笑いを上げた。くそ、こいつら・・・。
「戸籍もない、住民票もない。きっと港のアジア船からきた密航孤児だろう」
メガネの警官がダルそうな顔をしてペラ紙をつまみながら内容を眺めている。
「おい、お前日本語読めるんか?おい、嬢ちゃん日本語解るか、喋れるか?」
長身の初老じみたこの連中の上官と思しき人間が顔を目と鼻の先まで近づけて言った。
(臭い・・・こいつ、酒飲んでやがる)
昭和初期のお役人はあちこちが”緩い”。
夜勤での飲酒やバス旅行では児童の前で教師が喫煙など可愛いもの。
己の立場に酔った”過ち”など日本中のどこでも見受けられる。
ましては昭和初期の頃などは婦警などほぼ皆無だ。。
つまりジャックは今彼らにとってはまたとない餌食なのだ。
いつも、泣かされるの立場の無い庶民である。
(!!!)
急に乳房をグネグネ掴まれた。
いつの間にか後ろに回っていた一人が私の身体をまさぐっている。
「やめろっ!さわんな!」
「お前喋れるんじゃないか、質問にはちゃんと正直に答えんかバカモノ!」
バシッ!
初老の警官に大きく平手打ちされた。内心我慢していても目からはうっすら涙が浮かぶ。
(どうして・・・私は身体を触られたのに・・・くそっ!)
「身体検査だよ身体検査!ガキでも物騒なモンは幾らでも持っているからな~」
「おい、メガネ。保護センターには連絡入れたか?」
書類を机に放り投げて私を訝しげな目で見つめながら言った。
「さっき電話したよ。南所長が迎えに来るそうだ、なんか息巻いていたなぁ」
警棒を手のひらにバシバシ叩きながら私の身体をまさぐった警官が私の顔の横にヌッっと顔を出して
クンクン匂いをかぎながら呟く。
「ひっ!」私はたまらず悲鳴を上げる。
「もっかい電話して”ゆっくり”でいいって言っとけよ。早々来たらお茶でも出して世間話でもしとけ」
「だれか・・・助けて、お願い、誰か・・・」
弱々しく懇願するも警官達は私のその顔を見て口を緩ませ顔は見る見る醜悪に染まってゆく。
「助けてあげるとも、だってーオジサンたちは警察だよ」
そう言うとどっと連中は笑いを上げた。
二カッと醜態な笑みをこぼす初老の警官。
私にとってそれは絶望の合図以外の何物でもなかった。
私は警察署で”絶望”を受けた後、児童福祉施設に保護されることとなった。
此処の南という所長も汚職警察と類友なのか、来て数日も立たないうちに
夜な夜な私を呼びつけては身体を舐め回した。
直ぐにでも逃げ出そうと思った。
だが、職員の監視が厳しく、所の施錠も厳重であったため難航していた。
なにより、此処には私よりも年下の子どもが多くいた為
皆、年上である私を慕い頼ってきたのでどうしても情を捨てきれなかった。
ここにいる職員は直ぐに暴力を振るう。
恐怖に怯える子どもを私は身を呈して庇ってきたのが返って私をここへ引き留めていた。
そして数か月過ぎたある夜の事。
「ジャックおねえちゃん」
いつも隣で寝ている小柄な少女、あやがいった。
「どうしたの、眠れないの?」
「ううん、おねえちゃんってグレースさんって人捜しているんでしょ?」
突然のことに驚愕した。
私はそれを聞くや否や脊髄反射で身を起こしてあやの両肩を掴んでいた。
眠気は吹き飛び、頭は一気に冴えていく。
「グレースさんってどういうこと?!」
周りにも人がいるのであくまで小声で、でもしっかりとした声であやに伝える。
「うん、前にジャックが来た時にグレースさんって人の家を探してるって言ってたでしょ。
グレースさんの家は知らないけど、グレースさんって人なら前にエロ所長に合いに来てたよ」
「嘘?! ね、グレースさんってどんな人だった?」
私は、はやる気持ちを押さえてあやに問いかける。
「すごくきれいな背の高い女の人だったよ。いっぱい紙もってお話してた」
「そうなの・・・わかった、ありがとう」
私の停滞していた脳が急激に加速しだす。
(グレースがきていた・・・所長室か?何か痕跡でもあれば)
私は立ち上がると服を着替えて、準備を整えだす。
「あや、わたしちょっと出かけてくるからね。みんなには内緒だよ」
