天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「さっさと作戦決めるよ。時間が鍵だとは言われたけど突拍子もなさすぎるんだよあいつ」
ガタガタと揺れる馬車の中で、セシルさんがそう言い放った。
あれからリーゼちゃんの目が覚めるまでそう時間はかからなかった。
ほとんどの準備はクロードさんが凄まじい手際で整えてくれて、セシルさんも説き伏せた状態で連れてきてくれた。
嫌そうな顔はしてたけど、あの感じは多分また結界の術式を条件に引き受けた感じだと思う。
多分私の記憶のこととかは何も話してないんじゃないだろうか。
セシルさんから変な視線とかもなかったし。
それ以外の皆もクロードさんからの説明と依頼で同じ感じで引き受けてくれて、前回よりもだいぶ早く集落を発つことができた。
そんな馬車の中で自己紹介が終わった直後にセシルさんが言い放ったのがさっきの言葉だ。
「聖堂騎士団がフレスベルグを狙っているというのを俄かに信じたくはありませんが……リーゼさんが見ている以上はそれを前提に動くしかないですね」
「間違いないです! 金髪の大きな男の人の肩についていましたから!!」
「……ラースさんですよね、それ」
「……聞いている限りでは、バスティアン騎士団長でしょうね」
相手の戦力面の情報を補充しておきたくて、私も口を挟む。
シルヴィアさんも感情が抜け落ちたような無表情で肯定してくれた。
多分というか間違いなく怒りの感情を抑え込んで耐えている感じだ。
「聖都に行く際に見かけた方ですね。俺もその剣技は間近で見ましたが……はっきり言って、今の俺やライルで歯が立つと思えません。鋭く洗練された太刀筋に、無駄のない足捌き……ソルミア王国で戦ったアンデッドよりも卓越しているのではないかと——っ、すまんライル」
「気にすんな。俺は騎士団長とやらの剣技を見たわけじゃないが、そもそもあの時の隊長は理性がなかったせいか剣技に陰りがあったのは確かだ。俺は気にしてねぇよ」
シスイが謝ると、御者をしてくれているライルさんが声をあげた。
あの近衛隊長さん、あれで弱くなってたのか……
「……そいつを筆頭とした騎士団を相手取らないといけないんでしょ。クロードに戦闘を避けられる可能性は低いとまで言われたし。可及的速やかに向かってフレスベルグと合流しろって話だけど、戦力になるの?」
「フランがいれば百人力だと思います! フランはとっても強いんですよ!」
「……現にあんたを逃がすだけ逃がして自分が逃げれてないってところが気になってるんだけど……少なくとも、一緒に逃げてない時点で圧倒して振り切れるほどの力はないってことでしょ」
「それは……」
セシルさんの言っていることは概ねその通りではあると思う。
リーゼちゃんも言い返せなくて黙っちゃったし。
ならどうすればいいだろうか。
そもそも、フレスベルグはあんなに大きな鳥、というか梟だったし、乗せてもらって飛ぶとかはできないのだろうか。
「あの、リーゼちゃん。フレスベルグに乗せてもらうこととかってできないんですか?」
「……できないことはないと思いますけど、多分多くても2人が限度です。それに、乗せてもらうにしても攻撃されながらというのは流石に……多分、飛び立つ前に乗せてもらう方の安全が確保できないと思うので。実際、私や他の子どもがいる状態ではフランもそんな提案はしてこなかったですし……私たちを庇ってくれたせいで、翼もボロボロに……」
「そっか……」
フレスベルグに皆で乗せてもらって逃げられないかと思ったけど、そう簡単にはいかないらしい。
それができるなら最初からしてたっていう話ではあるんだろうけど……
あれ、というか今子供って言っただろうか。
「リーゼちゃんの他にもいたの……?」
「……はい。5人だけですけど。お母様に、子供たちだけでもフランと森の外に逃げるようにと言われ……」
リーゼちゃんの表情が明らかに暗くなった。
他の子は、とか聞かない方がいいよね、多分。
ほぼ間違いなく亡くなってしまっている気がする。
それなら飛んで逃げるという選択肢を取らないのも納得だった。
6人を乗せて逃げることはできない。
かといって、人数をすり減らされた後は追いつかれてしまっていたから安全に飛び立つこともできない。
八方ふさがりだったんだろう。
そんな感じで私が考えこみ始めてしまったタイミングで、セシルさんが口を開いた。
「……フレスベルグがテンペストの風の防壁部分みたいなのを私たちの周囲に張って時間を稼ぐことはできる? 攻撃されない状況を作れるかを知りたい」
「? はい。フランならそれくらいはできると思います。状況の打開につながるかはなんとも言えませんけど」
「それなら、一応勝算はあるかもしれない」
「ほんとですか!?」
セシルさんの言葉に、リーゼちゃんが前のめりで聞き返した。
私も思わず身を乗り出すほど期待してしまう。
セシルさんは私とリーゼちゃんの勢いに顔をしかめたものの、そのまま細かく説明してくれた。
フレスベルグを探しながら行軍は、前回以上の速度で行われた。
馬車は前回と同じような位置で降りて、そこから速やかに森の方まで移動した。
