天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~   作:あじのふらい

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2-9 緑色の重傷者

道中何度か魔物に遭遇したけど、集落には大きな問題もなく到着した。

帰りの馬車の中でも4人でおしゃべりしたり、トコヨが私に頻繁に話しかけてきたりして退屈することはなかった。

1日とちょっとで集落まで戻ってこられたから、帰路も順調だったということで間違いないだろう。

4人揃って馬車の御者さんにお礼を言ってから集落に入る。

いつも通りの集落の入り口から歩いて行って、広場に差し掛かった辺りシルヴィアさんが振り返って口を開いた。

 

「ライルさん、シスイさん、今回はありがとうございました。帰路は慌ただしい出立になってしまいましたけど、お二方のおかげもあり何事もなく済みました」

 

「依頼された仕事を全うしただけだよ。なぁシスイ」

 

「はい。俺としても、よい経験になりました。ありがとうございました」

 

「それでは、これで今回の依頼は「あーーっ!!!」

 

シルヴィアさんが締めようとしたところで、甲高い少女の声が広場に響いた。

聞き覚えのある声……というかまぁサヨの声なんだけど。

普段とは様子の違う声に疑問符を浮かべながら声の方を向くと、既に彼女はこちらに駆け寄ってきていた。

手には何か荷物を持っていて、もともといたであろう方角からして雑貨屋で何かを買い込んでいたらしい。

 

「ミコト様、シルヴィアさん!! 緊急事態です!! 急患です!! フリッカだと手におえない患者さんが来てるんです!! 治療院に来てお力を貸してくださいっ!!」

 

「っ、分かりました。ミコトさん」

 

「はいっ!」

 

一気にまくしたてるように言われたサヨの言葉は、明らかに焦っているのが伝わってくるような言い方だったけど内容はすっと伝わってくる簡潔なものではあった。

私とシルヴィアさんもすぐに状況を理解して教会の治療院の方に走り出す。

走りながらサヨの方をちらりと見ると、持っているものの中に包帯が見えた。

つまり、治療院の備蓄品でも足りなくなるほどの重傷者が来てるってことだろう。

 

 

 

治療院に入ると、長い耳が髪の間から見える緑色の長髪の少女に対して聖魔法を行使しているフリッカの背中が見えた。

扉が開いた音に気付く様子がないほど集中している。

私とシルヴィアさんもすぐに彼女の下に駆け寄る。

そうして見えたのは、治癒を施されていた少女のあまりにもひどい状態だった。

全身包帯でぐるぐる巻きにされていて、パッと見ただけでも夥しい範囲の火傷に刀傷であまりにも痛々しい状況。

フリッカがどうにか治癒を施していたみたいだけど、彼女の実力はまだ新人神官の域を出ていない。

これは確かに傷を塞ぐには至らないだろう。

これだけの重傷者を聖水や可能な範囲の治癒だけで命をもたせたフリッカの努力と献身が痛いほど伝わってくる。

私たちの接近でようやく気が付いたフリッカがこちらを振り返ると、瞳に涙を浮かべながら震えだしていた。

 

「っ!? せ、先輩っ……!!」

 

「シルヴィアさん、私が治癒を施して最低限つなぎます。シルヴィアさんは——」

 

「助かります。状況確認が終わり次第完治のための準備を始めるので、それまでお願いします」

 

シルヴィアさんの言葉に頷いて、私も即座に聖魔法を行使し始める。

これほどの傷となると、単純な聖魔法だけで完治させるのは長い時間がかかる。

黒竜から傷を負ったシスイの時と同じだ。

治癒の聖魔法も万能じゃない。

大きな傷はすぐに塞ぐことができるようなものではない。

何度も何度も時間をかけて重ね掛けするか、大規模な準備が必要な聖魔法を行使することでようやく完治することができる。

この子がこの状態になってからどれだけ時間が経ってしまっているかも分からない。

だから、この治療院の責任者であるシルヴィアさんに状況確認と必要な術式のための準備を進めてもらって、私はそれまでこの子の苦痛の軽減や体力の消耗を抑えつつ、すぐ直せる部分だけでも治しておく。

そういう役割分担だ。

シルヴィアさんもすぐに理解してくれたらしくて、私の周囲に治癒の聖魔法の緑色の輝きが広がると同時にフリッカに声をかけ始めていた。

 

「フリッカ、端的に状況を」

 

「は、はい! 今朝、馬車で集落を訪れた方が連れてこられた方です。なんでも、リオレ大森林の方で大規模な諍いがあったようで、どの程度離れていたかは分かりませんが、森から少し離れたところで意識を失って倒れていたそうです」

 

「……怪我の状況は?」

 

「連れ込まれた段階ではほぼ全身に擦過傷と火傷があり、化膿もしてしまっている状態でした。刀傷も、胸や頭などの致命的な部分は避けていたようですけど、数えきれないほど。深さも、出血が止まらなくなってしまっていた部分があるほどです。私ができる範囲で治癒を施していたんですけど、浅い傷しか塞ぐことができず……」

 

「——そうなると、短く見積もっても半日以上この状態だということですね。聖水は残っていますか?」

 

「あと2本だけ残ってます」

 

「十分です。すぐに準備しますよ」

 

