三期生がこのグレース女子児童福祉施設に来てから数週間が過ぎた。
今ではもう習慣となってしまったが私達は今、我妻さんの自室に集まって情報収集の成果を報告し合っていた。
あちこちにお菓子や飲み物、厨房から掠め取ってきたサンドイッチなどが床のシートに広がっている。
そこに突然と現れたのが加古さんと田中さんである。
そして先程の加古さんの申し出に皆一堂に驚愕していた。
我妻さんは息巻き、悪態をつきながら加古さんを侮蔑した。
「なんの冗談ですの?!今更、信用に値しませんわ」
「でも我妻さんは会社をお救いになって自ら社長へとなるのでしょう?
なら私の謝罪を快く受け入れる器をお持ちにならなければこれからお辛いですわよ。フフッ」
「だからと言って今更っ・・・・」
我妻さんが言うのも無理はない。
何故なら加古さんは歓迎会での一件を謝罪する代わりに自分と田中さんを仲間に加えろというのだ。
私(美生)とヤガミさん、ブレアさん、我妻さん、孫姉妹はあの日の一件以来、
お互いの利害が一致し、協力することになったのだ。
ヤガミさんは両親の研究の事を。
ブレアさんはお兄さんの事を。
我妻さんは当然、アガツマ製薬の不正を暴き現社長及び役員の失脚を。
孫姉妹は・・・世話になった会長の復権のためだろうか?そこはよくわからないが。
なんにせよ、私たちは各々目的のためこうして夜な夜な集まってはアガツマ製薬を始め、グレースや
時には”来賓”の連中からも何とか情報を収集していた。
だが、ここ数日は拾える情報も少なくなり、手詰まり感が否めなかった所での突然の加古の登場である。
「もちろん、謝罪だけではありませんわ。皆さんが欲しい情報も提供いたしますわ、
最近、その辺手詰まりを感じているのではなくって?フフッ」
これである。そしてそこにブレアがすかさず反応する。
「おい加古、お前最初からこのタイミングをうかがっていたろう」
「まあ、心外ですわ。偶然の一致というのに。フフッ」
「我妻さん、どうするの?私は、加古さんや田中さんの事悪く言いたくはないけど・・・ちょっと怖いかも」
突拍子もないヤガミさんの発言に田中さんが焦って弁明する。
「ごめんよう、加古はどうしてもケンカ腰になっちゃうんだよ、悪気はないんだよーお願い、ほらゲロイムからも」
そう言うと田中さんはゲロイム人形を顔の前に持ち上げ片手で人形の手をフリフリさせた。
下あごに手を当て、辺りを歩き回りながら我妻さんが少し考え込みこう言った。
「情報によりますわね、内容次第では考えないこともないですわ」
「そんなの駄目よ、情報は私達も加えると確約を得てからよ」
「そんなことでは、話は平行線ですわよ」
どうやらお互い一歩も譲る気はないようだ。特に我妻さんの場合は自身の人生をかけてきてるといってもいいので慎重だった。
そこで私はふと、疑問に思ったことを尋ねることにした。
「ちょっといい、加古さん?」
「あら、オミヨさん。なに、質問かしら?」
横槍を入れるなと言わんばかりなしかめっ面を一瞬したが質問には応じてくれるようだった。
「私たちはみんなアガツマ製薬に何らかの理由を持ってここにいるわ。なら、加古さんも当然何か理由があって
あたし達を尋ねに来たんでしょ?いったい加古さんはどんな理由があるの」
加古さんはいつも以上に鼻を鳴らして、私に向き直るとその目を鋭く細めて答えた。
「そうね、もっともですわオミヨさん。流石毎日ちまちま勉強してるだけあって勘が鋭いですわね、フフッ」
「”ちまちま”は失礼だろうが」
ブレアさんが加古さんを窘める。
「まあ、いいですわ。話したほうが進展もしやすいでしょうし・・・」
田中さんが心配そうに見つめている。
そして一呼吸付くと加古さんは私達に告げた。
「私と田中の目的なんてたった一つ、単純明快、そう、”金”ですわ」
一同はそれを聞いて思わず目が点になった。ブレアさんにいたっては呆れて口をあんぐりさせている。
「金・・・ですの?」
堪らず我妻さんは加古さんに問いかける。
「ええもちろんですわよ。いいですわ、少しだけ情報をあげますわ。
このグレース寮には客で来る閣僚たちの集めた金が保管されていますのよ。
来賓どもから聞いたのですから確実、ちゃんと裏も取ってありますわ。