「・・・うん」
心配そうに見つめるあやを布団に優しく寝かしつけ、部屋のドアをゆっくりと開ける。
(今は見回りがいない、チャンスだ)
私は身を滑らせるようにドアから抜け出ると急ぎ所長室まで物音を立てないように忍び足で走った。
(良かった、カギはかかってない)
所長室のドアの前まで来るとゆっくりと扉を開いて隙間から中の様子を伺う。
誰もいないようだ。
私は所長室へ忍び込むと暗闇の中、目を凝らしながら机の上に置かれた書類の束を
月明りだけを頼りに目を通す。
「これもちがう、これもちがう、これも・・・」
書類には関係のない事務処理関係が殆どでどれも的外れなモノばかりだった。
(少しでもいい。何か手掛かりを・・・神様)
そう思いながらも半ばあきらめつつ手を机に置いた時、下に分厚い茶封筒があった。
「これ・・・もしかして」
私は封筒を手に取ると止め紐を急いで外して中を取り出した。
(グレース女子児童福祉施設 監査報告書(複写)・・・これだ)
私は鼻息を荒くして書類をくまなく確認する。
(亡きグレース博士・・・旧グレース邸・・・)
私はそこでグレース家の事を知った。
戦前より存在する名家グレース邸。
物理学研究者のグレース博士と助手の妻が事故で亡くなり、娘一人だけが残される。
後に残された館を守るため、博士の娘が学会関係から閣僚のコネクションを使い
女子児童福祉施設へ再生させたこと。
所長のグレースが大手製薬会社・アガツマ製薬と何らかの癒着があること。
福祉施設としての問題が数多く有ること。
とある”噂”が周知の事実として存在していること。
ほか、こまごましたものが所々黒塗りの部分があるものの細かく記載されていた。
(・・・所在地が記載されている!電話番号も!)
私は戦慄して、震える手で急いで胸元のポケットからペンと紙を取って急いで書き写す。
(よしっ、これで・・・)
ガタッ!
「ひっ!誰?」
大きな物音に、電撃を受けたように身を震わせて物音の方へ振り向く。
「南所長・・・」
「感心しませんねぇ・・・ジャックさん」
南所長だ。長身白髪のインテリ風情エロ所長。男子も女子も関係なく食らう最低のモンスター。
「人の物をこそこそこそこそ・・・また警察のお世話になりたいのですか」
「警察の世話になってもあんたの”世話”はしたくねーよ」
「こいつ!すこし痛い目を見た方が良さそうですね」
南は鋭い目つきで私を睨みつける。
(ここで捕まるわけにはいかない、どうする?)
焦りで顔に冷汗が垂れる。そんな焦り顔を見て南は顔をニヤつかせた。
「よし、服を脱いで跪け。四つん這いになって尻を向けろ!」
南は所長室の照明を付け、棚の引き出しから短い鞭を取り出した。
「この下種野郎・・・」
「早くしろ、この”ガイジン”が!!」
南はそう言って持っていた鞭を振り上げた。
「くそっ」
―――そのとき。
ガバッ!
「こらっ、お前、離れんか!」
「お姉ちゃん、逃げて、はやく!」
「あや!」
南の脇を部屋に飛び込んできたあやと男の子が取り押さえている。
「おねいちゃん、はやく!行って!」
「離れろこいつ!!!」
南はそう言うと持っていた鞭を食らいつく二人の背中に幾度も走らせた。
「がぁ!ああ!あぅ!」
しなる鞭が当たる度に交互に二人の絶叫が響き渡る。
やがて喧騒が所に知れ渡りあちこちから声が聞こえ、各部屋明かりが照らされだす。
駆け付けてきた他の子どもたちも二人に加勢して所長に掴みかかった。
「おねえちゃん、行くんでしょ?早く!」
「みんな・・・」
「いままで助けてくれたから、今度は俺たちが助ける番!」
子どもたちの小さな勇気に涙があふれた。
「お前ら、なにやってんだオラぁ!!!」
宿直の職員が騒ぎを聞きつけ駆け付けてきた。
ガタイのいい職員数名が子どもたちを蹴散らしてゆく。
「早く行って!」
「あやちゃん、みんなありがとう!ごめんね、行くね!」
「ジャック!がんばれ!」
私は後ろ髪惹かれる思いで身を翻し、部屋の窓を開けると飛び出した。
(急げ、急げ!)
