天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
出立の準備を大急ぎで終えた。
準備なんて言っても、聖都から持ち帰った荷物を家に持ち帰るようにサヨに頼んだだけでしかないんだけど。
そうでもしないとリーゼちゃんが今にも飛び出しそうなくらいの勢いだったからこっちも急がないといけなかった。
同じ感じで頼んでいたシルヴィアさんと皆が先に向かったセシルさんが手配していたらしい馬車の場所に向かう。
他の皆も既に馬車のあたりに集まっていた。
……?
急いでいるはずなのに馬車に乗り込んでないし、御者さんも見当たらない。
「お待たせしてすいません!……馬車に乗らないんですか?」
「別に待ってないから気にすんな。セシルが頼んでた御者から、流石に今すぐに行くのは嫌だって言われたんでな。ちょうど話を付け終わったところだ」
「ま、当然でしょ。今まさに戦争してる場所に連れていけなんていわれて引き受ける御者なんているわけないし」
「あぁ、それで御者さんの姿が見えないんですね……」
とても納得してしまった。
普通の人はそんな場所にはお金をもらっても行きたがらないか。
……そうなると馬車じゃなくて徒歩で移動?
「えっと……もしかして歩く感じですか?」
「そんなわけないでしょ。こいつが御者の真似事したことあるらしいから任せることにして馬車だけ借りたの」
セシルさんがライルさんの方を軽く示しながら答えてくれた。
ライルさんって元近衛騎士じゃなかっただろうか。
「ん? あぁ、俺が近衛騎士になったのは結構最近だったからな。それまでは魔物狩りとかもしてたから、少し遠出することもあったんだよ。魔物が暴れてるところに御者連れてくのも危なっかしいし、戦闘要員が持ち回りで御者やる感じだったから自然とできるようになった」
「……なるほど」
「とりあえず全員乗ってくれ。話は移動しながらでもできるしな。御者役は任せろ」
ライルさんは力強くそういうと、馬の方に近づいていった。
それを見た私たちはそれ以上の問答もなく速やかに馬車に乗っていった。
「改めまして……皆さん、本当にありがとうございます。私はリーゼ・システィーナ・エル・フェリークと言います。一応、エルフの現女王の娘ですので、王女という立場になります。皆さんは……」
「私はシルヴィア・フェルトと申します。教会の司祭です。こちらは、聖魔法の使い手であるミコトさん、魔術師のセシルさん、剣士のシスイさん、あとは御者をしてくださっている大剣使いのライルさんです。一応、皆最低限戦闘の心得はあると思います。私とミコトさんは神官ですので、本当に最低限のみですが。リーゼ殿下、失礼ですが状況を——」
「あの、シルヴィアさん、私に対してそんなにかしこまらなくて大丈夫ですので、普通に話してください。皆さんも同様に。森でもそんな風に畏まられることが少ないので困ってしまいます」
「……そうですか? それでは、そのように」
シルヴィアさんが皆を代表して順番に紹介したら、その後は細かい状況の確認が始まった。
向かっている場所はリオレ大森林という、世界樹の北にある非常に大きな森林地帯らしい。
エルフはその森の自然の中に集落……小規模な国のような集合体を作って穏やかに暮らしていたらしい。
そこにバルグラント帝国という国が攻めてきて、クロードさんに説明していた状況に陥って、今に至ると。
イリスさんが指示してなさそうな騎士団の行動とかが不可解ではあるけど、状況自体は分かりやすい。
「あの、一つ気になったんですけど、さっきフレスベルグがまだ生きているのは分かるって言ってましたよね? なんでそんなことが分かるんですか?」
「私がフランから加護を受けているからです。フランに万が一があれば、加護がなくなるので……」
「加護?」
「えぇとですね、ミコトさん」
私が疑問符を浮かべていると、シルヴィアさんが肩をつついてきた。
「聖獣は特定の種族に対して加護を与えている場合がほとんどなんですよ。火の聖獣はドワーフ、水の聖獣はマーメイド、風の聖獣はエルフといった感じで。エルフの場合、長い間風の魔素の調整者であるフレスベルグと共生関係を築いたことで、一部の者が風の魔素に最適化された種であるハイエルフに進化したとまで言われているほどなんです」
「ハイエルフ……そういえば、クロードさんもそんな感じのことを言ってましたね」
クロードさんがリーゼちゃんに対してハイエルフって言ってた気がする。
緑髪緑眼とかで判断してたみたいだから、そういう特徴があるのだろうか。
「はい、私はハイエルフです。現在のハイエルフはエル・フェリークの血筋だけなので、私とお母様だけですね」
「今はその部分はそのくらいでいいでしょ。で、加護の話は」
私が納得していると、セシルさんが顔を少ししかめながら話の続きを促した。
確かに今聞くことではなかったかもしれない。
セシルさんに向けてごめんなさいという意味を込めて頭を小さく下げておく。
セシルさんはそのまますっと私の方から視線を逸らしてしまった。
「えっと、私の場合、フランと同じ年に生まれているので、フランとはずっと一緒に育ったんです。なので、加護も特に手厚く受けていて……」
「それが無くなってないからまだ生きてるはずってことね。まぁスジは通るけど、どうやって聖獣助けるつもり? 狙われてたんでしょ。狙ってるやつらをどうにかする手段は? 聖堂騎士団以外の相手の戦力は? 聖獣が今いる場所の心当たりは?」
「それは……」
リーゼちゃんはそのまま俯いて黙ってしまった。
状況からしてリーゼちゃんが知っている情報は相当限られているとは思うから、仕方ないことだとは思う。
そんな中でも方針は立てないといけないわけだけど……
「えっと、リーゼちゃん、でいいですかね?」
「……! はい、大丈夫です!」
「最後にフレスベルグを見た場所がどこかは覚えていますか? 今は大雑把に大森林の方に向かってるだけですけど、ある程度向かう方向を固定した方がいいと思うので」
「それなら、大体の場所は覚えてます!」
私の問いかけに対して、リーゼちゃんは綺麗な緑色の長髪が広がる程の勢いでこっちを振り向いた。
なんというか、サヨやフリッカを思い出す雰囲気の動きだ。
純粋な子なんだと思う。
……あれ、本で読んだ感じだと、確かエルフって長命種、だったよね……?
