天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「あの馬鹿っ……!」
駆け出すリーゼちゃんを見たセシルさんの悪態が小さく響いた。
リーゼちゃんは花畑に駆け込んだことで、大きな鳥の前に立っている騎士……聖堂騎士団騎士団長ラース・バスティアンが振り返った。
「フランから離れてくださいっ!!」
「……愚かな。拾った命を捨てに戻ってきたのか」
「っ……」
感情が抜け落ちたような表情で吐き捨てるように見下して睨むその姿は、異様なほどの威圧感があった。
遠目にそれを見ただけの私でも、身体が固くなってしまうほど。
リーゼちゃんも身を竦ませて動けなくなってしまったようだった。
「っ……見ていられませんっ!」
私も動けないでいたら、隣にいたシルヴィアさんが立ち上がってリーゼちゃんの方に駆け出して行った。
シルヴィアさんは以前私にしていたようにリーゼちゃんを庇うようにしながら、騎士団長の前に立ちふさがった。
「バスティアン騎士団長! これはどういうことですかっ!」
「ほう。そのエルフを助けたのは貴女ですか、フェルト司祭。これとはなんのことですか?」
「この状況で、惚けられるとでも思っているのですか? 騎士団の戦争加担などという独断専行だけに飽きたらず、聖獣を害し、あまつさえ殺害するなど……猊下が許すはずもないその所業を、どのような理由があってしているのかと聞いているのです!」
「理由……理由ですか」
彼はシルヴィアさんのその問いかけに、瞑目した。
そのタイミングで私も立ち上がって、リーゼちゃんの方に駆け寄る。
夥しい量の血を流しながら動かなくなっているフレスベルグが生きているかは分からない。
だけど、もう治癒ができないとは限らない。
私にもできることがあるはずだ。
今も顔面蒼白で泣きそうになりながらフレスベルグを見つめているリーゼちゃんを見ていたら、いてもたってもいられなかった。
「おい馬鹿っ……あぁもうっ!」
私が駆け出すと同時に背後でセシルさんの声が聞こえたと思ったら、シスイやライルさん、セシルさんも警戒しながら私たちの方に出てきてくれていた。
……まぁ、シスイだけは私が駆け出してすぐについてきてたけど。
「今すぐに退いてください。猊下もこの事態は既に承知しています。処分については猊下がご判断なさるでしょう。私たちはあくまで救助に来たのみ。聖獣様の治癒をさせていただけるならば私たちは——」
「し、シルヴィアさん……も、もう、か、加護、が、なくなってて……だから……」
視線の先に映るのは、動かない巨躯と夥しい血だまり。
そして何より、リーゼちゃんの絶望に染まった顔。
死んでしまっている——
言葉にできずに詰まってしまったその先が、言われずとも理解できてしまった。
「ふ、フラン……ひっ!?」
リーゼちゃんが震えながらフレスベルグの方に一歩踏み出すのを止められなかった。
リーゼちゃんの動きを見た騎士団長は、血に濡れた剣を無造作に振るい、切っ先をこちらに向けた。
「——既に手遅れですよ。それで、理由でしたか……全ては大義のため。それ以上でも以下でもありません」
「大義って……何を言って」
「理解できないならそれで結構です。どれだけ鮮烈な実績を持っていても、大義が理解できないというなら所詮その程度ということ。猊下からの処分という話も、内容次第でこちらも対応を考えるだけですので」
目の前の男はシルヴィアさんを蔑むように見下しながら、そう吐き捨てた。
大義ってなんだ。意味が分からない。
この人の口振りは、理解できないことそれ自体が低評価というようなものだった。
リーゼちゃんと友誼を結べるような存在を、教会的にも重要な存在であるはずの聖獣をその手にかけて、一切の説明もなく、それを理解できない存在には価値がないというかのように。
こんなの、理解できるわけがなかった。
「聖獣は、教会からしても重要な存在のはず。どうしてそれを……」
「その口振りからして、貴女からしたら聖獣は認識すらしていなかった存在のようですね。であればなおのこと、本流からかけ離れた信仰形態の貴女には関係のない話のはずだ」
「それは……」
確かに、私からしたら聖獣なんて世界樹の麓の集落に移り住んでから、シルヴィアさんから借りた聖典を読んだことで知った知識でしかない。
だからこそ、関係ないはずなんて言われてしまったら、それこそなにも言い返せない。
実際、聖獣なんて意識することすらしないで生きてきたんだから。
彼から向けられている目を見て、すぐに気付いた。
底冷えするような冷たい無感情な視線。
息が詰まるような威圧するようなその刺々しい雰囲気。
これ、この人、あの時の態度の軟化はまさか、納得した振りだった……?
