影我やばたにえん   作:かがみひこ

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第六章 3時間前

それはおよそ3時間前。

薄気味悪い地下道を進み”別館”へとやってきた私達一同を待ち受けていたのは―――。

「信じられませんわ、やはり噂は本当でしたのね」

我妻さんはその豪華絢爛な洋装のホールを始め、辺りの様子を見渡しながら呟く。

私達の眼前には外側の朽ち果てた廃館の形相とはうって変わり、それは西洋美学ともいえる奇麗な

内装だった。その洋装に私達は目を奪われる。

「凄くきれい・・・外側はお化けが出るぐらい不気味な建物なのに・・・」

ヤガミさんは驚き、ただ短観していた。

「我妻さん・・・どうします、予定通りに?」

リーゼがメモを取り出しながら我妻さんに何か問いかける。

「そうね・・・情報通りなら私達の目的は4階と地下にありますわ、

本当なら手分けしたいところですが何が待ち受けているかわかりません。固まってまいりましょう」

「お嬢・・・待ってください」

周りを警戒していたシアンが私たち一同を片手を上げて制止する。

「・・・なにか機械音がします、注意して」

シアンの視線へと目をやると、ホール中央の観音開きのドアから何かの動作音が聞こえる。

それは徐々に大きくなるとやがて”ガコン”と音を立て静まり返った。

ドアが開かれる―――。

そして現れたその人間は緊張する私達の前にツカツカ靴音を鳴らして歩いてきた。

「御機嫌よう、皆さん。深夜に徘徊するなど感心しませんね、ねえ三島先生?」

「・・・・・・・・・・グレース所長」

三島先生が所長と呼んだことで一同の顔つきが一瞬にして険しくなる。直ぐに加古さんが三島先生詰め寄った。

「貴方、最初からこうなることが分かっていて謀りましたわね?