自然と年下だと思っちゃってたけど、いくつくらいなんだろう。
……まぁ、今はいいか。
リーゼちゃんは場所を結構細かく教えてくれた。
森の南東から密かに脱出して、そのまま南下していたらしい。
その最中に襲われたとかなんとか。
「……では、とりあえずその場所に向かいますか。俺がライルに伝えますので、皆さんはそのまま話を続けていてください」
「ありがとうございます、シスイ」
立ち上がって御者をしてくれているライルさんの方に近づいていくシスイにお礼を言っておく。
その後も、しばらく状況確認という名の事情聴取のような雰囲気の質疑応答は続いた。
セシルさんがだいぶ辛辣なコメントを返しながら根掘り葉掘り聞いていくから、リーゼちゃんが少しずつ委縮して小さくなっていった。
「まぁ、今聞けるのはこのくらいか……あとは状況見て判断するしかないな……本当に、なんでこんな状況で救助なんてさせるんだあいつ」
「セシルさん、一応、クロード様もお考えがあってのことですから——」
「堕神官のあいつに対する評価は狂いまくってるから参考にならん」
「んなっ!!? いくらなんでも、私だって状況が状況なので色々考えていますよ!?」
「え、えっと……これは……」
「あはは……いつものことなので、そっとしておいてあげてください」
最低限の方針を決めたあたりで、セシルさんとシルヴィアさんのいつものやり取りが始まって張りつめていた空気が一気に緩んだ気がした。
リーゼちゃんは突然始まった喧嘩のような言い争いに目を白黒させて困惑しているけど、さっきまでの暗い感じより全然いい。
方針は、西方からリオレ大森林を攻めている帝国軍と接触しないようにすることで決定した。
リーゼちゃんが最後にフレスベルグを見た場所を遠目に確認して、そこに未だに騎士団がいるか否かなどを見る。
そこでフレスベルグが見つからなければ、戦争の状況を慎重に判断して、南東、つまりリーゼちゃんとフレスベルグが森を抜け出した獣道から森に入って、安全を最低限担保できるところまでは私たちで確認。
それで無理なら諦めろとセシルさんがリーゼちゃんに言い含めたのだ。
リーゼちゃんも俯きながらではあったけど、その提案には同意していた。
「それにしても、セシルさんがここまで積極的に動くのはちょっと意外でした。ソルミア王国の時はだいぶ長時間クロード様と交渉してましたし」
「……なにさ。別に間違ってないよ。そこまで冷酷なつもりもないけど、私自身に利益がなければこんなことしてない。堕神官とかそこのお人好し箱入り娘とは違うし」
「っ、だから、私は堕神官ではないと何度言えばいいのですかっ!?」
わぁ、またいつもの流れだ。
私の方に視線を向けながら言ってたから後半のお人好し箱入り娘? っていうのは私のことなんだろうけど。
箱入りの意味は分からないけど、セシルさんのいつもの感じからして多分辛辣な渾名な気がする。
私以上に過剰反応しているシルヴィアさんがいるから聞くタイミングも逸してしまった。
このまま喧嘩してても微妙だし、渾名とは関係ないことでどうにか話を逸らすか。
「そういえば、結界がなんとかって言ってましたよね? あれってなんなんですか?」
セシルさんとシルヴィアさんのやり取りで思い出した純粋な疑問を投げかけてみる。
セシルさんが危険地域にまでわざわざ積極的に向かうようになる程度には報酬として魅力的みたいだけど……
「あんたら気づいてないの? あの集落、クロードがよく分からん結界で保護してるんだよ。魔物が集落のすぐ近くに出ないのはそのせいだし、クロードが集落を離れられないのも十中八九これの維持をし続けてるから」
「……そういえば、確かにクロードさんから依頼される魔物駆除は少し離れた街道が主だな。集落を防衛してくれなんて依頼は受けたことがない」
セシルさんの説明に、シスイが思い返す様にしながら呟いた。
……言われてみれば、確かに私も集落のすぐ近くで魔物を見たことがないかもしれない。
故郷の集落や聖都、それにクロードさんの集落。
今まで行ったことがある滅んでいない街とか集落だと近場で魔物を見かけないのが基本だから感覚が狂うけど、セシルさんの反応とか聖都でのライルさんの反応を見る限り普通じゃなさそうだ。
まぁ、この3つの中だと私たちの故郷は普通に魔物も迷い込んできて自警団が定期的に駆除していたから、一番そこから外れるんだけど。
今となっては分からないことだけど、あの黒竜の襲撃を受ける直前に大規模な何かが割れるような感覚もあったし、あそこも結界があったのだろうか。
次期筆頭巫女としての勉学の中では聞いたこともないから本当に何も分からないって感想にしかならないけど、少し気になった。
それから数時間馬車に乗って移動し続けて、森がすごく遠くに見えてきた辺りで馬車が止まった。
「全員降りてくれ。流石に馬車はここまでだ。あとは歩いていくぞ」
ライルさんの呼びかけで言われるがままに馬車を降りる。
夕焼けで分かりづらくなってきてはいるけど、目の前に広がる広大な森の西側は、遠目に見ても分かるほど大量の煙と火柱が立ち上っていた。