降りしきる雨の中、合羽を着た小さな男の子を連れた若い母親が傘を差し、遊歩道を歩いていた。
「お母さん」
「なあに?」
「おかあさんだいすき」
「ふふ、ありがと。でも本当はハンバーグが楽しみだからそんな調子のいいこと言っているんでしょ」
母は子供を優しくたしなめた。
「今日は、ハンバーグ。めちゃくちゃうれしい!」
男の子は母親の手を振りほどいて前に出てはしゃいでいた。
「こら、危ないよ。怪我するわよ」
男の子は天を仰ぎ、降りしきる雨を見ながら母親に恥ずかしそうに伝える。
「僕な―。早く大人になりたい。もし大人になったらお母さんに―――」
そういって母へ振り返ったとたん、母親は消えていた。
「あれ、お母さん?」
突然いなくなった母親。
最初はいたずらされているかと思い男の子は辺りをくまなく探した。
「お母さん、どこ?ねぇオカアサン!どこに行ったの?」
幾度と探すも姿かたちも見えず、時間が経つにつれて子供に強烈な不安が襲い、
大声を出して泣きながら母親を探す。
「ねえ、オカアサン!オカアサン!どこに行ったの!出てきて!お願い・・・うぁぁぁぁー--ん!」
やがてそのただならぬ子供の様子に向かいを歩いていた老夫婦や自転車に乗っていた青年も動きを止め、
少年の心配をする。
やがて老夫婦の婦人が心配心から子供に歩み寄って声をかけた。
「ぼうや、どうしたの?おかあさん、いなくなっちゃったの?」
「ぼうず、大丈夫か?」
「お、おかあさん、急にいなくなった!たすけて!おかあさん、おかあさん、おかあさん・・・うぁぁぁぁー--ん!」
老夫婦は男の子の様子にめっきり困り果てた。
やがて、たまたま通りかかった巡回中の警官が自転車を降りて男の子を保護する。
「おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん、おかあさん、おかあさん・・・」
降りしきる雨の音が、男の子の叫びを無慈悲にかき消していった。
花の香りがする。
凄く優しい香り。
ふあふあして。
心地よく、こんな気分は久しぶりだった。
何でこんなに心地いいんだろう?
毎日育児に追われ、いつもクタクタだったのに。
いつの間にかお母さんと呼ばれるようになって。
そうだ。
ぼうや。
ぼうやのために今日の夕飯はハンバーグを作るんだった。
はやくおきなきゃ。
「・・・・ん・・・えっ!なに!なんなの」
突然の眠りから覚めてみると、暗闇の中、僅かな光に照らされて自分は花の中に埋もれていた。
「え、ちょっと。なにこれ。う、動かない。うそでしょ・・・・誰か!誰か助けて!ぼうや!どこにいるの?!」
身体は縛り付けられているのか身動きが取れず、僅かに動く首だけを回してみると。
自分が何か透明の箱に入れられているのが分かった。
箱に入れられた人、周りには花。
やがて似たような状況を傍から見ていた出来事に最近参加していたことを思い出す。
葬式だ。脳裏に恐怖が渦巻く。
「ちょっと、ねぇ、嘘でしょ!棺なの!?これ!嫌、誰か助けて!」
暫くもがいていると機械音が聞こえ、やがて自身の入れられている棺が徐々に起き上がった。
眼前に現れたのは、正に自身と同じ状況であろう棺に入れられて周りに花を散りばめられた
かつての”寮生”だった。
「た、田中さん!加古さん!ブレアさんに!シアンさん、リーゼさん!あれは、松本さん?!み、三島先生まで!」
皆それぞれ大人になっていたがその顔立ちは忘れもしなかった。
そう、皆であの日は忘れて生きようと誓ったのだから、だからこそいつまでも”忘れられなかった”。
「ねぇみんな!動けないの?!誰か!ぼうや、ぼうやは?!お願い、子どもはどこなの?!」
一同、同じように皆棺の中で目を覚まして自身の状況に気づいて狂乱し、泣いたり叫んだりしてる様だったが
棺は防音なのか一切その声は届かなかった。
そこにいきなり天井から強い照明がつけられ周りの棺が一斉に光に照らされる。
驚いて上を見上げると逆光の為、顔はよく窺い知ることが出来なかったが
そこにはかつて見覚えの有った赤いワンピースを着た様な少女のシルエットがこちらを見ている様子だった。
そして、ヤガミはふと気づた。
「あれは・・・そんな、嘘。あなた、オmiyo―――――――――――――――――――」