天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「うーん……」
「どうかしましたか? ミコト様」
神社の再建もまだなせいもあって、やることが特にあるわけでもない空き時間。
そんな状況なのもあって、教会の一室を借りてサヨに聖魔法の使い方を指導しながら、教会の治療院に寄付するための聖水を作っていた。
ここまでたどり着くための道中だけでなく、集合住宅での食事まで、お世話になっていることが多すぎるから少しでもシルヴィアさんたちの役に立てるようにと思って始めたことだった。
聖水製作は特に詰まるところもないいつもの作業でしかないから、祈りながらであっても考え事ができてしまう。
トコヨは私の思考が若干別の方向に向かっているのが分かっているのか、苦笑を浮かべながら無言でふよふよと浮いていた。
サヨはうまくいかない聖魔法に顔をしかめながらではあったけど。
そんな感じで考えていたことというのは……
「私、知らないことが多すぎて、シルヴィアさんたちに迷惑かけすぎてるなぁと思って」
「……そうですね。私もフリッカに沢山助けてもらっちゃってます。この前も、食材の買い出しに付き添ったのに逆に色々と教えてもらっちゃいましたし……」
質問してきたサヨに、そのまま思っていることを伝える。
少し前にフリッカに対して敬語が崩れてしまったことがあったことを知ったらしいサヨから、自分には敬語を使わないで欲しいと懇願されたから、敬語を使わずにトコヨと話しているときの調子で。
まぁそんなことは今はどうでもよくて……問題は私が村や巫女に関すること以外無知すぎることだ。
やっぱりサヨも同じような状況だったらしい。
「いつまでもこのままってわけにもいかないし、どうにかしないといけないよね……どうしようかな」
「私は素直に気になったことをその場その場でフリッカに聞いて、沢山お礼をして同じことで迷惑はかけないようにしてますけど……」
「うーん……一応私も最低限はそうしてるんだけどね……シルヴィアさんとクロードさん、聞けば丁寧に教えてくれるし……」
私がシルヴィアさんとかクロードさんに対して質問していることを、サヨはフリッカにしていたらしい。
だから最近のフリッカのサヨに対するお姉ちゃん風がすごいことになってるのか。
面倒見のいい姉みたいな感じで構い倒してるし。
私の場合は、日常生活面では身近なシルヴィアさんに、神社関係の調整の時とかはクロードさんに色々と聞きながらどうにかしてる感じだ。
2人とも嫌な顔一つせずに教えてくれるけど、いつまでもこのままは流石に心苦しい。
そんなことを考えているタイミングでノックの音がしてから部屋の扉が開いて、シルヴィアさんが入ってきた。
「ミコトさん、進捗はどうですか? 困っていることなどはないですか?」
「あぁ、シルヴィアさん。とりあえずこのくらいは作っておきましたけど……」
「わぁ! ありがとうございます! 助かります!」
作っておいた10本ほどの聖水を示しながら答えると、シルヴィアさんは手を合わせて満面の笑みを浮かべた。
役に立てたことが実感できて少し安堵する。
そう思っていたら、トコヨがゆったりとした動きで目の前に飛んできた。
『もう素直にシルヴィアに相談しちゃったらいいんじゃないですか? シルヴィア自身が困ってることとか聞いてくれてますし』
『うーん……まぁでもそっか。それしかないよね』
トコヨの言うことも尤もか。
結局このことで一人で悩んでも解決しないし。
「あの、シルヴィアさん。相談したいことがあるんですが、少しよろしいですか?」
「もちろんです。何かありましたか?」
「実は——」
「私は迷惑だなんて全く思っていないのですが……ミコトさんが気になってしまうならどうにかしないといけませんね」
一通り説明したら、シルヴィアさんは目を瞑って考え込み始めた。
シルヴィアさんが迷惑だと思っていないと言ってくれたとしても、いつまでもこれが続くと負担も大きくなってしまうだろうし、流石にどうにかしておきたい。
「そうだっ! 本を読んでみるのはいかがですか? 専門的な話となると難しいですけど、常識というレベルの話なら大衆的な本で学べることも多いと思いますよ!」
「本ですか……なるほど……いいかもしれませんね。この集落で本が読める場所とかはあるんですか?」
「商店や行商人が時折写本を取り扱っていることがあるくらいでしょうか……? あとは個人の蔵書が基本になると思います。私の手持ちの本でよろしければお貸ししますよ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
シルヴィアさんの提案がすごく現実的でよさそうな案だった。
確かに知識を身に着けるなら読書、いいかもしれない。
というよりも、教えてもらうしかない立場で他にいい案なんかあるわけがない。
結局、今日の夜にシルヴィアさんの部屋を訪ねて本を借りることになった。
今日の夕食もシルヴィアさんが作ってくれたものを食べた。
シルヴィアさんの手料理は本当においしい。
今日はパンに鳥肉のソテーとサラダとスープだったけど、どれも丁寧に作ってくれているのが分かる味だった。
というか、実際に丁寧に作ってくれているんだけど……集合住宅の共有スペースにあるキッチンで、くるくると楽しそうに動き回りながら作ってくれているのは見ていた。
楽しそうなのは……まぁ、クロードさん絡みのことを考えながら作っているんだと思う、多分。