そうするとこれまでの事も筒抜けかしら」

「ごめんなさい・・・でも、あなた達のしてることはいけない事よ・・・お願い、所長の言うことに従って」

三島先生は伏し目がちになりながら擦れるような声で言った。

ブレアは条件反射のように直ぐ動いた。

三島先生の片手をあらぬ方向へ即座に締め上げ、首元にナイフを突きつけた。

「おいババア、そこから動くなよ。お前の悪事も今日までだ、私達が全てを暴いて世間様へとお披露目してやるからな。

三島先生、あんたもだ。こうなれば予定変更で用事が済むまで人質になってもらうからな」

「ミリタリーナイフとは・・・お客様にも度が過ぎたプレゼントは控える様に申し伝えなければなりませんね」

だがグレースは三島先生が命の危険に晒されるのを横目で見ながらも動じることもなく

ロビーの周りをゆっくり歩き出した。

「おい!動くなって言ってんだろ!」

「やめなさい、暴力に打って出ようが所詮身寄りのないガキ集団。

ここでこそこそ嗅ぎ回って情報を得たとしてそれをいったい誰が信じてくれるというのです?」

それを聞いた我妻は食い入るように詰め寄る。

「私なら大丈夫ですわ・・・あなたには知らない、政界、アガツマ製薬を始め様々な人脈が――――」

我妻さんが言い終わる前に、目の前で閃光が走った。

そして、パンッという軽い破裂音が辺りに響く。

「!!なに、なんなの!!一体何が!」

田中さんがパニックで何か喚いている。

一瞬眩んだ視界が元に戻ると、ブレアの身体とグレースの手に持つ物の間に細いコードのようなものが繋がっていた。

グレースの持つそれはカラフルな一見するとおもちゃのような拳銃だった。

「ギュルウルルルルル・・・・!!」ブレアは酷い叫びと共に身体を激しく身震いさせながら床に倒れこんだ。

「ンフフフ、すごいでしょう。これはね、私の研究所にサンプルで回ってきたテイザーガンという遠距離で電気ショックを与える銃よ。

もうすぐアメリカの警察に正式配備される”人権”に配慮した銃だから安心しなさい。死にはしないわ」

「見た事もないような武器・・・やっぱり間違いないですわ!」

我妻さんは臆することなく声を張り上げた。

「違法な人体実験・薬事法違反にばかりに目を奪われておりましたが、それだけで”ここに”これ程の資金が流れているはずがない。

・・・グレース!あなた、そしてあなたの亡くなった祖父は次期近代兵器開発の研究をここで行っていましたわね!」

「なに・・・近代兵器って?どういうこと?」

突拍子もない話題にヤガミの口から自然と疑問がこぼれる。

「いいですか、皆さん。この日本という国はね、敗戦後、軍事が解体され、主戦場を経済にシフトしながらも

兵器開発に力を入れることに余念がなかったの。なぜか、それはやがて近く訪れる世界中で巻き起こる紛争、戦争のために。

それは死と破壊と欲をもたらすと共に巨万の富、世界での確固たる地位の獲得にもつながる」

我妻さんは制服の内ポケットにあったメモ用紙のようなものをグレースに投げつける。

「そのリストを見て理解できましたわ。これは戦争による”特需”獲得のための政府の裏・国益政策。

グレース、ここはその日本に点在する兵器研究所の内、アガツマ製薬の支援を受けて作られた兵器研究施設ですわね」

我妻さんの話を聞いていた加古さんがそこへ乗っかってきた。

「そうですわ・・・聞いたことが有ります。医療薬から薬品、工業溶液から電子部品に至るまで兵器に転用できる物は数知れずと・・・

つまり、ここは死の商人の店といっても過言ではありませんわね、フフッ」

一同が詰め寄る中、グレースは特段気にも留めずメモを拾い上げしげしげ内容を見つめた。

「よくまあ、ここまで・・・だが肝心なものが抜けておりますよ?」

「肝心なものだって?」

シアンが警戒態勢のまま怪訝な顔つきで尋ねる。

「ほらここ・・・受け渡し一覧の名目に”あなた達の名前”が入ってないじゃない」

「なんですって?!」

思わず声を上げる加古さん。

「ここにいて、権力者どもの慰み者になっていれば、身請けされる?良い学校へと入れてくれる?

・・・ハハハ!そんなわけないでしょうに。お前ら身寄りのない捨てられたクソガキなんか全員もれなく”B群兵器”の臨床実験体よ。

馬鹿馬鹿しい、所詮喰われるだけの存在がなにを偉そうに。

この際だからハッキリ言ってやるわ、先生方はね、”直ぐに実験体にするのはもったいないから

暫く使ってやろう”というだけの話でここに福祉施設を増設したの。それが全て・・・ねえオミヨさん、あら、そろそろお薬の時間かしら?」

「・・・死ね、死ね、死ね、死ね、しね、しね、しね、シネ、シネ、シネゴミ!」

私は腹から湧き出るおぞましいと思うほどの念を込めてグレースのババアに吐き捨てた。

「ハハハ!三島!こいつら全員に手錠をかけろ、ほら!」

グレースは銃を私達に向けたまま傍らにあったワイヤーのような手錠の束を三島先生に投げ渡した。

「あっ!」

しかし、三島先生はとっさに受け取ることが出来ずに床へと落としてしまう。

それをシアンは見逃さなかった、そのワイヤーに向かって飛び込み前転するように軽やかに奪い取った。

「!!お前、動くんじゃない、殺すぞガキ!」

グレースはワイヤーを奪い取ったシアンに銃を向ける。

そして私達から一瞬銃口が外れたのを機にそれまで気づかれぬようじりじりと間合いを詰めていたリーゼが

グレースに飛び掛かり、銃を持った手を蹴り弾くとそのまま腕を掴んで背中へと締め上げた。

「グゥッ!!!」

「シアン、早くそのワイヤーを」

「姉さん?!」シアンは身を立て直して振り向いた先、半ば信じられない光景が飛び込んだ。

 

そう、今、形勢が逆転するなか、私の中で、脳が加速し、決断のための時が止まる。

 

チャンスだ、ようやく巡ってきたチャンス。

ずっと待っていたこの機会を。

地獄ともいえる時間を耐えてきた、この身体がどれほど朽ちようとも。

きっと、お父さんお母さんが作ってくれたに違いない。

―――ありがとう、お父さんお母さん。

―――こいつらは皆お父さんとお母さんの敵(かたき)。

私ね、皆に黙っていたけど、ホントはみんな解ってたんだ。

 

だって、わたし。

 

”ここ”で。

 

――――――生まれたから。

 

ああ、そういえば、忘れていた。

 

今日、私、誕生日だ。

 

大宮美生さん、誕生日おめでとう!

