天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
私とシルヴィアさんが部屋の天井近くに光弾を飛ばして明かりを確保すると同時に、ライルさんとシスイが駆け出した。
2人が黒い骸骨との距離を一気に詰めるのを横目に、私たちは一定の距離を保ちつつ囲むように部屋の中に分散した。
3人とも近接戦闘は無理だけど、シスイ一人が囮になって打ち合っているところに聖魔法や魔術で牽制できる。
だからその隙を伺いつつ、魔術はあまり使えないらしい隊長さんからの攻撃を受けない位置へ移動したという形だった。
「おらぁっ!!」
ライルさんが黒い骸骨の右半身に大剣で切りかかる。
骸骨はそれをものともせずに左手に携えていた盾で弾いて切り返そうとする。
本当に力を流すのがうまいとしか言いようがない。
あれだけ大きくて重そうな剣を振り下ろされたのに、大きく怯むことすらなくすぐさま反撃に移っていた。
その隙をつくように、姿勢を低くしながら突っ込んでいたシスイが骸骨の懐から切り上げる。
骸骨はそれにもすぐに反応して、すぐさまライルさんに切り返そうとしていた剣で斬撃を防いだ。
「聞いていた通り……なら、隙ができるまで切りかかり続けるだけだ」
シスイは静かにそう呟くと、そのまま何度も斬撃を繰り出し始めた。
自らに返ってくる反撃を掻い潜りながら、あらゆる方向から切りかかり続けている。
そこに、私とシルヴィアさんが明かりを絶やさないようにしながら光弾を適宜上空から投下して援護をしていく。
骸骨は光弾に対してもすぐさま反応して盾で器用に防いでいた。
ライルさんもタイミングを見て切りかかったりしているけど、それでも、骸骨は一切隙を見せなかった。
それから何合も打ち合いが発生して、シスイも骸骨もお互いに傷をもらわずにいなすという作業の繰り返しだった。
鍔迫り合いすら発生しているのに、本当にお互いに無傷のままだ。
隙を見て光弾を当てているけど、ほぼ盾で防がれる。
防がないこともあるみたいだけど、それは意に介する必要がないと判断されているときだけのようだ。
シスイの細剣の切っ先が弾けるように何度も火花を散らせる。
一撃ごとに角度を変え、狙いを変え、膝、肩、脇、喉へと斬撃が繰り出される。
それを骸骨は、全て剣と盾で弾き返していた。
骸骨がシスイの隙を見て大きく切りかかろうとするタイミングで、私とシルヴィアさんの光弾やライルさんの斬撃が入ることでなんとか保たれている均衡状態。
骸骨は、挟撃されているとか、上空から光弾が降ってくるとか、それらの影響を一切感じさせない立ち回りしていた。
ライルさんの斬撃に対しても、剣で受けずに盾をわずかに動かして角度を調整して受け止めるだけで防いでいる様子も多々見られる。
「っ、このっ」
「シスイっ!!」
今だってそうだ。
ライルさんの大剣をいなした勢いのまま、正面から溜めを作るようにして切りかかって、シスイを弾き飛ばしている。
シスイが斬撃を剣で防いできちんと受け身を取っているから傷とかにはなっていないけど、明らかにあちらの実力が上だと実感させられる光景だった。
私が思わず叫んでしまうくらいには、鬼気迫った鋭い剣劇がシスイに降りかかっていた。
打開の方法が思いつかない。
そう感じた瞬間に、視界の端で青い光が見えた。
「熱の流れを断つ……局所凍結——フリーズロック」
今まで暗がりで気配を消していたセシルさんの、静かな呟きが聞こえた。
ライルさんの斬撃を防いで、わずかに下がった盾。
その盾の下半分が、地面から伸びた氷塊に飲み込まれていた。
「あの魔術、竜に使ってた……」
『ミコト!! 今です!! 盾を持っている手を光弾で狙ってください!!』
「っ、うんっ!!」
トコヨに言われて、杖をかざしてすぐさま滞空させていた光弾を骸骨の手に向けて高速で落下させた。
光弾に対して、骸骨は盾で防ごうとしていたけど、下半分が凍り付いて地面に固定された結果、盾はびくともしていなかった。
状況を理解した骸骨が盾から手を離していく。
その瞬間に、ライルさんが盾に切りかかって、盾を弾き飛ばした。
盾が鈍い金属音を響かせながら壁際まで弾け飛んでいく。
「やっと盾だけでもどうにかできた——っ!?」
ライルさんが口角を少し上げながら呟くと同時に、骸骨は剣で切り伏せようとする。
ライルさんはその斬撃を、大剣を盾のように使って防いだ。
「あんたが教えてくれた使い方だぜ。このくらい反応できないわけねぇだろ」
ライルさんはそう呟くと、切りかかるシスイと入れ替わるように距離を取った。
そのまま骸骨の背後に回るように動き始めている。
シスイは骸骨の周囲への集中力を自分に向けさせようとしているのか、再び斬撃の連続で切りかかり始めた。
それを見て、私とシルヴィアさんも小さく頷きあって光弾の落下と生成を繰り返して、光の雨のように振り注がせることで自分たちの攻撃に意識を向けさせようとする。
盾を失っても、骸骨の実力は卓越していた。
綺麗で鋭い剣技、四方八方から降りかかる斬撃や聖魔法を受けてなお、対峙している相手の隙を見逃さない観察眼。