途中振り返ると何人か見回りの職員が追いかけ来る。
私は捕まるまいと全力で駆け、高く反り立つ敷地の柵までたどり着いた。
「うぉおおおおお!」
私は獣のような雄叫びを上げて金網をよじ登った。
金網の上は有刺鉄線になっておりまたぐときに肌に食い込み、無数に突き刺さった。
「ぐあああああぁああああ!痛いぃぃぃいぃ!」
まるで火傷のような痛みを歯を食いしばって必死に耐え、何とか柵を乗り切る。
乗り切った後はそのまま倒れこむように着地した。
「ぐはっ!・・・くそ、みんなかならず・・・何時か助けに行くから・・・」
体中の鈍痛を必死に耐え、何とか力を振り絞り身を起こして闇夜の林に逃亡した。
町をさまよい、食べ物や医薬品を盗み、ただ一つの望みを胸に彷徨った。
そうして、数日たったころ。市を幾つか跨いだころ。
「・・・ここだ、間違いない」
冷たい澄んだ空気が辺りを支配する早朝。
私は眼前にそびえる、巨大な洋館を眺めていた。
門柱にはグレース女子児童福祉施設というプレートが掲げられている。
呆然と見つめる私を背後からほうきを持った女が声をかけた。
「なんですか、あなた?うちの寮生では無いようですが・・・」
(この長身の女・・・間違いない、書類に書いていたグレース博士の娘だ)
私は知ったうえであえて嘘をついてこう尋ねることにした。
「父の知り合いのグレース博士に会いに来ました」
それを聞いたグレースの娘の顔が見る見るこわばったのを見逃さなかった。
「お互いに故人様で有ることを利用したのさ。父が死ぬときはここを頼れって嘘をついてね
それが私が此処に来た理由」
ブレアは意気揚々に私に言った。
「そんなことが・・・それで、結局お兄さんは?」
それを聞くと、ブレアは私に向き直り、私の両肩に力強く手を置いた。
「それだよ、私がオミヨに私のなれそめを離した理由は」
真剣な眼差しで私に問いかけた。
「この間、所長室に忍び込んだときに運良くここと
きな臭い噂の有るアガツマ製薬の書類を見つけたんだ。
そこの新薬6B9被験者一覧の中に・・・」
私は嫌な予感がして思わず息を飲んだ。
「ここの寮生数名と、兄のリチャード、そしてオミヨ、あなたの名前があったの」
「新薬被験者適合(効能もしくは効果の認められる)一覧表を
決死の思いでグレースのババアから盗み出すことができた」
ブレアは息巻き、私に詰め寄ってきた。
「私の兄、リチャード・ブレアの名前の他にここの寮生数名、
その中にある名前、大宮美生。これ間違いなくオミヨ、貴方の名前でしょう?
オミヨは通称な訳?」
ブレアの威勢に思わず、身を怯ませながら質問に答えた。
「うん、そう。オミヨは昔から両親が呼んでいた愛称からきてる」
それを聞いたブレアは目の色を変えて私の両肩を掴んでまくし立てた。
「貴方、大宮家の人間なの?!まあ、こんなところに来るぐらいだから本家から切られた
分家の人間でしょうけど。まあいいさ、それよりも知りたいのは兄弟の事。
オミヨなんか知ってるんだろ?三島先生ともなんか人目を盗んでこそこそしてるし
お願い、私の兄弟の事、何か知ってるんなら教えて頂戴!」
ブレアはそう言うと掴んでいる両手の指を更に私の肩に食い込ませた。
「痛い、ブレア!離して!」
私はその痛みに耐えかねず、ブレアに懇願した。
だがブレアはそんな事も気にせず徐々に興奮し、我が目を見開き始めた。
「なあ知ってるんだろう?私は何としても兄を救いたいんだ。
毎日毎日ここで苦痛に満ちた日々を過ごすのは嫌なんだ。
年老いた肥えた豚どもの下の世話をするのも嫌なんだ。
私はただ家族を救いたいだけなんだ。
お願いこれだけお願いしてるんだ。
お礼だってちゃんとするだ。
だから教えてくれよなぁ。
知ってるんだろうなぁ。
教えてくれよなぁ。
もったい付けないでくれよなぁ。
なぁ!オミヨ!」
肩を力任せ勢い任せでグイグイ揺さぶり私をいたぶった。
「痛い!止めて!私は何も知らないの!三島先生には、昔からの病気を治療してもらってるだけ・・・
お願いブレア・・・誰か、誰か助けて!」
もはや聞く耳を持たなくなったブレアから逃れるべくなりふり構わず叫んだ。
ブレアは涙を流しながらすがるように私の身体にまとわりついた。
その姿はまるで先程聞いた身の上話の姉、サラ・ブレアを連想させた。
バンッ!!!
