天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「っ——!?」
「っ!? み、ミコトさん? どうしたんですか?」
目が覚めたように、急に意識が浮上した。
意識の浮上と同時に少し身体が跳ねてしまっていた。
そんな私の隣から、シルヴィアさんの声が聞こえている。
状況を呑み込めなくて辺りを見渡すと、正面には心底心配そうな表情を浮かべたシスイがいて、その隣のライルさんも似たような表情を浮かべていた。
そこまで認識して、がたがたと揺れているのを感じると同時に木造の少し狭い空間にいることに気がつく。
隣を見ると、シルヴィアさんが驚き半分純粋な心配半分といった感じの何とも言えない困惑した表情で私の様子を伺っていた。
「どうかしましたか? どこかお加減でも……」
「な、なんでもないです。調子も問題ないので……!」
「……そうですか?……何かあれば遠慮なく仰ってくださいね?」
心配してくれている皆を安心させるためにも努めて明るく返答する。
正直に言ってしまえば、私も理解がまだ追いついていない。
多分馬車の中、だよね……?
『トコヨ? いる?』
『……いますよ。ミコトは大丈夫ですか? ちゃんと覚えてますか?』
『私は大丈夫だけど……これ、聖都の往復のどっちかの馬車だよね? セシルさんとリーゼちゃんがいないし。それに、あの時何があったのかも正直あんまり……』
『そう、ですね……ここは聖都からの帰りの馬車だと思います。あの時何があったかは……』
トコヨが言いづらそうにしているのが伝わってくる。
だけど、今回はこの前と違い過ぎる。
アンデッドに殺された時の恐怖や痛みと比べて、一瞬のこと過ぎて何も実感がない。
言いづらそうにされてもこちらも困ってしまう。
トコヨは少し逡巡すると、意を決したように口を開いた。
『……頭を、矢で射抜かれたんですよ。私たちが様子を伺ったように、あの場を隠れて見張っていた者がいたようです。直前に見えた感じからして、聖騎士だとは思いますけど……』
『聖騎士……』
戦いになる前に、シルヴィアさんが私のことをちゃんと説明してたと思うんだけど……それを承知で殺されたってこと?
それとも、それを聞いていなかった……?
『ミコト、本当に大丈夫ですか? 前に同じことが起きた時にだいぶ……その、心配な反応をしていたので、今回も心配なんですけど……』
『大丈夫だよ。思うところがないわけではないけど、今回は実感がなさ過ぎて……』
『本当ですか? 本当に本当ですか?』
『本当。トコヨ心配しすぎだよ』
心配そうな表情を隠そうともしないで私の周りを忙しなく飛び回るトコヨに思わず苦笑してしまう。
トコヨは顔をのぞき込んだりあらゆる方向から私の様子を確認したりしてくる。
少し前にシスイにしていたみたいな感じかな。
あの時みたいなふざけた感じは一切ないけど。
そんなことを考えていたら、私の方も少し気が抜けてしまった。
『それで、どうすればいいと思う?』
『どうすれば、ですか……ミコトはいいんですか?』
『いいって、なにが?』
『いえ、その、あんなことがあったわけですし、フレスベルグを助けに行くのが嫌じゃないのかって意味なんですけど』
トコヨにそう言われて気付いた。
そっか。確かに、そもそも助けに行かないなんていう選択肢もあるのか。
だけど……
『……でも、助けに行った方がいいんでしょ?』
『え?』
『トコヨが言ったんだよ。助けに行った方がいいって。トコヨはそういうことで嘘吐いたことないし、どうしようもないならまだしも、まだ試してすらいないし。どうして助けに行った方がいいのかは分からないけど、出来る限りのことはするよ』
実際、トコヨは私に対して嘘を吐いたことは数えるくらいしかないと思う。
それも明らかにふざけてるのが分かる感じで言っていたりする感じでしかない。
あの竜の襲撃を受けた時だって、応じない私を神社の外に誘導するためにあの手この手で誘導していたけど、嘘はついてなかった。
助けに行った方がいいって言ってた時だって、表情も声も真剣そのもので嘘だとは思えなかった。