剣士だけだったらまず間違いなく膠着状態に陥っていたと確信できる程の剣技。
だけど、私たちは一人じゃないし、剣士だけでもない。
さらに言えば、これはライルさんが経験したことがある、「訓練」なんかでもない。
「冷気展開、気流制御……貫け——スパークランス」
小規模ではあるけど、輝く雷の閃光が、骸骨に向けて高速で飛来した。
これは流石に防がないとまずいと考えたらしく、剣で弾くことで防いでいた。
だけど、それは大きな隙でしかなかった。
既に懐に潜り込んでいたシスイが、骸骨に向けて斬撃を放つ。
骸骨もこれには反応し始めていて、遅れ気味ではあるけど剣で防ごうとしていた。
シスイはこれが反応されることも分かっていたのか、その防ぎに来た剣を弾くように剣を振り上げた。
剣と剣がぶつかる鈍い金属音が響いて、骸骨の剣を握った手が、振り上げられたような状態になっていた。
剣を手放さなかった代わりに、腕を晒す形になったらしい。
そこにすかさず、気配を消していたライルさんが切りかかった。
「訓練であんたが重要性を説いてた連携の意味、やっと分かった気がする」
ライルさんの切りかかりながらの呟きに、骸骨の動きが、一瞬止まった気がした。
本当に止まっていたのかは、この距離からだと正確に判断できない。
だけど、彼の呟きを聞いて、彼の顔を見た隊長さんが、切りかかることができなかったように見えた。
「これでっ!!」
ライルさんの大剣が、がら空きになった骸骨の右腕に振り下ろされた。
骨が砕ける鈍い音とともに、握られていた剣がそのまま宙を舞う。
訓練だったら、こんな肉体への直接的な攻撃は駄目だろうけど、これは訓練じゃない。
だから、腕を破壊して武器を持つことをできなくすれば、拘束するのは難しくない。
剣と盾を失って、右腕も破壊された骸骨は、ほぼ戦闘能力を失っていた。
ライルさんとシスイが即座に動いて、骸骨を地面に拘束することで、戦闘は終わった。
拘束されてからは暴れることもなくなって、骸骨は静かに地に伏していた
「では始めますね」
「頼む」
浄化はシルヴィアさんがしてくれることになった。
私もできるけど、さっき儀式をして疲れているだろうからってことでシルヴィアさんが引き受けてくれた形だった。
シルヴィアさんが手を組んで祈りを捧げると、足元に聖魔法の陣が浮かび上がった。
暖かい浄化の光が骸骨を包み込んで、その光が少しずつ強さを増していく。
黒い骸骨に変貌していた遺体が、少しずつ元の遺体の形に戻っていく。
半ばまで遺体に戻った辺りで、隊長さんの目が開いた。
「……ライル、か」
「っ!? な、なんでっ、隊長、生きてっ!?」
隊長さんが口を開くと、ライルさんは驚愕で固まった。
だけど、これは生きているわけじゃない。
時間もないし、素早く説明だけしてあげよう。
「……ライルさん、これは生きているわけではありません。アンデッドとして形を保っている状態で、魂が人のものに戻ってきているため、意識を持って話すことができているだけです。浄化が終われば魂は世界樹に還るので、時間も長くありません。お話したいことは、今のうちにお話を」
「……あぁ、分かった」
私の説明を聞いたライルさんは、すぐに隊長さんの方に向き直った。
向き直ったライルさんが口を開くよりも先に、隊長さんの方が口を開いた。
「生きていたんだな……」
「ああ。……隊長のおかげだ。隊長の命令に従って、戻ってきた。救援は間に合わなかったが、生き残っていた市民と、避難しようとしてるところだ」
「……そうか。……よかった」
隊長さんは、静かにそういった。
多分、彼の未練はライルさんが生き残れたかどうかを知りたいという部分も大きかったんじゃないかなと思う。
救援を連れてきたことを褒めるでもなく、避難民の避難の指揮を執っていることを気にするでもなく、ただライルさんの生存に安堵していた。
だから、さっきの切りあいの中で、動きが止まったんじゃないだろうか。
真実がどうなのかは、分からないけど。
「俺は、隊長に謝りたかったんだ。俺は、俺は、あんたすら疑っちまった。あんたも内心では、他の奴らと同じなんじゃねぇかってっ……!! 本当に、申し訳ありませんでした……!!」
「……ふ、ふふ。ライルは、本当に変わらんな。教えてやった言葉遣いはどうした。そんな言葉遣いでは、いつまでたっても陛下の御前に立たせることもできん」
「っ……また、それですか」
ライルさんの謝罪に笑いながら返す隊長さんに、ライルさんは静かに涙を零していた。
シルヴィアさんが静かに目を開けてこちらに合図を送ってくる。
多分、もう時間はないってことだろう。
私がそのことをライルさんに伝えようとしたら、隊長さんが静かに口を開いた。
「気にするな。お前が生き残っていた。それだけで十分だ。——ライル、一つ、忠告しておきたい」
「忠告、ですか……?」
「あぁ。フードの女に、気を付けろ」
「フードの女……?」
隊長さんは、時間がないことを察しているのか、あまりやり取りをしようとはせずにただ端的に言いたいことを伝えてきた。
でも、フードの女……?
