天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
EX1-1 村案内
『ここが私たちの新しい城ですね!!』
『城って……ただの自室でしょ。何言ってるのトコヨ』
『テンション低いですよミコト! もっと盛り上がってください!! そう、私みたいに! 私みたいに!!! さぁミコト!! ベッドにダイブです!!!』
『流石に遠慮しとこうかなぁ』
案内された自室の中をなぜか狂喜乱舞しながら飛び回るトコヨに、思わず苦笑してしまう。
割り当てられた部屋は簡素な部屋だった。
ベッドと机、椅子に棚があるくらいの本当にシンプルな部屋。
寝具からして神社での自室とはだいぶ異なる感じだけど、使ってるうちに慣れるだろうってことで良しとしよう。
とりあえずトコヨは放っておいて荷物を置いていろいろと部屋の中を確認してみることにしよう。
「ミコトさん、少しよろしいですか?」
部屋の確認を終えてしばらくのんびりとトコヨと話していたら、シルヴィアさんが部屋を訪ねてきた。
「どうかしましたか?」
「いえ、クロード様からミコトさんたちの日用品などを準備するのに使って欲しいとある程度のお金を預かりましたので、もしよろしければ着替えなどの日用品を買いに行きませんか? 私が集落も案内しますので」
シルヴィアさんはクロードさんから預かったらしいお金が入っていそうな小袋を持っていた。
当面の生活を支援するとは言われていたけど、まさかこんなに即日お金という形で渡してもらえると思っていなかった。
着替えとかが足りていないのはここまでの旅路で共有していたから、それも鑑みての提案なんだろう。
シルヴィアさんが案内までしてくれるというのも、彼女の善意の表れだと強く感じられた。
「いいんですか? それならお願いしたいです」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ。それでは、サヨさんも誘って出かけましょうか」
むしろ私としても嬉しい申し出だし断る理由もなくて、にこやかに頷いて誘ってくれるシルヴィアさんに連れられて外出することになった。
「先ほどクロード様と話していたあの建物が元締め邸で、私たちの集合住宅があるのが居住エリアですね。シスイさんたちが住むことになる男性の集合住宅もあの中にありますよ」
シルヴィアさんの案内に従いながら歩いていく。
集落は発展途上といった感じで、建物もそんなに多くない。
豊かな自然の中に道と建物を作りましたといった感じの集落だ。
見上げても頂点が見えないくらい大きな世界樹の麓にあることを考えると納得の雰囲気ではある。
私たちの故郷も神社がある山とその麓の集落といった感じで自然が多かったけど、こっちの方が多いかもと感じてしまうくらいだ。
今歩いているのは居住エリアって話だけど、大工と思わしき人たちが立てている途中の建物もたくさん見受けられる。
そんな建物を見ながら、サヨが口を開いた。
「作ってる途中のお家が多いですね」
「あぁ、そもそも集落自体ができてから1年くらいしか経っていないんですよ。少しずつ居住者も増えてきているのである程度余裕をもって住居を確保していたらしいんですけど、今回の件で一度に人が増えましたので、大急ぎで増設しているらしいです」
「1年くらいしか経っていないとなると、シルヴィアさんも最近こちらに?」
「えぇ。教会が主とともに奉じる世界樹の麓に集落を作っている方たちがいるという噂の調査目的で派遣されまして。集落自体に問題はなさそうですけど教会は必要ということで、そのままこの地に配属された形ですね」
なるほど。
シルヴィアさんも最近来たばかりだし、調査に来たシルヴィアさんがそう認識しているということはセシルさんとかお店をやっている人とかもごく最近ここに来たということか。
それなら私たちも馴染みやすいかもしれない。
