天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
男性2人から一拍遅れて、私とシルヴィアさんも馬車から駆け降りる。
視界に入ったのは、馬車の左右から迫る数匹の魔物の群れ。
4足歩行の黒い犬のような魔物と2足歩行の棍棒のようなものを持った黒い半人型の魔物。
もともと一つの群れだったものが、こちらを挟み打ちするように動いた?
ライルさんとシスイはそれぞれ分かれて魔物に向かって駆けだしている。
馬車はちゃんと見晴らしがいい場所を選んで走っているようで、踏みならされたことで馬車道になったような場所を走っていた。
状況を理解してシルヴィアさんの方を見たら、シルヴィアさんも同じタイミングでこちらを見ていた。
理由は多分同じだろう。
何も話さずにお互いに頷きあう。
その直後、私はシスイの方に、シルヴィアさんはライルさんの方に走り出した。
馬車から離れすぎない位置で、シスイを援護出来る位置まで移動して、聖魔法を唱え始める。
シスイはもう魔物に囲まれながらの戦闘に突入している。
そのシスイの負担が、少しでも軽くなるように。
それでもこっちに魔物を呼び寄せるのは御者さんを危険にさらすことになるから、こちらに誘引はせずに気を逸らす程度の支援を。
そう意識して、複数の光弾を素早く飛ばした。
戦闘は恙なく進んでいた。
シスイもライルさんも、絶対に自分の背後には魔物を逸らさないことを意識して戦っているのは明らかだった。
一匹、また一匹と魔物が切り捨てられ、倒れ伏していく。
そんな戦闘の最中に、視界の端にあるものが見えた。
あれは……馬車?
それと、こちらに走ってくる重そうな甲冑を着た数人の人。
……大丈夫、だよね?
一応確認しようと思って、馬車の方に少し下がる。
「シルヴィアさん! 少しいいですか!?」
「どうしましたか!?」
私が叫んだことで、シルヴィアさんも驚いたのかライルさんの方を気にしながらこちらに駆け寄ってきてくれた。
「こちらに走ってくる人が見えまして。あれが味方なのか判断できず……」
「あれは……あぁ、聖堂騎士団ですね! 間違いなく味方ですので安心してください。あとは彼らに任せましょう」
「聖堂騎士団……?」
彼らは即座にシスイと連携して魔物を鎮圧していった。
聖堂騎士団はシスイとともにライルさんの方に走って行って、すぐに戦闘が終わった。
「騎士様、この度はありがとうございました」
「いえ。これも聖都へ向かう信徒を見捨てまいとする主のお慈悲による巡りあわせでしょう。お気になさらず」
御者さんが少し豪華で肩のあたりに世界樹と馬? を模したレリーフのような紋章が付いている騎士甲冑を着た人に熱心にお礼を言っている。
あの人があの部隊の隊長だろうか。
挨拶を終えたらしい御者さんから視線を外した騎士の人がこちら、というよりもシルヴィアさんの方を見た気がする。
それに気付いた様子のシルヴィアさんが一歩前に出た。
男性はそのまま近づいてきている。
その人は、非常に背が高いがっしりとした体格の男性だった。
近づいてくる最中、短く整えられた金髪から覗く鋭い赤い瞳が、一瞬こちらを射抜くように見据えた気がした。
「フェルト司祭でしたか。ご無事で何よりです」
「ご助力感謝します。バスティアン騎士団長」
騎士団長。
つまりこの人はあの背後に控えている騎士の人たちだけではなく、聖堂騎士団のトップか。
にこやかな笑顔を浮かべながらシルヴィアさんと雑談している。
「猊下が、ここ最近フェルト司祭が帰ってこないと拗ねていらっしゃいましたよ」
「あはは……やはりそうですよね。それもあって、報告も兼ねて聖都へ向かう途中でした」
……シルヴィアさんが帰ってこないだけで拗ねる教皇様ってなんだ。
『……ミコト、大丈夫だとは思いますが……少し注意しておきましょう』
『……? 何を?』
『いえ……多分ですけど、この人シルヴィアが言っていた……』
トコヨは何やらこの人を警戒しているみたいだった。
私がトコヨに対して内心で返答していると、シルヴィアさんたちの会話も一段落ついたらしい。
その直後だった。
騎士団長はこちらを見ながら目をスッと細めると、静かに呟いた。
「それで、フェルト司祭。こちらの方は?」
明らかに声色が違う、低く威圧するような声。
睨まれて、威圧されて、自分の身が縮こまってしまうのを感じる。
そんなことをされる謂れなんてないはず。
ここまできてようやく私は、トコヨが言っていることやシルヴィアさんが私の前に出て会話をしていた理由を理解した。
「こちらはオリツキ様の敬虔な信徒のミコトさんです。ソルミア王国での先の魔物の大襲撃で、故郷が滅亡してしまったとのことで世界樹の麓の集落に移住してきた方です」
「……オリツキ様の? それは確かなのですか?」
「私も行使したことがない規模の浄化の儀式を行使して、地下に犇めくアンデッドを一度に浄化してくださりました。それに、ミコトさんは故郷では猊下のようなお立場にいたらしいですから。集落の規模の差はあっても、その信仰心は確かなものです」
「それは、確かに疑う余地はないですね」
シルヴィアさんが事細かに説明してくれて、ようやく騎士団長さんの態度が軟化したのを感じた。
そのまま謝罪するかのように私の方に向き直って跪いてきた。