突然部屋のドアが勢いよく開け放たれる。
グレースと三島先生だ。
私たちの姿を見るや、驚愕の表情を浮かべていた。
「ジャック!貴方ともあろう方が何をなさっているのです!」
グレースは叫んでブレアを制止する。
私が床にひれ伏し、青ざめた顔でその様子を見ているのを
三島先生が目撃するや否や血の気がみるみる引いてゆく。
「オミヨさん!」
三島先生が私の傍に駆け寄ってきて私の額に手を当てたり、瞼を開いて瞳孔を見たり、脈を測りだす。
そして凄い剣幕で強引に私の服をはだけさせると
ポシェットから拳銃のような形をした注射器(インジェクションガン)を取り出した。
「早く、緊急抗生剤(後の抗生物質)を―――」
その”銃”を私の胸に押し当てるとトリガーを引く。
「うっ・・・」
思わず嗚咽を漏らす。
「オミヨさん、薬を飲まない間は不用意に”他人との接触”を
してはいけないとあれほど言ったではありませんか!」
グレースはブレアを取り押さえながら声を震わせながら私に言い放つ。
ブレアはそんな私を見ながら、今度は三島先生に詰問する。
「なんだよ、先生それ?注射器か?そんな注射器見たことないぞ!
あんた一体何者なんだ?オミヨや他の寮生にもこそこそこそこそ、実は勉学以外にも
なにか隠してんじゃないのか、どうなんだ?!」
「お黙り!先生、オミヨさんを医務室に!グレース、貴方にはペナルティーが必要の様ですね」
グレースは傍らにあった水差しの水をブレアに勢いよく引っ掻けた。
冷や水を浴びせられたせいか、少し静止するもブレアはまだ悪態をついた。
「まぁ、いいわ。ブレア、貴方には今日お客様の給仕係を命じます!」
「”オモテナシ”だって?迷惑かけた分身体で返せってか?!
薬漬けにするわ身体は売らせるわここはどうなってんだ?福祉施設が聞いてあきれるぜ!
ハイハイ、解りましてございます候!」
グレースも負けじと言い返す。
「ふん!その福祉施設に縋りついた弱り切った人間はどこの誰です?!
・・・まあいいわ、今のうちせいぜい息巻いてなさい。今日のお客様は”特別”ですからね、
貴方も思い知るといいわ」
グレースそう言いながらブレアの胸ぐらを掴んで顔を自身に引き寄せるとその目睨み付けた。
お互いの目はもう寸分の隙間もない。
三島先生が私の肩を抱き上げ部屋を後にする最中、ブレアの呟きが耳に届いた。
「こんな、理不尽・・・許されるものか・・・」
グレースはオミヨが出たのを見ると少し冷静さを取り戻して
目の前のジャック・ブレアに静かに語りだす。
「貴方の父親が私の父の知り合いで無ければこんな事にはならなかったでしょうに。
呪うなら己の家族を呪うといいわ」
「もうとっくに呪ってるぜ、それに呪ってんのはあんたも同じだろう?