誰か理事長室に忍び込んで意味不明の数字やアルファベットの羅列が記載された
ファイルを見ませんこと?」
「あ、わたしみたかも・・・」
ヤガミさんが答えた。
「それはコンピュータにおける16進数というもので書かれた数字ですわ。
それを私たちの使う数字に直しますと裏金の帳簿になりますわ、フフッ」
「本当か?」
ブレアが半信半疑で答えた。
「まあその辺りは、私達を仲間に引き入れた後で確かめればいいこと」
「で、その金で何をなさるおつもり?」
我妻さんは刺すような張り詰めた声で問いかける。
「当然、ここから出て人生を取り戻すのですわ。
社会で生きる術なんて痛いほどわかってる、後は金だけ。ね、田中さん?」
加古さんは田中さんに同意を求めた。
「うん、まあ・・・不安だけど、加古さんが大丈夫って言うなら・・・ついていくしかないよ」
暫くして、我妻さんはボリボリと頭を掻きながら観念した。
「まあ、いいわ。でも、何か少しでも不審なことをしたら仲間からは外れていただきますわよ」
「よろしくてよ、では皆さんよろしくお願いいたしますわね、フフッ」
「みんなよろしくねー」
加古はスカートの裾を持って両側に広げると腰を落とし、わざとらしく会釈をした。
私は昔からいつも貧困と背中合わせだった。
父は町一の工場を持つ会社の社長だった。
私が幼い頃、父は人がいい性格だったためか総会屋のペテンにかけられ、あっという間にすべてを失うこととなる。
元々”癖”の悪かった母は裕福な暮らしができないとわかると、仲の良かった昔の幼馴染と一緒に逃げた。
残った私は、父と二人でトタン屋根の廃屋のような家で過ごすこととなった。
父は毎日酒を煽ってはいつも口癖のように言っていた。
”みんな喰われちまったよ、あ~あ~”
私はそんな堕落し朽ちていく父を見るのが嫌だったが次第に苦痛に変わっていった。
成長するにつれて近所の悪ガキとつるむになっていった。
父の世話から逃げる様に日々街に出ては悪事を繰り返していた。
品の良さそうなガキや弱そうな大人を見つけては金を奪い、憂さ晴らしに暴力をふるっていた。
そんなある日。
馬鹿デカい黒塗高級車が私たちのたむろするビル街脇の空き地の隅に留まり、スーツの男が数人出てきた。
男らは空き地を指差しながら何やら書類に目を通している。
私たちは何気なくそれをただ呆然と眺めていた。
車のガラス窓に目が留まる。
そこには私と同じぐらいの女の子が据わっていた。
よく手入れされた艶やかな髪、穢れの無い純白のドレスシャツ、真紅のリボン、精巧な銀の髪飾り・・・。
女の子はふと顔をあげ車外に目をやり、見つめていた私と目が合った。
意外にも・・・屈託のない、純粋な笑顔で会釈した。
なんだろう、この感じたことの無い気持ち。
苛立ちとも悲しみとも怒りともいえないこの感情。
感情に支配されつつあった私は体に違和感を覚えてふと我に返る。
いつもつるんでいる一人のガキが私の乳を揉みながら前歯の折れた口を開けニンマリしていた。
・・・・・。
私は苛立ち、ガキの鼻に掌底を浴びせるととっとと家に帰った。
周りのガキはゲラゲラ笑い転げていた。
家に帰ると父はトイレで首をつっていた。
最早悲しみもわかない、見つめていて、ただただ哀れでしかなかった。
外に出て公衆電話で警察に連絡する最中、ふと気が付いた。
・・・そうだ。
敗北感だ。
私はあの少女を見て敗北感を感じたのだ。
もう父は”喰われてしまった”。
私は喰われない、逆に喰ってやる。
そしてあの少女のようになるんだ、フフッ。
そして彼女は忘れていた。
今、目の前にいる、熱意に満ちた彼女こそが”あの”車に乗っていた女の子だったこと。
とある日の深夜未明―――。
その日は嵐の激しい夜だった。
激しく打ち付ける雨、響き渡る雷鳴、轟く暴風。
三島先生の執務室前。
コンコンコン。
「はい、どなたですか?」
ドアをノックする音が聞こえたが誰か尋ねても返事が無い。
「??」
不審に思い、席を立って仕事机から離れ部屋のドアを開いた。
「あれ?気のせいかしら・・・」
ドアノブに手をかけたままそのまま身を乗りだり、薄暗いわずかに照らされた廊下の奥を覗き見る。
