天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
儀式の準備を始めてから2週間くらいが経った。
準備自体は順調に進んでいて、お城の大広間の整備は男性陣とセシルさんがやってくれたし、整備が終わった場所に私とトコヨで協力して陣も描き終わった。
トコヨは言葉だけではあるけど、陣の正確性の向上に協力してくれた。
彼女は思った以上に聖魔法の陣を覚えていたらしく、儀式の時に毎回姿を消していたとは思えないほど正確に助言してくれた。
私が間違えそうになると『ミコト! 間違ってますよ!』なんて言いながらすぐさま指摘してくるのだ。
いくらちゃらんぽらんだったとしてもトコヨも巫女だったってことなんだろう。
一番時間がかかったのは聖水製作だ。
作ることができる人員が2人しかいないのに量が必要になる以上、どうしても時間はかかる。
その間他の人は、食料の補充とか儀式の時に問題が出ないようにお城の地下以外に魔物やアンデッドがいないかを確認してくれていた。
その時に完成済みの聖水とかもお城の安全確保した場所にあらかじめ運んでくれたりしていたから、すごく助かったのは間違いない。
サヨだけは、場所を整え終わったら聖魔法を教える目的も込めて聖水製作の作業のサポートに回ってもらった。
シルヴィアさんも教会では聖魔法を教えるような立場にいたらしく、サヨに教えようか迷っていたらしい。
私がサヨに助言している光景を見て口を出さなくて正解だったと安堵のため息をこぼしていた。
なんでも所作以外の部分でも祈り方が若干違うらしい。
シルヴィアさんたち教会の神官式聖魔法だとオルディナ様を主としながら5柱の神々に祈りを捧げるけど、私たち巫女式だとオリツキ様1柱に祈りを捧げているからか、同じ聖魔法でも若干手順が異なっているとかなんとか。
聖魔法は手順も大事になるから、巫女式で習得するべきである見習い巫女の勉学に口を出さなくてよかったという安堵らしい。
……つまりこれは私も教会の神官に対して聖魔法の方法で口を出すのは控えた方がいいということだろうか。
うん、気を付けよう。
そんなこんなで準備は終わったけど、竜は依然として上空を旋回し続けていて状況は変わっていない。
それでも、あの黒竜の観察をし続けてくれていたセシルさん曰く、ずっと王都上空だけを飛んでいるわけではなく、短時間ではあるけど少し外れの方まで哨戒して王都上空からいなくなるタイミングがあるらしい。
実際、今少しだけ外れの方に飛んで行った。
これなら、平原を非戦闘員を連れて逃げることはできなくても、王都内の大人数での移動や王城での儀式による発光は気づかれないかもしれない。
「よし、行くぞ」
ライルさんの声掛けに全員で頷いて、避難民の前後左右を戦闘できる人員で固めて警戒しながら移動を始めた。
儀式で竜から襲撃を受けるリスクがあるという話になった際に、分断されるリスクを考えて安全確認云々は置いておいて儀式をしたらそのまま全員で一気に地下通路に入って進むべきであるという話になったのだ。
本来なら地下通路の安全確認を万全に行ってから非戦闘員とともに行動するべきではある。
だけど、あの地形すら崩壊させる竜が襲い掛かってくる可能性を考えたら仕方ない判断だった。
待っていてもらっても竜の襲撃で私たちが合流できなくなってしまったら、残っている方が危険になる可能性がある。
それならもういっそ全員で入って、後ろを戦闘員数人で固めつつ戦闘員が先行して安全確認をして進もうという結論になった。
「ミコト様、少しいいですか」
「?……はい。どうかしましたか?」
シスイと一緒に最後尾を歩いていたら、そう切り出された。
「……ここまで、ご迷惑をおかけしすぎていたなと思いまして……申し訳ありませんでした」
「へ? え、あの、むしろ私が庇ってもらって命を助けていただいたせいですし、迷惑なんて……」
「いえ……地下通路の探索も、儀式の準備も、あまりお力になれませんでした。」
「そんなことは……」
そんなことないと思うけど……むしろ、シスイが探索に参加できなかったのも私を庇ったせいだ。
