天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「あ、あの、シルヴィアさん……これ、お返しします」
「……! ど、どうでした?」
翌日の夜、こっそりシルヴィアさんの部屋を訪ねて恋愛小説を返却すると、すぐに感想を聞かれた。
ここで言ってしまっていいのだろうか。
秘密にしてほしそうだったのに。
「えっと……すごく興味深かったです。1日で読み終わってしまうくらいには」
顔が熱い気がする。
私が思ったことをそのまま伝えると、シルヴィアさんが目を輝かせて私の手を掴んできた。
「それなら、少しお話ししましょう! 紅茶も淹れますし、次に読んでみてほしいものもありますので!」
いつものシルヴィアさんからは考えられない速さで部屋に引き摺り込まれた。
もしかして共通の話ができる人とかがあまりいなかったのだろうか。
そう思ってしまうくらいには強引だった。
まぁ、私としても楽しめた小説の話をする感じだから苦ではない。
シルヴィアさんが喜んでくれるならこれはこれでいいのかもしれない。
「ふぅ……こんなに本の話で盛り上がれたのは初めてです……」
「こういう話ができるお友達とかはあまりいなかったんですか……?」
温くなってきている紅茶を飲みながら、シルヴィアさんの呟きに純粋な疑問を返す。
シルヴィアさんって結構社交的だしその辺りで困ることはないんじゃないかとか思ってしまっていた。
「友人はいないわけではないんですけど、共通の趣味の話ができる友人となるとなかなか……。一番親しかった方も立場的にはむしろ上司に当たる方なので、こんな話を出来るはずもなく……」
「上司ですか……それは確かに……」
この感じだと結構高位の神官の人が友達なのかな。
教会の制度が分からないけど、私みたいに自由意思で恋愛できない人の可能性もあるし、そうなると確かにこんな話はできないか。
……私はもうそういうのに縛られるような状態じゃないし、別に気にしないけど。
家訓では「アメノの血を絶やさないこと」とは言われているけど、どんな相手との子供じゃないといけないとかの指定はない。
慣習として親が子の結婚相手を決めていただけだ。
だけど、もう私が筆頭巫女だし、口を出してくれる人もいなくなってしまった。
トコヨはそういうのに干渉してこないだろうし。
そんな何気ないことを考えたり話したりしながら紅茶を飲んでいると、ふとあることに思い至ってしまった。
「あれ……これ、恋愛観としては勉強になりますけど、もしかしなくても一般常識としては……」
「あはは……あまりお役に立たないかもしれませんね。私は昨日お貸しした本以外はあまりそういう類の本は持っていないので、読み終わってしまったらセシルさんにお願いして借りるといいかもしれません」
「セシルさんですか?」
「はい。セシルさん、魔術書以外も研究に必要になることがあるとかで、沢山の本を持っていますから。きっと貸してくださると思いますよ」
「なるほど……?」
ここに来てから食事の時間を含めてもあまり姿を見ていないセシルさんにどこまで対応してもらえるか分からないけど、いい人なのは分かってるし頼んでみようかな。
「ところで……先程言った次に読んでみて欲しい小説があるのですが、いかがですか?」
「……か、貸してほしいです」
顔が熱い。多分赤くなってる。
トコヨが茶化すようにけらけら笑ってるのがさらに鬱陶しい。
でも読みたいのは事実だ。
そんな状態で断ることなんてあるはずもなく、結局シルヴィアさんの部屋を出る私の手には、1冊の小説が収められていた。
それから数日が過ぎて、シルヴィアさんから借りた本を一通り読み終わってしまった。
……恋愛小説は新しいのを絶え間なく貸してくれるからまだあるけど、あれは別の話だ。
そんなこんなで、この前シルヴィアさんに勧めてもらったセシルさんから本を借り受けるという使命を完遂するために、セシルさんの部屋の前に来ていた。
一応今は昼間だし、今日は外出してなかったから部屋にいるはず。気配が全くしないけど。
恐る恐るノックをしてみる。
……返事どころか気配すら全くない。
いるはず。いる、はずだよね……?
そう思って、もう一度控えめにノックをしてみた。
そのまましばらく待っても反応がないから、今日は諦めるかと思ったあたりで部屋の中で何かが動く音がした気がした。
その音がしてから時間を置かずに扉が開く。
姿を現したセシルさんは、着崩れた部屋着にぼさぼさに乱れた髪をしていて、さらに不機嫌なのを隠そうともしない表情を浮かべていた。
「……なに」
「え、っと……そのですね、本を貸していただけないかな、と思いまして……」
「はぁ? なんで」
「その、ここに来てから、知らないことが多すぎてご迷惑をかけることが多くて……色々な本を読んで勉強してみることにしたんですけど、シルヴィアさんから借りられる本は読み終わってしまい……シルヴィアさんが、セシルさんなら本を沢山持っているから貸してもらったらどうかと……」
私が言葉を紡ぐにつれて、セシルさんの表情がさらに険しくなっていく。
明らかに不機嫌なセシルさんに若干見下ろされる感じになってて、結構怖い。
いい人なはず。ソルミア王国ではいい人だった。ライルさんの時もなんだかんだで助けてくれた。
大丈夫大丈夫。
しばらくしてから重い溜息を吐いたセシルさんは、無言で部屋の中に戻ってしまった。
え……これは、どうすればいいのだろうか。
もう一度ノックしてみる……?