 

「?!」

私が急にその身を軽やかにして、腕を拘束されるグレースへと素早く歩み寄ったのでそれを見た

リーゼは驚いて思わずギョッとした形相になり、私と目が合った。

私はそれを妖艶な微笑みで返す。

そして服の内に隠し持っていた注射器を取り出してグレースのババアの首筋に力いっぱい突き刺した、憎悪を込めて。

「ぎゃぁああああああああああああああああああああ!」

悪魔のような絶叫が館内に響き渡る。

自分の身に何が起こったのか理解できなかったのかそのまま体を硬直させ、呻き声だけを捻りだす。

全員が目の前に広がる光景を情報処理できず、呆気にとられるのでしょうがないから

月並みな台詞をほざいてやった。

 

「動いたら全員コロス」

 

「お、オミヨさん、いったいなさっているの?!」

突然の美生(みよ)の行動に我妻達一同は狼狽していた。

「何って、御覧の通りヨ」

「御覧の通りって・・・」

田中が困惑した様子で口にする。

「オミヨ、妙な真似しないで、あんたもケガするッ・・・?!」

突き放そうとしたリーゼが硬直する。美生は逆の手でリーゼの脇腹に小さなナイフのようなものを

突き付けていたのである。

「う、うそでしょ・・・一体どうしたの、オミヨちゃん」

ヤガミが信じられない様子で美生に問いかける。

「どうしたもこうしたもないわ、私はね、ずっとこの時を待っていたの、ねぇグレース先生?」

「うううぅ、や、やめて・・・」

グレースは”それが”見えぬものの自身に刺さったものが注射器だと直感し、命からがら直感する。

「わ、私に何を打ち込む気なの・・・?今ならまだ間に合うからおよしなさい。

さっき言ったことは訂正するわ、怒りで熱が入りすぎて大げさに言ってしまっただけなの。

あなた達の処遇については悪いようにしないから・・・お、落ち着いて―――」

ククッ!注射器のピストンが僅かに押し込まれる。

首筋に薬液が注入される感覚が過敏に伝わり、全身がショックで身震いする。

「イやぁぁぁぁっぁぁぁッぁぁッぁぁあ!!!!」

「3分の1!」

ぽつりと美生は呟いた。

「今のうちに精々ほざいているがいいわ、まだ始まってもないんだから」

「一体何をする気ですの?」

ただならぬ美生の気配に加古が問いかける。

「決まってるわ、私がここに来るのは必然だったの。

私の両親もあなた達の両親と同じ関係者、アガツマ製薬にやられた人間だから。

そもそも私、ここで生まれたし」

一同はその最後の一言に目を丸くして絶句した。

両親ならまだしも、ここで生まれたというのは初耳だった。

「両親は銘家の人間でもあり二人ともグレースの叔父、故グレース博士の研究員だった。

世界が日々経済戦争で躍起になっていたころ、政府の密命で

学会でも注目株であったバイオロジーの権威・グレース博士へ依頼されたのは

まだ事例が少なかった”人工授精”・・・その将来性を見越して改良を施された

人為操作による”優秀株付”の研究・・・合ってるわよね」

美生がグレースの肩を掴む手にグッと力を入れる。グレースの嗚咽が漏れる。

それは、普段の肢体から生み出される力とは思わぬほどの怪力であった。

「オミヨさんっ、あなた自分に何か打ったわね?!今すぐやめてっ!」

三島が美生の異変に気付き、宥めようとするが本人の目は既に悍ましいほど真っ赤に染まっていた。

「ダマッテロ!いい?その研究に種の提供をしたのが当時恋人同士だった研究者の両親、そして研究結果が・・・・・・私よ!」

「でもちょっとまって、オミヨちゃん。その・・・人工授精って医学でしょ?

どうしてバイオロジーのグレース博士が?」

ヤガミが横槍を入れた。

「元々この研究は医学・生物学両方の観点から進められていたからよ。

でもね・・・本当はこいつら研究過程で応用が利くと知るや否や兵器転用を目論んでいたのよ!