迷惑なんて一切かけられていない。
むしろ、ここ最近の周辺の安全確認はシスイとライルさんが中心で行っていた。
私はそう思うんだけど、シスイ的にはずっと気にしていたらしい。
「頼りないかもしれませんが、俺も頼ってください。巫女としての儀式などにはあまりお力になれないかもしれませんが、お力になれるように、粉骨砕身尽くさせていただきます」
『ほほーん? ほうほう』
シスイの言葉の意図を噛み砕きながら受け止めていたら、トコヨが彼の周りを飛び回ってじろじろと観察し始めた。
何してるんだこの駄幽霊。
「……そう言っていただけるなら、これからはシスイをもっと頼りにさせてもらいますね。ありがとうございます、シスイ」
私がそう返すと、シスイは満足そうに頷いて周囲の警戒に意識を戻した。
トコヨは相変わらずシスイを観察する感じでほうほう言いながら飛び回っている。
本当になんなんだこの駄幽霊。
王城についてすぐに儀式の準備に移った。
避難民の人たちには儀式が終わったらすぐに移動できるように、隠し通路があった王族の私室があるエリアの方向に繋がる通路の入り口で待機してもらっている。
ライルさんとアサヅキさんがその護衛に就いていて、サヨとシルヴィアさんが聖水を木枠の中に流し込んでくれている。
木枠の隙間とかはどうするんだろうと思っていたら、セシルさんが何かを呟いて冷たい風が吹いたと思ったら少しずつ漏れ出していた聖水が綺麗に固まって穴を埋めてくれた。
最初からこうするつもりだったらしい。
シスイを始めとした他の戦闘員は一応他の通路とかの方に散って周囲を警戒してくれていた。
「ミコト様、準備できました」
「……ありがとう、サヨ」
儀式の手順を思い浮かべていたら、サヨに声をかけられた。
それだけ伝えたら、サヨはシルヴィアさんと一緒に陣から離れた位置に移動し始めている。
……これだけ準備に時間をかけたんだ。
絶対に失敗できない。
深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けていく。
『大丈夫。ミコトの聖魔法の腕は確実にミスズ以上になっています。普段通りにやれば失敗することはありません』
『うん、ありがとう』
穏やかに声をかけてくれるトコヨに素直にお礼を返す。
トコヨは普段はふざけてるけど、本当に重要な場面では絶対にふざけたりしない。
だからこそ私も信用しているし、ふざけてない時のトコヨは頼りになると思っている。
そんな彼女の言葉に少し励まされて、緊張が少し解れた気がした。
木枠の中に静かに入って、木枠に立てかけていた杖を手に取る。
一歩一歩、陣の中心に向かって歩いていく。
神楽殿の時と同じように、一歩歩くごとに水の波紋が広がっていく。
反響する水の波紋が集落でやった儀式を思い出して感傷的な気分になるけど、表には出さないように努めて歩みを進める。
中心についたところで、杖を両手で持って目を閉じた。
あの時と違って、祈るのは村の安寧とかではない。
ただ、地下を彷徨うアンデッドが浄化されて、世界樹に還ることができるように、苦痛から解放されるように、静かに祈りを捧げる。
少しの間祈っていると、周囲に光の玉が浮かび上がり始めたのを感じる。
大丈夫、上手くいってる。
そう思いながら、舞い始めた。
舞を始めると同時に、床の陣が淡く光り始める。
周囲の空気が変わったのを感じる。
祈りを絶やさずに、巫女服の袖が緩やかに宙を舞うように、所作に神経を通わせながら、流れるように舞う。
錫杖ほどしっかりと音がするわけではないけど、サヨが見つけてくれたこの杖も弧を描くように振っていると装飾がきれいな音を奏でている。
淡い光の粒子を散らしながら浮かぶ光の玉がどんどん増えていく。
聖魔法の陣の上で決められた所作で円を描くように舞うにつれて、周囲を満たす光は、輝きは、強いものになっていく。
しばらく舞を続けて、魔法陣の輝きが一層強くなった辺りで、それを感じ取った。
小さくではあったけど、確かに“あの声”が聞こえる。
あの、何度も聞いた、天地を震わせるような咆哮が。
気づかれた。
