天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
あれから数週間歩き続けて、遠くに見え続けていた天を貫くほどの大木の麓に辿り着いた。
世界樹。
大陸の中心に聳え立っている、神が作ってくださった輪廻を司る大木だ。
死後の魂は皆この世界樹に還る。
魂は世界樹によって無垢な魂に浄化されて、新たな命として生を受けるのだ。
だからこそオリツキ様の教えの中にも世界樹は出てくるし、教会の方でも重要視されている。
……教会の話はシルヴィアさんからの受け売りでしかないけど。
とにもかくにも、そんな見上げても全貌を把握できないほど神聖な大木が世界樹なのだ。
欠けたりしているところがあるのが気にはなるけど、神代からずっと輪廻を支え続けてくれているのだから仕方ないのかもしれない。
そんな世界樹の麓にある、私たちが目指し続けてきた集落に辿り着いた。
集落はまだまだ発展途上といった雰囲気を感じる小さな村だった。
もしかしたら私たちの集落よりも小さいかもしれない。
そんな集落の入り口に、誰かが立っているのが見えた。
背が高い男性で、線は細めな気はするけど容姿は整っている、身なりのしっかりとした人だ。
この感じは、この人が集落の代表者で出迎えてくれたとかそういう感じだろうか。
そう思って、近くを歩いていたシルヴィアさんの方に声をかけてみる。
「シルヴィアさん。もしかしてあそこにいる方が集落の——」
「クロード様っ!!」
隣から発せられた、歓声のようなすごく上擦った声に遮られた。
今そっちを歩いているのはシルヴィアさんしかいないわけで……
恐る恐る彼女の方を振り向くと、彼女の表情は今までの優しい神官さんという感じの慈愛に満ちたものではなく、紅潮させた蕩けた感じになっていた。
彼女はそのまま駆け出してその男性の方まで駆け寄っていってしまう。
えぇ……?
「クロード様! ただいま戻りましたっ! クロード様はお加減は変わりないでしょうか? 私が不在の間にどこかお怪我などは——」
「……堕神官」
興奮気味に捲し立てるシルヴィアさんの横を、セシルさんがボソッといつものあだ名を呟きながら通り過ぎて村に入っていく。
あ、あぁ……堕神官って、そういう……
なるほど……納得してしまった。
『堕神官ってああいうことだったんだね。ちょっと意外。トコヨは——トコヨ?』
『へ? えぇと、ごめんなさい、なんですかミコト。聞いてなかったです』
『あはは。まぁトコヨもびっくりするよね、あの豹変は』
私が呆然としたまま内心でトコヨに同意を求めると、トコヨもびっくりしたのかこちらの声が聞こえていなかったらしい。
今までのシルヴィアさんと違い過ぎるし、それも仕方ない。
クロードと呼ばれた男性は穏やかにシルヴィアさんに話しかけ始めた。
「大丈夫だ。私は変わりないよ。シルヴィア達は問題はなかったか?」
「はい。クロード様にお任せされた救援としてのお役目を終えて、無事に戻ってまいりました」
「では、そちらの方々が避難民ということでいいかな?」
「はい! こちらがソルミア王国の方々と、その近くの集落で同じく新天地を探していたという方々です。皆様こちらへの移住を希望されています」
「そうか。ありがとう、シルヴィア」
「はぅぁ……」
彼はそういうと、シルヴィアさんに優しく微笑んでからこちらに向き直った。
シルヴィアさんはそれだけで至福とでも言うかのように動かなくなってしまった。
なんか、イメージ変わるな……うん、まぁ、いい意味で親しみは持ちやすいけど……
「——私はこの集落の元締めをしているクロードです。貴方方の受け入れの準備は既に整っていますので、ご安心ください。ようこそ、世界樹の麓の集落へ。歓迎させていただきます」
クロードさんがそう言いながら集落の方を指し示すと、ソルミア王国からの避難民の人たちの方から喜びの声が上がった。
あの黒竜から逃れてからも、安心しきることができない魔物の危険がある状態での旅路だったのだ。
仕方のないことだろう。
クロードさんはそのままライルさんにソルミア王国の人たちの案内を頼んでいる。
クロードさんが話し始める前に私たちの方を見て若干目を見開いた気がしたのは気になるけど、とりあえず私が代表者として挨拶しないとダメか。