もちろん私の両親はそれに気づいた、だから研究が私の本格的な経過観察に入る前に私を連れて二人でここを逃げた」

美生の目はさらに真っ赤に染まりグレースを捲くし立てる。

「両親はお前らの事などどうでもよかった、ただ私を連れてお前らと離れてすべて忘れて生きていた。

でもお前らは告発や密告を恐れて両親を偽装事故で殺し、私をここへ連れ戻した!」

ククッ!注射器のピストンがさらに押し込まれる。

首筋に薬液が注入される感覚が過敏に伝わり、全身がショックで身震いする。

「ひぃぃぃっぃみ、みしま、なんとか、なんとかしなさい!!!!」

「3分の2!」

戦慄が走る中、田中がグレースを見て叫ぶ。

「グ、グレース先生の肌がっ!!!」

「うっ・・・うそでございましょう?!」

グレースの肌色は見る見るうちに緑色へと変色し、血管が浮き出ている。

それはまるでホラー映画に出てくる怪物そのものであった。

「金、金、金、金、!浅ましい、悍ましい、汚らわしい!それしか能のない、無能!

吐き気がする!完全なるゴミ!こいつだけじゃない、お前らもだ!

お前らが本当はここに有る研究資金兼用として保管されている”外貨準備高”狙っている泥棒どもだとわかっているんだ!」

その台詞を美生が吐いた途端、加古は目の色を変えた。

「ちょっと待ってオミヨさん・・・私はよくわかりませんが、そんな莫大な金がここに有りますの?!」

「五月蠅い!”我妻”に関わる者は皆不幸になるんだ!私が全てを終わらしてやる!」

「お待ちになってオミヨさん!!私の話を―――」

我妻が言った矢先である。

「3分の3!」

そう叫んで、注射器は全て押し込まれた。

「・・・・・・・・・・・!!!」グレースは白目をむいて天を見上げ、硬直した。

その時である、リーゼはグレースの拘束を解いて美生の手を掴んで拘束しようとした、のだが。

「何っ」

迅速な身のこなし、それは常人とはとても言えないものであった。

美生は身を翻してリーゼの背後に回るとその首筋に手刀を放った。膝から崩れ落ちるリーゼ。

「リーゼ!!」シアンが叫ぶと同時に美生に飛び掛かるが美生の方がまだ早く、

腹を天高く思いきり蹴り上げられた。美生のワンピースのスカートが美しく舞う。

「かはっ!!!」そのまま地面に伏し、意識を失うシアン。

「ごめん加古っ」

「えっ、なに?!」突然の事だった。

田中は加古のブラウスを掴むとそのまま一気に美生へと突き出した。

「鬱陶しい!!」

そう吐き捨てた美生は迫りくる加古のみぞおち目掛けて拳をめり込ませた。

「ぐううううううぅ・・・・!!!」

膝から崩れ落ち、加古が意識を失う寸前、すごい形相で人形を弄り、何かと必死に取り出そうとする田中を見た。

「お、おぼえておい。。。」加古も床に伏した。

「お願い、オミヨちゃんもうやめて!」

ヤガミが美生の背中に抱き着いて懇願する。

「ヤガミさん、貴方も邪魔するなら容赦しない!」

美生は足元に落ちていたグレースのテイザーガンを足のつま先で宙に浮かせて拾い上げた後、

容赦なくヤガミに向けて発射した。

それはヤガミの胸に命中して体中に稲妻を受けたような衝撃が駆け巡る。

「ぐばばばばばっぁぁぁぁ!」普段の声とは想像もつかないようなの野太い声が響き渡る。

「次!!」

美生は血走った目で次のターゲットを狼狽する我妻に向けた、のだが。

「あがぁぁっぁあ!」美生は首を大きくくねらせ、悲鳴を上げた。

美生の後ろでは三島が注射器を美生のうなじに突き刺していた。

「お、オミヨさん。貴方が自分の身体に打ち込んだのはきっと試験薬№”6B11”ね。今、中和剤をあなたに打ったわ。

もうすぐあなたは昏睡するはず、だからもうこんなことは止めてっ―――!」

言い終わる手前、三島は腹に強烈な拳を入れられ身体が九の字になり、そのままうずくまって倒れた。

「こ、こいつ。ヤリヤガッテ!こんなことでしくじってたまるか!」

地面に倒れこむ三島を容赦なく蹴りこむ美生、とそこに。

「う、動かないで!」

田中は人形から取り出した拳銃を美生に向けて構えた。