いつまで亡き父親にすがるんだ、親父は何の研究をしてたんだ、あんたそれ引き継いだのか?」
グレースは父親というフレーズを出されて顔をみるみる硬化させる。
「黙りなさい、博士の・・・父の事は一切言わないで!」
「あんたがここで国の連中とヤバいことやってるのは知ってるんだ、もちろんあんた自身もその
片棒担いでいる。なあ教えろよ!ここはいったい何なんだ・・・」
「時が来ればっ・・・解ります、だが今は、こうでもして、下品な連中にすがるしかないのです」
グレースはカラになった水差しをゆっくりと元の場所に戻すと踵を返して部屋を出ようとする。
その際、意外な一言をひっそり呟いた。
「私だって、こんなこと・・・」
バタンと扉は閉じられ、一人残されたブレアはその扉に向かって椅子を投げつけた。
時は過ぎ、辺りは静寂に包まれて夜も更けること、幾分か。
ここは特別接待室ー--。
私は絶望していた。
「南・・・クソ所長・・・」
「・・・久しぶりですねぇ、ジャック」
そこには僅かな時間しか過ごさなかったものの私の記憶からは生きているうちは消えることのない
人間が存在していた。
肥えて弛んだ腹、締まりのない顔、短足デブの白髪親父。
私が警察から放り込まれた施設の所長だった。
「なぜ、ここに?」
「なぜって、ここの福祉施設は私も立案に携わっているのですよ。当然ではないですか」
私は、思わず殴りたい衝動に駆られながらもそれをぐっとこらえた。
その様子を見た南所長は顎をさすりながら下衆な顔を浮かべた。
「ふん、まあいい。じゃあ早速這いつくばって尻でも出してもらおうか?」
ニヤニヤしながら私を下から上まで舐めるように見つめる。
「くそ、こんなことが、こんな、畜生・・・」
そんなうろたえる私を見て所長はいきなりこう言い放つ。
「ああ、いい、いい。冗談だよ、もうね、そう言うの止めたんだ」
南所長は意外なことを言った。この色ボケロリコン親父が?
「でもまあこうやってせっかく接待されるんだし」
南所長は暫く空を見つめ少し考えると、ハッと思い出したかのように私に命令した。
「そうです、裸踊りでもしてもらいましょうか?」
「なぁ―――?!」
私は驚愕した。裸で踊れだって?
単なる行為ではなく、戦前のもの見せ小屋。
一瞬思考が停止し、頭が理解できずに真っ白になる。
この男、こいつ、こいつは・・・私をただ侮辱したいんだ。
「いやね、君と合わない間に私も色々な先生と”お勉強”致しましてね、
興というものを理解してきたんですよ」
私はショックのあまり、硬直してしまう。それを南所長が蹴気かけた。
「何をやってるんだ早くしろ!俺は客だぞ!客を待たせるのか?」
「くッ!」
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
でもここで逃げ出してしまえば、全てが無駄になる。
そして何より、兄の手がかりが潰えてしまう。
私は観念し、これ以上に無い恥辱と羞恥の服を脱いで
話に聞いたもの見せ小屋の出し物と同じような動きをした。
南所長はそれを暫く静観したあと、いきなり腹を抱えて大声で笑い出した。
「ガハハハッハハハハハ!・・・こんなガイジンのクソ小娘が、馬鹿見ないな裸で、
俺の前で踊って、、、ははっははは!」
(殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!こいつは絶対肢体を割いてやる!!!)
私の脳裏は殺意でみなぎった。
すると、そんな私の湧きあがった感情を汲み取ったのか南所長は私に近づき言い放った。
「そうだ、あなた脱走したとき手助けした特に仲の良い小さい女の子いたでしょう?
あやちゃんとかなんとか」
それを聞いて私は絶望する予感がよぎる。
「いやうちの職員が見つけたんですけどね、あやちゃんこの間、井戸に”堕ちて”死んだそうですよ」
それを耳元で聞いて体中に電気が走る。
(嘘・・・あや・・・うそだ・・・)
頭の中をあやと過ごした映像がリフレインする。
ショックで放心し私はもう力が入らず床にへなへなと崩れ落ちた。
「可哀そうに・・・身を呈してかばったおねえちゃんは生きるため男の前で裸踊り。
自身は井戸の底で”餓死”とはねぇ。みんな話を聞いて震えてましたよ」
そう言いながら所長は手慣れた手つきで私に触り始めた。
(・・・餓死・・・こいつら・・・わざと・・・)
「全く、この世には神も仏もないもんですかねぇ」
そう言いながら再び下品な笑いをし、私の顔に唾を飛ばした。
神? 仏? そんなものみんな私が殺してやる―――。