天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
落雷の衝撃が収まって視界が開ける頃には、聖堂騎士団はいなくなっていた。
セシルさんの指示でしばらく風の防壁に包まれながら治癒を続行して相手の出方を伺ったけど、騎士団が戻ってくることはなかった。
治癒もこの場でできる範囲は完遂してひと段落付いた辺りで、防壁を解いてもらった。
「フランっ!!」
リーゼちゃんがすぐさまフレスベルグに抱き着いていく。
フレスベルグも大きな羽でリーゼちゃんを包み込むように抱き返していた。
前回のような結果にならなくてよかった。
2人が涙ながらに抱き合っている姿を見て余計にそう思う。
「……その辺にしてくれる。さっさと脱出しないとあいつらがいつ戻ってくるか分からないから」
「あ、は、はい! ごめんなさいっ!」
「予定ではフレスベルグに乗せてもらって誰かが先に戻る手筈でしたよね?」
事前の話し合いで出されていた案をそのまま提示してみる。
セシルさんはそれで少し考えこみ始めた。
「リーゼは獣道の案内をさせたいから残したい。隠密で遭遇しないように細心の注意を払うとはいえ、騎士団から逃走するのに前衛を減らすのは愚の骨頂。私が抜けるのも微妙。このでかい図体のフレスベルグを帰さないのは見つかるリスクが跳ね上がる上に敵が狙ってる対象を残すことになるから論外。先に帰すならミコトか堕神官だと思うけど?」
「それなら——」
「それなら、ミコトさんを先に戻しましょう。バスティアン騎士団長の先ほどの様子で、だいぶ気になる部分がありましたので」
「シルヴィアさん……?」
セシルさんの考察を聞いて、トコヨによる偵察とかも込みなら私が残った方がいいと考えてシルヴィアさんを推薦しようと思った。
だけど、それを遮るようにしてシルヴィアさんが私が帰るように推してきた。
気になる様子? というのは分からないけど……
「あの!」
「お、おう? どうしたリーゼ」
私たちが考えこんでいたら、リーゼちゃんが声を挙げた。
彼女はそのままフレスベルグの方を振り返る。
「フラン」
リーゼちゃんが一声かけると、フレスベルグがホーと一声鳴くと同時にみるみる小さくなっていった。
最終的に手のひらサイズくらいの大きさになると、そのままリーゼちゃんの肩に乗って微動だにしなくなった。
「え、ふ、フレスベルグって、小さくなれるんですか……?」
「はい。元はさっきの大きさですけど、普段はこの姿で過ごしている時間の方が長いです。あの大きさに戻っていたのは、私たちエルフの子供を庇おうとしてくれたからなので……これなら、フランは脱出の邪魔になりませんよね? 皆さんにリスクを背負ってもらっていますし、フランだけ先に戻らせてもらうというのも申し訳ないです。フランもいた方がさっきみたいな方法を取れて安全だと思うので、皆で戻りませんか?」
なにそれすごい。
元の身体があんなに大きいのに小さくなるってどんな仕組みなんだろう。
とても気になる。
「そんなことできるならそれが最適。早く言ってほしかったけど、まぁいいよ。さっさと脱出しよう。あいつらが退却したのとは別方向の獣道使って静かに隠れながら馬車を目指そう。道案内は任せた」
「はいっ!」
リーゼちゃんが元気に頷く様子を見ながら、私はトコヨの方に意識を向ける。
『トコヨも、騎士団はもちろん魔物の警戒もお願いね』
『任せてください!』
戦闘を開始したあたりから反応がほぼなくなってたけど、元気そうでよかった。
私的にもこういう時のトコヨの元気さは私の気分も上向きになるし好ましい。
そんな安心感とともに、皆で森を脱出し始めた。
それからは徹底的に隠密行動で進んだ。
会話は最低限にしつつ、リーゼちゃんの案内で人間が簡単に見つけられなそうな獣道を通っての移動。
魔物の対処もセシルさんとリーゼちゃんが魔術で手早く済ませるか、ライルさんとシスイが速やかに切り伏せるかのどちらかで対処できていた。
それに、リーゼちゃんがフレスベルグにも周囲の警戒を頼んだようで、小さいまま私たちの周りを飛んで警戒もしてくれている。