「田中ぁ!」ほざいて美生は首を九十度曲げ、ギロリと鋭い眼光を田中に向ける。

もはや美生は目だけでなく、顔の形相も変わりつつあった。

「う、動かないで、撃つよ、本当に。オミヨちゃん、あなたの言う通り私は金が欲しいだけなの。

金さえ入ったら他なんてどうでもいい、すぐここから消えてみんな忘れるから、私の事はっ―――」

うろたえながら懇願する田中など眼中にないように、そして向けられた拳銃になどまるで気にも留めないような、

美生はすたすたと壁の方に行き何本か天井から下げられて地面へと張られているワイヤーの内の一本をナイフで切り落とした。

「?!何しているの、やめて、動かないで!」

田中はいきなり美生が何をしてるのかわからず、戸惑った。

そこに、ガラガラガラというなにか金属の流れゆく音が聞こえてきた。

「????」

一体何の音かわからず、周りを見渡したが何も見えずただ音だけが徐々に高まりつつあった。

「?!」

それが斜め後方やや上という、非常に見にくい視野角から迫っているのに気づいた時にはすでに遅く、

目の前に現れたその、赤い滑車のようなものは田中の頭に直撃した。

衝撃でそのまま豪快に大の字にして後ろに倒れる田中。奇しくも持っていた人形も同じポーズで倒れこんだ。

「フン、こいつみたいなやつが一番質が悪いんだ。後で宙づりにしてやる・・・さぁ後はあなただけよ」

美生はそう言うと、態勢を整えて改めて向き直る。

その眼前には腹をくくって、整然と立ち向かおうとする我妻の凛とした姿があった。

「オミヨさん・・・」

 

美生の形相は先程三島に打たれた中和剤の為か徐々に血の気が失われつつあったが

それでもその鋭い眼光は衰えぬままであった。

「オミヨさん、どうして。私達と一緒にアガツマ製薬を潰すといったではありませんか?」

我妻は美生に決死に訴えるが当の本人は聞く耳などまるで持たなかった。

「不正を暴く?訴える?それでどうなるの?死ぬの?私のお父さんお母さんみたいに?

そして行き場を失った子供が売られるの?・・・この、私のように!!」

美生は我妻まで電光石火の如く懐に飛び込みその小さな身体から出るとは思えないほどの

パワーでその我妻の首を両手で掴んで足が浮かぶほど持ち上げた。

「正義なんてすぐ死ぬわ・・・私のお父さんお母さんのように・・・貧しくても、苦しくても・・・

正しく生きようをしたものが砕け散り、人を欺き・・・不正を当然のこととし・・・道楽に生きて、欲望に溺れる者が

世の中を跋扈する・・・私は許せない」

オミヨの恨み節に我妻は必死に弁明する。

「―――そ――そんなことはございませんわ!どのような理由であれ悪党はみな嫌厭され、いずれ自らの罪は必ず露呈します。

私達以外にも同じ志の人が―――きっと一緒に戦ってくれる。だからオミヨさん!私の―グッ――」

ギリギリギリとその手の力がさらに増してゆく。

「五月蠅い!私はね、正しく生きようとするのが過ちというなら・・・私は憎悪に身をささげてやる!

そして、腹の肥えた豚の様な汚い液をまき散らす人間を一人残らず・・・・殺す。そう何もかも、コロス!!!!!」

顔面は蒼白、だがその眼光はより真紅の鋭さを増した。

「ぐぅ、お、おみ、よ、、さ、、」

我妻はその掴まれた首の手を必死に引き剥がそうとするが、既にその手の指が頸動脈深くに入り込み

徐々に意識が遠のいてきた。

(も、もう・・・・だめ・・です・・・わ・・・)

「ぐぅ、がはっ!」

その時突如、美生が吐血し、我妻を引き離して苦しみ、もがき出した。

「ゲほッ、げほっ、げ、げほっ、ひゅーひゅー!」我妻は解放されると同時に決死に肺一杯に空気を取り込む。

「くぅ、まだ、まだよ・・・こんな・・・終わってたまるものですかっ」

しかし我妻は何とか体制を整えようとするが、先程のダメージが大きく、しかし力なく床へ倒れこんでしまう。

「オミヨ・・サン・・・・」

遠のく意識の中、そのピントの合わない視界には苦しみもがく美生と、棒立ちで微動だにしないグレースの姿があった。

 