でもそれはさらに機嫌を悪くさせてしまうだけではないだろうか。
そんな感じで扉の前で悶々と悩み続けていたら、再び扉が開いた。
「ん」
「へ……?」
セシルさんが、表情は険しいままだけど1冊の本を差し出してくれている。
その本の表紙には、「旅人の為の基礎知識大全」というタイトルが刻まれていた。
「あ、ありがとうございます!」
嬉しくなって満面の笑みでお礼を言って本を受け取る。
やっぱり優しい人だった。
表情とか雰囲気が怖いことはあるけど、役に立ちそうな本を選別までしてくれているのがタイトルだけでよく分かる。
セシルさんは私が本を受け取ったのを確認すると用は済んだとばかりにさっさと部屋に引っ込んでしまった。
私は私で目的を達成した満足感とセシルさんの優しさを実感できた嬉しさで高揚した気分のまま部屋に戻った。
セシルさんの本はすごく勉強になった。
国ごとの常識や避けた方がいいこと、人間や獣人、エルフ、ドワーフにマーメイドといった各種族の種族的特徴や文化、趣味趣向を網羅している上に、各国の特徴、よくあるトラブルや対処法、代表的な料理や薬草なんかも載っていた。
本当に知りたい情報が広く浅く網羅されている感じの本だった。
そんな本を貸してくれたセシルさんにちゃんとお礼をしないとと思いながら、本の返却に来たんだけど……
『……ねぇトコヨ、セシルさん外出してないよね?』
『ちょっと待ってくださいね……えぇと、普通に室内にいますね。なんかすごい勢いで書いてます』
何度ノックしても返事がない扉の前でトコヨに確認するように問いかけると、すっと扉に頭を突っ込んだトコヨが、セシルさんは確かに部屋にいることを教えてくれた。
えぇ……どうしようかなこれ。
時間を置いた方がいい……?
「ミコトさん? どうしたんですか?」
「あ、シルヴィアさん」
本を片手に部屋の前で悩んでいたら、通りがかったらしいシルヴィアさんに声をかけられた。
今は夜なのもあって、彼女は既に部屋着に着替えていた。
「えっと……セシルさんに本を返しにきたんですけど、返事がなくてですね……」
「あぁ、そういうことですか」
それだけで全てを理解したかのように、苦笑を浮かべられる。
……この感じは、もしかしなくてもよくあることなのか。
「セシルさん、研究に没頭していると反応がなくなるんですよ。食事すらおろそかにすることが多発しているので、私も注意しているのですけど……何度も注意していたら露骨に避けられたり嫌そうな顔をされるようになってしまったんですよね。なので、急ぎの用事でないときは時間を置くか日を改めるかした方がいいですよ」
「な、なるほど……」
『……シルヴィアはセシルの親か何かですか?』
トコヨのぼそっと呟かれた感想に思わず同意してしまいそうになったけど、流石にやめておいた。
結局翌日の朝にセシルさんの部屋を再度訪ねて、普通に……普通?
この前と同じような感じの対応はしてもらえた。
新しい本まで貸してもらえたから、嫌そうな顔をしているけどすごくいい人だなって感想しか浮かんでこなかった。
そんな感じのやり取りを数回繰り返していたら……
「……このやり取りめんどい。勝手に取っていいから自分で選べ」
「あ、はい」
あまりにも率直過ぎる物言いでそう言われてしまった。
面倒くさそうな雰囲気はずっと醸し出していたから、普段の彼女の言動も相まって驚きはなかった。
許可をもらって入った部屋は、すごいの一言しか出てこなかった。
視界に入るのは、山積みの本、本、本。
どこを見ても本だらけ。
そもそも本が多すぎて、本棚に収められずに雑多に積み上げられている本が部屋を埋め尽くしていた。
辛うじてスペースがあるのはベッド回りとセシルさんが書き物をしていたであろう形跡が残る床や机の回りだけ。
あとは足の踏み場を探すのすら大変な惨状だった。
ここから、自分で勉強に使えそうな本を探す……?
というか、セシルさんはこの山の中からいつも必要な本を探して選んで貸し出してくれていた……?