クロードさんが私たちに教会とは別に治療院を開院して欲しいと言っていたのもとても納得できた。
そんな話をしていたら、集落の中央辺りにあると見受けられる広場に辿り着いた。
この広場から元締め邸、今通ってきた居住エリア、集落の入り口、世界樹自体への道といろんな方向に枝分かれして集落が広がっているっぽい。
集合住宅に案内される時に通った場所でもある。
「ここが中央広場ですね。まだ数は少ないですけど、商店や食事処兼酒場なんかもあります。行商人の方が来ているときは大抵この広場で露店を開いていますね」
「行商人が来るんですか!?」
「えぇ。まだそんなに頻度は多くないですけど、時折来ていますね」
シルヴィアさんの説明に、サヨが大げさに反応した。
あぁ、うん。まぁ私も気持ちは分かる。
そもそも私たちの集落は行商人が定期的に来ることもないような集落だったし、来てもそれは迷い込んだだけで商品なんかは持っているものをついでに売ってくれるという程度でしかないのだ。
当然都合よくこちらが欲しいものなんて持ってないことがほとんどで、甘味みたいなものもまずもっていなかった。
ここには商売目的で立ち寄ってくれるというなら、商品がないなんてことはまずないだろう。
1年に1人迷い込んでくるかも分からない商人に期待していた田舎者である自覚があるだけに、サヨのこの反応も理解できてしまった。
そんなことを考えていたら、さっきシルヴィアさんが指し示して食事処と言っていた場所から出てきた長身の男性がこちらに近づいてきた。
「シルヴィアちゃん。帰ってきていたのかい?」
「マスターさん、こんにちは。はい。ちょうど今日帰ってきました」
「無事に帰ってこられたみたいでよかったよ。そっちの子たちは?」
「こちらは避難してきて定住することになったミコトさんとサヨさんです」
シルヴィアさんの紹介を受けて一歩前に出る。
「本日からこの集落に住まわせていただくことになりました、ミコト・アメノです。よろしくお願いします」
「さ、サヨ・アマカワです! よろしくお願いします!」
「あぁ、よろしく。俺はこの食事処兼酒場で店主をしているクラウスだ。マスターでも店主でも呼びやすいように呼んでくれて構わないよ」
クラウスさんは、背が高くてがっしりした体形の40歳くらいの男性だった。
声が低いわりに話している感じも穏やかで人当たりもよさそうな感じがする。
酒場とかのマスターをしているだけあって慣れているのかもしれない。
「今は2人に村を案内中かい?」
「はい。これから日用品の調達に行って、そのあとは教会の方に顔を出して2人にフリッカを紹介しようかと思っています」
「なるほど。じゃあ用事が終わったらフリッカちゃんも連れて店においで。新しい仲間を歓迎ってことで、今日はご馳走するよ」
クラウスさんはそう言って小さく笑みを浮かべた。
フリッカというのが誰のことかは分からないけど、この流れだと4人にご馳走してくれるって言ってるようなものだし流石に申し訳なくなってしまう。
「そんな、悪いですし……」
『ちょっ!? ミコトなに断ろうとしてるんですか!? ご馳走してもらってください!! お店からいい匂いがします!! 私は食べたいです!!』
『トコヨうるさい』
食い意地の張った駄幽霊がうるさいけどとりあえず内心で文句を言うだけに留めておく。
第一トコヨは私との味覚共有で味が分かるだけで正確には食べているわけじゃないじゃないか。
「はっはっは! 若い子が大人に気を遣うもんじゃない。気にしないでご馳走させてくれ。なんだったら、これは売り込みだと思ってくれていい」
「売り込み……ですか?」
「ああ。定住するんだろう? なら、常連になってもらえるだけでこっちとしては万々歳さ。食べてみて美味かったらまた来てくれるだけでいい」
なるほど……そう考えると結構強か、なのかな……?