シルヴィアさんとフリッカの会話を背に、私は治癒を続ける。

シルヴィアさんの実力なら任せて大丈夫なはず。

私も準備さえさせてもらえれば完治まですぐに持っていけるだろうけど、治療院内のどこに必要な道具があるかを把握しきれていない。

私はあくまで補助に徹して任せるのが最善手だろう。

 

少しして、背後から声が聞こえた。

 

「ミコトさん、準備ができたので、彼女をこちらに動かします。苦痛の軽減のためにも、ミコトさんはそのまま治癒をかけ続けていただけますか?」

 

「もちろんです。任せてください」

 

私がそう答えると、フリッカとサヨとシルヴィアさんが寝台のシーツごと少女を持ち上げて、開けたスペースに移動させ始めた。

私も治癒を続けながら追従するけど、やはりこの状態で体を動かされるのは苦痛が大きいのか少女の顔が歪み、もともと荒かった呼吸がさらに荒くなっている。

 

移動先は、聖水と思われる水で描かれた魔法陣の上だ。

少女をシーツごとその上に静置して、シルヴィアさんがこちらに声をかけてきたタイミングで治癒をやめて魔法陣から離れる。

 

それと同時に、陣から緑色の光が溢れ出すようにして周囲を照らし始めた。

外の日の光りすらも覆うほどのまばゆい光。

やっぱり、シルヴィアさんの聖魔法の腕はすごい。

彼女がどれだけ真摯に、純粋に神に祈りを捧げているかを物語る何よりの証拠だ。

 

「偉大なりし我らが主よ……そのお力をお貸しください——」

 

シルヴィアさんが言葉を紡ぐにつれて、陣から溢れ出る光がその光量を増していく。

さらに聖水で描いた陣から、緑髪の少女の身体の下に光のベールのようなものが広がっていく。

 

「暗き底であっても、光の御手は差し伸べられる。恐れるなかれ、主は迷える人の子を見捨て給わず。此処にあるは、ただ無垢なる命の器。寛大なる慈悲の下、この者を癒したまえ——リサージェンス」

 

シルヴィアさんがそこまで言い切った瞬間、ベールが少女を包み込んで浮遊し始める。

少しの静寂が辺りを包み込み、次の瞬間にはベールが大量の光の粒子になってはじけ飛んだ。

周囲で光の粒子が舞い散る中、さっきまで傷だらけだった少女は、浮遊していた位置から緩やかに床まで降りてきた。

その身体には傷一つなくなっていた。

少女は穏やかな表情で眠っている。

 

「流石です先輩っ!!」

 

「フリッカがここまでもたせてくれたおかげですよ。さ、この子をベッドに寝かせてあげましょう」

 

尻尾を凄まじい速さで振っているフリッカがシルヴィアさんに尊敬の眼差しを向けている。

治療中の尻尾もピンと張った状態で震えていたりしたし、本当に感情がすぐ尻尾に出る子だ。

4人で協力して緑髪から長い耳がのぞく少女をベッド移す。

……緊急事態だから考えないようにしていたけど、この子やっぱりエルフだよね。

明らかに耳が普通の人間のそれではない。

本で読んだエルフの特徴がズバリとあてはまると思うし。

まぁ今はいいか。

とりあえず気にはなるけど横に置いておいて、私も思ったことをいうためにサヨの方を向き直って口を開く。

 

「サヨもよく頑張ったね。私たちを見つけてすぐに呼んでくれた判断も適切だし、聖魔法がまだ使えなくてもできる範囲でフリッカを補助していたのがしっかり伝わってくる。巫女として相応しい行動ができています。むしろ、見習いに求められる以上のことまで。私も誇らしいです」

 

「み、ミコト様……! あ、ありがとうございます!!」

 

頭を撫でてあげると、サヨは嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。

本当に見習いとは思えないほどしっかり働いてくれている。

この少女が私たちが帰ってくるまで命を紡いでいたのはフリッカとサヨの尽力のおかげだろう。

フリッカはシルヴィアさんがちゃんと褒めてあげてるし、私はサヨをしっかりと褒めてあげないとね。

 

そんなことをしていたら、治療院の扉が開いた。

 

「フリッカ、エルフの少女は「クロード様っ! ちょうど私たちが戻ってきたところでサヨが呼んでくれまして、たった今——」

 

『……シルヴィア、相変わらずですね』

 

『あ、あはは……』

 

……うん、まぁ、うん。

トコヨの言う通り、シルヴィアさんはいつも通りだった。

クロードさんの姿が見えた瞬間に上擦った声で名前を呼んでいる、名前の後ろにハートでもついているのかと思えるほどの変貌。

まぁそのまま状況を説明し始めているのは流石だけど。

フリッカも慣れているのかシルヴィアさんの豹変には目もくれないでクロードさんへの報告に参加し始めているし。

 

報告は2人に任せて私は散らばっているものの片付けに取り掛かり始める。

クロードさんについてきていたらしいシスイとライルさん、それにサヨも片づけを手伝ってくれた。

そういえば2人を完全に置いてけぼりにして放置してしまった。

放置してしまったことへの謝罪をすると、2人とも気にしないでいいと言ってくれた。

ライルさんは心なしか元気がない気がするけど……気にしないようにしよう! うん!

シルヴィアさんの豹変も相まって、一気に治療院の中の空気が緩んだのを感じた。

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