天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「シルヴィアさん、これってどこに向かってるんです? 今日の予定はもう終わったはずじゃ……」
「一応、これも予定通りではあるんですよね。不確定だったのでお伝えしていなかっただけで……悪いことではないので、そこについては安心してください」
……どこに向かってるか聞いたのに、苦笑しながらはぐらかされた。
今私は、シルヴィアさんについてきて欲しいと言われて大聖堂の中を歩いていた。
教皇猊下への謁見が終わって、貴賓室で安心感に包まれながらシルヴィアさんと一緒に休憩していたまではよかった。
だけど、少しした辺りでシルヴィアさんに誘われて、これだ。
特に疑問にも思わずについてきたけど、大聖堂の高層階に誘導されているとなると話は別だ。
シルヴィアさんは嘘を吐いたりしないだろうし、本当に悪いことではないんだろうけど、流石に気になる。
『トコヨは何か心当たりある?』
『んー……心当たりというか……多分この辺り最上位の神官の執務室とか居住区が集まっているところじゃないです?』
『えっ……』
言われてみれば確かに、疎らではあるけど周囲を歩いている神官の人たちの服装が明らかに豪華な気がする。
というか、シルヴィアさんが胸につけているのと同じ世界樹のブローチをつけている人が多すぎる。
確か、世界樹のブローチ……聖心の証は司教以上の昇進には必須だってフリッカが言っていたから、さっきからすれ違っている人は少なくとも司教候補以上の立場にいる人ってことだよね……?
頭が痛くなってきた。
だからさっきから物珍しそうというか、奇異の視線を向けられるのか。
巫女服なんていう見慣れない服でそんなところを歩いている人がいれば気になりもするだろう。
そんな気まずい移動が少し続いて、一つの扉の前でシルヴィアさんが足を止めた。
というか、この扉の近くだけ人が控えてるんだけど……思いっきり見覚えがある、さっき謁見をする前の控室に待機していた、シルヴィアさんが教皇猊下の側付きだって説明していた女性が。
これが意味することはつまり……
「お話は聞いていますか?」
「お待ちしていました、フェルト司祭。猊下は既に中でお待ちです。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
……うん、やっぱりそういうことだよね。
なんのために呼び出されたんだこれ。
そんな私の疑問を後目に、シルヴィアさんは躊躇なく扉を穏やかにノックして入室しようとしていた。
シルヴィアさんは予定通りではあるって言ってたから私が粗相をしたとかではないはず。
そう自分に言い聞かせて、部屋に入っていくシルヴィアさんの後に続いた。
部屋に入ると、ニコニコ笑顔の教皇猊下がティーテーブル近くの椅子に座っているのが視界に入ってきた。
机の上には色とりどりのお菓子と思われるものまで置かれている。
「お待たせいたしました、猊下」
「時間通りだし気にしないで。シルヴィ、茶葉はいつもの場所にあるから準備してもらえる?」
「はい。少々お待ちください」
私が挨拶しようとする前に、猊下がシルヴィアさんに指示を出し始めた。
シルヴィアさんも粛々と動き始めている。
というか、猊下、シルヴィアさんのことをシルヴィって愛称で……
あまりの展開の速さに呆気に取られていると、猊下が口を開いた。
「アメノさん……ミコトと呼んでもいいかしら?」
「えっ、は、はい。大丈夫です」
「ありがとう。それじゃあミコトはこちらに座って」
「……し、失礼します」
猊下に促されるままにティーテーブルを挟んで猊下の斜め前に座る。