 

(冷たい―――気持ちいい)

我妻は奇妙な感覚の中にいた。

自分の夢の中であるはずなのに、そこでまた眠りに落ち、冷たくて心地よいベッドの上で再び夢心地についているのである。

(ああ、もっと、ずっとこうしていたいですわ・・・)

それは傷付いた自身の身体を癒すには十分すぎるほどの安らぎだった。

その時、違和感を感じる。

(??なぜ?なぜ私は体が痛いの?傷ついているの)

安らぎに身をゆだねる中、必死に思案する。

(イタイ、痛い、痛い、もうやめて、わたしは、もう・・・)

と、苛立ちを覚えながら何気なく首を掻いた。

ガリっ!

(なんですのこれ?)

首に”何か”が付いている。そう思って見を起こしてそれを思い切って両手でつかんだ。

(!!!)

それは毛が付いた犬の首輪だ。

(嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、イヤァァッァァッァァァッァ!!!!!)

 

意識が超特急で覚醒する。

視界が全開になる。

そして自分の置かれている状況をすぐさま認知し、把握する。

(な、なんですのこれ?!)

我妻は何処かの床に倒れこんでおり、番犬のように首輪を付けられ拘束されていた。

首輪に繋がっているリードの先を追って後ろを振り向くと、そのリードの先は大きな滑車のようなものに繋がっていた。

滑車には大きな無数の針が付いている。

「うう、なんてことですのっ。誰か、誰かいませんの?!」

我妻は我を忘れ、辺りに向かって構わず叫んだ、すると。

バンッ、バンッ、バンッ!!!

その時、すぐ隣のガラス張りの部屋から壁を叩くような大きな物音が聞こえた。

「い、いきなりなんですの・・・・あれは・・・うそ、うそでしょう?!」

我妻が目を凝らして、ガラス張りの部屋を見つめると隅の方でこちらを見ながらガラス壁を

バンバン叩くグレースの姿があった。

「うそ、そんな、グレース、グレース先生!!」

グレースのその姿は肌は薄緑に変色し、口から血反吐を垂れ、目は黄疸色になり、もはや人間の様相とはかけ離れていた。

「無様でしょう?あいつはね、いままで飽きられて使い捨てになった寮生をああやって化け物にしていったのよ」

急に後ろから声をかけられた。振り向くとまるで待ち合わせをしている健気な少女のように壁の方で寄りかかって

こちらを軽視している美生の姿があった。

「・・・オミヨさん」

 

「・・・同情なんかしちゃ駄目、この女にはこれがお似合いなの」

我妻が眠っている間に何があったのか解らなかったが既に美生は息も絶え絶えであった。

「こんなことは止めてくださいまし。この人は法で裁きを受けさせなければならないのです」

憐れむ目でグレースを一瞥した後、美生に懇願するがそれを侮蔑し、阿酒笑った。

「法が裁く?馬鹿馬鹿しい、こいつらは三権を自分たちの思うがままにするクソどもよ。

己が気の向くまま生き、弱者を虐げ、余計なものはすべて排除する、悍ましいまでの廃絶差別主義。

そう言うなれば、権力者と”それ以外”。

我妻さんはここに来る前に寮生名簿を見たでしょう?あの中にはこいつとおんなじ目にあった子が何人もいるわ。

もちろん、私の同級生の一期生も」

美生はかつての記憶が蘇るのか唇を噛みしめ、悔しさをにじみだしている。

「何人かは逃げ出した子もいたわ・・・でもたくさんの子が餌食になった。

私だけが新薬の唯一の適合で今も生かされ続けてる、永遠に終わらない地獄」

そして意を決したように我妻に向き直る。

「貴方も、所詮金と権力を得ればきっと変わる、変わってしまう。私はそれを許さない。他の連中も・・・絶対に――だから――」

俯き、歯に衣着せぬ物言いに、我妻は美生に同情を感じるものがあった。

彼女は、ずっと孤独であったのかもしれない。

「美生さん―――わたしー---貴方の―――」

ガシャーーーーーン!!!!!

