天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
あれから結構長い時間3人でお茶会をしていた。
なんてことない話からシルヴィアさんの近況の話まで。
シルヴィアさんと恋愛小説の話をした時もそうだけど、故郷ではしたことがなかったような、同年代の人との何気ない話。
私にとってはこれだけでもすごく新鮮で楽しかった。
それに、出してもらえていたお茶菓子が凄く美味しかった。
甘いジャムが乗っているクッキーとか、贅沢に果物をちりばめられた焼き菓子とか、故郷では食べたことがないような、贅沢な甘味。
蕩けてしまいそうな程至高の味だった。
これならいくらでも食べられそう……
そんな美味しいものを食べながらのお喋りはすごく弾んだ。
イリスさんに私が故郷でしていた生活を話したりもして、すごく共感してもらえたりもした。
イリスさんはシルヴィアさんと協力しながら色々勉強したらしいから、お母さんからの厳しい監視と指導っていう私の生活とはちょっと違ったみたいではある。
だけど、あのグレンマルクっていう枢機卿様に監視されたりはしていたみたいだから似ている部分は多かったらしい。
そんな話を続けて落ち着いてきた辺りで、ドアのノックが聞こえた。
その音を聞いた瞬間に、イリスさんの表情が変わった。
さっき私と謁見していた時にしていたような、威厳のある感じに。
「……入りなさい」
「失礼いたします。猊下」
入ってきたのは来たときに扉の前に控えていた教皇猊下の側付きの人だった。
少し髪が乱れて息を切らしている。余程緊急の案件なのだろうか。
彼女は私とシルヴィアさんを一瞥して軽く頭を下げてから、速やかにイリスさんの側まで移動して、耳打ちを始めた。
「バルグラント帝国が——大森林に——————騎士団が帯同しているらしく——枢機卿会議を——」
……断片的に内容が聞こえちゃうのは聞こえないフリをした方がいいやつだよね、これ。
シルヴィアさんも聞こえないように意識しているのが伝わってくるような感じで紅茶を飲んでるし……
耳打ちが終わってすぐに、イリスさんが立ち上がった。
「ごめんなさい。お茶会はこれでお開きで」
「いえ。緊急のご用事のようですし、お気になさらず」
シルヴィアさんがそう言うのに合わせて、何度も私も頷いておく。
枢機卿会議とか聞こえたし、明らかに何かが起きたから教皇猊下を呼びに来たって感じだった。
これを止めるなんてありえないし、私にできるわけもない。
イリスさんは私たちの方を見て頷くと、側付きの人と足早に部屋を出ていった。
「……私はこれを片付けてから自室に戻ろうかと思いますが、ミコトさんは先に戻られますか?」
「いえ、私にもお手伝いさせてください」
シルヴィアさんがテーブルに乗っているティーセットとかを片付けるつもりみたいだし、流石に一人で戻るわけにもいかない。
……なんなら道が分からないし。
まぁ、道が分かっても手伝ってたけど。
片付けも終わって、一度貴賓室の方に戻った。
シルヴィアさんは少し用事があるとかで部屋の前で分かれた。
それもあって、やることもなくなって手持ち無沙汰になってしまった。
外はもう暗くなり始めている。今から外に行くとかはちょっと現実的じゃない。
こんな時間から緊急の話し合いをしなければならないイリスさんの多忙さを考えると、今日のお茶会の時間は本当に頑張って捻出していたんだろうなというのが分かってしまった。
……それもあんな終わり方になっちゃったわけだけど。
『そういえばトコヨ、お茶会の途中から静かだったけどどうかしたの?』
『ん? 特に理由はないですよ? ミコトに友人が増えたみたいなので邪魔しないようにはしてましたけど』