「失礼いたしました。今まで一柱のみを信仰している村や集落はいくつか見てきましたが、オリツキ様のみを信仰している方には初めてお会いしたもので……」
「い、いえ。誤解が解けたのならなによりです」
私がその謝罪を肯定するような言葉を返すと、彼は立ち上がってこちらに顔を向けてきた。
もう先程のような威圧感は感じない。
「私は聖堂騎士団騎士団長のラース・バスティアンと申します。以後お見知りおきを」
「ミコト・アメノと申します。巫女……故郷で言う神官を束ねる役目を担っています」
「なるほど。どうやら、随分と本流とは違う形をとっているようですね」
「そ、そうですね。ですが、オリツキ様を信仰する心は神官の皆様と変わりないと思っています」
どこまでがこの人にとって大丈夫なラインなのかが分からないから会話が凄くヒヤヒヤする。
どう考えてもこの人はシルヴィアさんがさっき言っていた過激派の人だ。
何か失言をしたら切り掛かってくるかもしれないという不安を抱えた危ういバランスの中で会話が続いた。
少しして、御者の人の出発の準備が整ったことを伝える声が聞こえた。
「おっと……足止めをしてしまい申し訳ありません。アメノさんが行うことが出来るという儀式に興味がありますので、いずれ見せていただけますと幸いです」
「そういうことでしたら、大歓迎です。いずれ集落に来ていただければ、その際にでも」
「楽しみにしています。……それでは、フェルト司祭、アメノさん、良い旅となることを祈っています」
そこまで言うと、彼は祈るような所作をしたうえで騎士団の方に戻っていった。
それを見送って、私も肩の荷が一気に下りた気がした。
馬車に戻って旅は再開された。
馬車の中では先程と同じ配置で座っている。
移動が再開して少し落ち着いたところで、シスイが口を開いた。
「それにしても、騎士団の実力と統率はすごいですね。魔物対応の際の連携は、目を見張るものがありました」
「教会が擁する唯一の武装組織で、魔物対応を主任務とした方々ですからね。その実力は世界的に見てもトップレベルだと思いますよ」
魔物対応が主任務……その割には、私への威圧感が半端なかったんだけど……
というか、私が感じた感想間違ってないよね……?
多分、あの人たちがシルヴィアさんが言っていた人たちだろうし。
「あの……シルヴィアさん、やっぱり、さっきの方って……」
「……やはり、分かってしまいますよね。はい。聖堂騎士団騎士団長、ラース・バスティアン様。あのお方が、神聖派を率いている方です」
「やっぱり……」
神聖派……つまり、教会内部の過激派のトップが、あの人ってことだろう。
「そうなると、さっきシルヴィアさんが私の前に出てきてくれていたのって……」
「……実際、バスティアン騎士団長は、現人神を名乗る不届き者を、一切の弁明を許さずにその場で切り捨てたことがあります。何をするか分かりませんので、あのようにするのが誤解を防ぐ唯一の方法だと思いました」
やっぱりそういうことだったらしい。
とはいえ、説明の中に出てきた現人神というのが分からない。
「現人神ってなんですか?」
「……異教徒によくある手口です。主が天界にお隠れになられたのをいいことに、神の生まれ変わりなどと自称して民を惑わせる不届き者が時折現れるのです。人間の肉体で現世に再臨した神、というのがその者の言い分でして……」
「それは……」
それは、確かに怒るのは分かってしまうような言い分だった。
一切の弁明を許さずに切り捨てるというのは、別問題だとは思うけど。
「しかし、いくら不届き者であっても、騎士団が赴いた際に攻撃されたわけでもありません。話し合いができないわけでもないのに、一切の弁明の余地もなく切り捨てるようなことは、あってはならないんです。……それに、そのような処断の判断は、本来は猊下が為さること。その場で切り捨てるのは、越権行為に他なりません」
シルヴィアさんが憤っているのが、すごく伝わってきた。
というか、あの騎士団長、本来は教皇様が判断しないといけないことを無視して、勝手に執行しちゃったってことか。
だいぶやりすぎな上に、こんなの対立派閥からしたら教皇を蔑ろにしているようにしか見えないし、更なる火種になってそう……
私がそんなことを考えていたら、シルヴィアさんが真剣な表情で私の方に向き直ってきた。
「ミコトさんにも、一つ注意があります。ミコトさん、聖都で安易に神託などと口にしてはいけませんよ?」
「え、あ、それは」
「サヨさんやシラノさんたちから経緯は聞いています。切羽詰まった状況でどうにか全員をすぐに納得させるための方便だったと私は理解していますが、聖都ではそういう話が通じない方もいるので」
「み、ミコト様……? 方便だったんですか……?」
「あ、あはは……」
良かった。
シルヴィアさんが理解のある人で本当に良かった。
だけど、あれは私にとっても不本意だったのだ。
『トコヨのせいで危ない橋わたってたよ!?』
『……ま、まぁ全員生き残れたんだからいいじゃないですか』
トコヨは口笛を吹きながらどこ吹く風と言うかのように誤魔化してくる。
この駄幽霊、本当になんてことをしてくれたんだ。
シスイからの縋るような視線が痛い。
馬車なんていう密閉空間で逃げることも出来ず、若干気まずい雰囲気のまま旅は続いた。