森の中の移動も最低限の隠密だけ保って魔物を排除しながらの強引な進行になってしまった。
だけどそのおかげもあって、フレスベルグと聖堂騎士団の戦闘音がする場所までたどり着くことができた。
激しい戦闘音とともに、ラースさんや他の男性が指示を飛ばしている怒声のような声まで聞こえる。
皆で頷きあいながら、走り出す準備を始める。
それと同時に、リーゼちゃんが静かに呟くように詠唱し始めた。
「風よ……私に力を貸して……」
消え入るように紡がれるその呟きは以前彼女の詠唱を見た時よりも遥かに声が抑えられていた。
これなら流石に気付かれないはず。
すぐ近くにいる私でも続きがほとんど聞き取れないくらいだし。
これはセシルさんに作戦立案段階で再三にわたって注意されてたせいかかもしれない。
前の時のことを皆は知らないはずなのに、「あんた馬鹿っぽいから」とか同じような言い方で注意されていた。
「テンペスト……!」
リーゼちゃんの周囲に緑色の光が広がると同時に、隊列を組んでフレスベルグを囲んでいた騎士団員たちの足元から暴風が吹き出した。
その瞬間に、全員弾かれたようにフレスベルグの方に走り出す。
「なんだっ!? 敵か!?」
「落ち着け! 冷静に対処しろ! さらなる不意打ちに注意——アルステット!! そいつらを切り伏せろ!!」
騎士団員の隊列は乱れに乱れている。
ラースさんも指揮を執っているような位置でそんなに近くにいない。
風の刃と暴風が吹き荒れている現状で、すぐにこっちに対応するのは難しいはず。
予想通り、フレスベルグの近くまで特に反撃とかもなく近づくことができた。
ラースさんがアルステットさんとかいう騎士に私たちへの攻撃を指示していたけど、私たちが近くを通った人たちはシスイとライルさんが切り掛かりながら走り抜けたりしてることもあって防ぐだけで手一杯だったらしい。
「フラン!! 風で私たちの周りに防壁を張ってください!!!」
血まみれの大梟……フレスベルグが咎めるようにリーゼちゃんを見つめつつ嘴をカチカチと鳴らしながら翼を広げた。
私たち6人を覆っているのに、中はそよ風すら感じない竜巻が周囲に吹き出し始めている。
なにこれすごい。リーゼちゃんの言葉に嘘はなかった。
そう感じてすぐに、私とシルヴィアさんはフレスベルグに駆け寄る。
風の防壁のすぐ近くにシスイとライルさんが剣を構えて備えてくれてて、私たちと前衛2人の間にセシルさんとリーゼちゃんが立った。
「シルヴィアさん!」
「私は左翼側から順に治癒します!! ミコトさんは右翼側からお願いします!!」
「はいっ!」
血まみれで穴すら開いてしまっている翼に手をかざして、治癒魔法を行使し始める。
「穏やかなる癒しの光りよ、かの者を癒したまえ——」
こんな戦場で儀式をしないといけないような治癒は使えない。
できるのは、祈りと詠唱だけで完結する治癒だけ。
それを2人がかりで傷に重ね掛けしていくことで、フレスベルグの完治を目指す。
普段はあまり詠唱はしないけど、詠唱した方が治癒の効果が大きいのは間違いないから詠唱も行う。
何度も何度も繰り返し行使していくから、緑色の光もそのたびに輝いている。
その合間合間で警戒するために周囲を確認したりするけど、そっちはリーゼちゃんやセシルさんが上手くやってくれてるみたいだった。
「リーゼ、あんたはなんでもいいから周囲に出鱈目に風刃飛ばしまくれ。剣持った奴らが近づけないようにしろ」
「は、はい! 風よ……」
リーゼちゃんの足元に緑色の陣が浮かぶと同時に、周囲に鋭い風の刃のようなものが射出され始めた。
防壁越しに斬りかかろうとしていたらしい人たちもいたみたいだけど、風刃が飛んでいってなかなか近づけずにいるっぽい。
「さて、これであんたらは易々と近づけないわけだけど……面倒だし、一応警告しておくよ。一度引くことをお勧めする。直撃して死んでも知らないから」
その言葉と同時に、私たちの足元の方まで広がるほど巨大な、青と緑が複雑に絡み合っている魔術陣が展開された。
私が何度も治癒をかけている間も行使されずに練り上げられ続けているそれは、これまで見た魔術の中でも規模が大きいものであることは想像に難くない。
「氷核形成…………風向補正…………」
……聞き覚えがある詠唱でしかなかった。
セシルさんの周囲や足元の陣からはバチバチと小さな雷のようなものが迸っている。
術として成立するまでにすごい時間はかかってるけど、あの時の術ならそうなるのも納得しかなかった。
セシルさんは氷の粒のようなものが風で指向性を持たせて飛ばしてるみたいで、あたりがキラキラと輝いている。
「雷雲形成……標的固定……吹き荒べ乱流……」
そこまで詠唱される頃には、開けた広場の上空には稲光が走る巨大な雷雲が形成されていた。
「……致し方ない。引け!! 一時退却して体制を立て直す!! 負傷して先に引かせた者たちと合流するのだ!!」
ここまで来るとこれがどんな術かを理解できたらしい。
ラースさんが怒鳴るように指示を出すと同時に、周囲に展開していた騎士たちが後退し始めた。
「臨海到達……警告はしたからな——落ちろ雷、フルミネイト!!」
次の瞬間、轟音と共に周囲が真っ白に染め上げられた。