だけど、今ここでやめるわけにはいかない。
あと少しなんだ。
ライルさん、アサヅキさん、ナギノさんが避難民の人たちに指示を出している声が聞こえる。
サヨもシルヴィアさんが連れて行ったみたいだ。
これはあらかじめ決めていたことでもある。
万が一見つかったら、その時の儀式の完遂具合で状況を判断する。
もしも完遂できそうなら、最低限の人員を残して先に地下通路に避難する。
今残ってくれているのは、セシルさんとシラノさん、あとは立候補してくれたシスイだけだ。
私が魔法陣の中心で杖を掲げると、周囲の光が爆発的に広がって辺りを包み込んだ。
それと同時に、轟音が響き渡る。
【■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!】
黒竜が城壁に突っ込んできて、こちらを見下ろしながら地鳴りがするほど極大の咆哮をあげた。
「こっちだ!!! 早く!!!」
「分かってるよ――局所凍結、凍れ!!」
シラノさんが皆が抜けていった通路の方で呼びかけてくるのに合わせて、セシルさんが準備していたらしい魔術を起動させる。
竜の足元から一気に凍り付いて両足を氷が包み込んでいた。
その隙にというかのようにセシルさんが弾かれるように駆け出す。
『ミコトも早く!!』
トコヨの急かす声に合わせて、私も儀式のための木枠から出て走りだす。
黒竜にとってはさっきのセシルさんの魔術なんて何の問題にもならないのか、足を動かして氷を砕いて動き始めていた。
だけど、確かにその氷を砕くという動作の分の隙を作りだしていた。
「ミコト様!!」
「っ、シスイ!」
私よりも後方から、私よりもずっと素早く走ってきたシスイに手を取られる。
そのまま引っ張られるようにしながら、通路まで一気に駆け抜ける。
だけど、黒竜は全く諦めていなかった。
狭い通路にその巨体をぶつけるようにしながら、悉くを破壊しながら追ってきていた。
背後から黒竜と崩落して降ってくる瓦礫が迫る。
とにかく全力で走り続けることしかできなかった。
徐々に竜との距離を詰められて、地下への入り口が見えた辺りで追いつかれそうになってしまう。
ギリギリ間に合わない……!?
「っ、ミコト様、申し訳ありません!!」
「へっ!? ひゃっ!?」
もうだめかと思った瞬間、走りながらでどうやったのか分からないけど、シスイに抱えあげられた。
人一人を抱えながら走るより、絶対に2人でそのまま走ってた方が早かった。
そう思ったんだけど、シスイは私が考えていない方法を取った。
そのまま、自分の身体が私の身体の下に入るようにしながら、まともな受け身も取らずに下りの階段に飛び込んでいた。
その瞬間背後で熱気を感じた。
さっと顔が青ざめるのを感じる。
火炎を吐かれたらまずいなんてものじゃない。
そう思ったけど、私たちより先に階段に逃げ込んでいた、階段半ばにいるセシルさんが、既に何かを詠唱していた。
物理的に追えなくなったらこういう手に出るであろうと読んでいたのかもしれない。
彼女の足元の青色の陣が輝くと同時に、倒れこんでいる私とシスイの後ろに巨大な氷塊が生成されて入り口に完全に蓋をしてしまった。
「シスイ、ごめんなさい、今すぐに治癒を!」
「っ、ありがとう、ございます」
セシルさんの魔術を傍目に見ながら、すぐに簡易的な治癒をシスイに施す。
骨も折れてそうだったけど、治癒が終わるころにはシスイは動けるようになっていた。
そのままセシルさんと3人で階段を駆け下りる。
シルヴィアさんが灯す聖魔法の明かりが見えたところで、背後で竜の怨嗟のような咆哮が聞こえた。
声の響き方からして、もう氷は完全に溶かされているみたいだった。
それでも追ってこない。
つまり、逃げられた、ということだろうか。
そう思った瞬間に体から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
トコヨが急かしたりしてもこないし、無事に逃げ切れたんだろう。
皆もそれを認識したのか、安心したらしい避難民の人たちが、控えめにではあったけど喜びの声を挙げていた。