三か所等間隔に椅子が並んでるから、空いてる席のどっちを選んでも変わらない。
「えぇと、猊下、これは……」
「あら? シルヴィから聞いてない?」
「はい」
「あの子の真面目さは本当に変わらないわね。ただお茶会にご招待しただけよ。もともとシルヴィが戻ってくるって聞いてどうにか時間を確保していたの。ついでに貴方もと思ってね。だから、そんなに肩肘張らなくて大丈夫よ。シルヴィと仲がいいみたいだし、プライベートで親交を深めたいと思っただけだから」
「な、なるほど……?」
説明を聞いてようやく理解できた。
猊下とシルヴィアさんの仲がすごく良さそうなのもこの会話だけでだいぶ理解させられた。
というか、多分シルヴィアさんが以前言っていた友人だけど上司だっていう人は猊下のことなのでは……
私がそんな安堵で胸を撫でおろしていると、場もなにもわきまえない不埒なちゃらんぽらんが視界の端に見えた。
『ミコト、すごくおいしそうなお菓子です。早く食べてみてください』
『猊下たちが食べ始めてから。流石に無礼が過ぎるでしょ。もう少しだけ待って』
涎が垂れそうなくらい緩んだ表情をしている駄幽霊にそう言って牽制する。
正直に言えば、私だって早く食べたいくらい美味しそうなお茶菓子が並んでいるけど、マナーもなく食べるなんてことはできない。
いくら猊下が肩肘張らなくていいって言ってくれているとしても、真に受けすぎるのは絶対よくない。
そんなことを考えていたタイミングで、シルヴィアさんが戻ってきた。
「お待たせしました。いつも通り淹れさせていただきましたけど大丈夫ですよね?」
「えぇ。ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
猊下に紅茶と思われるものを淹れてから、シルヴィアさんは私の方にも同じものを淹れてくれた。
お礼を言うといつも通りのとてもきれいな笑顔を向けられた。
「それでは猊下「ちょっと待って」……なんです?」
シルヴィアさんも席に着きながら口を開いたところで、猊下が遮るように口を挟んだ。
シルヴィアさんは怪訝そうな顔を隠そうとすらしていない。
猊下にそんな表情向けていいんだ……
「せっかく色々と調整して時間をあけてプライベートな時間を作ったのに、その呼び方は肩が凝るわ。いつものに戻して」
「……ミコトさんがいますが?」
「さっき話していた感じからしていい子そうだったし、今まで教会のしがらみがないところで育った、私に近い立場だった子でしょう? なら大丈夫よ。シルヴィも、いい子だと思ったからここまで強引に私との謁見を取り付けたんでしょう?」
「……はぁ。分かりました、姉様」
「……姉様?」
シルヴィアさんの猊下への呼び方があまりにも予想外なものになったせいで、思わず口を出してしまった。
猊下はますます笑みを深めて満足そうにしている。
どういう関係性なんだこれ。
姉妹? でもファミリーネームがフェルトとエストルンドだから全然違う。
「この子が側付きだったころにプライベートではそう呼ぶようにお願いしたのよ。あまりにもお堅かったから」
「お願いというか、ほとんど命令だったと思うんですけど……」
「シルヴィアさん、猊下の側付きだったんですか?」
「えぇ、まぁ。ただ、お堅いと言われましても……8歳で側付きにされた私の態度としては、むしろ頑張っていた方だと思うのですが……?」
「それは認めるわ。初めて貴女を見た時は枢機卿たちも感心していたもの」
8、歳……?
どういう状況なんだ。
断片だけ聞いていると状況が何も分からない。
猊下とシルヴィアさんがお茶を静かに飲み始めている。
理解できない状況からの現実逃避も兼ねて、私も紅茶を飲み始める。
……!
なにこのお茶、すごくおいしい!!