我妻がそう言い切る前に、ガラスが割れる大きな破裂音が鳴り響く。

グレースが突き破ったのだ。

だが足が既に壊死してボロボロになっており、這うようにしてリードと首輪で拘束された我妻ににじり寄ってくる。

グレースの目は既に血で悍ましい真紅に染まっている。

そしてそれを皮切りにリードに繋がっている滑車が回りだした。

「楽しい余興でしょう。欲に駆られたものは己に悔いりながら悶え死ぬといいわ!」

額に汗を滲ませ、顔をさらに青白くさせながら美生は吐き捨てる。

「お願いオミヨさん!やめてくださいまし!だれか!お願い!誰か助けて!タスケテ!」

「ヴーヴーヴー------」

グレースは奇怪ともいえるうなり声を上げながら必死に我妻の方に這いつくばってくる。

「嫌!来ないで!お願い!誰か!誰か!誰かー--------!」

我妻の首輪に付けられたリードは滑車によってどんどん引き寄せられ、化け物と化したグレースへと

引き寄せられる。

「ひっ!ひっ!ひっ!ひっ!ひっ!ひっ!ひっ!ひっ!」

目前に迫るにつれ自分でも驚くほど心臓の動機が激しくなり、発作の様な過呼吸でもはや我妻は絶望を覚悟した。

そしてグレースの変色した手が我妻の足を掴み、信じがたい力で引き寄せられた。

「ぎゃぁあああああああ!」

グレースが倒れこむ我妻に四つん這いで覆いかぶさる。

下から見るその顔は二度と忘れぬことが出来ないほどの、この世の物とも思えぬ形相だった。

「ううぅ?・・・・ぅううううううううううううううう!!!」

グレースは一瞬顔を歪めると、ニヤリと口を緩ませ奇妙なうなり声を上げた。

「あああああああああああああっ」

グレースはその血にまみれた口を大きく開け、首を一瞬大きくのけぞると我妻の顔へかぶりつきにかかった。

 

タ―――――――――ンッ!

閑散とした室内に乾いた破裂音が鳴り響く。

「ひっ?!」

我妻は死の淵から我に返り、そのグレースの顔を見ると目が点になっていた。

そして口から血が大量に滴り落ちて、脇にそのまま埋もれた。

我妻はすぐ横に倒れこんだグレースを見ると、脳天から血が飛び出していた。

「大丈夫?!」

そして後方から足音が聞こえて駆け寄ってきた人物に解放される。

「あ、あ、あ、ブレアさん?!ブレアさん、ブレアさん!!」

「何とか間に合ったみたいだね、今助けるから。兄さん!」

「わかってる、今すぐやる!」

もう一人、ここでは珍しい入院着を着た様な男性が滑車の方に向かいリードを外してくれた。

「お兄さん?」

「ああ、ここに拉致られていた私の兄さんリチャードだよ」

我妻はようやく、地獄の縁から脱出し床にへたり込む。

緊張の糸が切れたのか男性の前でスカートから下着が見えようがもうお構いなしだ。

「た、助かりましたわ。そ、それよりもオミヨさんは?!」

我妻は安堵したのも束の間、狂気に囚われた美生の姿を探した。

「大丈夫、そこで気を失っているよ」

ブレアは親指でやや後方を指差した。

「多分、私達を襲ったときに三島先生に打たれた注射が利いたのですわ。死んでないとは思いますが・・・」

それを聞いたリチャードが美生に歩み寄って脈を確認する。

「・・・うん、大丈夫。ちゃんと息もしてる。よし、それじゃあ・・・よっと」

そう言うとリチャードはその小柄な美生を背負い込んだ。

「ちょっ!!駄目よ兄さん!そいつは私達を殺そうとしたんだよ!!!」

「でも、こんな小さい子を見殺しにはできないよ。とりあえずは一緒にここを出て事情を・・・」

「いや、駄目、危険すぎる!こいつはここの研究で生まれた人間だったのよ!

ここに置いていこうよ!」

ブレアが必死に説得するがリチャードは元々面倒見がいいのか聞かなかった。

「事情がなんであれ、このままー---」

そう言った最中、開け放たれたままのドアの外からエレベータの到着音が聞こえ、こちらに向かってくる足音が

複数聞こえた。

「だ、誰ですの・・・!」

 

「動くな!!警察だ!!!」

 

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