トコヨの警戒と併せて、周囲への目はしっかり確保された状態になっていた。
そのおかげもあって、大きな危険もなくリオレ大森林を脱出することはできた。
入った場所からはだいぶズレた位置に出てしまったから、馬車が近くにあるというわけではない。
明かりを最低限にして、必要が無さそうな場所では使わないという風にしながら、馬車がある場所を静かに目指していた。
順調に進んでいた。
実際、私たちを探しているのか馬に乗って走り回っている騎士団員とかはトコヨやフレスベルグのおかげで徹底的に避けることができていた。
私たちが馬車できたことも知らないはずの騎士団が、森からだいぶ離れた位置に乗り捨てられている馬車を見つけられる可能性も低い上に、実際に見つけても私たちと結びつけるかは分からなかった。
順調に進んでいると思っていたのだ。
馬車の近くに、人影が見えるまでは。
「あなた方がこの馬車の持ち主ですか」
「……一応、こちらからもお尋ねします。私たちに何の御用ですか」
それは、身体をすっぽりと覆うような金糸で装飾された白い外套を着て、フードを目深にかぶった人物だった。
顔は口元以外ほとんど見えない。
声からして女性、だとは思う。
シルヴィアさんの問いかけに対して、女は何も答えてこない。
「フードの……女……?」
ありふれた特徴でしかないこんな格好が、同一人物を指している可能性は低い。
だけど、なぜかソルミア王国の地下で近衛隊長さんがしていた警告が頭に過った。
女は静かにこちらを見渡して、一人ひとりを値踏みされているようにすら感じる。
しばらく無言でのにらみ合いが続いて、ようやく女が口を開いた。
「——ハイエルフと風の聖獣を確認。最優先殺害目標に挙げられている対象と断定」
その言葉が聞こえた瞬間、女から一気に敵意と殺意が噴出したような感じすらした。
さらに女は言葉と同時に、光弾のような術を上空に打ち上げていた。
「ミコト様! お下がりください! ライルっ!!」
「結局は敵ってことかよっ!!!」
シスイとライルが私たちを背後に庇うように前に出て、女に切りかかる。
女は外套の中から剣を振りぬいて応戦して、2対1の斬り合いが始まった。
ライルさんとシスイは連携して攻撃を仕掛けている。
だけど、フードの女もうまく捌いているのか、なかなか押し切れない。
「ミコト!! シルヴィア!! リーゼ!! 全員魔術と聖魔法で2人を援護しろ!! フレスベルグも元の大きさに戻して攻撃に参加させていい!! さっさと決めないとまずい!!」
「ど、どういうことですか!?」
セシルさんの怒鳴るような指示に思わず聞き返してしまう。
援護はするけど、金属音が響き続けるほどの激しい剣戟の合間を縫って敵にだけ当てるのは至難の業だ。
「いいから早く!! あいつ攻撃仕掛けてくる前に空に光を打ち上げただろ!! あれは——」
「まさか、増援への場所の共有!?」
セシルさんの乱暴だけど端的な説明に、シルヴィアさんが即座に理解を示した。
私とリーゼちゃんもそれでようやく理解できて、すぐに準備に入る。
セシルさんとリーゼちゃんは詠唱し、私とシルヴィアさんは祈りはじめ、フレスベルグは元の大きさに戻って飛び上がる。
隙を伺って、狙いを定める。
シスイとライルさんの2人が離れた瞬間じゃないと、2人に当たってしまう可能性が高い。
あんなに激しく動いているところに雑に術をぶつけにいって万が一シスイたちに当たれば、それが致命的な隙になって殺されてしまう可能性すらある。
だからこそ、私たちはすぐには術を放てずにいた。
フードの女の立ち回りが異常なほどうまい。
私たちの視線や射線の間には、2人のどちらかが入るようにするか、超至近距離で切り合っているかのどちらかを常にやり続けている。
隙が全く無い。
これでも一気に決めないといけないとなると……
「2人とも!! 一瞬距離を取ってください!!」
私が叫ぶと同時に、2人は反射的に後退してくれる。
女も一気に距離を詰めて先ほどまでと同じ状況にしようとしているみたいだけど、後衛4人が魔術と聖魔法を起動する方が早かった。
詠唱の早さを優先したのか、セシルさんはスパークランスと思われる雷撃、リーゼちゃんはウインドカッターっぽい風刃、私とシルヴィアさんは複数の光弾を様々な角度から叩き込む。
