影我やばたにえん   作:かがみひこ

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第五章 リチャード

「タスケテタスケテタスケテ・・・・」

少女は、首をがくがくさせながらこちらに目を向けて懇願する。

「大変だ、何とかしないと」

狼狽している場合ではなかった。

リチャードはへたり込み半ばパニック状態の松本の肩を引き寄せ無理やり抱き起すと

問い詰めた。

「なぁ、あんた松本さんって言うんだろ?あの子を早く助けないと大変なことになる!

見ろ、もう吊られている腕がうっ血して酷い色になっている。急がないと。

どうすればいい?そうだ、二階だ、二階吹き抜けの鉄格子に括り付けられているロープを外せば

何とかなるはず。どうやって行けばいい?!」

焦りからか半ば矢継ぎ早に問い詰めたが、松本は何とか呼吸を整えるとリチャードに答えた。

「戻ってさっきのロビーから正面のエレベーターから各階にいけるわ・・・でもやめたほうが良い!

ここに誰かが来るなんて緊急事態よ」

松本はリチャードの胸ぐらを掴み、緊迫した表情をグッと近づけた。

「リチャード、私はあなたの事をよく知っている。あなたの新薬臨床試験が失敗して昏睡してからずっと

看病していたから。

それにしても、回復の見込みのなかった新薬の副反応による昏睡から目覚めるなんて有り得ないわ!

連絡したくてもグレース博士もいないし。

地下研究所から出れば別館の少女が何故かここで吊るされているし。

・・・リチャード、私と一緒にここを出ましょう。今ここは危険すぎる」

松本は立ち上がるとリチャードの手を引いてこの場から立ち去ろうとした。

「おい、馬鹿言うな。目の前の子がどうなってもいいのか?

僕はあんな可哀そうな子を見捨てられるほど人間捨てちゃいない。

僕は今から助けに行く。松本さんもここで手伝ってくれ。」

「そんな、嫌です私っ。そんなことできないし。グレース博士にも―――」

「良いからっ、頼んだぞ!」

リチャードは手を振り払うと徐々に回復しつつある足で、急ぎエレベーターへ向かった。

エレベーター前までたどり着くと操作パネルに目をやる。

(1階~4階までの表記・・・あの子を縛っているロープはきっと2階にあるはず)

扉横の上ボタンの押し、暫く待つと機械の振動と共にチンッと小気味いい音が鳴って

観音開きのドアが開いた。

(急げっ)

エレベータに飛び乗り、”2”のボタンを押す。

上昇する間。ドアの上のフロア案内のプレートが目に入った。

(2階・検査及び手術室)

ゴゴゴゴゴゴッ、ゴーン、チンッ。

また小気味いい音が鳴って扉は開かれた。

そこは病院に行くと必ず鼻につく、消毒液のような、薬液のような匂いが充満していた。

(この構造から言うと、左手側の突き当りまで。そこに吹抜があるはず)

リチャードはすぐさま吹抜へと向かったの、だが。

「おい、嘘だろ、そんな、なんでこんな・・・・」

少し歩くと直ぐに開かれた場所にドアもなくあったのは手術台。

先程の僕と同じように無数の計器や機器、用品など囲まれ、

・・・・・・少女が手術ベッドに鉄枷で磔にされていた。

ただ一つ、僕と違うのは、彼女の寝かされているベッドの真上には

無数の丸鋸が吊り下げられていた。

唖然として思わず立ちすくむ僕に気づいた少女がその可憐さとは裏腹の怒号を張り上げる。

 

「ハヤクタスケロ!ハヤクタスケロ!」

 

「冗談だろ・・・」

白いブラウスと可憐なリボン、清楚な黒髪をした少女はその顔を鬼のような表情に変貌させ、

こちらに向かって怒鳴り散らしている。

「良いから、早く早く助けてくださいましっ!あの女!あの女!許さないわ!」

少女はまるで壊れたレコーダーのように何かをブツブツ呟く。

「ちょっと待ってくれ、君の他にも捕らえられている子がいるんだ。

その奥の扉の向こうに行けばロープを外すして助けることができる。

すぐに戻るから、少しだけ我慢しててくれっ!」

「じょ、冗談じゃありませんわ!この状況から見て田中より先に助けるのは私でしょうに!」

更にリチャードにまくし立てに来るので思わず声を荒げた。

「うるさい!ちょっと黙ってろ、直ぐに戻るから」

「そんなぁぁっぁ!見捨てないでくださいまし!」

リチャードはその子のベッドの横を通り、奥の扉のノブに手をかけ、開いた。

瞬間。

 

ガッシャン!!!キュィィィイィイィィィィイッィィイッィィィ!

少女の上の丸鋸が作動音を上げ、凄まじい音と共に回転し始めた。

 

「なんで、なんでそうなるんだ!」

音で反応しすぐさま振り返り、目の前の信じられない光景を見て思わず声が上がる。

「ひぃぃぃいぃいっぃいいいいいいい!」

まるでエクトプラズムでも吐き出すかのような悲鳴を上げる少女。

「クソ、どうしよう、どうすればっ」

狼狽する最中、開いた扉の奥に分厚い木の板のようなものが垣間見えた。

「少し待ってろ!!」

最早体力が戻ってないのも忘れ、急ぎ駆け出し滑り込むように二階吹き抜けの部屋に来た。

壁に立てかけてあった板を手に取り急いで手術ベッドまで戻る。

「これで、何とか時間を稼いでみる!」

「ほ、本気ですのっ!そんな板で!」

リチャードは板を丸鋸を支えるサイドアームとベッド代の間に挟むように立てた。

木板は凄い音をたてたが何とかギリギリの瀬戸際で丸鋸の降下を抑え込んでいる。

「よ、よし、いいぞ。おい君、これはどうやったら止められるんだ!教えてくれ!」

「止め方って言われても、もう頭が真っ白ですわ・・・」

少女は先程の表情とはうって変わり涙の粒が大量にあふれていた。

「・・・あ、あ、そうですわ。3階。私を縛り付けた後、あいつは3階に行きましたの!