かけてくれていた手間を理解して、彼女が“めんどい”と言い切った理由まで理解できてしまった。
『ど、どこを探せばいいと思う?』
『……私に聞かれても困るんですけど』
トコヨに聞いてみても、なんの役にも立たなかった。
なんてことだ。
……こうなったら、端から見ていくしかないかな。
そう思って、山を崩さないように慎重に部屋の中を進みだす。
「……役に立ちそうなのは右奥の本棚のあたり。あんたの勉強に役立ちそうなのは普段は使わないから床には落ちてないよ。床に落ちてるのは魔術の研究によく使う本か魔術書がほとんど」
「な、なるほど。ありがとうございます」
私が困っていることに気付いたらしいセシルさんが、流し目でこっちを見ながら端的に助言だけしてくれた。
それだけ言うと床に座り込んでまた書き物を再開しているあたりはいつも通り過ぎるけど。
とりあえずセシルさんに言われた通りの場所を探し始める。
本当にいろんな本がある。
魔術の基礎っぽいものや錬金術、占星術なんていう名前まで散見される。
そんな本棚をざっと見ていくと、そう時間もかからずに一般常識寄りの内容が載っていそうな本を見つけることが出来た。
その中から少しだけ本を吟味して、マナーの本や各国の庶民生活がまとめられた本とかに目を付ける。
この辺りを借りてみるか。
「セシルさん、この2冊——」
「はいはい。いいよ」
「あ、ありがとうございます」
セシルさんに声を掛けたら、こっちを一瞥すらせずに了承の言葉を返してきた。
……まぁ、セシルさんがいいというならいいか。
そう思って、既に研究に戻っているらしいセシルさんを邪魔しないように、静かに部屋を去った。
そんな感じの選ばせてもらうやり取りを数回繰り返した。
私自身があった場所を把握してるから、そこに本を戻しつつ新しく本を借りるという感じだ。
ただ、反応がないことも結構多かった。
そんな時は日を改めて、セシルさんの邪魔にならない時にお邪魔させてもらうようにしていた。
その繰り返しの中、セシルさんの部屋で本を選んでいる背後から声をかけられた。
「……部屋に招き入れるやり取りもめんどいから、今度から勝手に入って本取ったり読んだりしてていいよ。あんたなら雑に扱わないでしょ」
「へ……? いいんですか?」
「堕神官だったら部屋にすらいれないけど、ミコトなら大丈夫なのはもう分かった。あんたの反応からして私が気付けてないのが何回かあったんだろうってのも分かってるし……」
「えっ……私、そんなに分かりやすいですか……? というか、シルヴィアさんはダメなんですね……」
「っ……あの堕神官は、部屋の中見ただけで掃除しろだの規則正しい生活しろだのうるさいんだよ。部屋の中まで入れたら勝手に掃除しだすのまで想像できる。ミコトは私の邪魔しないのは分かったし本もあった場所に戻してるのは見てたから好きにすればいい」
あ、あぁ……シルヴィアさんの注意が巡り巡ってそういうふうに受け取られてるのか。
露骨に避けられたり嫌そうにされるようになっちゃったって言ってたもんねシルヴィアさん。
でも、勝手に部屋に入っていいって言ってくれたってことは、ある程度信用してくれたってことだよね。
そう思うとなんだか嬉しくなってくる。
「ありがとうございます、セシルさん」
「……礼とかいいから。本選びに来たんじゃないの」
「はい!」
相変わらずぶっきらぼうではあるけど、やっぱりセシルさんは根が優しい。
彼女の厚意に甘えつつ、少し浮かれながら静かに本を選んだ。
それから私はセシルさんの部屋に入り浸るようになった。
ノックして、反応があれば要件を伝えて、無ければ静かに部屋に入って、本の内容を確認しながら選んで、静かに部屋を去る。
そんなパターンが出来上がっていた。
セシルさんにも特に文句は言われていないし、これでいいはず。
そんなある日。
セシルさんの部屋で内容を確認するために本を読んでいたら、扉がノックされた。
控えめなノックからしてサヨだろうか。
セシルさんが対応しないほど研究に熱中している様子を尻目に、どうしたものかと考えてしまう。
勝手に対応するのはよろしくないよねと考え込んでいたら、扉の前から声が聞こえてきた。
「ミコト様……? ここにいるんですよね?」
まさかの私に用事だった。
それに気付いたのもあって、邪魔しないように静かに扉の方まで移動して扉を開ける。
「なんですか、サヨ」
「えっと、クロードさんが神社の図面を起こす件で聞きたいことがあるって訪ねてきていて……」
「あ、なるほど。今対応——」
彼女の背後にいるらしいクロードさんの姿に気が付いて、そのまま部屋を出ようとしたところで玄関の方で扉の音が聞こえた。
……今ここには私とサヨとセシルさんがいて、この家の玄関を勝手に開ける人となると……
は、早く部屋を出ないとまずいかも。
そう思った時にはもう遅かった。
「っ! クロード様っ! 本日はどのようなご用件ですか? もしよろしければこの後お茶などご一緒にどうでしょうかっ! お時間があるなら、私がお食事をお作りすることも……!」
いつもよりも数段高い、クロードさんに対するシルヴィアさんの声がセシルさんの部屋に響き渡る。
クロードさんを見つけて即座にこの状態になったらしい。
嫌な予感しかしなくて恐る恐る後ろを伺おうとするけど、遅かったらしい。
ブチッと何かが切れた音がしたような気がした。
「でてけぇえええええええええええっ!!!」
その怒号が響いた瞬間、背後から飛び蹴りと思われる衝撃を受けて部屋から全員まとめて叩き出されてしまった。
部屋の扉はそのまま荒々しく閉じられた。
やってしまった……
シルヴィアさんも何が起きたか気が付いて申し訳なさそうにしている。
とりあえずクロードさんの要件に対応するとして、後でセシルさんに謝っておこう……