他に食事処なんかがない以上、自分たちで作らない場合はクラウスさんのところに行かないといけないだろうから、売り込みなんかしなくてもそのうち行きそうだという問題があるけど。
クラウスさんが明らかに損をしている気がしないでもないけど、彼がそれでいいならいいか。
そう思っていたら、シルヴィアさんが口を開いた。
「それでは、お言葉に甘えさせてもらいますね。ありがとうございます。また少ししたら来ますので……そうだ。もしよろしければなんですけど、セシルさんも誘って大丈夫ですか?」
「もちろん。一人二人増えたところでそう変わらないから、問題ないよ。」
「ありがとうございます! それでは、一度失礼しますね」
「あぁ。準備をして待ってるよ。治療院の事情とかもあるだろうから急がなくてもいい。いい時に来てくれ」
シルヴィアさんがクラウスさんに会釈するのに合わせてお礼を言いつつ頭を下げて、次の場所に向かった。
まぁ次の場所とは言っても、すぐ近くの商店でしかないんだけど。
商店での買い物はそんなに時間はかからなかった。
既製品の普段着とかに使えそうな服を見繕って、身長とかに合わせて裾上げをしてくれるってことで一度預けた。
私は赤と白基調の巫女服に近い色合いの服をいくつか選んで、あとは今着ている巫女服と同じようなものを作れないかを確認した。
巫女服も一度構造を把握するために貸せば準備してくれるらしい。
とはいえ、図面に描き起こして特注することになるから相応にお金はかかるとは言われた。
金銭的な余裕ができるまではこの1着を洗って着まわすしかないかもしれない。
普段着での生活を基本にしつつ、要所で巫女服を着るようにするしかにないか。
サヨはサヨでいくつかいい感じの普段着とかを見繕っていた。
そんなこんなで商店を後にして、シルヴィアさん先導のもと普段彼女が神官として働いている教会にやってきた。
「ここが教会です。私は普段はこちらや併設されている治療院にいますので、日中など御用があればこちらに来てくださればお会いできると思います。ミコトさんたちは神社を再建するということなので不要かもしれませんが、祈りたいときなどはいつでもいらしてください」
にこやかに説明してくれるシルヴィアさんの話を聞きながら思ったことは、教会と基本的に木造の神社とは全然違うということだ。
白い外壁、中に入ってすぐに目に入る綺麗な色が付いたガラスと、その前に置かれている穏やかな表情を浮かべた女性の石像。
祈るための場なのか広間に椅子が並べられていて、今まさに祈っている人も何人か見受けられる。
祈っている人たちは石像に向かって祈っている。
雰囲気だけは近いものがあるけど、そこに関しては神に祈りを捧げているという点で共通しているからかもしれない。
「綺麗な場所ですね」
「ふふ。日頃から掃除はしっかりしていますから。私が不在の間もフリッカがきちんと掃除をしてくれていたみたいですね」
私が雰囲気に関して言及したらシルヴィアさんは嬉しそうにしながら返答してきた。
場の雰囲気とかの話で違う意味合いだったんだけど、流石に突っ込むのは野暮か。
「あの石像は、以前シルヴィアさんが言っていた?」
「はい。主神オルディナ様ですね」
やっぱり以前言っていたオルディナ様の石像だったらしい。
オリツキ様はこういうのは残してくださっていなかったけど、オルディナ様は残しているのか。
こういうところも違いがあるな。
そんなことを考えていたら、背後から女の子の声が聞こえた。
「あれ、先輩? 帰ってきていたんですか?」
「あぁ、フリッカ。ちょうどよかったです」
後ろを振り向くと、そこにはシルヴィアさんと似たような神官服を着た少女がいた。
だけど、ただの少女じゃない。
え、なにこれは。耳が付いている。
ただの耳じゃない。犬の、耳?
薄茶色の犬みたいな耳が少女の頭の上でピコピコと動いていた。
つまりこれは飾りじゃないってこと……?