『それに……似てるって思ったんだ』
『似てる?』
『小さいころからずっと一緒にいて、親の目を盗んで秘密の場所で遊んだりって、私とトコヨみたいだなって。そう思ったら、リーゼちゃんが焦ってた気持ちが理解できたから』
『ミコト……』
私も人のことを言える立場ではないけど、リーゼちゃんの行動自体は褒められたものではなかったと思う。
危なかったら引き返すってあらかじめ決めていたのに、敵の目の前に自分から駆け出して行ってしまったのとかはその最たるものだろう。
実際それで戦闘が避けられなくなって、私はこうして戻ってきてしまっているわけだし。
だけど、自分がリーゼちゃんと同じ状況だったとして同じことをしないかと聞かれてしまうと、否定することができなかった。
『今度はあんなことにならないようにしないと……それで、どうすればいいかを話し合いたいんだけど』
外の様子を見る限りまだ夜が明けてそう時間も経ってなさそう。
帰りの馬車は夜明け前くらいに出て昼過ぎくらいにはついた感じだったから、今は聖都を出てからそんなに時間も経ってない段階だってことだろう。
それなら、出来ることはありそうだ。
『前提として、この時間だと恐らくもうリーゼは集落に運ばれてますよね?』
『フリッカが朝早くに運ばれてきたって言ってたからそうだと思う』
『それなら、集落に戻るところまではほぼ固定ですね。そもそも今からシルヴィアたちを説得して行先変えたりとか、出来ると思えませんし』
『うん。だから、そこから先をどうするかを今のうちに相談しておきたいかな』
『うーん……』
トコヨと一緒に静かに考え込む。
時折シルヴィアさんたちに話しかけられるから、それに反応しながらではあるけど。
トコヨと集中して話してるとどうしても若干上の空になってしまうのもあって、結構雑な返答になっちゃってる気がするけど今は対応策を考える方が重要だった。
『リーゼちゃんが重症を負ったの自体聖堂騎士団のせいだよね……? そうなるともうフレスベルグは襲われてるわけだし、戦闘は避けられない?』
『恐らくは。相当うまく立ち回って出し抜ければ戦闘自体の回避も出来るかもしれませんが……』
『出し抜けるか自体不確定だから、戦闘を避けられる前提で無策で突っ込むの自体よくないってことだよね』
『はい。余程確実に出し抜ける方法でない限り、出し抜けなかった場合に返り討ちにあってしまうことになるので』
つまり、あんな時間、森の奥深くまで追いかけるほど執拗にフレスベルグを狙っていた聖堂騎士団を出し抜く方法を考えるか、戦いになって勝つ方法を考えるか。
出し抜ける方法が確実ではないなら戦闘になっても勝つ、あるいは逃げられるだけの策を考える必要があるってこと。
どうすれば……単純な戦闘で騎士団長に勝てると思えない。
それに、死角から頭を射抜かれたってことは、伏兵がいたってこと。
どこに伏兵がいるのか分からない以上、出し抜くなんていうのも前提からして難しい。
『あれ……そういえば、リーゼちゃんがギリギリまで取り乱してなかったってことは、加護はそれまでなくなってなかったってこと……?』
『それは……あり得ますね。そもそも、私たちがあの場についた時に、あの男が持っていた剣には渇いていない血が付いている状態でしたし』
『……なら、早く着くことができれば、フレスベルグは生きてるよね……? リーゼちゃんがいれば私たちを敵とは思わないだろうし、たった一人で夜まで対抗できてたフレスベルグと協力できるなら……』
『……完璧とは言いづらいかもしれませんが、一考の価値はあります。私たちだけで考えても限界がありますし、とりあえずその選択肢が取れるように動きましょうか』
『うん。それなら、馬車も少し急いでもらわないとだめだよね』
治療に取り掛かる時間を早めて、リーゼちゃんが目覚めるのを早める。
私が説得に協力して行動自体も早める。
とりあえずはそんな方針だろうか。
「あの、シルヴィアさん、少しいいですか」
「なにかありましたか?」
私が声をかけると、小さな窓の方を見ていたシルヴィアさんがにこやかな笑顔で振り向いてくれた。