「・・・グゥッ!!!」
その刹那、ドアの反対側で待機していたシアンが勢いよくドアノブを引っ張り、
身を崩された三島先生は待機していたリーゼにタオルで顔面を覆いかぶされそのまま
すぐ後ろに控えていた加古さんとブレアさんも加わり部屋の中に押し戻す。
「・・・ぐはっ、あなた達なにをなさるのです?!いたずらでは済みませんよ?!」
タオルをゆっくり取って、椅子に腰かけさせると私達一同を見た三島先生が
恐怖に慄いた顔をしていた。
「先生・・・お静かにお願いいたします」
「そのまま、傷つけたくはありません」
孫姉妹は三島先生を腕で押さえつけながら冷静な声で忠告を加える。
「・・・どういうつもりですか?」
「突然の失礼をお許しくださいませ先生、私達、今日は折り入ってお願いがあってまいりましたの」
我妻さんは歩み寄って先生の眼前に顔を突き出すと真剣な眼差しで伝える。
「お願いで、こんな手荒な真似をするなんて・・・いったい・・・・オミヨさん、あなたまでっ」
三島先生は隅に控えていた私を見て驚愕していた。
「簡単な話ですわ、こんな事をする時は公に出来ない相談。それ以外に御座いませんもの」
加古さんが虎視眈々と述べる。
「先生、お願い。私達アガツマ製薬について知りたいの、協力してっ」
「なっ・・・?!」
ヤガミさんの問いかけに三島先生は一目でわかるような反応を示した。
だが当然、先生はシラを切る。
「皆さんが何を思っているのか知りませんが、私は教員兼医務員です。会社に属してはいますがアガツマ製薬の会社の事は
詳しくは存じ上げないのです。お願いです、こんな事は止めてください」
だが当然私達がそれを受け入れることなど断じてなく。
「それ、オミヨの前でもう一回言ってごらんよ」
解ったかのようにブレアさんが三島先生の耳元で囁いた。
「?!そんな、オミヨさん!」
その時、三島先生は察知したんだろう。
自分が派遣された目的、彼女たちのアガツマ製薬に対する執着。
そしてなにより、彼女に対する”臨床試験”が知られていることを。
私は三島先生に向かって問いかけた。
「先生、私は・・・自分にされている事実に向き合いたい。
アガツマという得体の知れない会社に身も心も奪われたくない。お願いです、協力して」
「オミヨさん・・・解ってしまったんですね・・・ごめんなさい」
三島先生は途端に顔を曇らせ俯くとすすり泣き始めてしまった。
「先生、両親の呵責に向き合うのは後になさってくださいまし。それよりも、まず私達の要求を聞き入れていただきたいのです」
我妻さんは三島先生の肩を掴むと迫真の顔で言った。
「お願い、私達の仲間になってくださいませ」
「仲間・・・?!」
不安げな声を上げる三島先生に加古さんが単刀直入に切り出す。
「私達、”別館”に行きたいの。先生はもちろん”別館”の行き方をご存じのはずですわね、フフッ
だから先生、私達の仲間になって別館まで案内してくださいまし」
三島先生の顔が強張り、見る見るうちに青白くなっていく。
このグレース女子児童福祉施設には本館の少し離れたところ、中庭を挟んだあたりに塔のように聳える大きな別館があった。
しかしその外壁は長きにわたる年月を感じさせるかのように外壁が風化しており、
あらゆる扉や窓は打ち付けられ封鎖されていた。
年頃の寮生たちは当然、幽霊等の類の話や伝承の話で盛り上がり、気味悪がって近づくものはいなかった。
「別館なんてっ、あ、あそこはもう老朽化して危険なので長きに渡り入り口から窓まで全て封鎖されています。
それに別館には特別何かあるような場所では―――」
「先生、それは嘘ですね。私はここ数日、先生の事を監視させていただきました。
貴方は夜消灯時間を過ぎた後、医務室に向かいそこから、日によっては明け方まで帰って来ない」
三島先生を拘束していたリーゼがストーキングの事実を告げる。
「さらに、別館の4階、窓に打ち付けられたべニヤ板の僅かな隙間から光が漏れ出ているのを確認しています」
言葉と共に、シアンが先生の手の指をあらぬ方向へ引っ張り上げる。
「イ、イタいっ!!!」
「静かに・・・とにかく嫌でも私達に協力していただきます。よろしいですわね?」