「私からしたらむしろ、神社などというよくわからない形になっているその信仰形態こそ理解できない。貴女との相互理解など、そう簡単にできるものではない」
「バスティアン騎士団長、私が教会と猊下に奏上した報告書に目を通しているものと推察しますが、猊下は既にミコトさんたち巫女と神社を受け入れることを決定されています。後日教会内でも正式な通達があるはずです」
シルヴィアさんが、あの時のように私と騎士団長の間に自分の身体を入れながら庇うよう反論してくれる。
それでも相互理解ができないとまで言われる理由が本当に理解できない。
オリツキ様は教会の聖典にもきちんと出てきていたし、私が聖魔法を使えるのもちゃんと伝わってる……はずだ。
それなのに、なんでここまで言われないといけないのか。
「剣向けられたままいつまでもくだらないこと話してても意味ないでしょ。……で、あんたは私らをここから帰してくれる気はあるの。ないの。どっちだ。帰してくれる気があるならさっさと帰りたいんだけど」
セシルさんが冷や汗を流しながら問いかけた瞬間、さっきまで嫌というほど感じていた騎士団長の冷たい気配がさらに張り詰めた気がした。
騎士団長は小さく笑みを浮かべて考え込むような身振りをしている。
「ふむ…………なるほど、聡明なお嬢さんだ。できることなら、このまま反撃の隙すら与えずに消したかったんだが……それなら、始めようか」
そこまで言った次の瞬間、距離があったはずの騎士団長が、私たちの目の前に迫っていた。
「シルヴィア下がれっ!!」
弾ける金属音が響く。
シルヴィアさんの前に庇うように出てきたライルさんの大剣が、振り上げられた騎士団長の長剣で弾かれていた。
「おっも……っ、おいおい、聖騎士様が身構えてすらいない女に切りかかるのかよ。それに、自分のところの神官を切ろうとするのは、流石にどうかしてんじゃねぇのか」
ライルさんの言う通りだった。
本当に理解できない。話が通じない。
こんな人に会うのは初めてだった。
ライルさんも即座に弾かれた剣を再度構えて防御しているけど、何度も何度も騎士団長に剣を弾かれ続けていた。
「ライルっ!!」
「助かるシスイっ」
「ほう?」
シスイが隙を作ったことでライルさんが体勢立て直す時間ができはしたみたいだけど、状況の改善にはつながっていなかった。
2人からの斬撃を、騎士団長は意に介さないかのように易々と捌いていた。
2人は連携して攻勢をかけているけど、むしろ剣戟の間に反撃されているような状態だった。
急いで2人の邪魔にならない角度から光弾を飛ばして援護する。
シルヴィアさんとセシルさんも同じように準備していたみたいで、ほぼ同じタイミングで光弾と小規模な雷撃が騎士団長に放たれた。
「個々の狙いは的確だが、あまり連携の訓練をしていないようですね」
シスイとライルさんの斬撃を、騎士団長は長剣を流れるように振るって斬撃を弾いた。
それどころか、剣を振るうと同時に彼の背後に光弾が3つ生成されて、私たちの光弾や雷撃を相殺されてしまった。
「なんっ、聖魔法と剣技の組み合わせ!? そんなのっ」
聖魔法は祈らないといけないからどうしても集中する必要がある。
それなのに、この男は剣を交えながら、同時に行使して見せた。
私でも立ち止まったりしないと光弾をうまくコントロールできない。
他のことをしながら、向かってくる脅威に当てて相殺するなんて……
「フランから、離れてぇっ!!!」
リーゼちゃんから緑色の光が迸ると同時に、暴風が吹き荒れた。
さっき魔物に使っていたそれよりも術の規模も大きい。
草花と地面を巻き上げながら吹き荒れるそれは、騎士団長を中心に渦巻きながら内部では風の刃のようなものまで飛び交っていた。
「ミコトさんっ! タイミングを合わせてくださいっ!!」
「はいっ!!」
シルヴィアさんの声で気を引き締めて、祈り始める。
光弾を3個同時に生成して狙いを定める。
間違いなくチャンスだ。
ここで畳みかければ、なんとかなるかもしれない。
「行きますよっ!」
「はいっ!」
合図と同時に光弾を3方向から叩き込む。
暴風を突き破りながら内部に突き刺さっていく。
シルヴィアさんの光弾も違う角度から同じように動いていた。
暴風で渦の中は見えなかったけど、いた場所からして当たってないはずがない。
それなのに、リーゼちゃんの魔術の風の渦の威力が衰えてきたところで、光の壁のようなものを張っている無傷の男が立っているのが見えてしまった。
「戦い慣れていない女子供にしては悪くないですね。前衛2人の剣筋も悪くない。将来性はある。しかし、力不足としか言いようがない」
「舐めやがってっ……!!」
見下す様に言い放った騎士団長はライルさんとシスイが再び切りかかると、小さく笑みを浮かべた。
……なんで、笑って……挑発?
『ミコトっ!!!』
「え——?」
トコヨの悲鳴に近い声が聞こえたと思った次の瞬間、頭に強い衝撃が走った。
衝撃で身体が倒れこんでいく。
なにが、起きて——
そこまで考えた私の視界は、真っ黒に染まって途切れた。