表情がいつもの落ち着いた穏やかな感じじゃなくてクロードさんの前にいるときと同じだったし。
手伝おうと思ったけど、故郷では料理は出仕してくれている巫女の人たちが作ってくれていたから私自身料理をしたことがないのもあって、なかなか言い出しづらい。
今日も食器を出したりとかは手伝ったけど、それだけだ。
だから、片付けだけでもちゃんと手伝うんだと心に決めていた。
「あの、シルヴィアさん! 私も手伝わせてください!!」
「はい?……ふふ、それなら、手伝ってもらいましょうか。——時にミコトさん……洗い物のご経験などは?」
急にどうしたんだろうというような純粋に不思議そうな表情を浮かべられたけど、すぐにいつもの笑顔に切り替わって答えてくれた。
だけど、その後に聞かれたことが痛すぎた。
洗い物……食器を洗うことを指していると思われるそれを、私はしたことがない。
雑務は全部巫女さんがまとめてしてくれていた。
掃除、洗濯、食事の準備から片付けまで、全部全部巫女さんがしてくれていたのだ。
筆頭巫女のお母さんは……たまにやっていたはず。
私も手伝おうとしたことがあったけど、その分の時間を勉学に割くようにとお母さんに強く言われて勉強とか稽古をさせられていた。
「え、っと……その……ないです。ごめんなさい……」
「あ、責めたりしているわけではありませんよ? そこは誤解なさらず。それでは、やり方を教えるので一緒にやりましょうか」
「ありがとうございます……」
善意しかない微笑むような穏やかな笑顔に思わず縮こまってしまう。
……今日教えてもらってしっかり覚えて、明日からちゃんと手伝えるように頑張ろう。
「シルヴィアさん、ミコト様! 私も——」「あ、サヨ!」
私が教わろうとしたタイミングでサヨも声をかけてきたけど、フリッカに勢いよく遮られた。
「……なにフリッカ」
「サヨは私と一緒にお湯沸かそー! 私だけだと大変だから手伝って!」
「えー……私もミコト様と一緒に……うーん…………まぁ、いい」「やった! 早く行くよー!!!」
「ちょっ、引っ張らないで!! 自分で走れるから!!」
渋っていたサヨは満面の笑みを浮かべたフリッカに嵐のように連れていかれてしまった。
シルヴィアさんはその様子をほほえましそうに見ている。
フリッカが言っているお湯というのは、身体を拭くためのお湯を沸かしに行ってくれているのだ。
この集落はまだ発展途上なのもあって、集落に名前もなければ入浴施設もない状態だった。
だから、基本的に各自水浴びと拭き洗いで済ませている状態なのである。
クロードさんも落ち着いたところで各家に何らかの対応もしてくれるとは言ってたから、そこは気長に待つしかない。
それで拭き洗いのためにお湯がそこそこ必要だから、夕食後にフリッカがいつもまとめて沸かしてくれていたのだ。
一度見学させてもらったことがある。
私がシルヴィアさんに手伝いを申し出たのを見て、フリッカも遠慮しないで誘っていいと踏んでサヨを連れ出したんだろう。
私的にもサヨとフリッカが仲良くしているのはいいことだと思うから笑顔で送り出す。
「それでは、ミコトさんはこちらに」
「はい! よろしくお願いします!」
私は私でシルヴィアさんに促されてすぐに隣に移動した。
そんな手伝いも含めた諸々済ませたころには、もう辺りは真っ暗になっていた。
明かりがゆらゆらと揺れている廊下を歩いて目的地に向かう。
一番端が私の部屋で、その隣にサヨ、向かいにシルヴィアさん、はす向かいにフリッカと順に続いていく。
セシルさんの部屋だけは空き部屋を挟んだ少し離れたところにあるけど、今はそこはいい。
辿り着いた目的地であるシルヴィアさんの部屋を控えめにノックする。
「はーい……あぁ、ミコトさん。どうぞ入ってください。今本を準備しますね」
「ありがとうございます」
既に寝衣に着替えていたシルヴィアさんに促されるままに部屋に入る。
室内は綺麗に整頓されていて、彼女の真面目な性格がそのまま反映されているかのようだった。
私物を持ち込んだであろう落ち着いた雰囲気のティーテーブル、主張は控えめなのに目を引くお洒落な絨毯。
収納棚の中にはティーセットのようなものも見受けられる。
本棚にもたくさんの本が並べられていて、すぐ近くの小さな作業机には羽ペンやスタンドランプなども置かれている。
そんな本棚の近くで、シルヴィアさんはどれにするか真剣に考えてくれているようだった。
「とりあえず聖典と……教会の聖魔法や儀式の教本は今は微妙ですよね……礼儀と教養関連や旅に役立つと思って買った図説付きの薬草図鑑とかなら勉強になりそう……うん。とりあえずこの3冊でどうでしょうか」
そういってシルヴィアさんがティーテーブルに並べたのは、3冊の本だった。
……うん。聖典と呼んでいたものだけすごく分厚い。
多分教会が伝えている大事な聖典なんだろうけど、読むのは大変そうだ。
神社は親からの口伝と簡単な書物での一子相伝って感じだったから、大衆向けにこういうまとめ方はしてなかったしちょっと新鮮。
とりあえず全部借りてみよう。
「ありがとうございます。じゃあ3冊ともお借りしますね」
「いえいえ。お気になさらずに。教会の難しい内容の本が多くてあまり勉強に役立つ本は多くはないので心苦しいですが」
「へ……? あんなにたくさんあるのにですか?」
「え、えぇ。まぁ。そうなんですよ」
なんか、シルヴィアさんの視線が明後日の方向に向かってるし、言い淀んでる?
