天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
いくつかの王族の私室をいろいろと見て回ったけど、特に何も見つからなかった。
机や衣装棚、本棚とかをひっくり返す勢いで探したけど、出てくるのは普通の物ばかり。
宝石とか装飾品、貴重そうな本が出てきたりはするけど、暗号らしきものは見当たらなかったのだ。
本に暗号が仕込まれているかはセシルさんが精査してくれた。
すごい速さで流し読みして章の冒頭や終わりとか、詩が書かれているところとかだけ明確な意図をもって熟読しているみたいだったから、多分暗号を仕込む場合の法則性のようなものがあるのかもしれない。
そんなこんなで時間がかかりはしたけど王族の私室の調査を終えて、次はライルさんの案内で近衛騎士団の兵舎に移動しているところだった。
「セシルさんすごいですね。暗号とか読み慣れてるんですか……?」
「まぁそこそこ。魔術は書物に術式とかを全部書いて後世のために残したりする人多いけど、暗号化して一部の人間しか読めなくされてるパターンもあるんだよ。それの解読とかしてたら暗号っぽいかどうかくらいは何となくわかるようになった。ちゃんとした解読は時間かかるけど、暗号自体を探してる段階ならこれくらいでいいしね」
「はー……ほんとにすごいですね」
『ミコトさっきからすごいですねしか言ってないですけど……』
『トコヨうるさい』
口を挟んでくるトコヨに文句を返しておく。
聖魔法は暗号化なんてされてないんだから知らないのも仕方ないじゃないか。
トコヨだって絶対分かってなかった。
シルヴィアさんもたまに声をかけられていたけど、その時に手に持っていたのが聖典的なものだったからだと思う。
後ろから覗き込んだら神に関して色々書かれていたし。
「セシルさんの解読技術はとても頼りになるんですけど……それはそれとして、その本を持ってきてしまうのはどうかと思います」
「……別にいいでしょ。誰が読むわけでもないし、こんなところで貴重な魔術書腐らせる方がもったいない」
「ですが、これでは火事場泥棒と大差が……はぁ……」
シルヴィアさんの指摘に、セシルさんが目を逸らしながら答える。
この本を見つけた時のセシルさんの興奮具合はすごかった。
とても貴重な、というよりも、セシルさんが見たこともない魔術書だったらしい。
暗号がないかだけ精査したらいそいそと自分の荷物の中に仕舞い込んでいた。
暗号は仕込まれてそうだけど純粋な術式に関する暗号しかなさそうだったらしい。
「もう誰が取りに来るわけでもないし、こうして生き残りの救出に協力してもらえてるだけでも助かってる。その謝礼とでも思えば……」
ライルさんも複雑そうではあるけど、そうやって自分を納得させたらしい。
そんな感じで話していたら、いつの間にか兵舎に到着していた。
「じゃあライル、あんたが入室できなかった部屋と入室できても触らせてもらえなかったものがある場所、触ったことがないものがある場所を順番に案内して。隊長格しか触れてなかったものがあるところを優先的に」
「おう。となると、隊長の執務室辺りから順番でいいか」
ライルさんがそう答えると、セシルさんは首肯だけで答えた。
セシルさんの指示からして、隠し通路への入り方どころかある場所すら知らなかったライルさんが触れられる場所にはないという判断だろうか。
そして近衛騎士団の隊長の執務室にやってきた。
部屋の中は、整然としていたんだろうけど襲撃の騒動で少し荒れてしまったという感じの状態になっている。
慌てて出ていったのか机の周りの物だけ散乱している感じだった。
「……本多いですね」
「近衛の隊長の執務室ならそりゃそうでしょ。警護のマニュアルとか城の構造記した書物、各任務の報告書とか色々あるだろうし。さっさと探すよ」
そういってセシルさんは執務室の中央の大きな机に向かって迷わずに歩き出した。
すぐさまガチャガチャと棚を開けていく。
そんな動作を繰り返したところで、鍵がかかっている棚があったらしく動きを止めた。
「ライル。棚の鍵は」
「隊長の執務机の棚の鍵なんて下っ端が知るわけないだろ……」
「じゃあ仕方ないか……ちょっと離れてて」
「ちょ、ちょっと待ってくださいセシルさん!! まさか――」
シルヴィアさんの静止は、小規模な爆発音で遮られた。
しゃがみ込んで鍵の構造を見ていたらしいセシルさんは、その鍵の部分だけ魔術で爆破して破壊することにしたらしい。