『そっか。ありがと、トコヨ』
『いえいえ。今日はミコトも頑張りましたね。謁見も大成功だったじゃないですか』
『……見てたの? いなくなってたよね?』
『ちらちらと覗いてはいたんですよ』
『……うまくやれてたかな?』
一応、私なりにお母さんに教えられたことを徹底したつもりだし、神社でのしきたりを今まで通りできるように最善の判断を下したつもりではある。
だけど、こういう公式の場で組織の頂点と利害をうまく調整する話し合いをとなると、初めてだったこともあってだいぶ不安になってしまっていた。
『えぇ、ばっちりです。ミスズの教え通り、立場が対等以上の相手との交渉事で相手の提案を断る時は可能な限り相手を立てた物言いを心がけること、とかもちゃんと実践できてましたしね。だからイリスもミコトを友人にしても大丈夫だと判断したんだと思いますよ? 聡明な子って何度か言ってましたし、政治的に引っ掻き回すような発言とかはしないだろうと信頼してくれたんでしょうね』
『そういうところまで見られてたのかな……ううん、見てるよね、イリスさんだと』
派閥争いのバランスすらも気にしていた人だし、見てないわけがないか。
『お母さんとかはこういうのうまくやってたの?』
『ミスズの代ではそもそもそんな機会すらなかったですね。前にあったのは……いつだったか覚えてないくらい昔に迷い込んできた王族の相手を筆頭巫女がしたときくらいじゃないです? 一応集落の長って立場になるので筆頭巫女はそのあたりの礼節は叩き込まれてますけど、役に立つこと自体稀ですね』
『……それどれだけ昔の話?』
トコヨですらそんな認識っていうことは、本当に遥か昔とかなんじゃないだろうか。
そんな話をしばらくしていたら、扉がノックされた。
確認したらシルヴィアさんだった。
すぐに開けて部屋に招きいれる。
「ご用事は大丈夫でしたか?」
「えぇ、最低限済ませてきましたので、大丈夫だと思います」
シルヴィアさんの穏やかな表情を見る限り、嘘ではなさそう。
「ミコトさんは……特に何もなかった感じですかね?」
「……? はい。特には。やることもなくてぼーっとしちゃってました」
「ふふ、それなら、私の部屋で一緒にお食事やお話でもいかがですか? さっきは中途半端な終わり方になってしまいましたし」
「……! 是非!」
トコヨと話す以外やることが無くて暇だったのだ。
シルヴィアさんと過ごせるならすごく嬉しい。
『なんかすごく失礼なことを考えている気配を感じるんですけど……』
『……何も思ってないよ! うん!』
『何ですかその間は!?』
横で騒ぐ駄幽霊を後目に、シルヴィアさんについて移動し始めた。
貴賓室から出ると、見える範囲でも神官の人たちが慌ただしく走っている様子が散見される。
やっぱり何かあったのだろうか。
何が手伝えるわけでもないし、下手なことに首は突っ込まない方がいいんだろうけど。
シルヴィアさんの大聖堂での自室は、集落でのいつもの部屋と似たような雰囲気だった。
綺麗に整理整頓された清潔で落ち着きのある部屋。
本棚に真面目そうな本に紛れて色のバリエーションに富んだ背表紙の本がたくさん並んでいるのも、ティーテーブルが置いてあるのも大体同じだ。
まぁ、シルヴィアさんの好みがこういう感じなんだろう。
そこで軽食と食後のお茶を一緒にいただいてしまった。
自室の蔵書まで含めておすすめの本の話とかまで話は広がっていて、普通にいつもの集落でお茶を飲みながらしている話と同じようなことでしかないんだけど。
時間も忘れてそんな話をし続けて、そろそろ寝ないといけないかなと思い始めた頃。
部屋に丁寧なノック音が響いた。
こんな時間にお客さん?