「——します!…………あれ、もしかして聞こえてないです?……んー? あぁ、そういうことですか! もしかして、獣人を見るの初めてだったりします?」
「じゅ、獣人?」
「やっと反応が! では改めまして! フリッカ・ストランと言います! シルヴィア先輩の部下で助祭の神官です! 見てのとおりの犬獣人です! よろしくお願いします!」
そういったフリッカちゃんは頭を下げて耳を見せ、お尻を軽くこっちに向けてついていたらしい尻尾を見せてきた。
その尻尾は触っているわけでもないのにフリフリと動いている。
やっぱり本物なのかこれ。
『獣人は集落にはいませんでしたけど、珍しいわけじゃないですよ。むしろ他の種族よりも人間社会に溶け込んでいて共生関係を築いてます』
『トコヨは会ったことあったの?』
『えぇ! 昔獣人の商人が来まして、その時に色々聞きました!』
ドヤ顔で語ってるけどつまりこの知識はその商人の受け売りか。
……釈然としないけどとりあえず自己紹介しないとダメか。
「ミコト・アメノです。同じ集合住宅の住人ということでしたよね。今日から同じ家に住むことになりましたので、よろしくお願いします、フリッカちゃん」
「さ、サヨ・アマカワです。よろしくお願いします」
「あ、ミコトさん! 私のことは呼び捨てでいいですよ! 私の方が年下だと思うので!」
彼女は呼び捨てを要求してきた。
まぁ本人がそう望むならそうしておくか。
実際、同年代と比べても小柄な私よりも小柄だし、多分フリッカはサヨと同年代なんじゃないだろうか。
感情がすぐ伝わってくるような満面の笑みを浮かべていて、彼女の人柄はすぐに分かった。
そんな彼女は笑みをぱっと訝し気な表情に切り替えた。
感情が表情にすぐ出るタイプなのかな。
「ところで……サヨちゃんって年はいくつですか?」
「へ……? じゅ、12です」
サヨの返答を聞いた瞬間、フリッカの表情がにんまりとした満面の笑みに切り替わった。
「おー! 私は13! それじゃあ私の方がお姉さんってことね! 分からないことがあったら何でも聞いて!」
「は、はぁ」
フリッカはそのままサヨに怒涛の勢いで話かけ始めた。
サヨはされるがままになって会話を続けている。
うーん……どうしようかなこれ。
「悪く思わないであげてくださいね。この明るさがフリッカの良いところでもあるので」
「……びっくりしましたけど、明るくて感情を隠せないいい子なのはすぐに分かりました」
「たまに暴走はしますけど、基本的にいい子ですよ。私が不在の際は教会と治療院の運営をできる範囲で頑張ってくれる子ですし」
彼女の人柄自体はすぐにわかったからそこは問題ない。
でもそっか。この感じだと神官もそんなに数がいるわけではないのか。
それならシルヴィアさん不在時とかに治療院の運営を満足にできるかはこの子次第になるわけで……クロードさんが治療院を私たちにもしてもらいたいって言っていた理由がなんとなくわかってしまった。
それよりも気になるのは……
「……シルヴィアさん。フリッカの尻尾とか耳って、触らせてほしいって言ったら触らせてくれますかね……?」
「……ど、どうですかね。流石に躊躇するかも……いえ、でもフリッカですし……うーん……」
どうやらシルヴィアさんも触らせてほしいと正面切って言ったことはないらしい。
でも、触ってみたいかも……獣人というのを初めて見たし、どんなふうになっているのかもだいぶ気になる。
そんな感じのやり取りが落ち着いた辺りで治療院の方に怪我の治癒をして欲しいという人が来たらしく、フリッカが慌ただしく去っていった。
案内もここで最後だったらしくて、シルヴィアさんもフリッカの手伝いをするからとそのまま残ることになった。
仕事が終わったら食事処で一緒に食事をしようと約束して、私とサヨは一度集合住宅に戻った。
『発展途上の村って感じでしたねー。家屋は絶賛建築中、お店や重要施設もクロードがお金援助して最低限を維持って感じっぽかったですし。これからに期待ですね』
『あはは。トコヨ辛辣だね』