て、手荒すぎる……
「いくらなんでも手荒すぎますよセシルさん……中の物が燃えたらどうするつもりだったんですか……」
「燃えてないからいいでしょ。ほら、開いたよ」
シルヴィアさんの呟きに思わず何度もうなずいてしまったけど、特に問題は起こらずに開けることができたらしい。
セシルさんが中身を机の上に出していく。
そこには――
「これは……日誌と魔術書、ですか?」
「随分とまぁお誂え向きに怪しいのが入ってるじゃん」
そういうとセシルさんは魔術書を手に取ってパラパラとめくっていく。
それも短い間だけで、すぐに小さく口角をあげながら顔を上げた。
「当たりだね。暗号が魔術の可能性はあるけど、近衛の隊長の執務室の鍵付き棚にただの貴重な魔術書なんていれないでしょ」
「ず、随分判断が早いですね」
「魔術書っぽい本に偽装してるけど、中の術式が出鱈目なものが多すぎる。魔術師が書いた魔術書なら暗号を読み取れなくても価値のない魔術書として成立させる。ただの暗号用として、魔術師でもないやつがそれっぽく書いただけなんでしょ」
「な、なるほど……?」
よく分からないけど、セシルさん的にはダメダメな本だったらしい。
そんなことをしていたらセシルさんが魔術書を手に取って、もう一冊入っていた日誌の方を私の方に投げてきた。
「とりあえず、堕神官はこっち来て。私が暗号っぽい部分抜き出していくから解読手伝え。あんたたちはその日誌に何か仕込まれてないかだけ確認しといて」
「は、はい!」
「だから私は堕神官では――はぁ……分かりました」
日誌に暗号がないかを見ろって、私とライルさんでってことだよね……
トコヨはいるけど頭数に入れるのもおこがましいくらい頼りにならないし。
が、頑張らないと。
「じゃあ俺たちはこっちで見るか」
「はい、よろしくお願いします。ライルさん」
セシルさんとシルヴィアさんが執務机で作業を始めるのを横目に、ライルさんが示した入り口の方にある机に移動した。
日誌の最初の数ページをめくったところで、ライルさんの指が止まった。
「……隊長の字だ」
「分かるんですか?」
「……あぁ。この几帳面すぎるくらい丁寧な字は、間違いないと思う」
……ライルさんの表情が少し硬くなってる気がする。
思うところはあるだろうしどうしようかなと思っていたら、彼は静かにページをめくった。
ライルさんが読み進める気があるなら、大丈夫かな。
そう思って、とりあえず暗号探しに集中することにした。
読み始めたものは、日誌というよりも個人的な日記に近かった。
なんてことないただの日報みたいな日もある。
多分暗号はないよねと思いながら、ライルさんと読み進めていく。
だけど、最近の部分になると、個人的な感情が見え隠れし始めていた。
2月4日 火の節
王命により、1枠だけではあるが平民にも近衛騎士選抜試験の門戸が開かれることとなった。
これまで貴族だけで枠を埋めてしまっていた近衛において平民を登用するのは異例ではあるが、王命である以上、我らが異を挟む余地はない。
軽んじる者が出ぬよう、一層隊を引き締める必要がある。
4月5日 日の節
新たに採用された平民の若者、名をライル・ロックウッドという。
体躯に恵まれ、技も粗削りながら重く鋭い。
剣筋からして、魔物相手に我流で磨いてきたのだろう。
作法は見れたものではないが、貴族として教育を受けてきた者たちと比較するのはあまりに酷だ。
他方で、学習意欲と規律に従おうとする意志は好ましい。
まずは陛下の御前に出ても問題ない作法を身に着けさせることを第一とする必要がある。
4月25日 幽の節
ライルとの稽古を数度重ねた。
素直で筋が良い。教えれば即座に吸収し、癖を直す努力を惜しまぬ。
特に大剣の扱いに天性の間合い感覚がある。
我流であるがゆえに振り回すことしか知らなかったようだが、近衛として陛下をお守りする技術を教えれば、将来は期待できるだろう。
まだ若い。間違いなく伸びる。私が任を解かれる前に、ひとつ形を残してやりたい。
5月21日 風の節
若い騎士たちの間で、ライルに対する妙な空気が広がっている。
表立った侮辱や罵声はないが、雑用を押し付けられたり、名前を呼ばずに命令される場面が目につく。
ああいった陰湿さは、根の深い反発の兆だ。
数名の騎士からは、遠回しに苦言を呈されもした。
口を慎んではいるが、言外に“平民など隊に不要”と言っているに等しい。