そしたら、ここのベッドの電飾が付いたり、いろんな機械が付きましたわ、だったら・・・」

「3階だなっ、解った」

「お待ちください。先程の部屋から、梯子から行ってくださいましっ」

先程の部屋は急いでいったので梯子があったのかわからないがとりあえず言われた通りに急いで戻った。

部屋に戻ると松本さんの声が耳に飛び込んできた。

「リチャードさん、急いで、女の子がっ!」

「松本さん?!」

部屋の2階鉄格子から吹き抜けを身を乗り出してみると吊られている田中と呼ばれる少女が目に飛び込んできた。

「タス・・ケテ・・・タス・・・」

(腕の色が酷い、顔色も、こっちも急がなくてはマズいっ、この状況、どうすれば)

ロープを先に切ろうと思い立つも切る道具も無い。

リチャードは電気を走らせるように脳を活性化させ、電光石火の如く思案する。

「・・・松本さん!2階で手術ベッドに磔になっている女の子がいる!

わかるなら2階に上がって来て助けてくれ!」

松本さんに叫ぶだけ叫ぶとすぐさま3階へとつながる梯子を見つけて駆け上がった。

 

「どこだ、どこだ。停止するには・・・・」

3階は少し暗がりだったがけして見えないわけではなかった。

額に汗を滴らせながら必死に辺りを探す。

「・・・あった!配電盤!」

壁にあった配電盤のパネルを急いでこじ開けると手術室・ブレーカーという注意書きと共にレバーを発見する。

急ぎレバーを掴み、力任せに下げた。

ガシャン!

(・・・・・・・・。)

機械音が止まっている様子はない!

(嘘だろっ!)

どうすることも出来ず、埒も空かないので急いで元へと引き返す。

「ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ」

支えていた板は既に割れて飛散しており、ブラウスの少女の頭上には丸鋸が目前に迫っていた。

少女はもう心ここに有らず、嗚咽、涙、涎、鼻水に加え、失禁もしていた。

こんな状況にもかかわらず尿の匂いが鼻についた。

(ああ、そんな、もうだめなのか)

刃が目前に迫るかな、どうすることも出来ずに思わず目を瞑って天を仰いだ。

 

シューン・・・。

目前・・・機械が停止する音が聞こえる・・・・。

「松本さん・・・・」

松本さんが青ざめた表情で機器裏側のパネルを開けてレバーを引いていた。

「ブレーカーが落ちた時用の非常電源盤、ここにあるの・・・」

間一髪で合った。

どうやら主電源を落としても予備が入っていたため電源が落ちていなかったようだ。

松本さんが壁にもたれ掛かる。

僕は安堵の息を漏らし、そしてブラウスの少女の元へ歩み寄る。

「外れている・・・電気的なものだったのか?」

少女を磔にしていた鉄枷は外れており解放されていた。

リチャードは丸鋸の刃が当たらないようにゆっくりとベッドから引きずりおろす。

「大丈夫か?

「生きた心地はしませんわ・・・」

何とか少女は辛うじて正気を取り戻したようだった。

そして、次にリチャードはすぐさまハッと我に返る。

「そうだ!宙づりの女の子!」

急いで手術室を抜け出し、吹き抜けに戻る。

(駄目だっ・・・ぐったりしてる・・・)

鉄格子に手をついて跪き、少女を悲観した。

その時、背後から気配を感じた。

「私をね、友達をね、見捨てて逃げようとするからこのような目に合うのですわ。お似合いですわ。」

先程のブラウスの少女だった。

手にはメスを持っている。

少女はそのまま鉄格子に括り付けられていたロープをメスで切り始める。

「おい、待て!そのまま切ると!」

心配を他所に少女は呆気なくロープを切った。

すると両手にV字のように括り付けられていたためか、

まだ向かいの壁側のフックに括り付けられていた左手のロープに身体が凄い勢いで引き寄せられ、

勢いよく壁に打ち付けられた。

「ガフッ!」

「だ、大丈夫か?!でもよかったまだ息がある!よし何とか向こうの壁のロープを切る方法をっ・・・・」

そう言って少女を振り向くと、彼女は氷のような表情をしていた。

「え・・・・」

メスを持っている手とは逆の手を見ると手術室で見つけたのであろうか、予備の丸鋸の刃を持っていた。

「なにをっ・・」

静止する暇もなく。

少女は丸鋸の刃をつられた少女へ向かって、常人とは言い難い凄いスピードで投げつけた。

ズバンッ!