「あと、貴方が知っている情報も後からすべてお話ししていただきますわ」
我妻さんと加古さんはさらに三島先生に詰め寄る。
先生も一同の気迫に圧倒されたのか、暫くの沈黙の後、観念してこう告げる。
「・・・・・・皆さん、いいんですか?後戻りはできませんよ」
その口調はいつもの穏やかな口調とは違い緊迫に満ちていた。
「もちろんだよ。先生も私達を裏切ってグレースに告げ口でもすると、わかってるだろうね」
ブレアさんは三島先生の背中に冷たく光る”鋭いもの”を当てた。
「ひっ。お、お願いです暴力は止めてください!」
「ジャックさん止めなよ!流石にそれはやりすぎだよ」
田中さんが見かねてブレアさんを制止にかかる。
「田中さん、止めなくていいわ。今日、私達は人生をかけてここにいるのです!」
加古さんが張り詰めた声で静止する田中さんをひっこめた。
その時。
「!!!足音、数メートル先から」
リーゼが我妻さんに伝える。
「全員、身を隠してっ。先生、わかってますわね」
私達は急いでクローゼットやベットの下や後ろに身を隠して接近する者に備えた。
(ブレア!何をしてるの?!)
ブレアさんは身を隠すことなく先生を部屋の中央に立たせると自分はその背後で”モノ”を背中に突き立てた。
正面からの視界には入らないかもしれないのだが・・・。
しかし、彼女は臆することも怯むことなく凛として構えていた。
程なくして。
コンコンコン。
「は、はい、どうぞ」
「グレースです、入りますよ」
クローゼットのドアの隙間から垣間見る。ドアが開き、グレースが入ってきた。
「ど、どうなさったのですか。部屋の真ん中に突っ立って」
「いえちょうど席を立って机に向かおうとしていたとこなので・・・」
三島先生の顔は緊張を隠し切れず冷汗をかいていた。
グレースは少し怪訝な顔をしながらも、用件を切り出す。
「まあいいですが。先程、本車の方から連絡がありましたよ。
今日の測定基礎データがまだ届いていないとのことです」
「ええ、ちょうどこれから”別館”に向かおうと思っていた所ですわ・・・」
ブレアさんは顔色一つ変えることなく、事の成り行きを見守っている。
「なら、今日中にお願いいたしますね。・・・なんだか顔色が悪いですわ」
「お、お気になさらず。薬を飲んでおきますわ。」
「そうですか、まあ。間違って試薬など口にしないようお願いしますね。
私は明日、早朝から外出の予定があるので先に休みます、後はお願いいたしましたよ」
「承知いたしました。お休みなさいませ、グレース様」
グレースが身を翻しドアノブに手をかけ部屋を出て行く。
のだが。
「そうそう」
首だけを曲げ、三島先生に向き直る。
その場にいた全員が息を飲んだ。
「この間、理事長室のファイルの一部の場所が変わって収納されておりました。
もしかしたらここをかぎ回っている者がいるかもしれません。何か不審な”鼠”を見たらすぐに知らせる様に」
(私達を鼠呼ばわり・・・さしずめモルモットですわ)
私を抱きかかえるように身を潜めていた我妻さんが呟く。
グレースが去って、遠のくのを確認すると一同はひそめた場所からぞろぞろと這い出た。
「まあ、丁度いいタイミングでしたわね。では先生いきますわよ、別館に」
加古さんが啖呵を切った。
私達は息をひそめ、静まり返る闇の中医務室にやってきた。
(あれは・・・黒電話と、赤電話)
三島先生は黒電話の受話器を取って脇に置くと、今度は赤電話の受話器を上げ、ダイヤルに手をかける。
通常の電話をかけるのとは違い幾つもの数字のダイヤルを手早く回してゆく。
「もしかして、誰かに助けを求めるなんてこと・・・」
「安心して、これは近代セキュリティの一種よ」
田中さんの不安を他所に、三島先生は淡々をダイヤルを回してゆく。
ダイヤルし終わったのか、一瞬だけ”リンッ!”と鳴ると医務室の隅にある本棚が小さな音を立てて壁に収納されて行く。
「皆さん、危ないから離れてください」
やがて、一同の前に現れたのは深く別館へと続く地下渡り廊下への階段だった。
我妻さんたちが覗き見ると、それは無機質なコンクリート一色で、奥はまるで漆黒へと誘われる様な不気味さを醸し出していた。
「気味悪いですわ・・・」
思わず加古が声を漏らす。