突っ込むのも野暮なのだろうか。
そう思って、あまり深く突っ込まずに彼女の背後の本棚に視線を向ける。
簡素な背表紙の多くは難しそうな題名が書かれているものが多いし、教会や聖魔法、神様関係の本なんだろう。
それとは別に、本棚の多くのスペースを占拠している色とりどりの目を引く本。
あれはなんだろうか。ちょっと気になる。
話題も逸らした方が良さそうだし、アレを引き合いに出して話を逸らすか。
「あのたくさんある綺麗な背表紙の本って何の本なんですか?」
「あっ……えっ、と……あれは、その……」
あっ……この感じはこれが言い淀んだ原因か。
明らかにシルヴィアさんがあわあわと狼狽し始めている。
突っ込まなかったのに突っ込んだみたいな感じになってしまった。
謝るか。
そう思った直後、深呼吸したシルヴィアさんが静かに近づいてきて、声を潜めながら言葉を続けた。
「……誰にも言わないでくださいね?」
「?……は、はい。誰かの秘密をみだりに話したりはしませんが」
私がそう返答すると、シルヴィアさんは静かに色とりどりの背表紙の中の一冊を手に取って差し出してきた。
表紙には……「優しい手のひらに包まれて」?
えっとこれはつまり……
『あー……なるほど納得です。恋愛小説ですねこれ。シルヴィアの趣味なんじゃないですか?』
「……恋愛小説、ですか……?」
トコヨの言葉を受けて私がそう聞いてみた瞬間、シルヴィアさんの顔が真っ赤に染まった。
「……えぇ。私は聖都の教会育ちで、幼いころから同年代の異性が身近にいなくてですね……聖都の書店でこの類の本を見つけてしまって以来……その……はまってしまいまして……」
「なるほど……」
シルヴィアさんのクロードさんへの態度を見ていれば、恋愛に興味津々だったであろうことは見て取れる。
まぁ……うん。納得だった。
そして秘密にする必要があるのかもちょっと疑問ではある。流石に言わないけど。
でも、こういう本は私にとっては勉強になるのではないだろうか。
ライルさんの恋愛相談で全然力になれなかったし。
「あの、もしよろしければ、この本も貸していただけないでしょうか」
「……ご興味がおありなんですか?」
「はい。最近相談を受けたんですけど力になれないことがあったので。私の恋愛の知識や経験のなさが原因なのは分かり切っていますし」
シルヴィアさんの静かな問いかけに肯定的な意見を返すと、シルヴィアさんの目がきらりと輝いた気がした。
「それでしたら! これじゃなくて……こっち! こっちがおすすめです!」
「へ? あ、あの——」
「ミコトさんのお立場はミコトさん自身がお話してくださったことやサヨさんからの話で大体わかっています! きっとこちらの方が感情移入できます! すごくいい本ですから! 是非! 是非!」
「あ、ありがとうございます」
クロードさんに話しかけている時のような雰囲気を若干感じるシルヴィアさんに強引に押し切られて、結局合計4冊借りることになった。
その後も少しの間お話したけど、本棚に近づいて難しそうな本の背表紙の名前をじっくり見ようとしたところで大慌てのシルヴィアさんに止められた。
……恋愛小説のこともあるし、あまり触れずにそれ以上は踏み込まないことにした。
名家の御令嬢をこっそり連れ出したりしたら、バレた時まずいんじゃ……
こっそり密会なんてそんな——
抱きしめられるだけじゃなくてそんなことまでされちゃうの!?
『ミコトもお年頃ですねぇ……なんだかんだいってじっくり読みこんじゃってるじゃないですか』
『トコヨうるさい!』
今いいところなんだから邪魔しないで欲しい。
なんだこれ。恋愛ってこんなことをするものなの?
今まで考えたこともなかったような恋愛模様に、ずっとドキドキしっぱなしで耳まで熱くなってる。
続きが気になってどんどんページをめくってしまう。
結局、そんなに分厚くはないその本を読み終わるまで、ページをめくる手は止まらなかった。