当たったのは吊り下げられている腕だった。

紫色の腕の肉はちぎれ、もはや上腕の骨と皮のみで繋がっているような感じだった。

「正気か?!!!死んでしまうだろう!」

リチャードは少女を制止するも、彼女は凄い剣幕で睨みつけ、胸ぐらを掴むと力ずくで押しのけた。

「・・・・それも一行ですわ」

そう言うとまだもう一つ持っていた丸鋸の刃を投げつける。

直撃した。ついでに刃は壁に当たって一緒につられていた人形にも当たって共に落下した。

そしてついに吊られた腕は布を引き裂くように分離し、少女はそのまま下の水の張られた浴槽へと。

――――浴槽の水が瞬く間に真紅に染まる。

―――少女の可愛がっていた人形と共に。

 

「鎮痛剤と止血剤、包帯とガーゼに・・・後、麻酔はこの注射でいいのか?」

「大丈夫、ありがとう。後は出来るだけやってみるけどつながるかどうかは難しいわ」

リチャード達は重症の田中を担いで加古の囚われていた手術室へ赴いていた。

松本は額に汗を滴らせながら、田中と呼ばれた少女の応急処置を急いでいる。

「ふん、こんな奴に手当など無用ですわ!」

加古のまるで見捨てるかのようなセリフに思わずリチャードは声を荒げた。

「お前、ふざけるなよ!彼女は君の仲間なんだろ、大体君のせいでこうなって・・・」

「私、加古という名前が御座いますの、お前ではございませんわ。

それよりもそこで着替えますので、どいてくださらないかしら?」

「くっ!」

加古は先程濡れてしまったスカートを隣の部屋にあったクローゼットから適当な替えの

ロングスカートを見つけ出しており、そそくさとパーティションの陰に隠れてしまった。

(彼女といいこの子といい・・・いったいここで何が起こったんだ?)

暫くすると加古が戻ってきた。リチャードは松本の邪魔にならないように加古に問いただした。

「加古・・・さんでいいんだな?僕はリチャード、このグレース研究所で被験者になっていたものだ。

暫く眠っていたので状況がわからない。松本さんもずっと地下にいたようで知らないようだ。

何があったのか教えてくれないか?そして君は何者だ?」

それを聞いた加古は鼻で笑うと意外な答えを口にした。

「それを聞きたいのはこっちの方ですわ、フフッ」

「なんだって?」

「私たちはグレース女子児童福祉施設の寮生ですわ。肝試しで皆さんと呪いと噂の別館に来ただけですわ。

たどり着いたロビーであまりにも本館と違う様子に唖然としていた所・・・急に電気が消えて・・・意識が飛びましたの。

こんなの初めての経験ですわ。

気が付いたらこの田中が私をベッドに縛り付けながら”ごめんね、ごめんね”って言ってますの。

そしてあろうことか友人の私を置き去りにして逃げましたのよ、まったく許せませんわ!!」

どういうことだ、とりあえず肝試しというのは間違いなく嘘だろう。

まず別館から本館のここに来るには厳重に施錠されている箇所を潜らなければならないはず。

そもそもここは別館ではなく本館・・・なぜグレースは少女たちにここを別館と呼ばせたんだ?

「・・・そうか、解った。とりあえず、話からするに肝試しに来た君たちを何者かが襲ったのだろう。

状況が状況だ、これからは一緒に行動してもらうよ」

「ふん、偉そうに・・・これだから男というのは」

言いながら田中は辺りの様子を見回しながら呟いた。

「でもやっぱり、噂は本当でしたのね。ここは誰も済んでいない朽ちるに身を任せる洋館とお聞きしたのですが、

まさか外観とはうって変わって中はとんでもない代物ばかり、しかも人が住んでいるんですもの」

???

外観?

僕が来た時は外観はとても優美な印象を受けた洋館だったはず?

・・・いや、まさかな。

「とりあえず、今は田中が起きましたら根掘り葉掘り問いただしますことよ、フフッ」

加古はそう言うと踵を返して辺りの棚やら調度品を探り始めた。

 

「あ、加古さん。そう言えば君たちの他に何人ここにきているんだ?」

「私を入れて全員で ”七人” ですわ。きっとここに囚われていますことよ」

 

「そうか、わかった」

処置をする松本を見守る傍ら、先程は落ち着いてみることの出来なかった周りを捜索することにした。

「松本さん、まだ時間かかりそうですか?とりあえず辺りに他の子がいないか探してみます」

「・・・そうね。そうだリチャード君。捜索にいくのなら一階に降りて飲料水を取って来てください。

田中さんの居た部屋のエレベーターを挟んで間反対の方向へ行くとキッチンがあるはずです」

「わかりました、今から行ってきます。加古さん一緒にいこう」

「嫌ですわ、あんなことが有った後ですもの。何が起きるか分かったもんじゃない」

加古はそう言うと露骨に嫌な顔をした。

「でも僕一人では他の子に会ったとき不審がられてしまう、場合によっては君たちを襲った人間と間違えられかねない」

「・・・しかたないですわね、フフッ」

そう言うと加古はいつの間に手に入れたのか大きい奇麗な細工が施されている剪定鋏を引っ張りだした。

「おいそんなもの、どこにあったんだ」

「先ほど着替えている最中に部屋の隅に立てかけて置いておりましたの、護身用には丁度いいですわ」

護身用とは・・・この加古とかいう少女、少々危険なのかもしれない。

場合によってはこちらも襲われかねない、気を付けなければ。

「はあ、わかった。松本さんは大丈夫ですか?」

松本は汗をぬぐい一息つきながら答えた。

「私は手術室にあったメスがあるので大丈夫です。包丁とは比べ物にならないぐらい切れ味は抜群ですよ。

それに、田中さんをこのまま放置するわけにも参りませんし」

「何かあったらすぐ大声で叫んでください、すぐ戻ります。では行ってきます」

「気を付けて」

そしてリチャードと加古の二人はその場を離れ、一階へと戻っていった。

 