いつも通りの安心感のある笑顔だ。
相談しやすくて私としてもとても助かる。
「その……少し聞きたいんですけど、馬車の速度を少し早くしてもらうこととかって、できたりするんでしょうか?」
「……? 御者の方の判断次第でできないことはないと思いますけど……なぜ早めたいのかをお聞きしても?」
「それは……」
理由を聞かれるのは当然の流れだった。
どうしたらいいだろうか。
この馬車の契約をしたのはシルヴィアさんで、この中で一番社会的な信頼があるのもシルヴィアさんだ。
彼女を無視して勝手にというのは無理があるだろう。
だけど、フレスベルグが危ないんです!! って言ったところで信じてもらえると思えない。
それこそどこでそんなことを知ったのか? なんて話になりかねないし、私がそれで納得できるだけの理由を捻り出せる気がしない。
それくらいこれまでの共同生活や聖都で私の知識不足はシルヴィアさんに知られているはずだし。
シルヴィアさんは頭ごなしに否定するような人ではないけど、とても真面目な人でもあるのはもう理解したつもりだ。
御者の人や馬に負担を強いる以上、きちんとした理由を提示しないとシルヴィアさんは納得してくれないだろう。
『……一応、神託って言ってしまう手もありますよ? シルヴィアなら多少引っかかりはしても怒ったりはしないでしょうし』
『それは……ダメだよ。シルヴィアさんがこの謁見を設定してくれたのだって、私たち巫女や神社の立場を思ってのことだし。ここで嘘の神託を使うのはシルヴィアさんに対して失礼だし、シルヴィアさんからの信頼も損なうと思う。それに、そもそも神託なんて嘘を使うこと自体オリツキ様への侮辱に等しいし……』
『それはそうかもしれませんが……』
「ミコトさん……?」
私が思い悩んでしまっていると、シルヴィアさんが不思議そうな表情で尋ねてきた。
話してる途中に言い淀んじゃった感じだし、当然ではあるんだけど……
「……嫌な予感が、するんです」
「嫌な予感……?」
「はい……早く戻らないと、大変なことになってしまいそうな予感というか……その……」
「流石にそのような漠然とした理由では……急げばその分負担が増えてしまうわけですし……」
ダメだ、全然説明できてない。
シルヴィアさんも流石に怪訝な表情を浮かべている。
これならフレスベルグのことを言ってしまった方がよかっただろうか。
「……シルヴィアさん。俺からもお願いしたいです。御者の方に頼んでいただけませんか? 俺も、ミコト様の……予感のようなものに命を救っていただいたことがあります。説明しづらいだけで、全く理由がないわけではないと思うので……」
「シスイ……」
私が返答に困っていると、シスイがシルヴィアさんに提案してくれていた。
思わず正面を見ると、シスイは真剣な視線でシルヴィアさんを見つめていた。
……私を疑ってない、というか、完全に信じてくれている……?
行きの馬車で、私が辺境から皆で生きて脱出するために嘘の神託を使ったのが分かっているはずなのに……
命を救ったっていうのは多分昔遭難していたのを助けた時のことだと思うけど、その時は確か……トコヨがシスイの場所を教えてくれたのを霊託とか言って誤魔化したはず。
シルヴィアさんは困惑気味に私とシスイを交互に見つめてくる。
「…………分かりました。理由は分かりませんが、ふざけて言っているわけでも、私的な理由でもないようですし、提案してみましょう」
「……! ありがとうございます!」
シルヴィアさんが馬車の中から御者さんの方に話しかけに行ってくれた。
「……シスイも、ありがとうございます」
「いえ、俺はただミコト様を信じているだけですので。ミコト様の表情からして、嘘というわけではないのは分かりましたし」
……そんなに分かりやすかったかな?
まぁそれで手助けしてもらえたなら、素直に喜べばいいか。
正面でライルさんがシスイを小突いている理由は分からないけど、とても助かった。
シスイに笑顔で改めてお礼を言いながら、馬車の速度が上がったのを感じて安堵の溜息を漏らした。