「・・・さあ、行きましょう」
三島先生が傍らにあった懐中電灯を手に取ると先陣を切って階段を下り始め、私達も後に続いた。
こうして、私達一同。
我妻、加古、田中、ブレア、リーゼ、シアン、三島、そして私美生は別館へと足を踏み入れた。
僕は、ずっと夢を見ていた。
家族と兄弟、三人で仲良く高原で遊ぶ夢だ。
昔父から聞かされていた英国の高原は悠然とした大地に山々がそびえ、素晴らしい自然があふれているという。
でもその夢はいつも途中で終わりを告げ、漆黒の闇に沈んでゆく。
突然僕の前から霞のように皆が消えてゆくからだ。
そして再び眠りの中で繰り返される、夢は永遠ともいえるようだった。
――――父さん、母さん、もうずいぶん会っていない。
――――サラ、ジャック、元気にしているだろうか?
――――サラ、僕が必ず薬を作ってあげるからね。
・・・・・。
・・・・・。
・・・。
何だろうか、遠くから声が聞こえる。
人の声を聴くのは久しぶりだ。
”助けて・・・兄さん”
???
”お願い・・・お願いよ・・・”
???
”起きて!!兄さん!!!”
誰?・・・・サラの・・・声・・・・
????
???????
?????? ジャック????
「うぁぁ、うわあああああああああ!!!」
僕は全身の身体から電気が走ったような衝撃を受け、その身を引き起こした。
その瞬間に体中から繋がれたコードやチューブがブチブチと嫌な音を立てながら外れて行く。
「はぁはぁはぁはぁはぁ!!ああ、痛いぃぃぃ!」
外れたチューブが抜け、そこからわずかだが血が流れだし激痛が襲う。
痛みをこらえながら必死に目を凝らし辺りを見るが、長きに渡り眠りについていたのか
外界から受ける光に目が耐えることができず視界は真っ白であった。
「お、落ち着け、落ち着け、落ち着いて・・・・」
痛みに耐えながら深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせて目が慣れて視界が回復するのを待つ。
・・・・ここはどこだ。
駄目だ、頭が真っ白で何も思い出せない。
自分は長らくの間眠っていたのか、まだ意識もハッキリとせず、記憶も思い起こすことができない。
焦らず、落ち着いて、ゆっくりと。
・・・・暫く裸の身体をさすりながら冷静さを取り戻してゆく。
「少し肌寒い・・・」
半時間ぐらいだろうか?しばらくジッとしていると徐々に視界が回復してゆき、辺りの様子が徐々に視認できるようになってきた。
眼前にはSF映画で見るような様々な計器やモニターが自分を取り囲んでいる。
暫く呆然として自分がその中心のベッドで今まで眠っていたことをようやく認識した。
「グッ、うごけっ、このっ」
どれほど動かなかったであろう身体は鉛のように重たく、少し腕を上げるだけでもとてつもない疲労感が襲い来る。
残ったテープ張りの電極を全て引き?がしてベッドから這うように離れた。
だがその身は立ち上がれずに床にうつ伏してしまう。
「くそー」
何とかベッドの足にしがみ付き時間をかけながらも自力で立つことができた。
「ふう、ふう、ふう」
たったこれだけの動作に息が切れる。
とりあえず周囲を見回し、服や着れる物を探す。
さっきから肌寒く我慢できないのだ。
「おっ、これは」
一つのモニター台の下が引き出しになっていた。
引き出しを探ると一番上の棚に灰色の入院着のようなものが入っていた。
「助かる、ありがたい」
まだ不完全な体でぎこちなく着衣を済ませ、棚の他も探る。
「これは・・・ファイルか」
過観察書というタイトルが銘打ってるファイルを手に取って1ページを開く。
「俺の写真・・・」
そこには自分の顔写真と共に特別臨床被験者(代替)という項目と共に幾つもの
数値や血液検査のデータらしきものが並んでいた。
まだ停滞中だった脳が、呼び覚まされたように急速に覚醒してゆく。
「そうだ、僕は、サラの病気ために、ジャックのために・・・ここに来たんだ」
凍結されていた記憶が溶かされてゆく。
そうだ、ここは旧グレース邸”本館”。グレースの研究棟。
僕は・・・ここで・・・わが身と引き換えにグレースから・・・・
「探さないと、グレースをっ・・・」
ガシャーン!!!