私はそんな風に少し不信に思っていたけど、シルヴィアさんは分かっていたとでもいうかのようにすぐさま立ち上がって扉の方に向かった。
「……アンナさんですか?」
「はい、猊下もご一緒です」
「アンナさん……?」
「教皇猊下の現側付きの方です。ミコトさんもお会いしている方ですよ」
私が小さな声でぼそっと疑問を呈すると、シルヴィアさんが小さな声で教えてくれた。
シルヴィアさんが扉を開けると、確かに見覚えがある側付きの人とイリスさんの姿が見えた。
「すぐに終わります。アンナはここで待っているように」
「承りました」
イリスさんは言葉少なくそう告げると、すっと部屋の中に入ってきた。
アンナさんは部屋に入らずに扉の脇に移動して待機し始めている。
それを確認したシルヴィアさんは、静かに扉を閉めた。
部屋の中に入ったイリスさんは、私を一瞥すると分かりやすく安堵の表情を浮かべた。
「よかった、ここにいたのね。貴賓室にいないからどこにいるのかと心配してしまったわ」
「あ、それは申し訳ありません。シルヴィアさんが食事に誘ってくれて……」
「そう。流石ね、シルヴィ。助かるわ」
「いえ、聞こえてしまった情報で仔細は分からなくてもどういう事態かは把握できてしまったので……私が情報を知らない前提で出来得ることだけですけど」
「十分よ」
イリスさんはそう言って穏やかに微笑む。
だけど、数秒後にはすぐに表情を切り替えていた。
「時間が惜しいので単刀直入に伝えます。フェルト司祭、アメノ筆頭巫女の両名は、明日には聖都を発って世界樹の麓に帰りなさい」
「承りました。準備は済んで——」
「ちょ、ちょっと待ってください」
シルヴィアさんがあまりにも粛々と受け入れすぎていて状況が全く呑み込めなかった。
「どうしてか伺っても、大丈夫ですか?」
「……色々あって、派閥争いが激化しそうなの。巻き込みたくないわ。だから、速やかに聖都を出て欲しいの」
「色々というと……?」
私がそのことを聞くと、イリスさんは表情を頭が痛そうな感じで少し歪めた。
頭痛の種になるような内容なのか。
というか、もしかしなくてもさっき緊急で呼び出されてた要件のせいか。
「詳しくは言えないわ。ただ、神聖派が動いていて、それに合わせて聖樹派も活発化しています。シルヴィはともかく、ミコトが危険なのよ。世界樹の麓の集落は、教会内でも珍しい中立派のシルヴィと派閥に染まっていない若い神官で固めているから、下手に聖都にいるよりも安全なの」
「そうなんですか……?」
「猊下が私を派閥争いから遠ざけてくださったんですよ」
イリスさんの質問に疑問符を浮かべていると、シルヴィアさんが苦笑しながら答えてくれた。
シルヴィアさんとフリッカしかいないから少人数の教会ではあるんだろうけど、確かにフリッカからは派閥とかそういう感じは全くしなかったな。
「神聖派の大部分は聖都にはいないけれど、部下はいくらか聖都に残っている。枢機卿も悪い人ではないのだけれど、バスティアン騎士団長に色々とやり込められて不満も溜まってしまっているの。まず間違いなく取り込むために動くと思うわ。だから、影響が少ない集落に戻ってもらいたいのよ。こちらは私がどうにかしておくから、明日の朝にはここを発ってほしい」
「り、理解できました。私は大丈夫です」
私がそう返すとイリスさんは小さく笑みを浮かべてくれた。
イリスさんはそのままシルヴィアさんの方に向きなおす。
「準備は——」
「準備は概ね終わっています。護衛の方には近いうちに発つので荷物をまとめておくように連絡済みですし、馬車も近いうちにと話を通しておいたので、問題なく聖都を出ることができると思います」
「本当に……貴女は手際が良くて助かるわ」
「ぁ……シルヴィアさんがさっき言っていた用事って……」
「はい、この連絡と馬車の手配ですね。派閥に関連するのは概ね予想できてしまったので、あとは猊下の性格などを勘案して、先手を打っておきました」
意味が分からないほどの察しの良さだった。
あの漏れて聞こえてしまった情報だけでここまで勝手に動いていて、尚且つそれがイリスさんの意に沿っているのがとにかくすごい。
というか、私を食事に誘ったのもその流れの一つってことだよね、部屋に入ってきたときのイリスさんの反応を見る限り。
なんだこれ。
6年一緒にいるだけでこんなことになるものなのだろうか。
絶句することしかできなかった。
「では、2人はそのように動くように。……こんなことになってしまってごめんなさいね。いずれまた、時間を取ってゆっくりとお茶でもしましょう」
「……はい、是非」
私がそう答えると、イリスさんは穏やかに微笑んでから足早に部屋を去っていった。
嵐みたいだった。
本当に時間がない中でそれだけ指示しに来てくれたのか。
シルヴィアさんと顔を見合わせて、私たちも荷物をまとめて明日発てるように準備をすることになった。
翌朝、既に準備を終えていたシスイとライルさんと合流して、シルヴィアさんが手配していた馬車に乗って速やかに聖都を出た。
特に面倒事に巻き込まれることもなく、馬車は世界樹の麓に向かって出発した。