だいぶ抽象的な特徴だし、曖昧だ。これだけで判断するのはちょっと難しいんじゃないだろうか。
「そうだ。フードの女だ」
隊長さんはライルさんの戸惑いを読み取ったかのように、小さく頷いた。
彼の体を包む光は、先ほどから弱くなり続けている。
もう長く話すことはできないであろうことは、嫌でも分かった。
「我々は、陛下をお連れしてこの地下通路に入った。だが、あの竜が起こした地殻変動の影響からか、出口が崩落してしまっていた」
「それは……」
ライルさんが掠れた声で呟く。
隊長さんもちらりとそっちを見たけど、時間がないことが分かっているのかすぐに言葉を続けた。
「その塞がった出口をどうするかをここで話し合っていたところに現れたのが、やつだ。どうやって入ってきたのかすら分からん。気づいた時には、既にそこにいた」
「その女に、隊長たちが……?」
「その女に、兵士たちは悉く殺されていった。私も、陛下をお守りしようとしたところを——」
そこで、隊長さんの言葉が一度途切れた。
ライルさんが手を怪我しかねないほどの力で拳を握りしめているのが見える。
「だが、問題はその後だ。アンデッドになってしまっていた時の記憶も、かすかにある。だからこそ覚えている。あの女は、民の遺体をこの地下通路に集めていた」
「遺体を……?」
「その遺体のほとんどは、アンデッドになっていった。それどころか、まるでやつの指示に従うかのように……」
「それって……」
思わずつぶやいてしまう。
それはつまり、その女が、アンデッドたちに待ち伏せなんていう知性的な行動をさせていたのか。
どうやったのかは分からないけど、脅威には間違いなかった。
そんなタイミングで、シルヴィアさんと隊長さんを中心に広がっていた光が、ひときわ強く輝いた。
「……そろそろ時間か。ライル、達者でな。お前は、いい騎士になる。励めよ」
「……あぁ……あぁっ! 俺は、あんたを超える騎士になる!! 誰かを守れるような騎士に!!」
ライルさんが隊長さんの手を取って、強く言い放つ。
それと同時に輝きはさらに強くなって、隊長さんは満足そうに頷いてから、静かに目を閉じた。
「皆、本当にありがとう」
ライルさんはしばらく動かなかったけど、少ししてからそう言って動き出した。
「……もうよろしいのですか?」
「あぁ。大丈夫だ」
心配そうに声をかけるシルヴィアさんに、ライルさんが力強く頷く。
その顔は、決意に満ちていた。
本当に大丈夫そうだと思えた。
「話はもういいの? ならさっさと出るよ。暗くなる前に場所の把握と安全な場所までの移動をしたいし」
「っ、そうだ! 隊長が出口が塞がってるって——」
「それならへーき」
セシルさんが何かを呟くと同時に、小規模な爆発が出口があったと思われる場所を爆破した。
「セシル!? そんなことしたらまた崩落が……!?」
「あんたらが話してる間に確認してたんだよ。確かに塞がってるけど、上から光も漏れてたし、階段も長くなさそうだからここはほぼ地上に近い位置にある小部屋だってこと。これさえ砕けば開通するのが分かり切ってるんだから、やらないのは馬鹿でしょ。ほら、少し穴が開通した。これを広げるよ」
「セシルさん……」
あまりの大胆さに絶句してしまう。
これは多分全員そうだったと思う。
同じ感想を抱いたらしいトコヨも話しかけてきた。
『相変わらず豪快というか、大雑把というか、面倒くさがりというか……頭はいいのに、いろんな意味ですごいですね、セシル』
『ほ、本当に……』
そこからは、全員で協力しての開通作業になった。
木の根元に隠されていたらしい扉を開けて、地上に出る。
出た場所は予想していた通り近郊の森の中だったらしい。
木が空を覆いつくしていて、木漏れ日が眩しかった。
王都の方を見ると、木の隙間から、かすかにあの黒竜が暴れているのが見えた。
こちらに気づいている様子はない。
意図通りの結果になったことを察した皆で安堵のため息を零している。
そのまま全員で頷きあって、黒竜が暴れる王都を背にしながら、遠くに見える世界樹に向けて歩き出した。