エレベーターから一階ホールへと戻り、今度は田中さんの居た方とは逆の方へと歩いてゆく。

程なくしてこじんまりとしたドアの前までたどり着いた。ドアにネームプレートが無いか探してみる。

「ここがキッチンか?」

「どうでもいいですわ、私喉が渇きましたの。早く入りますわよ!」

加古は臆することなく勢いよくドアのノブをひねって開け放った。

「・・・部屋?」

眼前に広がるそれは、キッチンというよりかはただの個室のように思えた。

「・・・誰かいる!」

殺風景な部屋の真ん中、大きなベッドには少女が安らかな寝顔で眠っていた。

「ヤガミさんですわ、ヤガミさんおきてくださいましっ」

どうやらベッドですやすや寝息を立てていたのはヤガミという少女らしい。

「薬か何かで眠らされておりますの?」

「それより、これはどうなっているんだ?!」

少女はベッドに分厚いレザーベルトでグルグルに縛り付けられて、真ん中を金属のバックルで繋がれていた。

加古が耳元で叫んでも、頬をひっぱたいても一向に起きる様子がない。

その時。

バタンッ!

 

部屋の扉が閉まった。

「え、なんですの?」

「扉がっ、くそっ、開かない!」

急に扉が閉まってしまい、リチャードが再びドアを開けようとしても鍵が掛かっていた。

「どいてくださいましっ、私が」

そう言って、加古がこちらへ向かおうと一歩踏み出した瞬間。

ガタンッ、バチンッ!

天井から酷い金属音がした。鎖のジャラジャラという金属音と共に破裂音が部屋に響き渡る。

二人は恐る恐る天井を見上げる。

「・・・嘘だろ、おい」

天井が通常よりも高かったために二人は視界あまり入らず気に留めなかったが豪華絢爛なシャンデリアがある。

だがそれは真中に鎌の刃がついたいびつで狂気めいたもので、

ベッドで眠るヤガミの真上に吊り下げられていた。

今、埃やチリがそのシャンデリアからゆっくり落ちているところを見ると明らかに先程の音はシャンデリアが段階的に

落下したのが二人には予見できた。

「じょ、冗談でございましょうっ。上から真っ二つの刑はもうこりごりですわよ!」

そう言ってもう一歩踏み出した途端。

ガタンッ、バチンッ!

また強烈な破裂音が響き渡った。それは二人の耳を通し、心臓まで響き渡る。

「!!!・・・加古さん、動いちゃダメだ!」

リチャードはその規則性を直ぐに理解した。

「床だ!床が上のシャンデリアのロックを外すスイッチになってしまっている!」

「床って・・・でも先程私達が来た時には何も起きませんでしたわよ!」

「多分、さっき誰かに付けられていて僕たちを閉じ込めたと同時に何か仕掛けを起動したんだ、

これ以上動くとヤガミさんが危ない!」

見るとシャンデリアは先程よりも更に段階的に下がっており、多分あと一回か二回でアウトといったところであった。

「そんな、ど、どうしますの、八方塞がりですわよ?!」

「とりあえず落ち着いて、動かなければ何も起きないはず。何か周りに気になるものは無いか?」

加古は焦りながら辺りを見回すがこれと言って気になるのがない。

「ありませんわよっ、何にもありませんわ」

言う通り、二人の居る部屋にはヤガミの眠るベッド以外は本当に何もないのだ。

有るとすれば隅にある大きな冷蔵庫ぐらいである。

リチャードは目を凝らして、部屋の様子を集中する。

(何かあるはず、こういう仕掛けものは誤作動停止のため緊急停止ボタンなどが施されているはず・・・)

だが。

(くそっ、有るのは冷蔵庫だけか)

・・・。

(いや、違う)

・・・リチャードの脳裏が冴えてゆく。

「冷蔵庫だ、この部屋には冷蔵庫がある。ならそれしかない」

「何をおっしゃってますのリチャード、まさか狂ってしまったのではありませんことっ」

加古は身震いしながら戦慄した。

「加古さん、そっちの方から冷蔵庫はくまなく見ることができるか?」

リチャードは加古に冷蔵庫に注力するよう指示を出す。

「有りますけど、ただ電源が繋がっているだけですわ」

「それでいいっ、そっちからなんとかその電源を引っこ抜けないか」

「無理ですわよっ、ここから1m以上先に有りますのよ。どうすればよろしくて」

リチャードは気を落ち着かせ思案し、こう切り出した。

「・・・加古さん、手元にある剪定鋏を使おう」

それを聞いた加古は呆れた様子で答える。

「何をおっしゃいますの?私の持っている剪定鋏では電源コードには届きませんわ、見ればわかるでしょうに」

「違う、そのまま使うんじゃない。その剪定鋏”2つに分けて使うんだ”真ん中の交差する部分に留め金が付いているだろう?

それ、何とか外せないか」

「こ、これをですの?ちょっと待って・・・固いッ、痛いぃ」

加古は試行錯誤しながらか細い指で何とか精巧な細工をしてある留め金を力任せに指で回し取った。

はずみで片方の刃を落としそうになるが、寸で受け止める。

「はぁはぁ、はぁ、なんとか・・・できましてよ」

「よし、そしたらブラウスを脱いでその別れた2つを上着で繋いで竿のように長くできないか?」

「こんどは貴方の前で脱げと仰いますの?!ふざけないでくださいましっ」

加古は思わず恥じらいだがその時である。

”・・・・・・・・・っ!!”