確かに、振る舞いや作法に関してはお世辞にも褒められたものではない。
だが剣の腕も、命令に従う姿勢も、忠義においても何一つ劣ってはいない。
私が彼を指導しているのも、陛下の意向を正しく叶えるためではある。
だが、努力を正しく評価することすらできない騎士たちを見るのは腹立たしい。
私たちは国を守る騎士であり、陛下を守る最後の盾である近衛なのだ。
民への態度を、陛下は変えようとしておられる。
その最もお側に仕えている我々が民への態度を変えることができないのは、恥でしかない。
6月2日 月の節
稽古を重ねるほどに、ライルの剣は変わってきた。
最初は腕力任せの大剣だったが、今では重さを活かしながらも、鋭さと抑制がある。
ただ力を振るうのではない、“守る剣”になりつつある。
指示を一つ出せば二つ返してくる。足りぬところは黙って鍛え直す。
本人はまだ気づいていないが、既に隊の何人かよりも判断が的確だ。
王命で取り立てられた平民枠――そんな肩書きなど、もはや不要だろう。
彼は、彼自身の努力で、近衛として相応しい実力を付けつつある。
平民枠などどうなることかと思っていたが、このまま素直に学んでいってくれれば陛下の盾として相応しい働きができるだろう。
下の騎士たちは平民というだけ色眼鏡で見てしまう。
私が引き上げられるところまで引き上げてやりたい。
「これって……」
「……隊長……」
私が思わずライルさんの方に目を向けると、ライルさんは組んだ手で顔を隠すようにしながら震えていた。
……しばらく、そっとしておいてあげた方がいいかな。
そう思って、彼が落ち着くまで声をかけずに待つことにした。
「ミコトも気づいてたかもしれないけど……俺は、隊長に生かされたんだよ」
「救援の指示ですよね……?」
「あぁ」
日誌を読んでいた時間も合わせれば、結構な時間が経ったと思う。
落ち着いたライルさんは、ぽつぽつと思い出す様にしながら語りだした。
「黒竜が城を襲撃してきてる状態になって、陛下を逃がそうって話になりだした。そんな矢先に、隊長から俺だけ他国に救援を求めてくるようになんて指示を受けた……こんなのすぐに俺を逃がす方便だってわかったさ。反発しても命令に従えの一点張りで……指示に従って王都を出て、この目で王都が陥落する様子まで見えちまって……死んじまおうかとも思ったさ……」
「死んでしまおうと、ですか……?」
「俺だけ生き残る意味はあったのか……何かを守って死ぬべきだったんじゃないのか……一度考えだしたら悪い考えは止まらないんだよ……隊長も他のやつらと同じで、内心で俺を疎んでいたのかとすら思っちまった……」
そこまでいうと彼は、再び震えながら隊長さんに謝罪を口にし始めてしまった。
そのままどうしたものかと悩んでいたけど、しばらくしたところで、シルヴィアさんとセシルさんが近づいてきた。
セシルさんは若干面倒くさそうにしてるけど、シルヴィアさんは心配そうな表情をしていた。
「ライルさんは、きちんと隊長さんの命令を守っているではありませんか」
「シルヴィア……?」
「ライルさんは、魔物が跋扈する地域を一人で踏破し、世界樹の麓に辿り着き、私たちに救援を求めました。その結果、生き残っていた民を救うことができているのです。何も恥じることなどありません」
シルヴィアさんの力強い言葉を受けて、ライルさんは少し俯いて考えこみだした。
「暗号は、先ほどの魔術書にきちんと記されていました。その解読も終わっています。隊長さんのためにも、ライルさん自身のためにも、動き出しましょう!」
「……あぁ、そうだな。行こう」
そういうと、ライルさんは涙をぬぐって立ち上がった。
良かった。
どう慰めたものかと思ったけど、シルヴィアさんがすごく丁寧にライルさんを立ち直らせてくれた。
この日誌を読んでいなかったのに、話してる内容でどういうことかを把握してくれたのもすごい。
私も見習いたい。
そんなことを思いながら私も立ち上がって、隠し通路に向かって歩き出した。
私的に重要なのはこの後だ。
あの時の痛みと恐怖を思い出して手が震えてしまう。
だけど、そんなことも言ってられない。
あんな結果にならないように、どうにかしないと……
Tips
暦
1年=12か月=360日
1月=30日
1週=7日
曜日(以下7つを順に)
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