金属トレーの落下した音が部屋に響き渡る。
「!!!誰だ?!」
振り返ると部屋の隅には一人の白衣を着た女性が驚愕の表情でこちらを凝視していた。
「あ、あ、ああ、あ、うそ、そんな、目覚めるなんてっ・・・」
「君は、いったい誰だ。グレース博士の部下か?」
よく見ると白衣の胸の辺りに”松本”というネームプレートがつけられていた。
僕と同じぐらいの年齢だろうか?
「松本さんというのか、ここは旧グレース邸だろう。グレースさんはどこにいる」
「大変っ」
「待って!くそっ」
松本は急ぎ踵を返し足早に部屋から出て行ってしまった。
僕はおぼつかない足で、でも急ぎ彼女の後を追った。
部屋を出て扉を閉めるとドアのネームプレートには”経過観察室B”と書かれていた。
(B・・・そうか、新薬の臨床試験は失敗だったんだな)
廊下に出ると奥の階段を駆け上がって行く彼女の姿が垣間見えたので自分もその後を追った。
(長い螺旋階段だ、上までだいぶある)
体力が際まで落ちていたため息を荒げながら必死に一歩一歩踏みしめながら
手すりにもたれ掛かり、必死に上がっていった。
(さっきいた場所は、地下なのか?電飾の明かりがだんだん多くなってゆく)
先程の暗がりとは違い徐々に周りが明るくなってゆく。
そして上がりきった先の鉄製の扉を自身の体重をかけながら必死に開いた。
鍵が掛かっていなかったのが唯一の救いである。
「これはっ・・・!?」
驚いて思わず声を漏らす。
目の前に広がるのは調度品や豪華なシャンデリア、絵画、真紅の絨毯。
そこまで広いわけではないが、それはまるで海外で見るような豪華なホテルのロビーの様だった。
(・・・やはり僕は”別館”から”本館”に移されたんだな)
辺りを見渡すが彼女の姿を見ることができない。
幾つか部屋の扉が有るのでどこかの部屋に入ったのであろうか?
”・・・・・・!!!!!”
(叫び声?!)
僕は叫び声が聞こえてきた奥の方へと続く広間の方へと歩み始めた。
「なに?いったい、どうなっているの?グレース博士!グレース博士!どこにいるんです!」
奥の方へ行くとそこには彼女、松本さんがへたり込んで上を見上げていた。
「どうしたんです一体?」
彼女を顔を覗き込むと驚愕の表情を浮かべ、震えていた。
彼女の視線の先を追うとそこには大きな浴場のような湯船が有り、
その上には・・・
「え、冗談だろ、なんで、こんな・・・」
両手をローブで縛られてまるでVの字になる様に宙づりにされていた女の子がいた。
そのすぐ横には、毛むくじゃらの人形のようなものも一緒のような形でつられていた。
「タスケテーオネガイ」
その少女は弱々しくそう口にして目に涙を浮かべて、懇願する様にこちらを見つめた。