「今なにか、遠くで誰かの声がしませんでしたこと!」

「こんなことをしてる場合じゃない、早く!」

「お、憶えてなさいよっ」

加古はブラウスを脱ぎ下着1枚になるともう恥じらうこともなく急いで分かれた剪定鋏に括り付け

ながい棒状に細工した。

刃の方で何とか電源コードを引っ掻け、引き抜こうとする。

「もう少し、頑張れ!」

「わかってますわよ、ググッ」

加古は表情を渋らせながら片手で剪定鋏をもってリーチを作り、何とか引き抜こうとするも腕が重さで震え思うようにいかない。

「もう少し、もう少しですわっ」

刃先が震え、コードをかすめる最中、何とかゴムの部分にわずかだが食い込んだ。

「今ですわっ」

勢いよく引っ張り上げ、コードを引き抜く、が、勢い余り一歩を踏み出してしまった。

「――――しまった!」

思わず目を瞑る加古。

刹那、再び響く金属音、そして床に打ち付けるようなドーンという破壊音。

衝撃による煙の舞う中、加古は恐る恐る目を開けた。

 

「・・・・なんとか、なったか」

リチャードが寸でヤガミをベッドから引っ張り出していた。

コードを引き抜くと同時にヤガミを縛っていた分厚いレザーベルトのバックルロックも外れたのを見逃さなかったのである。

勢いよく引っ張られたせいかヤガミは壁に頭を打ち付け、ショックで目覚めると同時に訳も分からず襲い来る

痛みでオイオイ泣き出した。

それを見た二人は緊張の糸が切れ、二人しておもわず安堵の溜息をついた。

 

「イタイーイタイヨー」

ヤガミは頭を摩りながらべそを掻いて呻いていた。

「大丈夫か?しっかりしてくれ・・・・」

リチャードはヤガミの肩を抱いてその顔を覗き見た。

「?!」

驚愕した。

ヤガミのその顔の瞼は赤く腫れぼっており、目はギラツキ充血して真っ赤になっており、

涙で頬がグジュグジュになっていて、こちらを恨めしく睨みつけていた。

「イタイヨイタイヨイタイヨイタイヨイタイヨイタヨイタイヨイタイヨイタイヨイタイヨイタイヨイタヨ・・・・・・・・」

「お、おい・・・・」

まるで壊れた音声データのように”イタイヨ”を連呼するのでリチャードは怖気づいてしまう。

「ヤガミさん、しっかりなさいませ!!」

バシッ!っと加古の容赦ない平手打ちがヤガミの頬に入る。

「ううっ!!はぁはぁ・・・・ごめん」

ヤガミは平手打ちの衝撃でやや正気を取り戻した様子で深呼吸した。

それを見てひとまず安心したリチャードはヤガミを加古に預けると踵を返し、急いで外に出ようとした。

「ちょっと、どこに行くつもりですの?!」

「さっき聞こえた悲鳴が気になる、先に出てるから後でホールで落ち合おう!」

リチャードはそう言うとドアをおもむろに開け、加古が背中越しに何か罵声を浴びせているのも気に留めず、

とっとと出て行ってしまった。

廊下に出て、先程の悲鳴の位置を考える。

(ちょうど今の部屋のすぐ上の方から聞こえてきたはず・・・となると手術室とは反対の位置か?)

リチャードは急いでホールのエレベーターまで向かい”上”のボタンを押した。

暫くして着いたエレベーターに飛び乗り、上に向かう僅かな数十秒の時間でさえも長く感じる。

そこでふと疑問が頭をよぎる。

(このエレベーター、俺たちが使った後ならそのまま1階で止まっていたはず・・・なのになぜ上から来た?)

・・・・・・。

・・・・。

(やはり、誰か来たのか?そして、部屋に入った俺達に罠にかけた?)

沸いて出た疑問は尽きなかったがそれに囚われていてもしかたなく、今は悲鳴を優先することにした。

チンッ、と小気味いい音が鳴ってエレベーターのドアが開く。

「うわっ!!!」

開いたと同時に眼前に現れたのは、腕を骨折してギブスをまいたような処置をされている

血まみれの服を着た田中だった。

壁にもたれ掛かりながらこちらに気づき、何かつぶやいている。

「田、田中さん、だね。さっき君を助けたリチャードだ。解るかい?もう立って大丈夫なのか?」

「うん・・・ありがとう、リチャード。それよりも、悲鳴が聞こえて松本さんが走って行って・・・」

田中の顔はまだ血の気が引いていたが、先程よりかはまだ幾分かマシな様子だった。

「松本さんはどっちに行った?」

「あっちの方・・・わたし、一人でいるのが怖くて・・・それで・・・必死に追いかけて・・・」

リチャードはしまったと思った。これでは彼女をここに放置したまま向かう訳にはいかない。

暫、思考して。

「そうか、わかった。じゃあ一緒に行こう、歩けるかい?」

「うん。あ、ゲロイム・・・」

「ゲロイム?」

田中の目線を辿るとそこにはモップのような毛の人形が床に転がっていた。

少女と共に吊るされていたものである、この子の宝物なのだろうか?