そう思って、クロードさんの方に歩み寄った。
「丁寧なご挨拶や集落への受け入れ、感謝します。私はミコト・アメノと申します。筆頭巫女……こちらでいう、神官を統括していた立場の者であり、現在は6人の代表者を務めています。よろしくお願いいたします。クロード様」
「……あぁ、よろしく頼む。それと、そこまで私にかしこまる必要はないから、様付けなどしなくてもいい。こちらでも可能な限り君たちの支援はさせてもらう。そのためにも、君たちのことを色々と確認させてもらいたい。疲れているだろうが、事情などを聞かせてもらってもいいだろうか」
「もちろんです」
「では落ち着いて話せる場所へ行こうか。話している間に住める場所を準備させよう」
そういうとクロードさんは付いてくるように付け加えて歩き出した。
向かっているところは、多分世界樹に一番近いところにありそうな大きな建物かな。
途中で何かを頼まれたらしいシルヴィアさんが離脱して、私たちはそのままクロードさんの案内に従って歩みを進めた。
「ふむ。つまり、村の長は筆頭巫女であり、村から誰も出ていなかったのもその家訓から来るものであると」
「はい。これでほとんどお話したと思いますが、不足はないでしょうか?」
案内された建物の中で、代表者の私だけが執務室と思われるところに通された。
そのうえで、根掘り葉掘り、これまでの経緯や集落について、巫女や神社とは何か、集落はどのような政治形態だったのかといったことを説明していた。
この説明は、これから集落の仲間となる上で認識の齟齬は埋めておきたいというクロードさん主導の質問の形をとっていて、なぜ集落から誰も外に出ていなかったのかといった内容にまで及んでいた。
今クロードさんが言っていた家訓というのもアメノ家に伝えられている家訓を伝えたうえで集落を出ていなかった理由を伝えた形だった。
その家訓というのは……
① オリツキ様への信仰を絶やさないこと
② オリツキ様が作り上げアメノ家に託した信仰形態を守り続けること
③ アメノの血を絶やさないこと
④ 村人を含めて集落の外には決して出ないこと
⑤ 娘に不思議な力が発露しても決して排斥しないこと
という5つである。
だから政治を担っている筆頭巫女は村から誰も出ないように取り計らっていた。
「今回は、そのような家訓があってもなお新天地を求めることを決断したということか」
「……はい。状況が状況でしたし……その……御神託が、ありましたので」
「……神託か。つまり君は、オリツキ様の声を聞いたことがあると」
話の流れで経緯を説明しているから、どうしても神託という巫女にあるまじき嘘を事実かのように話さないといけなくて心苦しい。
一応クロードさんは疑念を持っている様子はなくて、しばらく考えこんだ後にオリツキ様ただ1柱を奉じる一族と集落を助けようとした神の慈悲とか呟いて納得してくれてはいるけど……
「……分かった。ここまで長々と質問攻めにしてしまって申し訳なかった。当面の生活は保障させてもらうし、希望する者には仕事も斡旋しよう。神社の再建も集落で全面的に支援させてもらうよ」
「!……よろしいのですか?」
「あぁ。隠し事をしても面倒になるから言ってしまうが、こちらとしても見返りが望めることではあるからね。集落としても、メリットがある話だ」
「見返り、ですか……?」
こちらが与えられてばかりの提案に恐縮していたら、クロードさんはそう言葉を続けた。
見返り、というのがなんなのか分からないけど、こちらから返せるものなんてあるだろうか。
「……ふふ、君は表情が分かりやすいな。これだけでも人柄がよく分かる。そう。見返りだ。これは教会にも頼んでいることではあるのだが、神社の再建が済んだら治療院を開院して欲しくてね。村の安定に大きく寄与する部分だし、聖魔法が使える神官は貴重な人材だから、その維持・運営はこちらも重要視しているんだ。それがこちらの求める見返りだよ」
「あ、あぁ。治療院ですか。それでしたら、故郷でも巫女が治療院を運営していました。見返りがそれでいいのでしたら、こちらも安心です。お任せください」
「その言葉を聞いて安心したよ。では、開院の時期などはまた再建状況などを鑑みて話し合おう」
クロードさんは、なんというかすごく話しやすい人だった。