香りも味も、今まで飲んだことがあるものの中でもトップクラスだった。
これ、茶葉自体もいいものなんだろうけど、シルヴィアさんの腕と合わさった結果なんだろうなっていうのがひしひしと伝わってきた。
少し落ち着いたところで、私も意を決して口を開いた。
「シルヴィアさんが今16歳で、8歳から側付きをしていたんですよね……? なんでそんなに幼いころから……?」
「私が希望したからよ。側にいるのは年の近い同性の子にして欲しいってね」
「えぇと……大変聞きづらいのですが、猊下は今おいくつなのでしょうか……?」
「いくつだと思うかしら?」
猊下がからかうような雰囲気を感じる笑顔を向けてくる。
……見た目は本当にシルヴィアさんより少し年上のお姉さんにしか見えないし、言っていることからしても多分見た目通りな気はするけど……どう答えたものか。
「えっと……18、とかですかね?」
私の返答を受けて、猊下はさらに笑みを深めた。
そんな問答をしていたら、シルヴィアさんが口を挟んできた。
「姉様、からかうのはそのくらいにしておきましょう。姉様は今現在20歳、私が8歳で側付きになった際には12歳でした。私と4歳差ですね」
「シルヴィ、いくらなんでも答えを教えるのが早すぎないかしら。この子、とってもいい反応してくれそうなのに」
猊下が少し拗ねたような表情を浮かべる。
それにしても、12歳か。
私よりも幼いころから教会のトップに立っていたということになる。
15で筆頭にならざるを得なくなった私ですら、その責任の重さは嫌というほど思い知ったのに。
「12歳でもう教皇の立場になっていたのですか……?」
「えぇ。先代が亡くなって、12歳で即位せざるを得なくなってしまったのよ。それでさっきの我儘につながる形ね。その結果、同年代で、家柄にも問題がなくて、教皇の側にいても問題ないくらい信仰心篤い女の子って言う風に枢機卿たちが条件をつけ足していって、シルヴィが選ばれたの」
「なるほど……確かにそれは、常に側にいる人くらいは気の置けない同年代の人にして欲しいと思うかも……」
すごく納得してしまった。
シルヴィアさんなら信仰心も確実に問題ないだろうし、実際彼女の聖魔法は私よりも治癒や浄化の効力は大きそうだった。
これは私と同等以上の信仰心を持っている何よりの証明だ。
作法や所作も洗練されている。
さっきの猊下の話を聞く限り、8歳のころからそうだったみたいだし、本当にすごい。
ソルミア王国でセシルさんが言ってたのもそういうことかと納得してしまう。
つまり、猊下の側近だったから色々猊下絡みの秘密も知ってるってことか。
私がそうやって頷いていると、猊下が口を開いた。
「貴方も、そんなにかしこまらなくていいわよ。堅苦しいしね」
「えっと……それは……」
「……はっきり言った方がよさそうね。お友達になりましょう。イリスって呼んでくれていいわよ。私も貴方のことをミコトって呼んでいるし。敬語も無理して使わなくていいわ。さっきのが素でしょう?」
「おともっ……!?」
予想もしていなかった提案に固まってしまう。
まださっきの謁見以外では碌に話したこともないのにそんな判断をしていいのだろうか。
いくら何でも唐突過ぎる。
「そ、お友達。どうかしら」
「えっと、私としては嬉しいですけど、色々と教会と違う信仰形態の私となんて、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫よ。神社はもう受け入れることに決まったもの。その点に関しては何の心配もいらないわ。それに、ミコトは私としてはむしろ安心できる材料が大きいのよ」
すぐに理解しきれなくて首を傾けてしまう。
むしろ余計な手間をかけさせてしまっている印象しかない。
「あはは……ミコトさん、来るときの馬車でしたお話は覚えていますか?」
悩んでいたらシルヴィアさんが苦笑しながら話しかけてきた。
「……? はい。私が謁見できるように取り計らってくれた理由と派閥のことですよね?」
「そうですそうです。そこが重要なポイントですね。姉様はどちらの派閥にも特別な肩入れをしないようにしているんですよ。現在の微妙なパワーバランスが崩れてしまっても困るので」
「あっ……なるほど、理解できました」
教皇猊下の友人というポジションに派閥色が強い人に潜り込まれたら困るし、友人を増やそうとするだけでも身辺調査とかいろいろと余計な手間が必要になるってことか。
そう考えると確かに私は安心、なのかな……?