リチャードは床からそれを拾い上げると服のポケットに強引にねじ込み

田中の身体を支えながら、気持ち急ぎ松本の元へと向かった。

 

 

「もう一体どうなっているんだ、訳が分からない・・・」

悲鳴の元が聞こえた部屋のドアを開けると、そこには異様ともいえる光景が目に飛び込んできた。

そこには首に天井から下げられた滑車のワイヤーロープをかけられ、

大きな約1m四方のブロック状の氷の上に”つま先で”立つ簀巻きにされた少女。

そしてその幾つかの滑車のロープの先を辿ると、今度はそのロープの終端を足に縛り付けられ

同じく逆方向に足から宙吊りなっている簀巻きの少女がいた。

もちろん、その少女も地面に付けられているワイヤーロープに首をかけられ、首が閉まるギリギリの瀬戸際で張られている感じであった。

吊られた二人の少女は既に意識を取り戻しているのかこちらの姿を見ると驚くような声でこちらに叫んだ。

「「ケ、ケイサツノヒト?!」」

(け、警察だって?!どういう事だ・・・)

リチャードはその二人揃っての声に思わず面食らったが直ぐに片方の少女の足元に目をやる。

「り、リチャード君・・・どうしよう、どうしよう!!」

氷上のつま先立ちをする少女の太股辺りを必死に押さえつけて首の閉まるギミックを防いでいる松本さんがいた。

「松本さん、これはいったい?」

「田中さんが意識を取り戻して暫くしてから、悲鳴が突然聞こえて、私が急いで駆け付けたんだけどって田中さん?!

あなた、大丈夫なの?」

松本は自分の置かれている状況も省みず田中の姿を見るやその身を案じた。

「うん・・・・・・ああああ、リーゼちゃん、シアンちゃん、そんな」

田中は吊られた二人を見るや否や顔をゆがませてそのまま地面にしゃがみ込み伏せてしまった。

どうやらこの二人も彼女たちの仲間らしい。

「リーゼ、シアンと言うのか。僕はリチャードだ。今助けるから、そのまま我慢してくれ」

リーゼ、シアン交互に呼びかける。お互い顔が似ているようで双子の様だった。

うちの一人が弱々しく声を漏らす。

「私はいいから、シアンを・・・お願い、血が上って、このままじゃ・・・シアン、しっかりして、頑張って!」

「ウウウウウウウウウ、ク、苦しいヨぉ、リーゼ・・・」

氷上に立つのはリーゼと思われる少女は逆さ吊りのシアンと思しき少女に声をかけた。

シアンは逆さのためか頭に血が上っており顔色が悪くうっ血しており、このまま時間が経つとかなり危険な状態であった。

「くそ、マズいな。・・・田中さん、こっちに来てシアンさんの頭を少しでいいから上げてあげてくれ!」

リチャードは田中に援助を申し出るも田中は既に意気消沈していた。

「お願いだ!早く!田中さん!!」

リチャードがその容姿、やせ細った顔とは裏腹に想像もつかないような声を張り上げ、田中に激を飛ばす。

ビクッっと一瞬身体を震わせ、田中は自身の傷もまだ痛む中、無事な手の方でシアンの頭をゆっくり上げた。

「ふ、ふ、ふ、ふう、ふう」

「辛いときにすまん田中さん。でもこれでシアンが少しは楽になるはずだ」

シアンは目をパチクリさせながら少しだけ気を取り戻す。

「あ、ありがとう。シアン、もう少しの辛抱だからね・・・絶対助かるよ」

リーゼは自身の状況も省みることもなくシアンの様子を見て軽く安堵した。

「リ、リチャードですね?いい、聞いてください。この私達の縛る太いワイヤーはこの状態で切ることは難しいと思います。

道具も、無いようですし、下手に衝撃を与えるとつま先で立っている私はバランスを崩して二人とも撃沈です」

見ると必死に太股を支えている松本もその額に汗を滴らせながら息をついていた。

「そこで、私達がここを捜索したときに上の階でボルト止めされていた突起物のようなものが床に幾つかありました。

真ん中の一番大きな滑車を見てください、本体が天井の中に埋め込まれたようになっているでしょう?」

リーゼのいう滑車を見ると確かに赤い滑車の本隊は天井の中まで続いており、その隙間を見るとわずかだが

上の階の光が漏れ出ている。

「きっとそれです。その真ん中の滑車のワイヤーを上の階で何とかすることが出来れば私たち二人は首を吊らずに

済むはずです。お願いです・・・急いで三階まで行って・・・助けてください」

「この、この状況で三階に行って単独行動を・・・?!」

そう言ってリチャードは面子を見渡した。

皆それぞれ懇願する様にリチャードを見つめていた。

時間がないのは分かっていた、しかしリチャードはどうしてもこの場にいる者が心配になりこう切り出した。

「そうだ、もうすぐ加古さんがさっき救助したヤガミさんをつれてこっちにやってくる、それを待って・・・」

それを聞くや田中の顔が恐怖で慄き、リーゼは戦慄の声を上げた。

「駄目よ!加古はダメ!待っていては、あいつは何やらかすか分からない!それより急いで私達を助けて、早く、お願いよっ!」

リーゼの声にシアンもか細い声でリチャードに懇願した。

「お願い・・・リチャードさん・・・」

二人の頼みにリチャードは断ることも出来ずに、そして徐々に氷が溶けだしてもはや幾分も残されていない状況に

即座に踵を返した。

「松本さん、田中さん、何かあった直ぐに叫ぶんだ、腹の底から、いいね!」

松本、田中の二人が弱々しく頷くのを確認すると直ぐに部屋を飛び出して三階へと向かって行った。

エレベーターは二階のままで止まったままだったのでそのまま急いで飛び乗る。

リチャードは残していった者たちに後ろ髪を引かれる思いながらも三階の目的地を目指した。

(一階にいる加古さんとヤガミさんは今どうしているのか・・・ああ、でもそれどころじゃない)