こちらが心配していることとかを全部先回りするかのように潰して説明してくれるし、話し方も穏やかで威圧感も全くない。
なんというか、わざと砕けた話し方をしてくれているようにすら感じる。
色々と細かく聞かれたのはちょっと大変だったけど、これからの生活を考えれば仕方のないことだろう。
元締めである彼からすればどんな支援が必要かを把握するための作業でもあっただろうし。
……まぁ、そんな気遣いを無下にするかのように、長時間の話し合いに飽きたらしく部屋中を飛び回る不埒な駄幽霊もいたわけだけど。
『ミコトーミコトー。まだですかー? もう飽きましたよー。早く住む場所に案内してもらいましょー?』
『……今準備してくれてるって言ってたでしょ。トコヨちょっと黙ってて』
本当にこの駄幽霊は……
無駄に飛び回りまくるせいで気が散るし、目で追っちゃうくらい鬱陶しい飛び方までしてくるしで、ただただ鬱陶しい。
ソルミア王国ではすごく頼りになったのにやっぱり駄幽霊は駄幽霊だった。
それから少しして、ノックが聞こえてきた。
「準備ができたみたいだね。入ってきてくれ」
「お待たせして申し訳ありません、クロード様。ミコトさんたちのお部屋の準備が整いました」
「いや、本来なら私たち集落の人間でするべきことをしてくれただけでも助かるよ。ありがとう、シルヴィア」
「はぅ……いえ、もっと頼っていただけると私は……」
シルヴィアさんだった。
やっぱり、さっきシルヴィアさんに声をかけていたのは部屋の準備とかをしてもらっていたかららしい。
……シルヴィアさんはクロードさんの前ではずっとこんな感じなのだろうか。
「ミコトたちも疲れているだろうから、早く案内してあげよう。女性はシルヴィアが、男性は私が住居まで案内するよ」
「もちろんです。ミコトさん、私と一緒に来てください。お部屋の準備を済ませましたので、案内しますよ」
「はい! よろしくお願いします、シルヴィアさん」
シルヴィアさんに促されるままに立ち上がり、そのままついていく。
応接間で待っていたサヨたちとも合流して、サヨと私はシルヴィアさんが、シスイたちはクロードさんが先導して別の場所へ移動を開始した。
「これから案内する場所は集合住宅のようなところなので、共同生活をすることになります。万が一集合住宅では無理だという場合はクロード様に相談していただければ、時間はかかるとは思いますけど配慮した住居を準備してくださると思いますよ」
「集合住宅ですか?」
集合住宅か。
私は別に問題はない。
誰が一緒に住むことになるのかが気になるくらいだ。
「集合住宅というと、サヨと同じ住居に住むことになるということですか?」
「そうですね。ミコトさんとサヨさん、あとは、私とセシルさんもそこの一室を借り受けています。現在の住人はもう一人いますけど、今は不在なので後で紹介しますね」
シルヴィアさんとセシルさんならむしろ大歓迎だ。
2人ともいい人なのはもう知ってるし、シルヴィアさんがこの感じの反応をしてるってことはもう一人というのも不安はないだろうし。
サヨは大丈夫だろうか。
「サヨは集合住宅でも問題ありませんか?」
「問題ありません! むしろ大歓迎です!! ミコト様と同じ家に住むことができるんですね!!!」
ん、んん?
なんか、サヨの勢いがすごいというか、ちょっと怖い。
こんな子だっただろうか。
……気のせいかな、多分。うん、そう思うことにしておこう。
「もう一人の住人というのも、サヨさんと年が近いいい子なのでおそらく仲良くなれると思いますよ。——そろそろつきますね」
シルヴィアさんの言葉を受けてしっかりと目を前に向けると、少し大きめの住居が見えた。
集落で一世帯毎に住んでいた住居よりも何倍も大きいから、10人くらいは住めるのではないだろうか。
そんな建物の前に辿り着いたところで、シルヴィアさんが微笑みを浮かべながら振り返った。
彼女の金色のさらさらとした綺麗な長髪が風に揺れてふわりと広がる。
「歓迎しますよ! これからは同じ屋根の下に住む者同士、よろしくお願いいたします!」
「っ!……はいっ! よろしくお願いします! シルヴィアさん!」
彼女の笑顔に、私も笑顔で応える。
ここまできてようやく安住の地に辿り着いたんだって実感できて、私の胸は高揚感と安堵で埋め尽くされていた。