地面に突き刺さった分もあるのか、着弾と同時に土煙が舞い上がる。
だけど、多分まだ倒すことはできてない。
フレスベルグがフードの女に向かって上空から竜巻のようなものを起こしているのを見ながら、さらに光弾を生成して追撃の準備をする。
『ミコト!! 後ろです!! もう来ています!!』
「っ!?」
トコヨの悲鳴に近い声を聞いて背後に目を向けると、馬に乗って凄まじい速度で近づいてくる月明りを反射する銀色の甲冑の一団が見えた。
私の動きを見て背後を確認したセシルさんの顔が一気に歪んでいく。
「最悪……リーゼ!! この数は私たちじゃ対抗できない!! さっきの迎撃態勢でどうにかするしかない!! 前衛2人も下がってこい!!!」
私もここでようやく理解させられた。
聖堂騎士団は、あくまでも引いただけだった。
損害を抑えつつ目的を果たすために、あの場は引いただけ。
すぐさま体制を立て直して、森の中の探索すら諦めて森の周辺の警戒に心血を注いでいた可能性があった。
私たちが少し長い間相談していたのに戻ってくる騎士とかも見かけなかったんだから、警戒しておくべきだった。
「フランっ!!」
リーゼちゃんの呼びかけでフレスベルグが私たちの方に降りてきながら聖堂騎士団の方に竜巻を発生させた。
だけど、騎士団は即座に左右に散開して竜巻を避けている。
私がそっちに気を取られていたら、背後から剣と剣がぶつかり合う金属音が響いた。
そちらを見ると、シスイがフードの女の斬撃を弾いていた。
シスイは怯ませて即座にこっちに戻ってきている。
女は、フードに汚れとか傷は見えるけど、大きなダメージを負っているようには見えなかった。
あれだけ魔術や聖魔法を当てたのに、仕留め切れていなかった。
シスイが私たちの周囲まで戻ってきた段階で、フレスベルグは周囲に風の防壁を張った。
私たち6人とフレスベルグ自身を覆うような風の防壁。
そんな防壁の全周に、騎士団員が疎らに展開して囲んでくる。
さっきの森の中の広場みたいな広さに制約があるところじゃないからか、魔術による攻撃を警戒しているのか、騎士同士の間隔も広い。
そんな状況になって、一際豪華な鎧を着た男、ラース・バスティアンが一歩前に出てきた。
「さて……フェルト司祭。戦況は明らか。ここで投降していただけるなら、猊下の大切なご友人である貴女の命までは奪うつもりはありません」
「それは、私以外の命は奪うと言っているのと同義でしょう。お断りです」
「そうですか……残念です。貴女の信仰心は本物であると信じていたのだが」
ラースさんはそういうと、片手を軽くあげた。
それが指示だったのか、他の騎士たちが弓のようなものを取り出し、構え始める。
「リーゼはさっきと同じことやれ。ミコトとシルヴィアも可能な限り光弾で応戦。シスイとライルは打ち漏らした近接戦力が防壁の中に剣突っ込んでくるなら応戦して。弓をこっちの飛び道具と防壁だけでなんとかして、数を削ってどうにか脱出しないと……」
セシルさんが絞り出すように指示してくる。
反論する人なんていなかった。
これ以外に手がない。
防壁がないと、そもそも数の暴力に勝てると思えない。
防壁があると、こうやって囲まれてじわじわと削られる。
騎士たちが動き始めると同時に、私たちも必死で応戦し始める。
だけど、連携を取りつつ移動しながら放たれ続ける弓矢と光弾の雨、近づいてくる剣士への対処をし続けることなんて不可能だった。
セシルさんが大規模な術を放っても、相手は先ほどのフレスベルグの竜巻の時のように散開して避けられる。
光弾も、リーゼちゃんの風魔術も、決定打には全くつながらない。
それなのに、全てではないもののこちらには弓矢が防壁を突き破って飛び込んでくる。
当たってしまったら私とシルヴィアさんは治療に回るけど、それは防御が手薄になるのと同義。
さらに激しい弓矢の雨に晒されてしまう。
じわじわと、じわじわと追い詰められて、私の肩に矢が直撃したのを皮切りに攻勢を強められて……何かすらも理解できない凄まじい衝撃を受けると同時に、目の前が真っ黒に染まった。