様々な要因で脳が疲弊し、酷い頭痛に襲われながらもリチャードはそこへとたどり着いた。

「ここか・・・確かにあの滑車の上部がボルト止めされている。でもどうやってこの張られたワイヤーを切ったらいいんだ・・・」

そう言って狼狽し、辺りを見回すも道具らしい道具も見当たらない。

そこに、ふと壁の2m以上はあろうかという窓が目に飛び込んだ。

ガラスはハメ殺しになっており開けられそうにないのだがそんなことよりも・・・・。

「嘘、だろ」

誰かが上の四階バルコニーと思われる辺りから落ちそうになってぶら下がっているのが目に入った。

そう、それは見間違うこともなく。

その少女は泣きながらこちらに向かって必死に叫んでいた。

声は聞こえなかった。

でも、リチャードには何を言っているのか理解できていた。

そうだ。

「ジャック・・・ジャックか!」

リチャードは叫んだ。

リチャード・ブレアとジャック・ブレア。

二人はこうして、衝撃の再会を果たしたのである。

 

脳裏を様々な情報が駆け巡る。

差し迫る時間の中、複雑な感情が駆け巡り、制限というジレンマに襲われる。

だが今自身の置かれている状況下の中でも目の前で危機的状況に陥っている、再び出会うことの出来た妹を

野放しにすることなど到底できる訳なかった。

(今から即座に上に行ってまず、妹を引き上げる。

その後、使えそうなもの、最悪手術室から持ってきてもいい。手分けしてみつけて直ぐに滑車のワイヤーを何とかする)

焦ってはいた。だが脳は裏腹に冷静に情報を順序立ててゆく。

大きく分厚い窓越しに見る妹の、重力に引っ張られながらも両手で必死に縁を掴み

悶絶する表情を垣間見るにリチャードは最早迷うこともなく一旦引き返し、エレベーターで四階へと向かった。

(急げ、急げ、急げば間に合う、絶対、それまで、なんとか)

上昇するエレベータの動きがもどかしい。

先程と何一つ変わらぬ動きであるにもかかわらず、その動きにリチャードは神経をいらだたせた。

チンッ。

エレベーターが到着する。

ドアが開くと同時に脱兎の如く駆けだし、一目散に妹の元へと向かう。

そしてドアを開くが。

「くそくそくそ、なんで、なんでこうなってんだよー!!」

眼前に広がるそれは三階と全く同じ作りの部屋で、窓も分厚く開閉することが出来ないハメ殺しの窓であった。

そして窓の外のバルコニーは”床だけ突き出した”ものであり、手すりやそのたぐいのものなど何もなく、

足を踏み外せば奈落に堕ちるような何のために作ったのかもわからない危険極まりないものであった。

バルコニー下側にわずかだが淵にしがみ付いている妹の両手の指が痛々しく見える。

(何か、何か方法は・・・何か何かないのか・・・)

必死に辺りを見渡すも頼りになりそうなものは何一つもない。

「くそー----!!」

リチャードは窓に駆け寄って感情に身を任せて叫ぶ。

「ジャック!僕だ、リチャードだ!リチャード!もう少しの辛抱だ!もう少し頑張っててくれ!必ず助けるからな!」

そう言うとリチャードは窓に向かって力強くタックルをした。

何度も何度も。

自身がまだ昏睡から目覚めて幾分も経っていないにもかかわらず、それも忘れて、肩の骨が砕けんばかりに。

「グッ・・・・・・畜生!!畜生!!」

流石に痛みが感情を勝ったのか、肩が痛くてその場にうずくまってしまった。

(僕はいつもそうだ、肝心なところでヘマをする。ああ、ジャック、不甲斐ない僕を君は――――)

そう思って顔を上げた時。

片方の手が淵から外れていた。

(ジャック―――!!!)

脳裏が絶望に支配される。全身の血の気が引き、見る見るうちに顔が青ざめてゆく。

「あ、あ、あ、ああああああぁぁっぁ」

窓に手をやり、弱々しく吐露しながらジャックを見つめる最中。

(!!??)

落ちたと思っていた片手が震えながらも僅かに上がってきた。

そしてそれは淵を掴むことなく、人差し指を突き出し、リチャードの方を指差した。

「ジャック・・・?!一体何を―――」

リチャードはなぜこの土壇場になって窮地に立たされている妹が自信を指差すのか理解できなかった。

だが、その指を凝視すると指の第ニ関節辺りからピョコピョコさせて何か合図を送っているようだった。

(なんだ、何かを知らせようとしている?僕じゃないのか??)

妹の合図を何とか汲み取ろうと思案するが何も思い当たることがない。

それでも妹は合図を止めないのでリチャードは次に自身の身体をまさぐりだした。

「その合図は何なんだ、僕は何も持ってなんか―――」

と思っていた時、丁度それは掌で感じた。

ポケット。ポケットに入っている人形。ゲロイムとかいうモップ毛の人形。

リチャードは合図は人形を知らしていると直感し、確信するやポケットからはみ出すように入っているゲロイムをおもむろに取り出した。

(だけど、この人形が何だって言うんだ。これで窓でも破れというのか)

と、ゲロイムの腹の辺りを掴んだ時、違和感を覚えた。

(なんだ、この辺り異様に固い。というよりそもそもこの人形、人形にしてはやけに重くないか?)