『でもいい村だと思いますよ。新入りにも優しそうな人たちが多そうで、元締めも協力的ですし。出来たばかりの集落だっていうのが大きいのかもしれませんね』
トコヨも笑顔を浮かべながらそんなことを言っているあたり、特に文句はなかったのかもしれない。
まぁ文句があるとか言われても他にあてなんかないから困ってしまうわけだけど。
そんなことを考えながら、ベッドに腰かける。
窓の外には、世界樹が見える。
もう日が沈んできているみたいで、空も赤くなってきていた。
……お母さんたちの魂は、無事に世界樹に還れただろうか。
『やっと落ちつけましたね、ミコト』
『……うん』
あの日から休む暇もなく動き続けてきて、ようやく危険がない場所で落ち着くことが出来た。
その実感が出来て、肩の力が抜けた気がする。
それと同時に、落ち着くことが出来たからこそ思い出してしまうこともある。
お母さんが担っていた筆頭巫女としての役割を自分が担うようになって、その責任の重さにようやく気付かされた。
私は、ちゃんと筆頭巫女としてお母さんの代わりを務めることはできただろうか。
集落の皆も、お母さんも、魂だけでも無事に世界樹に還ることは出来ただろうか。
ソルミア王国でのこともあるだけに、心配になってしまう。
それに、どうしてもあの光景が頭にチラつく。
『ねぇトコヨ……お母さんたちも、私みたいなことは……』
『ミコト、流石にそれは……それに、もし仮にそうだったとして、今ミコトが生きているこの世界でのミスズたちは……』
『……そう、だよね……』
トコヨから率直に述べられるその言葉に、俯いてしまう。
その通りでしかなかった。
仮に私みたいなことがお母さんたちに起きていたとしても、現時点でお母さんは間違いなく死んでしまっているのだから。
『ミコト……』
トコヨが寄り添うように隣に浮かんでくれているのが分かる。
だけど、それを気にする余裕もないくらい落ち込んでしまっていた。
もし私が、トコヨの忠告をちゃんと聞いて、お母さんたちも一緒に生き残れるように動いていたら、どうにか出来ていただろうか。
考えだしたら、止まらなかった。
『……ミスズは、ミコトが一人前の巫女になることができるように、心血を注いでいました』
『……急にどうしたの……?』
『いいから、聞いてください。ミコトの名前は、オリツキ様が神託を下して名付けたのです。ミスズはそれを重く受け止めて、その事実に恥じないように、ミコトが皆に誇れるような実力を身に着けられるように、心を鬼にして厳しく接し続けていたんです』
思わず、唐突に語り出したトコヨの方を向いてしまう。
トコヨはこっちを見つめながら、静かに寄り添うようにして話し続けた。
『ミコトにとってのミスズは、厳しいという印象も強かったとは思います。だけど、ミコトの為を思って、わざとそうしていたんですよ。なんだったら、幼い頃のミスズは自由すら制限されて厳しく指導されていた反動で、自分の子供には絶対に優しくするんだってブツブツ文句を言っていたくらいです』
『……あのお母さんが、そんなことを……?』
『えぇ。村に行きたいってミコトの祖母と大喧嘩したりもしていたんですから。……だからこそ、自分が嫌だったことをミコトに強要していると思っていたんでしょうね。ミコトが辛い思いをしていないかということを、ずっと悩んでいたみたいですし』
なんだ、それ。
お母さんは、私からしたら本当に厳しかったという印象しかない。
毎日毎日稽古漬けの巫女としての修業の日々。
確かに、この前の儀式の日みたいに私の好きなものを出してくれたりしてくれることはあった。
だけど、私に対して面と向かって優しくしてくれたことは、そんなに多くない。
「それなら、それを知ってたなら、教えてくれたって良かったでしょ……? なんで……」
声を出して言ってしまうくらいには、衝撃的だった。
こんなの八つ当たりだって分かってるけど、それでも止めることができなかった。