「そういうことね。グレンマルク枢機卿が露骨に顔をしかめていたし、この謁見だって明らかに異教徒扱いに対する予防線でしょう? どちらの派閥にも属していないことは明らかだもの。それに、シルヴィが紹介してきた子だしね。この子の人を見る目は信頼しているの」
「えっと、グレンマルク枢機卿というのは先程の……」
「はい。謁見した際に姉様の横に座っていた方です。ニルス・グレンマルク枢機卿様。現在の聖樹派の中心になっているお方ですね」
……ファミリーネームが同じだったし、やっぱりそうだよね。
私が司祭位を拒否した時に顔をしかめていたあのご高齢の人。
私が聖樹派とつながりがあるならあの人はそんな反応はしない。
私が神聖派とつながりがあるならシルヴィアさんはこんな謁見の提案自体そもそもしていない。
この2点で派閥色ゼロと判断して、その真偽と人柄の確認のためにさっきの謁見での問答があった感じ、なのかな……?
シルヴィアさんの人を見る目を信用しているという前提なら、確かに私はすごく安心できる対象でしかないのかもしれない。
「ふふ。ちゃんと理解してくれてるし、聡明な子ね。それじゃあ、私とミコトはお友達ということで。中々無条件に信頼できる年が近い子はいないから、私が友人と言えるのはシルヴィくらいしかいないのよ。だから、私としてはとても嬉しいわ」
「は、はい。私も嬉しいです。故郷では稽古や勉学ばかりで神社からあまり出られませんでしたし……お友達、3人目です。よろしくお願いします、イリスさん」
「えぇ、よろしく」
にこやかな笑顔を浮かべたイリスさんに差し出された手を握り返して握手をする。
私よりも少し大きい温かい手だった。
そこでようやく緊張で硬くなっていた肩の力が抜けた気がした。
そんなタイミングで、シルヴィアさんの方からパンッという音が聞こえた。
そちらを向くと、にこやかな笑顔を浮かべたシルヴィアさんが手を合わせて小首を傾げていた。
「それでは、仕切り直しましょうか。紅茶も冷めてきてしまっていますので、淹れなおしますね」
確かに、紅茶から立ち上っていた湯気がなくなってしまっていた。
シルヴィアさんの厚意に甘えてそのまま淹れなおしてもらおう。
「お願い。その後は……シルヴィには色々と聞きたいことがあるのよ。聖都以外の場所での生活でどんな楽しいことがあったのかとか……シルヴィが報告書や手紙で書いていた集落の元締め殿のこととか、ね?」
「んなっ!? わ、私は何も変なことは書いていなかったはずですが!?」
「えぇ、私情をきれいさっぱり削ぎ落とした完璧な報告書だったわ。むしろ、完璧すぎるくらいにね。これでも貴女が小さいころからずっと一緒にいたのよ? ただの集落の視察だったのにそのまま居座ろうとしたあたりから大体察してるわ。きりきり話してもらうわよ」
「……っ、わ、私はお茶を淹れなおしてきますっ!」
いたずらっぽく笑うイリスさんが、顔を真っ赤に染めながら席を立つシルヴィアさんに手をひらひらと振っている。
……いつもこんな感じのやり取りをしているのだろうか。
「えっと……居座ろうとって、どういう……?」
「ふふ、面白いわよ。教会のシンボルでもある世界樹の麓に集落を作っている人がいるからってことで、教会としても視察しないわけにはいかなかったのよ。それで司祭になって配属先がまだ決まっていなかったあの子に視察に行かせたんだけど……シルヴィったら、問題はなさそうだけど継続的な観察は必要そうなんていうそれっぽいこと報告して、そのまま居座っちゃったん「姉様っ!! 私が離れている間に適当なことを好き勝手言わないでくださいっ!!」
「あら、怒られちゃった。嘘は何一つ言ってないのに」
「あ、あはは……」
シルヴィアさんの感じからして、多分イリスさんが言ってることは間違ってないんだろうなって感じがする。
シルヴィアさんが止めてくれたけど私もからかわれそうになってたみたいだし、イリスさんはだいぶ面白おかしい性格をしているらしい。
少しして顔を少し赤らめたシルヴィアさんが戻ってきてからは、楽しいお茶会にスムーズに移行していった。