指で押すと明らかに中に固いものが入っていた。

人形の背中を見ると綿を入れるファスナーが付いていたので開けてみる。

―――。

―――――。

――――――――。

 

 

 

(―――冗談だろ)

中には綿にまみれた拳銃が入っていた。

おもむろに取り出すとそれは持手のグリップが折り畳み式になっている小型の拳銃だった。

昔スパイ映画で見た事がある様な手のひらサイズの小さな拳銃。

銃口が四つ開いているのでおそらく弾が四発打てるのであろう。

(ええい、迷っている暇なんかない!これはチャンスだ!)

リチャードはグリップを起こして発射できる状態にし、拳銃を持つと窓に向かって構えた。

そして、大声で叫ぶ。

「良いか?!今から撃つぞ!もし聞こえていたら注意しろ!」

そして窓の真ん中に向かって拳銃の引き金に指をかける。

セーフティは元々ついていなかったのか、指に力を入れると呆気なく弾が発射された。

バンッ!!!

「うおっ!!!」

乾いた破裂音が部屋に響き渡る。

小型ながらもその威力は十分すぎるほどの性能なのかリチャードは発射の反動で思わず身を仰け反らせて床に倒れこんだ。

窓を見るとど真ん中に銃口が空き、そこから蜘蛛の巣のような亀裂が窓全体に広がっていた。

リチャードは急いで身を立て直し、渾身の思いを込めてタックルする。

ガッッシャーーーーン!!

窓のガラスは勢いよく飛散し、呆気なく散っていった。

「ジャック!!!」

「ニ、ニイサン、オニイサン・・・・」

「待ってろ、今引き上げてやる!!!」

地面を這うように近づき、ジャックの手首を自分でも信じられないほどの強さで掴み、力任せに引っ張り上げる。

「うぁぁぁぁぁああああ!!」

火事場の馬鹿力か、叫びながら自分でも驚くほどの勢いでジャックを引き上げることが出来た。

「ジャック!」

リチャードはジャックを抱きしめた。

ジャックはそれ以上にリチャードを抱きしめた。

その抱擁はまるで今までの空白の時間を埋めるかのように、力強く、そしてとめどなく涙が溢れた。

「兄さん、やっと会えた・・・ずっと、ずっと探していたんだよ・・・もう・・・もう・・・ボロボロなんだから・・・」

「ジャック、本当にすまなかった・・・僕も、ずっと会いたかったよ・・・」

そのまま、二人は抱擁を続けたい思いであったがリチャードはジャックを引き離して今度は肩を抱いた。

「ジャック、聞いてくれ。今は時間がない、下では大変なことになってるんだ」

「もしかして、田中や加古達?」

「ああ、そうだ。お前の仲間たちが命の危険に晒されている、急いで下に降りよう!」

「ま、待って兄さん!」

ジャックの制止も聞かず、リチャードは踵を返すと妹の手を掴んで急いでエレベーターホールに向かった。

 

 

「グ、グル、しぃ。もう、だめ」

「頑張って、シアンちゃん・・・」

田中が弱々しく励ましの言葉をかけるが、既にシアンの顔は紫色に変色しつつあった。

「ねぇ、さ、さっきの音、何?破裂したような」

リーゼの足を支える松本が声をかける。

「きっとリチャードさんです、早く、リチャードさん・・・」

リーゼのつま先の氷は既に体温で氷解が始まって濡れており、ほんの少しバランスが崩れると

足を踏み外し張り詰めたワイヤーを一気に引っ張ることとなる。

そうでなくとも、既にリーゼのつま先は氷の冷たさでその感覚を失いつつあった。

「あ、あ、あ、あ、ああ、死ぬ、しんじゃう、しぬ、シヌ、シヌ・・・・」

「しっかりして、シアーーーー!!!」

気を失いつつある妹、シアンを叱責するつもりでリーゼは叫んだのだが、

勢い余り。

―――足を滑らせる。

「駄目っ!!!」

ガラガラガラ、バシンッ!!!

松本の決死の叫びも空しく、弾みで滑車が動き、ワイヤーは引かれ、首は一気に引かれた。

補助についていた田中と松本もそのはずみで弾き飛ばされてしまう。

「グウッ!!!!!」

「グェェェ!!!!!」

シアンとリーゼの二人が首が閉まり、呻き声が部屋に響き渡る。

「なんとか、何とかしないと!」

松本はそう言うと、なんとおもむろに白衣のポケットからメスを取り出した。

それを見た田中が恐怖に慄く。

「松本さん、なにを、する気なの・・?」

「な、何とか気道だけでも確保できれば、まだ助かるかもしれないっ」

そう言うと、松本は身を起こしてシアンの喉辺りにメスを持って行った。

松本の手が恐怖で震えている。

最早、錯乱状態にあるシアンはそれを見る目が血走っていた。

「良い、行くわよ、が、我慢して、生きるためよ!!!」

そう言った直後。

バンッ!!!

上のほうから再び乾いた音がした。

「!!!」

直後中央の滑車のワイヤーが双方に抜け落ちて、そのまま二人は勢いよく床に倒れこんだ。

「かはっ!!!」

「ぐっ、は、はっ、はっ!」

幸い、太めのワイヤーの為に食い込まなかったのかギミックが解除されるとともに首の食い込みは外れ

気道が確保できた。

二人は虫の息で呼吸をする。

「あ、あぶなかった。もう一秒遅れていたら・・・・」

松本はそう言って額の脂汗を拭いながら床にへたり込む。

田中も弱々しくシアンのワイヤーを外しにかかっていた。

と、そこにおもむろに部屋のドアが開かれる。

 

「皆さん、間一髪でございましたわね」

そこに現れたのは加古とヤガミだった。

 

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