『ミスズが折を見て話そうとしていたことを、私が勝手に話すわけにはいかないでしょう?……これを言ってもなんの慰めにもならないかもしれません。でも、だからこそミスズは、ミコトだけでも生き残ってくれて、安堵しているはずです。ミコトが筆頭巫女としてしっかりと務めを果たしていることに、胸を張っているとすら思います』
『……』
『忘れろとは言いません。気にするなとも言いません。だけど、前を向きましょう。ミコトは、ミスズの厳しい教えを受けて、筆頭巫女として十分に務められるようになりました。ミスズに胸を張って自慢できるように、これからも前を向いて、一つ一つ出来ることをしていきましょう。私も手伝いますから』
トコヨが心底心配してくれているのは、すぐに伝わってきた。
触られている感覚はないけど、彼女の半透明の手も私の手に重ねられている。
……確かに、その通りかもしれない。
後ろ向きな考えで、悲しむだけで、何が変わるわけでもない。
お母さんが私にしてほしかったことを、私がしっかりと務めるあげることがお母さんに直接言えなかったお礼の代わりにもなるかもしれない。
『……うん、そうだね。ありがとう、トコヨ』
『いえいえ。むしろ、こんな感じのミコトは珍しいですからね。もっと私を頼ってくれていいんですよ?』
『……トコヨはいつもがいつも過ぎて、ちょっと頼りづらいんだけど』
『ちょっ!? どういうことですかそれは!?』
トコヨが飛び上がって私の正面に移動して、顔を真っ赤にしながら文句を言ってくる。
その様子を見て、思わず笑ってしまっていた。
暗くふさぎ込んでいた気分は、いつの間にか吹き飛んでいた。
「そういえば、セシルさんを誘うって話はどうなったんですか?」
「あぁ、それなら……」
シルヴィアさんたちが帰ってきて、私、サヨ、シルヴィアさんは共有スペースの居間に待機していた。
フリッカがなにやら準備する必要があるらしい。
シルヴィアさんにここに来てから一度も姿を見ていないセシルさんのことをどうするのかを聞いてみたら、苦笑しながら廊下の方を指し示した。
理由はすぐに分かった。
……うん、既に口論が聞こえ始めていた。
「だーもうっ! 離せってのっ!! あんたいつも強引なんだよ!!」
「いいじゃないですかー! 歓迎会ですよ歓迎会! セシルさんも一緒に美味しいご飯食べましょうよ!! 今日はお金まで必要ないらしいんですよっ!!」
フリッカが言っていた準備っていうのはこういうことだったらしい。
セシルさんの部屋に乗り込んで強引に引きずり出したのか。
セシルさんが怒鳴ってるのも納得すぎる対応だった。
シルヴィアさんの苦笑の原因はこうなることが目に見えていたからか。
結局少しの間口論を繰り広げた末にセシルさんが折れたらしく、不満げな表情を隠そうともせずにフリッカに引きずられてやってきた。
合流してからはセシルさんも自分で歩いて、5人で食事処に向かった。
食事処は既に夜モードに移っているのか、お酒を飲んでいる人も散見された。
シスイ達男性陣もライルさんが同じように取り計らってくれていたのか、食事処で集まって食事をしている。
あっちはあっちで盛り上がってるみたいだし、私たちは私たちでということで別のテーブルについていた。
目の前にはパンにサラダ、タレがかけられた鶏肉と思わしきお肉にスープといった感じで、様々な料理が置かれていた。
ちゃんと出来立てらしく湯気も立っていて、すごく美味しそう。
神社では節制を心掛けた食事になっていたから、あまり食べない類の豪華な料理と言って差し支えなかった。
私だけじゃなくてトコヨとサヨも目を輝かせている。
本当にこんなにいいものをご馳走になってしまってもいいのだろうか。
「それでは、ミコトさんとサヨさんの歓迎会を始めます!」
「わー!」
シルヴィアさんが号令をすると、フリッカが満面の笑みで拍手を送る。
セシルさんだけは終始面倒くさそうな表情をしてるけど、帰ろうとしない辺り諦めたらしい。
その様子に苦笑しつつ、シルヴィアさんの号令を受けて皆で食事を食べ始めた。
歓迎会の最中にフリッカにお願いして耳と尻尾を触らせてもらったりもしたけど、すごくモフモフだった。
また今度、フリッカが大丈夫な時に触らせてもらおう。